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あさかわ
2025-04-20 22:52:40
4485文字
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秋風に吹かれて夜中に上るお天道様もあるものだ
恋仲になって秋風で台風生み出さんばかりの💧に翻弄される👹の話。
1
鬼太郎と水木が恋仲になった。
鬼太郎が惚れた好いた、あなただけが愛おしいと体当たりを繰り返した時間は長い。独立したとは言え、一度は抱き育てた養子の言葉に、水木は首を横に振り続けた。そこをどうにか、なんとか考えてはくれないか。ならぬのなら切り捨ててくれないかと鬼太郎は挫けず弛まず水木を口説き続けた。
季節が一つ二つ過ぎる程度では水木は動じない、十の時には軽くあしらい、両手足ではまったく足りなくなって幾年月。
鬼太郎は水木から色好いの返事をおし戴いた。その日の鬼太郎は天にも昇る心地で、実際下駄を履いた足がふんわりふわりと覚束なかった。
さて、色好い返事を貰ってお付き合いと相成り、鬼太郎は首を傾げた。今までは好きだと告げるばかりであったが、恋仲となれば逢引やら贈り物やら色々しても良いだろう。しかし、水木は一体何を好むのだろうか分からない。好きな食べ物や新聞をくまなく読む習慣は知っているが、恋人へ贈るべきものや誘う場所を考えたことがなかった。
鬼太郎は己の力量を奢らぬ男であったので、下駄を突っかけカラコロと夜の町に鳴らして水木の家に赴いた。
「水木さんが恋人から貰って嬉しいものは何ですか?」
鬼太郎は年季の入ったちゃぶ台を挟んで正座して水木に問うた。頭を捻ったところで分からぬのなら本人に聞くのが宜しかろう。水木は読みさしの本に栞を挟みうんと唸った。
「そうだなぁ
……
」
火鼠の皮衣か蓬莱の玉の枝か。いや、酒飲みのこの人のことだから天狗の酒と乾き物だろうか。水木が望むのなら何であっても必ず用意するつもりだ。
「何でも正直に教えてください」
正座したまま勇んで前のめりになる鬼太郎の前で水木はぽんと膝を叩いた。
「あるぞ、すぐにでも欲しいもの」
今すぐにでも。真顔になった水木が喫緊必要なもの。
鬼太郎が思い浮かんだのはトイレットペーパーだ。ちらりと時計を見るとドラッグストアの営業時間ギリギリ。鬼太郎の俊足なら間に合うだろう。そんな訳あるかと第六感で鬼太郎の思考を察した目玉が森の寝床で寝返りを打ちながら突っ込んだ。
水木は子供のように無邪気な声に、それでいて年上のこなれた仕草で鬼太郎を指差した。
「身も世もなく俺に惚れて好きで堪らんというお前の面だ」
真顔で言うものだから、鬼太郎の髪はしびびと広がり、首筋から耳までかっと火照る。
水木はその様子を見ると鼻歌交じりに立ち上がり、冷蔵庫からビールを取り出した。
「む、ちっと赤みが足りないか」
水木が鬼太郎の前髪を梳いて額をちゅうと吸った。
「みっ
……
!」
かっかと火照りが全身に周り震えだす鬼太郎を眺め水木が満足そうに目を眇める。
「うん、こんなもんだろう」
水木はドカリとあぐらをかき、プルタブを開けてうまそうに酒をあおっている。鬼太郎は正座したまんま、噴き出す熱とやり場のない感情を堪えていた。
水木は鬼太郎の赤面を肴に飲んでいるのだ。酒精で自身も少しばかり赤くなった頬を緩めて笑う。
「夜中に顔出すお天道様もあるもんだな」
鬼太郎がビクリと震えると水木がケラケラ笑い出す。誰のせいだと詰りたい気持ちと、その愛おしげな目をずっと向けてくれと願う気持ちが頭の中で切ったはったの大立ち回りを繰り広げる。
結果、鬼太郎の口から出たのは唸り声とも悲鳴とも判じられぬ珍妙な音であった。
