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千代里
2025-04-20 14:22:35
8719文字
Public
ネイスのヒカセンではない話
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ネイスの話・1・食塩とグリルドトラウト
ネイス・ククリクは冒険者だ。
正確には、今朝冒険者ギルドに登録したばかりの新米冒険者である。
とはいえ、腰に武器が吊られているわけでもなく、背負い慣れた弓は今は横に置かれている。旅立ち前に作ったばかりの槍は先日の戦闘で破損してしまい、使える得物は懐のナイフくらいではある。
しかし、それでもネイスが冒険者であることに変わりはない。
ふわふわとした白一色の髪にはザナラーン地方ではまず見かけないものーー兎に似た長い耳がぴんと立っている。見るものが見れば、ネイスがはるか東の先にある辺境にて暮らす少数民族ーーヴィエラ族の人間だと気がつくだろう。
乾燥地帯であるザナラーン特有の燦々と降り注ぐ陽の光の下、申し訳程度に作られた川縁の木陰に腰を下ろしているネイス。卵の殻がついたようなひよっこ冒険者が何をしているかと言うと、
「
……
これで、本当に魚がとれるものなのか」
思わずと言った様子で呟くネイスの視線の先には、一本の釣竿。その先端からは、たらんと釣り糸が垂れている。なお、この姿勢になって実に一時間が経過していた。
ネイスの本日の任務は、夕飯に食べる魚を得ることだ。しかも一匹二匹ではなく、同行している他の者の分も何匹か必要だと言われている。
(保存食があるから、何も釣れなくていいとは言われたけども)
だが、これ冒険者としての初めての依頼でもあった。半ば身内のような者からの依頼といえども、それを釣果なしと報告するのはあまりに情けない。
しかし、ネイスは釣りをしたことがない。五年ほど暮らしたザナラーンの辺境の村で魚を得てはいたが、あれは投網漁や罠を仕掛けたからであり、釣り竿で魚を釣り上げた経験はさほどなかった。
いっそ、このまま川に入って魚を掴み取りした方が早いのではないか。幸い、近くには危険そうな獣の類は見当たらないしーーなどと思っていると、
「ネイスさーん」
ネイスにとって最も聞き馴染みのある、澄んだ少女の声が聞こえた。
振り返れば、ネイスより一回りどころか三回りは小さな体躯の少女が駆け寄ってくるところだった。
「レレム、何かあったのか」
「ネイスさん、大変です。すごいものを見つけてしまいました!」
ネイスに走ってきた少女は、つい数十分前に暇を持て余して周りの様子を見に行くと言って、ネイスの視界の端をちらちらと動き回っていた。
見た目は幼い子供に見えるが、レレムはララフェル族という非常に小柄な種族であり、彼女自身も幼子などではなく、歴とした十代前半の少女である。旅立つ前から縁あって行動を共にしているので、ネイスにとっては大事な家族のようなものだ。
「ネイスさんは、まだ何も釣れてないのですか」
「うん。まだ釣竿が動かない」
「ずっと糸を垂らしてますけれど、餌が溶けたのではありませんか」
「餌は溶けるのか?」
「流石に何時間も垂らしていると
……
溶けるかもしれませんね。まして、今回は柔らかなすり身の塊ですから」
そういうものかと釣り竿を上げると、レレムの言う通り、水中に投げ入れる前は針を覆っていたすり身が随分と小さくなっている。水流はまずまずの速さであったことも災いしたのかもしれない。
「わたしの報告の前に、まずはネイスさんの餌をつけ直しましょう。ちょっと貸してください」
レレムに釣り竿を貸すと、あれよあれよという間に針が回収され、新たな餌が取り付けられる。ついでに、彼女はもらった餌をいくつか細かく分けると、
