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ねぶくろ
2025-04-20 20:15:21
3336文字
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Skeb
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夜を惜しんで
Skebにて納品した作品です。
BL作品の為苦手な方はご注意ください
浅沼南桐が阿倍陽太郎との行為を拒絶するのはそう珍しい話ではない。
誇り高く、欲に溺れて合理性を欠くことを嫌う彼は、基本的に阿倍からの誘いに対して消極的だ。押し問答の末に半ば無理やりホテルに引きずり込むことも少なくない。そのため阿倍は、その日浅沼が歓楽街の手前で立ち止まったことに対しても、「またか」という以上の感想は抱かなかった。
足を止め、嫌そうに眉間にしわを寄せた彼の手を引く。軽く触った手のひらは乾燥して、少し硬い皮膚にはいくつかの細かな傷が見て取れた。指先を撫で、上目遣いに彼を窺う。少しの力で繋がれた手へと視線を落とした浅沼は、相変わらず嫌そうに、眉間にしわを寄せていた。不快そうな眼差しを見上げながら、ほんのわずかにその手を引く。
いつもであればそれで動くはずの革靴は、頑としてその場に留まったままだった。彼がゆるく頭を振って、「やだ」と子供のように単純な言葉で拒否をする。阿倍は視線を彼へと固定したまま、その手の甲を撫で、指の背をなぞった。
「
……
、ダメですか?」
「だめ」
薄い夜闇を照らすネオンの光が、浅沼の横顔を青く濡らしている。彼は阿倍の指先から逃れるように手を引っ込めた。温度が離れて、空気の冷たさが手の中に残る。阿倍はいつになく強固な意思で拒絶する彼を眺めて、微かに眉根を寄せた。空いた手を顎に当てて、「浅沼さん、」と彼を呼ばわる。
「もしかして、怪我してますか?」
だからしたくないのか、と言外に滲ませて尋ねれば、浅沼が静かな眼差しでこちらを見下ろした。ネオンの青に塗られた視線は森閑として、いかなる感情も汲み取れない。彼は笑うこともせず、「してないけど、気分じゃない」と言葉を返した。
「そもそも、会うのとするのがセットになってるっておかしくない?」
呆れたような声音に、阿倍は「
……
、まぁ、そうかもしれませんね」と頷きつつも手を伸ばした。先ほど逃げて行った右手を摑まえ直して、今度は確かな力で握り込む。ピクリと手の中の指先が動いた。それを無視して手を引くとともに、軽く体を寄せる。爪先に体重をかけて背伸びをすれば、十八センチの身長差は数センチまで縮まった。
「じゃあ、他の人捕まえるので、ここで別れましょうか?」
揺さぶるように尋ねてみれば、彼が心底嫌そうに顔を歪めて、深い息を吐き出した。
* * *
舌打ちと共に部屋のドアをくぐった浅沼は、ベッドに腰を下ろした姿勢でじっとタイルカーペットを見つめていた。気が変わった様子はなく、さりとて逃げるそぶりも見せない。阿倍が彼の正面に立って小首をかしげれば、浅沼はもう一度深いため息を吐いて顔を上げた。
「やっぱりやめて帰らない?」
その言葉を無視して、彼の肩を押す。言葉の割には無抵抗にシーツの上に沈んだ体へと圧し掛かり、阿倍は「
……
珍しいですね」と目を瞬いた。浅沼が行為に乗り気でないのはいつものことだが、ここまで往生際が悪いのは珍しい。──そして、力づくで抵抗しないことも。
阿倍は小さく傾げた首を立て直して、おもむろに彼のシャツを引っぺがした。「あ、こら」と不意を衝かれたように浅沼が抗議の声を上げる。阿倍はそれを無視して、皺ひとつない清潔な前身頃をはだけた。
白い布の下に現れた肌は、年齢に見合わず鍛えられて若々しい。その、筋肉質で引き締まった腹部にまだ完治していない手術痕を見つけて、阿倍は眉根を寄せた。手で触れることも憚られるような、真新しい縫合の痕。生々しく肉の引き攣れたそこをじっと見つめて、阿倍は軽くため息を吐いた。
「やっぱり怪我してるじゃないですか」
「
……
。だから言ったじゃん。やだって」