2
極端過ぎないだろうか。
鬼太郎は右の手を返す。帰りがけ水木に撫でられた手首が熱を持っている。鬼太郎は唇を尖らせ別れたばかりの人を思い出していた。水木のアパートに山菜を届けに行ってすぐに帰るつもりだったのだ。恋仲になったとは言え長居は申し訳ない。段階を踏んで親しくなるべきだ。しかし、付き合いを始めてからの水木はどうにも思わせ振りで、木枯らしのような秋波を送ってくるのだ。流し目に熱を孕んだ吐息。にこりと笑う目元から滲みだす愛情。吹き飛ばされないよう踏ん張る鬼太郎の心臓がいつまでもつだろうか。
「じゃあな」
水木は玄関に立った鬼太郎の手首をするりと握った。ついと指が肌を沿って手首の内側を親指で擦っていく。
「っ
……
!!」
鬼太郎が顔を真っ赤にして後ろに飛び退った。水木はカラカラ笑って鬼太郎を送り出し、俺のお天道様は部屋の中でもよく照ると楽し気だった。
付き合い始めて知った、愛しい人と仕草。山椒のように指先一つ、声一つで鬼太郎はしびびと背筋で火花が弾ける心地がする。鬼太郎が赤面すれば笑い、髪を逆立てて上ずった声をを出せば目を細め、餌を求める鯉のように言葉が出ずに口を開閉すれば唇を指で挟まれる。
かわいいなあと口から洩れる言葉は砂糖菓子の甘さ。とろりと解けた優しい目は恋人の熱。鬼太郎は水木にてんてこ舞いにされている。
「あの」
あくる日、鬼太郎は使い古したちゃぶ台を挟んで水木と向き合っていた。先日も似たような状況であった。
「お付き合いするまで、水木さんは僕にそっけなかったですよね」
「そりゃ付き合うつもりがない相手に、気を持たせるようなことをしては酷だろう」
水木は朝刊を広げて答える。一面を眺めたら次は経済面に飛ぶのが彼の癖だ。それは鬼太郎が水木の養い子であった頃からずっと変わらない。
「じゃあ、今は何でこんなに
……
」
あからさま、あけすけ、そんな言葉が思い浮かぶ。付き合う前の水木は鬼太郎に対して明確な一線を引いていたのだ。それを踏み越えた先で砂糖を絡めて煮詰められるとは想像していなかった。
「恋人に気を持たせんでどうする」
どっしりと構え、そう言われてしまえば返す言葉がない。
「それともこの手のことが嫌なのか。だったら改めるが」
「嫌では、ないです」
鬼太郎は両の手を握って頬を染め付け足した。
「嬉しいです」
「なら、よかろう」
悪くはないが、よくもない。鬼太郎は深呼吸をして水木を見つめる。言いたいことを言えぬようでは恋仲は続かない。ここは鬼太郎が一歩踏み込むべきだ。
「嬉しいのですが、もう少し抑えて頂けないと僕の心臓が持ちません」
水木は目をぱちくりさせてから、小さく首を傾けた。
「そうか?」
水木が新聞から手を離した。顎の下を指で撫ぜ、うんと唸る。
「恋仲になったのは鬼太郎が初めてだからな、どの程度にすればいいのか加減が分からん」
からかってやろうとか、甘やかしてやろうとかそんな考えは一切なかった。純な言葉が鋭く飛んで鬼太郎のやわこい所に突き刺さる。鬼太郎は胸を押さえ、ちゃぶ台で額をしたたかに打った。
「
……
加減してくださいと言ったばかりなのに」
「まだ何にもしてないぞ」
「無自覚なのが一番ダメなんですよ!」
ちゃぶ台の上で左右に揺れるつむじを眺め水木が困ったように口をへの字に曲げる。拗ねた唇の形も愛おしいのだと告げるだけの気力はなく、鬼太郎は唸りながら額でちゃぶ台にのの字を書き続けた。
3
「鬼太郎が可哀想とは思わんのか」
使い古したちゃぶ台の上で目玉が仁王立ちしている。手のひらの大きさの仁王様なので迫力もへったくれもない。しかし、水木は恋仲の名前を出されて黙ってはおれぬ。
「なんだ、藪から棒に」