「こちらを撒き餌にしましょう。いきなりポツンと餌があるより、周りにも散らばっていた方が油断する魚も出てくるかもしれません」
「そういうものなのか」
「釣りは忍耐と駆け引きだと、前に釣りを教えてくれた方が言っていました!」
小さく拳を握るレレムの勢いに押されて、ネイスは細かくちぎられたすり身を撒いてから、自分の釣り竿も水面に垂らしてみる。
すぐに変化はないが、微かに水面の向こう側で魚の影が揺れたようにも思う。
「ところで、レレムは何を見つけてきたんだ」
金勘定が得意なレレムのことだ。換金できそうな貴重な素材を持った魔物でも見つけたのかもしれない。何しろネイスたちは、現状とてもではないが金銭的に豊かとは言い難い状況なのだから。
「ここから少し離れたところに、これがあったんですよ。誰かが採掘をしていたみたいで、沢山は持ってこられなかったのですが、一つ二つ残っていたものを拾ってきたんです」
そう言ってレレムが丸く膨らんでいたポケットから取り出したのは、ゴツゴツとした岩だった。色味はザナラーン地方でよくみる赤茶けた岩石ではなく、陽の下ではネイスの瞳の色に似た薄紅が勝っているように見える。
だが、少し変わった色をしていても、それはどう見ても。
「
……
岩?」
「岩ではありません! 岩塩ですよ、岩塩!」
ほら、と突きつけられて、ネイスは岩塩と呼ばれた岩を手に取ってみる。塩と言われたので、おそらくはこれは塩の塊のようなものなのだろう。
「しかも不純物があまりないものだと思います! 削ったらそのまま食用の塩になるんですよ」
「それはすごいな。商人から買わなくていいのか」
「はい。調味料はお料理には必要ですが、財布としては苦しいものがありますからね」
しみじみと頷くレレム。一方で、ネイスは採れたての岩塩をしばらく手のひらの上で転がしてから、
「これ、どうやって塩にするんだ」
「削るんです」
「削るのか」
「はい。それはもうゴリゴリと」
「それは、レレムはできるのか?」
レレムの手は小さく、ネイスのが握ったら見えなくなってしまうほどだ。無骨な岩塩とは不釣り合いだと思っていたら、レレムはスカイブルーの瞳をぱちくりとさせ、ネイスをじっと見つめた。
「ネイスがやるのか」
「できますか?」
「多分。削るだけなら
……
あっ」
二つ返事で引き受けた瞬間、ネイスは手に握っていた釣り竿がぴくりと動くのを感じた。
***
「いっぱい釣れましたね! これなら、他の方の分も足りると思います」
「前に網で獲ったときは、もっと沢山獲れてなかったか」
「罠と釣りを一緒にしてはだめですよ。一晩の食材になれば十分です」
話をしながら、ネイスは行きよりも幾分か重くなった魚籠を抱える。これも、釣り竿同様、依頼主兼同行者から借りたものだ。
「それで、皆さんのテントはどれなのでしょう」
「聞いておけばよかった。先に来ている仲間がいるという話だったけれど」
ネイスたちが魚と岩塩を抱えて戻ってきたのは、小さなキャンプ地だった。
冒険者として駆け出しのネイスは、まだ都市内の宿を使うことができない。冒険者ギルドの冒険者なら値引きしてくれるそうだが、そうでなかった場合、商人や一般客と同等の金額を支払わねばならない。財布の薄さに戦々恐々しているレレムの前で、いくら辺境からやってきた世間知らずと自負していても、高い値段の方で支払ってほしいとはネイスには言えなかった。
八方塞がりになっていたネイスたちに声をかけてくれたのが、今回の魚釣りの依頼主もある冒険者だった。
冒険者であるという彼女たちは、ここから少し離れたところに依頼に赴き、夜はキャンプ地で一泊するらしい。それに同行して、荷運びと食材探しを手伝ってくれるのなら、テントを一つ貸してくれるというわけだ。
