は、は、は、とリズミカルに息を吐く音が背後から迫ってきても、松本には振り返る余力がなかった。視線はよろよろと走る自分の足元に注ぎっぱなしだ。百人近い部員の足に踏まれて茶色くなった桜の花びらが、アスファルトに張り付いている。松本がここに来たとき、桜の蕾は固く閉じていた。いつの間に咲いて散ったのだろう。顔を上げて桜の花を見た記憶がない。
酸素の足りない脳みそでそんなことを思っているうちに、リズミカルな息継ぎの主は松本のすぐ後ろまで迫っていた。ベンチ入りしている先輩の誰かだろうか。それとも、今週から一軍入りした深津?
その疑問は、一瞬で解決した。周囲よりひとまわり小さい背中が、するりと松本を抜き去っていく。
「……クソッ」
思わずこぼれた心の声が耳に届いたのか、一之倉がちらりと振り向く。その切れ長の目がきゅっと細くなって、口角が上がった。ように、見えた。
松本の頭に一気に血が上る。重たい足を無理やり上げて、腕を振る。ぜいぜいと聞き苦しい音が耳障りだと思ったけれど、それは自分の息づかいだった。
猛然と追いかける松本なんて意に介していないみたいに、一之倉の足取りは軽やかだ。
なんでだかはわからない。でも、こいつにだけは負けたくない。
するすると遠ざかっていく一之倉の背中を追って、顔を上げる。しっとりと光る葉桜の中を走る一之倉の真っ白いTシャツが眩しくて、松本は一瞬、呼吸を止めた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.