朱色

年齢逆転です、雑13(28くらい)高17 火傷後一年半くらいで、雑が体を動かせるようになった頃の話 幼さ=勢いや剥き出しの本性

朱色

(雑渡)

 バカタレ、と誰かが誰かに叱られる姿を見て、どことなく昔の山本を思い出し。
 そこまでは記憶があるが、初夏なのにやけに熱い日差しに頭がくらりとした。今思えば、あれは脱水だった。火傷の療養が明けて体を動かせるようになったあとの、初めての夏の入りだから、小さく油断をしていた。

 ◇

(高坂)

 忍務終わりに宿で朝寝をしていた私の元に、白い影がやってきた。
 年は十三か十四か、上背があるからそれよりも大人びて見える。私の知らない雑渡様だ。生き霊のようなものと本人に言われ、「もしかしたら」と続く。
「少し幼くなって、甘えたいのかもしれない」
 と、口調はいつもの雑渡様なのに、声に抑揚と弾けるような高さがあった。声質自体は変わらないのだが、私の知る二十代も終わりの、あの穏やかさよりも明るい調子を含んでいるというか。
 なによりその顔が、火傷を負っていない面影が、私の全てを震わせた。
「お前にもこんな時期があったね」
 と聞かされ、自分がこのころの──強がりばかりを言っていたのを思い出し、顔を背ける。恥じらいや照れ隠しではなく、そのときの自分はただ闇雲に、無我夢中に、体を痛めつけてまで鍛錬をして、早くなにもかもお役に立てるよう必死だった。さらには数年後、火傷に覆われた体を動かすのもままならない雑渡様を見てから、この方の片腕と言わず半身となれるように。その必死さを、今ではずいぶんな無謀だったとわかっていて、それをあえてなにも言わず許してくれていた隊の方々に申し訳なかったのだ。
「この腕で初めて抱いたお前は、赤ん坊だったんだよね」
 たしか今くらいの年のころ、秋に。
 雑渡様がそう言って、子どもを抱く真似をした。子どもが子どもを抱くのだから、たどたどしい手つきだった。
「髪はまだ生えそろってなくて、白くて健康な肌だった。高坂殿の奥方に似ていたかな。でも今は」
 雑渡様が私を見上げる。
「高坂殿に似てる」
 子どもの視点を持ち直し、もう一度振り返ってみたのだろう。
 ──あのころ、父も母も、幼い雑渡様の来訪を喜んでいたと聞く。雑渡様の父君に連れられて、いつもは自由奔放な十三の少年が、じっと赤ん坊の私を見てなにも言わず、数回のまばたきを終えてそっと抱き上げたのだとか。
「泣かない子だった。なにに対しても大きく目を開けて、好奇心で突き進んでいて」
……そうでしたか」
「慈しみを知ったよ」
 そっと呟く雑渡様は、少年の頬を少し赤らめた。火傷の肌では見ることのできない紅潮だ。
「体が縮んだせいか、なんだか妙に照れ臭いね。お前もこうだった?」
 赤らめながらもほほえんで、まっすぐ見つめてくるあたりさすが雑渡様だと思える。人たらしの方法だ。もしも見つめず、見栄や虚勢でそっぽを向き、自己を照れで片付けてしまうのは、かわいげこそあるものの大勢の心は掴めない。赤らみながらも花のようにほころんで、少し相手と距離を近づける方が、よほど全ての人を揺り動かす。そんなふうにしておいて、「慈しみを知った」と言われるのだ。
 誰もが、その慈しんだ対象が特別であると勘違いしてしまう。
「陣左がとても大人に見える」
「いえ……私などとても」
 出会ったころの雑渡様に比べたら。そう言いかけて、かたまりを飲み込んだ。代わりに話をすり替える。
「甘えたくなったと仰ってましたが」
「うん」
「なぜでしょう」
 ふむ、と顎に手をやる雑渡様の、あまりに仕草と年齢が合わない。十三の少年が大人びて妙な色気を出している。
……多分、本来の私は今、脱水で倒れてる」
 あまりに呆気なく言うものだから、私は拍子抜けした。
「脱水なんて情けなくて。自分の体調管理は真っ先に気にすべきことだ。できてないことを多分山本あたりに怒られたくなくてさ」
「今のあなたは、まえのあなたと違う体質です。それを怒るなどと」
「ない、とは思うんだけどね。でもたまに、あの怒声を聞きながら逃げた日々が懐かしくなる」
 そういう、笑いながらも逃げ回ったのが大体今の十三か四の雑渡様なのだろうかと、私は改めて彼を見た。しなやかな体で巧みに逃げていたのだろう。なかなか捕まらなかったのではないか、山本さんの苦労が窺える。
「叱られて、でもときどき甘えてみたりして、子どもに少しばかり戻りたかったのかもしれない」
 冒頭の言葉を、今一度自問されている。
 雑渡様の、意外な面を見た。私はどう声をかければいいのか。ただ彼の目の縁が、若さ故の赤みで染まっているのをうつくしいと感じた。
「でも甘えたいのであれば、どうして山本の元に現れなかったのかな、私は」
 たしかにそうだ。山本さんなら、あれこれ世話を焼きつつも、きっとこの少年に還った雑渡様をかわいがる。私のように扱いあぐねることなく。
「甘えるより叱られるより、陣左の困った顔が真っ先に見たかったのかもしれないね」
「ずいぶん、意地の悪いことをなさいますね」
「だって好きな子には意地悪をしたい年齢だ」
 そうくるか、と私は舌を巻く。
 ──私たちは、療養中ほとんど言葉を交わしてこなかった。私は忍務で忙しく、雑渡様はとにかくいち早く回復することを望まれた。私から会いに行くこともできたのに、会わない月日は積み重なり、おそらく雑渡様は少しばかりいじけたのだ。
 十三歳の、幼い顔で言われると、私がすぐに心を砕くと踏んだのだろう。だからこうして目のまえに来た。したたかな生き霊は、平然とした顔をしてニヤリと笑った。
 多重に口説いてくるのが、二十代後半の雑渡様であれば、私も頷いて笑っただろう。しかし眼前にいるのは十代の若者で、その懸命な話し方が、上擦った声替わりまえの声が、未来を見据えた輝く肌が、私に観念せざるを得ない、とはっきりと思わせた。
 そうして私はハッと息を飲む。
……意趣返いしゅがえしですか。私が若いときの」
 狼隊へ入るときの、私の姿が重なった。雑渡様は私に近づき、肩をすくめて目を閉じる。
「十三というのはいい。まっすぐに相手を見て、純粋なままでいられる」
……お忘れください」
 大人のように華麗に笑う少年に、私は諦めていいようにされた。振り回された。近づいた少年は堂々と、私の隣へ座ってこっちを覗き込んでいる。黒々とした瞳の奥に、期待と希望と、未知を秘めていた。果たして十三の私もこんな目線を雑渡様に向けたのだろうか。なんの恐れも知らない顔で、狼隊へ入れていただきたいと高らかに告げ、寸分の迷いのない当時の私の思いに、雑渡様は。
 ──陣左、どうかそのまま大人になって、そしてずっと、私をまっすぐ貫いていてくれ。
 そう言って、二十代になってもこの瞳のまま、私を捉えたのだ。貫き合う心はもはや、抜け出せないというのに。
「あと生意気なことに、どうやら私はどんな年齢であったとしても、今の陣左が一番いいらしい」
 だからこれからも更新されていくんだろうねと、極めつけにそんなことを仰り、生き霊はいよいよ艶めいて笑んだ。生きているのではないかと思うほど、血の通った笑みだった。