みそ
2025-04-21 22:11:25
3273文字
Public 本編ロナドラ
 

これぞまさしく茶番劇(ロナドラ)

玉こんにゃくの炒め煮/付き合ってないロド、同居六年目くらい

 いい歳の大人が何を、と鼻で笑われるかもしれないが、ロナルドはオバケが怖い。幽霊、怨霊、ゴースト、それらに類するもの。それらは人の目には見えず、触ることも測ることも出来ず、それ故に居るとも居ないとも誰も明言できないことがまず怖い。ホラー作品に於いてはそれらが悪意のもと、人間を脅かしたり呪いをかけたり、果ては崖から突き落とすなどやりたい放題だというのに、人間側からの物理攻撃は大抵通用しない、そういうルールも大層理不尽で怖い。
 オバケを殊更怖い物として意識するようになったのは、小学校に上がった年のことだったように思う。クラスメイトが、昨晩布団から出ていた足を何者かにぎゅっと掴まれたと言い出したのだ。そして、それはオバケの仕業であると。ロナルドは当時既に、自分の寝相の悪さについて、兄や妹に指摘されるまでもなく理解していた。寝た時と起きた時で、頭の位置が一八〇度ひっくり返っていることなど日常茶飯事。こんなことでは今夜にも突然オバケに捕まって、どこかに連れて行かれるに違いない。それはとても怖い想像で泣き出したい程だったが、同時に、ちいさな妹までそんな怖い目に遭わせるわけにはいかないとも思った。
 頼りになる兄は毎日すぐそばに居て、兄ならば例えオバケに足を掴まれたって負けやしないと確信しているが、まさか一晩中起きてオバケが来ないか見張っていてほしいだなんて頼めるはずも無い。そこでロナルドは六歳男児なりに熟考し、布団から身体がはみ出すことが万が一にもないようにと策を講じた。その晩は、いつも一緒の布団で眠る妹は掛け布団で、そして自分自身は敷き布団で簀巻きになって眠りに就こうとしたのだ。
 幸い、風呂から上がってきた兄が太巻き寿司のようになった二人に驚き、ロナルドから理由を聞いてくれた。そして弟の不安と突拍子もない行動の原因がオバケに由来するとわかると、自分が気功でハァッ! ってやって跳ね返しているからこの家に悪いオバケは一歩も入ってこられないのだ、だから大丈夫と安心させてくれたのだった。
 オバケなんて居ない、と兄には断言してほしかったが叶わなかったという点に於いて、これは恐怖にまつわる思い出であるが、兄の愛と強靱さを感じられた誇らしい記憶でもある。あの兄が悪いオバケ、と言うからには、世の中には良いオバケもいるのだろうと知れたことも良かった。長じてからも、ロナルドの中の幽霊に物理攻撃は通用しない説は覆っていないものの、己の兄はそれを凌駕する存在である。
 一方で、オバケの関わらないホラー作品であれば、耐性はそれなりに持ち合わせている。暗闇の中で敵意を持つ相手と対峙することを迫られても、それが吸血鬼だとわかっているならば恐ろしくはない、と言った具合である。そうでなければその根城に単身乗り込めようはずがない。吸血鬼には弾丸も拳も有効だ。
 同じ理由でゾンビを初めとした古典モンスターやエイリアン、キラートマトや巨大な殺人ザメも平気だ。人間の殺人鬼、みたいなのは別種の怖さがあるが。たとえ殺されそうになったからと言って、拳銃を扱う許可を持つ退治人が相手を全力で殴り飛ばしてしまったら、なんかこう、過剰防衛とかになっちゃったりしないかな、そういう怖さ含め。
 とにかく、ロナルドにとって、物理攻撃が効くものは恐ろしくない――緑色の、名前を口に出すのもおぞましいアレを除いては――己でも対処可能なのではという期待は、ロナルドにとっては大事なことである。
 それらのホラー映画やパニックものにはつきものの悲鳴だって、不意打ちの大音量だとか、俳優たちの迫真の演技に度肝を抜かれることこそあれ、恐怖という感情からは遠い。ロナルドにとって悲鳴とは本来、助けを求める市民の声に他ならないからだ。
 フィクションの悲鳴は、どこまで行っても作り物。退治人は誰だって、市民からの本物のSOSに即応できるように何度も訓練を積んでいる。恐怖に駆られていては務まらない仕事だ。