魚は用意できたのだから、依頼は達成したわけだが、肝心の依頼主はまだ帰ってきていないようだ。先行してキャンプ地にテントを張ってくれる仲間がいると聞いていたが、当然ながらネイスたちはその人物の顔を知らない。
「あちらにいる人たちでしょうか」
「だとしたら、ちょっと聞きにくい」
「そうですね。何だか盛り上がっていますし
……
」
レレムが指さした先にいたのは、今まさに腕比べをしている一団だ。依頼が早く終わって暇を弄んでいるのか、冒険者たちが鍛錬と遊戯を兼ねて得物を打ち合っており、なかなか盛り上がっているようだ。
「だったら、今のうちにこれを捌いておく。そうしたら、皆が戻ってきたら食事にできる」
「そうしましょうか。お魚を捌くのはわたしでもできますから、ネイスさんにはこっちをお願いします」
キャンプ地の調理場ーー焚き火と平たい岩がいくつか置かれているだけの場所だーーに魚籠を置いたネイスの掌の上に、ぽんと薄紅色の塊が置かれる。
「岩塩か」
「はい。削れますか?」
「やってみる。器はあるか」
「うーん
……
とりあえず、削れたものは岩の上に乗せておきましょう。ちょっと砂が入るかもしれませんが、今日の調理に使う分には十分です」
レレムから許しを得て、ネイスは平たい岩の上に岩塩を置く。続けて、懐から肌身離さず持ち歩いているナイフを取り出し、しばらく悩んだ末に、握り手の方で岩塩を叩いてみた。
ごっ、ごっと鈍い音がして、いくつか白い破片が飛び散る。だが、なかなかに岩塩はしぶとい。
「
……
硬い」
ナイフをひっくり返して、刃の方で削るべきか。しかし、塩は刃物にはよくないと聞いたような気もする。
しかし、背に腹は変えられない。
ここは潔く刃を岩塩に突き立てようと振りかぶり、
「ああっ、待ってください! 早まってはいけません!!」
ネイスとレレムしかいないと思っていた調理場に、どこか気弱げな低い声が響く。
一体誰がいるのかと振り返ったネイスは
「獣がこんなところに
……
!?」
咄嗟にナイフを片手に半身の構えとなり、レレムを庇える位置に立って、目の前に立つ『生き物』を睨んだ。
ふさふさとした柔そうな褐色の毛並み。背後から微かに除く尻尾。小麦を思わせる黄金色のタテガミは見事だが、それが包んでいる顔はどう見ても肉食獣のそれだ。
かつて港町で見かけたネコを彷彿させる姿をしているが、目の前の生き物はネイスと同等の背丈がある。なぜか二足歩行ではあるが、猫背になっている体を伸ばしたら、背丈はゆうにネイスを超えるだろう。
だが、ネイスが臨戦態勢になると同時に、姿を見せた獣は両手を挙げた。
「ま、魔物ではありませんっ。驚かせてしまったことは謝ります。ですが、刃物で岩塩を削るのはおすすめしません。使い潰すつもりなら別ですが
……
」
「魔物が、話した
……
?」
最初の驚きを通り越すと、違和感が今度は増えていく。
目の前の生き物はどう見ても肉食の獣に見えるのに、口から出てくる言葉はネイスも話す言語である。それに両手を挙げて降参の意思を示すのも、やはりヒトが共通して見せる振る舞いだ。
「私は、ミレといいます。この辺りでは少し見慣れない種族ではあるかと思いますが、ウルダハの冒険者ギルドにも登録している冒険者です」
話をしながら、獣ーーミレと名乗ったものはゆっくりと頭を下げた。よくよく見れば、その生き物はヒトのようにローブを身につけていた。
ネイスも、他の地域で暮らした経験から、自分とは全く見た目の異なる生き物が、ヒトのように言葉を解することを知っている。ミレも同じような、ザナラーン地域では見かけない種族なのだろうと察して、ネイスはナイフを下ろした。
「驚かせてごめん。だけど、岩塩を削るのに他に道具がないんだ」
