もりやま
2015-08-16 17:23:19
3852文字
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東坂 これから、どうぞよろしく

携帯電話な東堂尽八。3話目。

 家族が増えた、という方がしっくりくる。

これから、どうぞよろしく

「ということでだ、購入ありがとう! これからもよろしく」
 にこにこと笑顔で差し出されたのは契約証と、保証書。満面の笑みを浮かべる美形は人間ではなく、携帯電話である。名前は、尽八。
「はい。よろしくお願いします」
 こちらもにこにこと笑顔で対応する。眼鏡をかけた少年は、美形な携帯の持ち主である。
 ふたりは尽八の試用期間終了日前日である今日、携帯ショップから正式な手続きを済ませたところだった。店から出てぺこぺことお辞儀をする眼鏡の少年――小野田坂道――を、尽八はよしよしと頭をなでてやる。
「正直、通帳をちらちらと見ていたから突き返されるかと思ったが、良かった。ありがとう」
 ありがとう、という言葉の裏に何が隠されているのか。坂道はそこには触れずに、照れくさそうに口を開く。
「尽八さんの居る生活に慣れちゃいましたから」
 居なくなられたら、寂しいです。正直に言葉を紡いだ唇に、尽八は得意げになった。
「そうかそうか! 流石はオレ! 最新機種の『お喋りモード』をお気にめしたようでなによりだ!」
 ワハハ! と特徴的な笑い声をあげる尽八はとても機械らしくない。坂道は何度もこの携帯電話が人間なのでは、と疑ったのだが一度充電切れを起こしてしまったことがあるので認めざるを得ない。
「5年ローンか……まあ幸い、保証期間は七年もあるし、七年の間はいくら壊れても大丈夫だな。七年の間、キミを全力でサポートしよう」
 控えめに目を細めて笑うその顔は、誰もが見惚れるような美しい笑みだ。ワハハ、という笑い方よりもこっちのほうがずっと格好いいけど、尽八さんらしい笑いはきっとワハハ、なんだろうなと坂道は笑顔を見つめながら思った。
「はい。七年間、よろしくおねがいします」
 坂道がそう言って、手を差し出せば温度のない手と重なる。そうして尽八は満足げに口を開く。
「うむ。では、当初の予定であるスーパーに行くか、坂道!」
「はいっ」
 手を繋ぐ、という行為は坂道にとってずいぶんと恥ずかしい行為だった。けれどもそれも慣れてしまった。よそ見をしてふらふらとアニメグッズなんかに引き寄せられる坂道を。尽八が引っ張って軌道修正してくれるのでありがたみすら感じる。
 おかげで尽八が居る間、『ついつい長居しちゃった』という言葉を発することが少なくなった。尽八様様である。
「時に坂道。オレは思うのだが……
「はい、なんでしょう?」
「キミはいつも食事は缶詰だのレトルトばかりだな?」
……は、はい……そ、そう、です、ね……
 目が泳ぐ坂道を見て、尽八はやれやれとため息をつく。この携帯、本当に表情豊かである。
「駄目だぞ、そんなのは! 聞けばキミは一応、スポーツ選手だそうじゃないか。体調管理も仕事のうち、と言われていないのか?」
「い、言われてます……
 目を合わせないまま縮こまる坂道に、尽八はぐいぐいと手を引っ張る。
「今日から自炊だ!!」
「えっええー!? むっ、無理ですよ!!」
「何故無理だと決めつける! それに、自炊の方がキミにとっても都合いいだろう! 食費節約、ガシャポン一回、二回とキミの娯楽に使える金も増える」
「あ、ああああんまり大きい声でガシャポンとか言わないでください……
 携帯電話、の知識量は持ち主によって変わる。おかげでアニメオタクの坂道の携帯電話である尽八は、そちらの方面に少し詳しくなってしまっていた。イケメンが、ガシャポンとか……! と坂道はなんだか申し訳なくなる。
「今の時代、小学生や中学生の時に調理実習というものをするのだろう。大丈夫だ、体はきっとなんとなく料理の仕方を覚えている!」
「おぼえてませんよー!!」
「男らしくないぞ、坂道!」
 いやだーーと半泣きになっている坂道を引き摺る尽八は、どこからどう見ても坂道の保護者であった。