 ――キャァーーー……

 しかし、である。何事にも例外はあるもので、安心安全が確保されているはず、そう思いたい自宅の一角から、住人のものではない悲鳴が聞こえるというのは、まあかなり怖い。それも、ちいさな生き物が上げるか細く甲高い、焦燥を誘う『声』である。
 執筆作業に行き詰まり、紙に出力した原稿を眺めて唸るロナルドにとって、この悲鳴は中々いただけない。聴きたくないならばここリビングでなく、事務所へ籠もれば良いのだが、サボりを防止するために他者の目がある環境に居たいと同居者達に宣言している手前、遠ざかるわけにも行かないときた。
 ちなみにテレビやスマートフォン、電子レンジ等、音を出す電子機器はひとつも動いていない。吸血鬼死のゲームの憑りつくゲーム機を見やるが、充電用のドックに繋がれすやすやと夢心地だ。
 ――キャアーーーー!
 ――キュギューー……
……フーンフフフーン♪」
 最悪なことに、悲鳴の出所はキッチンである。しかも、調子はずれな音と平坦なリズムの鼻歌とのマリアージュ。ヘタなスプラッターホラーも真っ青の、出来すぎたシチュエーションである。
 ――キュ……キュプルル……
 黒衣をその身にまとう男の、痩せた身体の向こう側。今にも力尽きそうに思える弱々しい『声』と、一層機嫌のよい鼻歌をロナルドは、居た堪れない気持ちで聴いている。視線を男の傍らに遣れば、こちらは聞くに堪えないとばかりに耳を伏せ、遠い目をしたマジロが一玉。
「フッフフ。諸君ら火加減はどうかね? まあ泣いても喚いても君たちの行き先は我が愛しき使い魔とゴリラの腹の中と決まっているが……
「おい! 自作自演で畏怖欲満たそうとしてんじゃねえ! かわいそうだろ玉こんにゃくさんが!」
「ヌッ、ヌンヌン!」
「ブッフォ!」
 たまりかねてツッコミに転じたロナルドと、それに同意してみせたジョンの抗議により、黒衣の男――黒一色のエプロンをきちっと身にまとい、糊のきいたシャツを腕まくり、フライ返し片手に機嫌よく玉こんにゃくに根性焼きを施す吸血鬼――ドラルクは盛大にむせ込んだ。
「君たち、リアル五歳児みたいなこと言うのやめろ! 夕飯が砂まみれになっていいんなら話は別だが!?」
「オメーがそれ作る度に不気味な小芝居するせいだろうが!」
「喧しい! わかってんなら律儀に同じやり取りすな!」
「そっくりそのままテメーに返すぜ!!」
 ロナルドはドラルクと、キッチンカウンターを挟んでにらみ合い、彼を指さし威嚇するものの、そこまでだ。刃物と火を使うタイミングで不殺は絶対、さもなくば唐揚げはない物と思え等とドラルクから脅されており、己とジョンの胃袋を天秤にかけ、渋々従っている。
「まったく、おちおちオチャメもやれんわ」
 ぶつくさこぼすキッチンの主よりシッシッと手だけで追い返されるロナルドと、『ゴリラボーイのお守りをしていて』と役目を与えられたジョン。一人一玉、しょんぼりした気持ちでソファに腰掛ける。ああ、なんてかわいそうな玉こんにゃくさんたち。
 しかし、じきに悲鳴が止み、蒸気の上がる音と共に食欲を誘う香りが漂ってくると今度は、ロナルド達の腹の虫が我も我もと鳴き始めるのだった。現金なことに。


 ドラルクが時折作る、玉こんにゃくの炒め煮。醤油と砂糖の塩梅が織りなす至高の甘じょっぱさ、ごま油の豊かな香り、それからたっぷりかかった鰹節の旨味。ジョンの分にだけは一味唐辛子もかかっている。
 初めて食べた時こそ、こんにゃくを料理する吸血鬼なんて、やっぱり年食ってるからかな、等と失礼な事を思ったロナルドだったが、今はもうそんな考えがよぎることは無い。白飯に合う、怖い程箸が進む味付けで、沢山食べても食べ過ぎを叱られにくい、ロナルドもジョンも好きなおかずである。あの不気味極まりない調理場面に出くわしてしまうのでなければ、もっと何回だって食べたい。ロナルドはそういう風に思っている。