ネイスは、自分が持っている岩塩をミレに見せた。すると、ミレは顎先に大きな手を添えて思案の様子を見せる。
ミレは、どうやら後ろにあったテントで何か作業をしていたらしい。ネイスたちの話し声が聞こえて、様子を見にきたといったところか。
「鍋もないのでしょうか。鍋に岩塩を入れて、高温で煮詰めて食塩水にした後、濾過すると綺麗な塩がとれますよ」
「鍋はある。でも、この焚き火の温度じゃ、そこまで高温にできない。それに、時間もあまりない」
気がつけば、日が暮れ始めている。恐る恐る二人の様子を眺めているレレムの前には、捌いている途中の魚が並んでいた。串を打たれているものもあるが、全部がちょうどいい塩梅に焼ける頃に夜がくると思うと、調理にさほど時間はかけていられない。
「では、私の調理用の槌と、すり鉢とすりこぎをお貸ししましょう」
「槌?」
「はい。そちらでかけらを砕いた後に、残った塊はすりこぎで潰せば良いかと思います」
「いいのか、ミレの道具を使っても」
「驚かせたお詫びです。ああ、もしできれば、削った岩塩が少し余ったらいただけると助かるのですが。仲間が、調味料を持ってくるのを忘れたと話しておりまして。新人を歓迎するのだと言っておきながら、全くそそっかしいリーダーです」
穏やかな低い声で笑うミレの姿に、ネイスは彼を信用しても良さそうだと警戒の段階を下げる。
ミレが渡してくれた槌を使って岩塩を砕くと、いくつか小ぶりのかけらがこぼれ落ちた。
あとは、それをすり鉢に入れて、すりこぎで叩きつけるように砕けば、調味料として使える程度の大きさにはなってくれる。
「ネイスさん、お塩の準備ができたら教えてもらえますか。焼く前に魚に振っておきたいんです」
「ああ。こっちに入ってるのはもう使っていい」
小分けしておいた砕いた岩塩を差し出してから、ネイスは続ける。
「ごめん、レレム。任せてばかりで」
本当なら、魚を捌くのはネイスとレレムが共にやるつもりだった。釣り自体も、レレムの知識に頼りきりで、岩塩を取ってきたのもレレムだ。そう思うと、自分は何もできていないのではないかと気持ちがどんどん落ち込んでいってしまう。
だが、レレムはスカイブルーの瞳をぱちくりとさせると、
「ネイスさんに謝ってもらうようなことは、何もないかと思うのですが」
「冒険者になるって言って旅立つのを決めたのはネイスだ。なのに、今日のネイスはレレムに助けてもらってばかりで、塩を砕くことしかできてない」
「それも大事なお仕事ですよ。ネイスさんにとって冒険者になって最初の任務を達成するためにも、欠かせないことです」
「でも
……
ネイスはもっと、何かできると思っていた」
そもそも、旅立つ時に持ち出した剣が折れてしまったのも、元はと言えば昨日の戦闘で見知らぬ岩の塊の魔物に無謀にも突っ込んだせいだ。
あの時うまくやってたら、と忘れようとした悔悟の念が膨れてきてしまう。
「もし武器が壊れていなかったら、あの人たちの依頼の手伝いができたのに」
焦っているのだとは、ネイス自身わかっていた。
テントを貸してあげようと声をかけてくれた親切な冒険者たち。彼らの厚意に報いるために、自分の力を振るえたなら、と思うからこそ、こんな風に後ろ向きの考えに取り付くのだと、ネイスは百も承知していた。
「差し出口かもしれませんが、食事を作るというのも大切な仕事の一つかと私は思いますよ」
ネイスとレレムのやりとりを聞いていたミレが、ゆったりと口を開く。獣に似た口から溢れる言葉は、低く重いのに、不思議と威圧感がない。
「依頼のために魔物と戦ったり、荒野の中で採取をしたりするのは、楽なことではありません。へとへとになって帰ってきた後は、栄養を取らなければ倒れてしまいます。とはいえ、調理をするのもまた肉体労働の一つ。疲労困憊の時には魚一つ捌くのも楽なことではないのですよ」