「坂道は肉派は? 魚派か?」
 買い物かごを持つ尽八に、坂道は浮かない顔でお肉……と呟く。きちんとその音を拾った尽八はでは今日は豚肉にしよう。とカゴに豚肉を入れ始めた。
「ほ、ほんとーに、ボクが料理するんですか?」
「お前以外に誰か作るのだ」
「尽八さんとか……
「オレは水に弱いと言っているだろう。なにごとも挑戦だ!」
 そう言って尽八はぽいぽいと豆腐やら野菜やらを入れていく。カゴの中身が増えると、小野田の顔はどんどん酸っぱい顔になっていった。
「ボク、できる気がしないんですけどっていうか……尽八さん、適当に入れてませんか?」
「失敬な。ちゃんとレシピに必要なものを入れている」
「レシピ……なんて……えっあるんですか!? そういう機能!?」
 驚く坂道に、尽八は頷く。ちっちっち、とひとさし指を揺らして、甘いなと言葉を重ねる。
「アンケートに、一人暮らしである。という項目にチェックを付けただろう。そういう場合には、レシピが載っているサイトへアクセスしやすくしているのだよ」
「へえー! 尽八さん、すごいですね!!」
 きらきらと目を輝かせる坂道に、尽八は初心者でも作れるものを調べたから安心しろ。と付け足した。流石にもう拒否権はない、と覚悟を決めたのか坂道はがんばります……と小さな声で頷いた。
「包丁はあるか?」
「ありますよ。お鍋とか、ボウルとか、ちゃんと自炊に必要な最低限は一応……
「なら食材と、調味料だけでいいのか。これと、これと……
 てきぱきとスーパーの中を歩く尽八に、坂道は一生懸命ついていく。おかしいな、このスーパーに尽八さんを連れて行ったの一回のはずなのに、ボクより詳しい気がする。と思うが『迷子になりやすい』という項目にチェックを付けた場合、携帯電話にはマッピング機能がついているのだ。坂道よりも詳しくなって当然である。
「む、これも買っておくか」
 そう言って尽八が粗方買い物かごに商品を詰めたのを見て、慌てて坂道が買い物かごを尽八から取り上げる。
「わ、重い! だ、だめですよ尽八さん。携帯電話なんですから、こんなに重いもの持ったら……
「だが坂道、キミにとっても重いのではないか?」
 心配そうな声に、坂道は確かに、と買い物かごを床に降ろす。レジまではまだ遠いので、誰も咎めない。
……袋に入れる時は、はんぶんこしよう」
「そうしてくれるとありがたいです……
 提案に素直に頷いた坂道に、尽八は笑った。
 二人で大人しくレジにて精算をしてもらい、中身を半分にわけて帰路を歩く。
 なんだか、不思議な感じだよなあと坂道はちらりと隣を見た。
「ん?」
 視線に気づき、硝子のようにつるりとした輝きを宿す瞳と目があう。
「いいえ、なんか……嬉しいなって思いまして……尽八さんが、ボクの携帯で良かったなっていうか……楽しいんです!」
 うまく言葉にはできないが、それだけ伝えられればいい。そんな色の声に、尽八は買い物袋を左肩にかけなおして、右手で坂道の手を取った。
「それは結構なことだな! うむ、オレもキミの携帯であることを嬉しく思うぞ」
 人間のような感情は、携帯電話にはない。けれども坂道はそんな言葉を選び使ってくれる尽八に、やはりまぶたをぴったりと合わせるのであった。


 家につけば、冷蔵庫にしまう野菜は冷蔵庫にしまい、長らく使っていなかったエプロンを取り出すことになった。坂道は、エプロンの紐を後ろ手で結びながら、これから戦へ行くような真剣な表情になる。
「では、本日のメニューを発表する。初心者でも簡単、弁当でもおなじみの……生姜焼きだ!」
「しょ、生姜焼き……! 好きです!」
「好きなものならば作る意欲も出てくるな! よしよし、ではまず手を洗い……
 初心者用のメニューだが、坂道は尽八に包丁の持ち方から教わることになった。見てて危なっかしかったのである。それから生姜焼きのたれの作り方だったり、千切りキャベツの作りかただったり、吸い物の作り方だったりと隣で説明しながら、坂道は生まれて初めてまともな自炊をしたのであった。
「わ、わあああ! すごいっすごいです、尽八さん! できちゃいました!!」
「うむ。オレが教えたのだから当然だな!」
 ワハハ、と自信にあふれた笑い声に、坂道はぶんぶんと首をたてに振ってすごいです流石です! とはしゃぐ。
 坂道はひとりぶんのご飯をよそい、吸い物をよそい、生姜焼きと千切りキャベツをテーブルへと並べる。なんだか実家に帰ったみたいだ。なんてことを思いつつ、いただきますと手を合わせた。
「味見をしたから、味は大丈夫だろう。どうだ、坂道」
「おいひいへふ!!」
「飲み込んでからでいいぞ」
 きらきらと目を輝かせながら、自分で作った食事を頬張る坂道はリスのようだ。そんな坂道を、尽八は満足げに見つめる。
「尽八さんが、居てくれて本当に良かったです」
 飲み込んだ口で紡がれた言葉は、携帯電話にとってこのうえない褒め言葉だった。
「ああ。明日も、明後日もキミの生活をサポートしよう。それがオレ、携帯電話八型、尽八の生まれてきた意味なのだからな!!」
 びしっと指を坂道に向けて、尽八は高らかに笑った。


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16:16~17:16 本文
17:16~タイトル
本文→タイトル
携帯尽八に対して、坂道くんは段々遠慮なくなればいいなあとか。思ったり