浅沼は投げやりに体を投げ出し、首だけを動かしてこちらを見上げた。仕草から察するに、怪我の影響で体力も削られているのだろう。道理で投げ飛ばされないわけだ、と得心して、彼の胸板に手を置いた。手のひらに伝わる熱は安定していて、上下する呼吸にも乱れは感じられない。
「他に怪我はありませんか?」
「ないよ」
どこか疲れたような声で即答した彼が、軽く身を捩ってみせる。確かに、シャツをはだけた上半身にその他の傷は見当たらない。その事実に安堵しながら、阿倍は浅沼の顔を覗き込んだ。室内の照明を受けて橙に色づいた瞳がこちらを見返す。阿倍が軽く唇を重ねれば、浅沼が諦めたように目を伏せた。
口づけを終え、傷の周囲に指を滑らせる。浅沼がわずかに身を強張らせるのが指先に伝わった。間違っても痛みを呼び起こさないようにと気を付けながら患部のそばを撫でて、引き攣った皮膚の感触を辿る。傷跡の少なくない肉体に視線を落として、阿倍は小さく息を吐いた。
「銃創ですか?」
尋ねた言葉に、彼が「どうでもいいでしょ」と言葉を返した。
「
……
。銃創ですよね」
断定して、顔を覗き込む。浅沼はただ黙って目を逸らした。
いくら性欲が強いとはいえ、負傷者を無理に抱く趣味はない。阿倍は甘やかすように指先で髪を梳き、頬を撫でて、鼻先に口づけを落とした。浅沼が眉間にしわを寄せるのにも構わず、耳元に指をくぐらせ、首筋を辿り、胸元までをなぞる。脈拍や体温を確かめながら彼の体に触れていれば、浅沼が浅く息を吐いた。
逸らしていた目を持ち上げて、彼がこちらを見る。睫毛の先を睨むような眼差しが阿倍を捉えた。
「それ、止めてくれる?」
浅沼の言葉に、阿倍は目を瞬いた。言われた通りに、一度手を止める。
「痛いですか?」
尋ねれば、浅沼が苛立ったように舌を打った。──弱いところを見せたがらない彼が、素直に痛みを訴えるわけもない。勝手に納得して、阿倍は身を起こした。室内のテーブルに無造作に置かれた浅沼のカバンへと視線を向けて、「痛み止めとか持ってますよね」とそれを手元に引き寄せる。
「あぁ
……
。内ポケットにピルケースが入ってる」
何もかもを諦めたように彼が応じて、阿倍はカバンの内ポケットを探った。すぐに硬い感触を見つけて、それを引っ張り出す。手にした小さな四角いケースを目の前に掲げれば、薄闇の中にも白い錠剤が入っていることがわかった。それを一つ取り出して、「水も要りますよね」と思い至って立ち上がる。
阿倍が水を用意して彼に差し出せば、浅沼は身を起こして重たげに瞬きをした。疲れたような瞳がゆっくりと動いて、差し出された錠剤と阿倍の目とを見比べる。浅沼はただ黙って阿倍を見上げていた。瞳の奥に覗く熱に気付いて、「
……
手伝いましょうか」と言葉を掛ければ、彼はやはり黙ってこちらを見つめ続けた。
沈黙を肯定と見做して、小さな錠剤を舌の上に乗せる。頬に手を添えて、彼と唇を重ねた。赤子にしてやるような気持ちで薬を口内に押し込めば、浅沼が従順にそれを嚥下するのがわかった。
離れようと身を引けば、不意に体が傾ぐ。胸ぐらを掴まれ、どこに隠していたのかというほど強引な力で体をひっくり返された。
気付けば視界には浅沼の顔と、その先に見え隠れする狭い天井だけが存在している。熱く深い口づけを続ける浅沼は、先ほどまでと変わらない、静かで熱っぽい眼差しでこちらを見据えていた。その、理性の綻びかけた瞳と視線が絡まる。
獣を思わせるその目に、思わず体が震えた。脊髄を情欲が這いあがって、思考が白く蕩ける。阿倍が必死に息を継いで彼に応えていれば、長い沈黙ののちにようやく解放された。
酸欠に眩む頭が枕に沈む。阿倍が息を整えていれば、乱暴な手付きで襟元を掴まれた。顔を引き寄せて、浅沼が耳元に囁きかける。
「さっきの何?」
「
……
、は、」
さっきの? と反応できずに目を瞬けば、パッと手を放された。重力に従って頭が枕に落ちていく。半分ほど白に埋まった視界を持ち上げれば、こちらを見下ろす彼と視線がかち合った。どこか面白がるような声音で、彼が言葉を重ねる。
「煽るだけ煽って生殺しなんて悪趣味じゃない?
……
治ったら覚えといてね」
それじゃあ、とシャツのボタンを留めると、彼が立ち上がる。阿倍が引きとめる間もなく、浅沼はさっさと薄暗い一室から出て行った。
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