まきわ
2025-04-20 22:45:41
2144文字
Public クロリン
 

夕立ち、晴れて

創後、先輩は旅中のクロリンです
特に説明するほどのシチュがないけど雨が降ってなんか憂鬱になる教官の話です(?


とつ、と雨が窓を叩く音がしてリィンは窓越しの空を見上げた。
いつの間にか重い雲に空は覆われて、そこからぱらぱらと雨粒が吐き出されている。
日差しがないせいか季節の割りに心なしか冷える。
(ああ……
窓に手を当てて小さくため息をつく。
(こんな雨の日はあの頃を思い出すな)
傘も差さずに冷たい雨の中墓前に立った感覚を思い出して、リィンは窓に額を当てて俯いた。
クロウを喪っていた期間は一年以上あるのだから暖かい日も暑い日もあったはずなのに、何故か冷たい雨の日のイメージがある。
胸に黒い穴が空いたような感覚は、空虚なのに何故か重たい。
その重たさを吐き出すように溜息をつくと窓が白く曇った。
(いやだな)
クロウが還ってきたことであの時空いた穴は埋められたはずだ。
けれど思うに、心の穴は一度空いてしまうと埋まったとしてもそこに穴があるという事実は変わらないのではないだろうか。
傍にはいないだけで連絡すればいつでも応えてくれる。
逢いたいと言えば飛んできてくれるだろう。
それでもそこに穴があることを思い出すと胸が重たく沈むような嫌な感覚に襲われた。
「ああ……
今度は声に出して息を吐いて、リィンは頭を振った。
まだ仕事がある。
鬱々とした顔を生徒や同僚達に見せるわけにはいかない。

それでもリィンはその日、早めに仕事を切り上げることにした。
夕暮れ時には同僚に声をかけて、校舎の玄関口に立っていた。
ざああ、と激しさを増した雨を見上げてリィンは憂鬱な目をした。
「リィン君、傘持ってる?」
通りがかったらしいトワに声をかけられて、表情を改めて笑みを浮かべる。
「ええ、折り畳みが。でも帰るだけだからいっそ濡れてもいいかなって」
あの墓前に立っていた時のように。
なんだかその方が気分に合っている気がした。
けれどトワは困ったように眉を寄せた。
「だめだよ、風邪ひいちゃうかもしれないんだから。少しだとしても、ちゃんと差して帰りなさい」
相変わらず子供のような見た目をしているのにこうして叱る姿はなんだか微笑ましい。
「これくらいじゃひきませんけどそうですね
心配をかけたいわけではないし、半分自棄のようなものだ。
良くないと戒めて傘を取り出そうとした時だった。
「あっ?」
トワが空を見上げて声をあげたのにつられてリィンも視線を上げる。
ざあざあと降りそそいでいた雨の量が見る間に減っていき、ぽつりと最後の一滴が落ちるのを合図にしたようにさぁっと駅の方から雲が散っていく。
唖然としている間に橙色の空が姿を現わして夕日がリィン達を照らした。
「やんじゃった
「ええってあれ
空から少し視線を下げた、正門の向こう。
びしょ濡れの人影が悠々と現れた。
「よっ。いやーすげー雨だったなぁ。物理で水もしたたるイケメンやっちまったぜ」
「く、クロウ君?!もーびしょびしょじゃない!」
「傘持ってなくてよ、まぁいっかって歩いてきたんだがすぐ止むなら待ってりゃよかったかリィン?」
……っ」
クロウの優しい目と視線が合った瞬間、リィンは言葉もなく駆け出すと思いの丈を込めてクロウに思い切り抱きついた。
「うおっと?」
「ええっ、わわわわっ」
クロウは驚きつつもリィンの体を受け止めて、子供が縋りつくように肩に顔を埋めるリィンの背中を苦笑混じりに撫でた。
トワは少し顔を赤くして慌てた後、一つ咳払いをした。
「わ、わたしちょっとタオル取ってくるね!」
玄関を開け閉めする音が声に続いて、急に辺りに静けさが満ちる。
遠くから鳥の鳴く声が聞こえて、かえって夕日の中の静けさを際立たせた。
「こら、お前まで濡れちまうぞ」
ぽん、とクロウの大きな手がリィンの頭を優しく叩いた。
子供が駄々をこねるようにリィンは更に強くクロウにしがみついた。
もう、濡れてる」
黒く大きく空いた穴に冷たい雨が降って、じっとりと濡れたように重く沈んだ心を想ってそう返した。
説明しなければきっとなんのことかまったくわからないだろうに、クロウは何かを察したように小さく息をついてからリィンの頭を撫でた。
「いいならいいけどよ。なら帰ったら一緒にゆっくり風呂でも使うか」
……うん」
宥めるように言われて、まだ稚く頷く。
ゆったりと頭を撫でられながらクロウの体温がうつるように沁み込んでくるのを味わってから、リィンは体を離した。
ふぅ、と一つ息をついて少しぎこちない微笑みを浮かべる。
もう、大丈夫」
クロウは特に何も尋ねることもなくただいつも通りの笑みを返した。
「ん。そんじゃトワのとこにタオル受け取りにいくか。いつ出てくりゃいいか困ってるだろうしな」
「あ……うん、そうだな
トワにみっともないところを見せたことに今更気付いて少し顔が熱くなる。
だがまぁ余裕がなかったのだから仕方ない。
生徒に見せるよりマシだと割り切った。
「ほれ、行くぜ」
ああ」
差し出された手を取る。
雨の日がなくならないように、きっとリィンの心も何度でもあの日に戻ってしまうのだろう。
それでも心配ないと、鮮やかに晴れた夕焼け空を見上げて思った。
必ず晴れるから。
晴れさせて、くれるから。