「どうもこうもあるか。幾年月も鬼太郎が必死に食らいておった時は容赦なく突き放しておったのに、付き合いだしてからは睦言で砂糖漬けにするつもりか!」
「
……
? 恋仲ならば睦言くらい出るだろう」
水木が首を傾げると、目玉が地団駄を踏んだ。ちゃぶ台の上の湯飲みこ水面にちまりと紋が現れる。
「限度があるんじゃ。鬼太郎の頭に琵琶湖の水のごとく振りかけおって。お主のところに出掛けて戻ると顔を赤らめて呂律も回らぬ有様じゃ」
五回に三回くらいはふらふらした足取りで帰って行く気がする。水木は、へにゃりぽにゃりとふらつきながら帰って行った鬼太郎の背中を思い出した。
「連れなくするより良いだろう。きちんと好きだと言わぬ方がおかしい」
水木の言葉に目玉が両腕をやたら滅多に振り回した。
「だから! 限度を考えろと言っておる! このままでは鬼太郎がでろでろに溶けてしまうやもしれぬ」
「んな馬鹿なことを」
水木は花で笑ったが、目玉は真剣だった。子を思いやる父親の姿に水木も佇まいを正した。
「あのな、目玉。自分が養い育てた子供とどうにかなるなんて人の世にもとる行いだ」
「水木!」
「分かってるさ!人の世の正しさで見れば、そもそも人外の子供を育てることは間違っているだろう。だから俺は自分の心一つで鬼太郎と向き合わないといけなかった。人の倫理とか世間体というガラスを通さずに、両目でありのままの鬼太郎を捉えようと何十年もかけた。その上で恋仲になると決めたんだ」
水木は髪をかき上げた。必死で口説く鬼太郎は水木が断りを口にしても挫けなかった。恋仲など考えられないと告げる水木の言葉に毎回きちんと傷ついて、唇を噛みしめていた。そのくせ遠ざけずにいてくれて嬉しい、煩わしくとも親子の縁を切らずにいてくれて良かったと感謝を口にして去っていく。
鬼太郎とて人の世で暮らしたことがある身だ。自分が想いを告げれば水木を悩ませると分かっていただろう。よくよく考えた上で告白したはずだ。初めて想いを告げた日、鬼太郎は痛々しいほど覚悟を滲ませた眼差しをしていた。
「
……
ちゃんとしたいんだよ」
水木は指を握って開いて己の手のひらを見た。
「恋仲になると決めたが、俺はどうにも世間様と人の世の正しさを隅にやりきれない。だから、あいつのことちゃんと恋人として向き合るようになりたいんだ」
恋仲なら手の一つくらい繋ぐだろう。ふと横顔を見て愛おしいと思い口にすることもあるだろう。水木は指を開いて結んで、手首を回す。恋仲だと言葉と態度で示して体と意識に馴染ませていきたい。ガラス越しではなく、ありのままの鬼太郎の姿を見失いたくない。
「む
……
そういう事情であれば止めはせんが」
目玉は腕を組んでちゃぶ台に座った。水木は眉を下げて目玉の肩をつつく。
「苦労をかけるな、親父さん」
「なに、わが子が幸せあるならば良いのよ。鬼太郎が頑張って慣れるほかないのう」
顔を真っ赤にして慌てふためく鬼太郎はかわいいのだ。
「俺としては、もう少し俺だけのお天道様でいて欲しいけどな」
水木が愛おしいのだと告げれば、言葉を返すより早く赤く染まる頬。同じ気持ちでいると告げる赤面が健気で撫でまわしたくなる。ぎゅうと抱きしめると鬼太郎の全身がかっかと火照り頭から湯気が出そうになる。
鬼太郎が口から漏らす唸り声とも悲鳴とも判じられぬ珍妙な音。あれがかわいくてついちょっかいを掛けてしまう。水木が密かに気に入っていることを知らぬのは当人ばかり。
結果として鬼太郎が水木の秋波をすべて受けきれる潔い男に成長するのだが、結果惚気があちこちに零れて目玉が辟易することになる。こちらも当人は知らぬままであった。
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