かなざわ
2025-04-20 23:00:40
1551文字
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拝啓

よだつか(になる話)。海外在住の夜鷹の元へ司が慎一郎から預かった手紙を届けに行っている数年後if。発端の話。夜鷹は出ません。

「無理を言っているのは承知で、明浦路先生にお願いしたいことがあります」
 恐れ多くも鴗鳥慎一郎に頭を下げられるのは初めてではなかった司だが、そうされる度に毎回青ざめて恐縮しながら止めるか、自分も膝を下り相手より頭の位置を低くするのが常だった。それが常になるほど慎一郎に頭を下げられているのかと思うと意識が遠くなりそうなので、ここについては深堀りはしないでおく。
 冒頭の言葉を慎一郎が告げてきた時も、彼は折り目正しく頭を下げていた。
 いつもなら慌ててそれを止めている司が、息を飲み動けなくなったのは。
「話を、聞かせてもらえますか」
 戸惑いながらも、そう言葉を返していたのは。
 慎一郎の纏う空気が気圧されるほどに真剣で、その表情が今までに見たことがないくらい苦渋に満ちたものだったからだ。

 手紙の表面を、そっと指でなぞる。
 手書きの文字は、丁寧に記されているとひと目で見て感じ取れるものだった。実直そうな、少し硬めのやや右肩上がりの文字だ。人柄が滲み出ている、とも言える。
 すっかり見慣れてしまった文字を眺めて、ふっと眦を緩めた。
……そろそろ行こうかな」
 あの日慎一郎に頼まれたのは、手紙を届けて欲しいという、いわばお使いのような話だった。
 郵便を使えばいいものを、わざわざ手渡しに拘るというのは相手の住所を知らないのか、送れない事情があるのだろうかと疑問に思った。疑問が表情に出ていたのか、慎一郎は苦笑して、手渡しでもしなければポストから取り出されることもないだろうと言った。
 次いで、送り先が海外であること。行ってもらえるなら交通費滞在費諸々を慎一郎が負担すること。場所があまり交通の便がいい場所ではないこと。観光地でもない土地なので、行ったところで特に面白味もないだろうこと、などを聞かされた。
 それらを語る慎一郎があまりにも申し訳なさそうにしているから、司は思わず「俺で出来ることなら是非お力にならせてください」と言ってしまったほどだったのだ。
 今回で預かった封筒は五通目だ。不定期で渡されているものとは言え、溜まってきているのはそれだけ前回の訪問から時間が空いたということだった。
 差出人の慎一郎は勿論宛先になっている相手も、どれだけ間が空こうと手紙の束が分厚くなろうと、文句を言うことも気にすることもない。
 手紙に書かれているのは時候の挨拶と近況報告くらいだと聞いている。特に急ぎで届ける必要性もなければ、負担になるようなら捨ててくれても構わないとまで言われている。
 けれど司は、託されたのは単なる紙の束ではないと分かっていた。そこに込められているのは、心だ。
 託された心と心を繋ぐために、渡しに行く。
 そこに選ばれたのが何故自分だったのかという一抹の疑問はあったし、慎一郎にも当然聞いてみた。慎一郎は少し寂しそうに目を細めながら「明浦路先生には、絡まっていた理凰の心を解きほぐしていただきました。貴方は人の心を柔らかくする何かをお持ちなのでしょう。そういう理屈を越えたものしか、今の彼には届かない。勝手な話ではありますが、明浦路先生にしかなし得ない、そう思いました」と言っていた。
 正直なところ、慎一郎の言葉で抱いた疑問は解消しなかった。司自身、自分にそんな大層な役目が果たせるとは思えなかったからだ。
 けれど、頼られたのなら応えたかった。困っているのなら助けたかった。
 だから、慎一郎からの依頼を受けたのは、あくまでも司自身が選んだ結果だ。
 ただ、司が届けたいと思うから行く。
 それだけの話だ。
 宛先の相手は、夜鷹純。
 日本を離れ、スケートリンクのない街にひっそりと暮らす、今でもなお伝説と呼ばれている元フィギュアスケーターだ。