ミレの話を聞いて、ネイスは一つの光景を思い出す。
旅立ってきた集落で、ネイスは頻繁に狩りや採取に出かけていた。獣の皮を剥ぎ、肉を取り分けた後には、否応なしに疲労感がたまる。体に残った倦怠感を引きずるように家に帰ると、料理の匂いがネイスを待っていた。
当たり前のように鍋の中身をかき回して、おかえりと言ってくれたのはーー。
「
……
うん。ネイスも、疲れた時に美味しいものがあると、嬉しかった」
懐かしい記憶がふと蘇るだけで、今、胸の内を焼いていた焦燥がゆっくりと落ち着いていく。
「はい。ですから、この魚の塩焼きができていたら、きっとお二人に料理を頼んだ皆さんも喜びますよ」
「ミレさん、そこはグリルドトラウトと名前で呼びましょうよ。料理は名前も大事です。生野菜の寄せ集めというより、サラダと呼んだ方が美味しいように感じるでしょう?」
「これは失礼しました。確かにあなたのおっしゃる通りです」
レレムはネイスから受けとった塩が入った器を受け取ると、小さな指で塩をつまみ、パラパラと魚へと振っていく。
ネイスもレレムの真似をしてみたが、レレムの小さな指よりもネイスの摘む量は多くなってしまう。試行錯誤しながら塩を振り続けていると、
「私の連れも、お二人のように丁寧に仕事をしてくれる方だと良かったのですが」
「ミレは、どうしてこの場所にいたんだ?」
「私は、昨日からこの付近の岩石の採掘をしていたのですよ。この辺りは、かつて鉱山業が盛んだったと言われるほど鉱石を含んだ岩がありますので、余り物でも使い道があるのです」
塩以外にも価値のあるものがあったのかと、ネイスは瞳を一度瞬かせる。
「そうしたら、ちょうどここより少し先のところで魔物を討伐する依頼を引き受けたと、仲間から連絡がありましてね。野営の準備をしてくれ、新人冒険者も連れていく、今夜は歓迎会だ
……
と勢い込んで教えてくれたのですが、肝心の同行者がどんな方かも教えてくれないという有様でして」
ネイスたちは、揃って顔を見合わせる。
どこかで聞いたような話だとは思ったが、今はただミレの不運を気の毒に思う気持ちが勝った。
「それに、野営をして外に出たら、今度は魔物がいるぞと、他の冒険者に警戒されてしまいましてね。仲間がいれば大事にはならないのですが、今日は私一人だったので、弁明も難しく
……
保存食だけで、どうにか夕飯の準備を進めていたところなのです」
「そうだったのか。それで塩を?」
「ええ。調味料は私の遠征には持ってきていなかったもので。シンプルですが、馬鹿にできないのが味というものですから」
燻製肉はもともと塩漬けにしてあるものが多いが、ライ麦粉で作るパンなどは塩を練り込まないと大層味気なくなる。ミレがまだ見ぬ新人のために奮闘する姿が目に浮かび、レレムはそっと涙を拭いたい気持ちになっていた。
「それなら、ネイスはミレにもこの魚を分けたい。レレムも、いいか?」
「ええ、もちろんです。ネイスさんの大事なナイフを守ってくれたお礼です。帰ってくるみなさんの分が足りなかったら、また取りに行きましょう」
レレムが言うほど魚釣りは簡単なものではないが、自分に励ましの言葉を送ってくれた者のために食べ物を分けたいという気持ちが今は上回った。
「良いのですか?」
「ネイスがそうしたいと思ったから。レレムもいいと言っている」
「それは助かります。この恩は、必ずお返ししましょう」
見た目は獣そのものなのに随分と腰の低い様子を見せるミレに、ネイスは最初に感じた緊張が嘘のように消え去っていたのを感じた。
塩を振り、下味もつけた魚を焚き火のそばに置いて、いよいよ魚を焼いていく。日はどんどん暮れていき、赤々とゆらめく焚き火の中に、魚のシルエットがくっきりと浮かび上がっていた。
魚が焼ける香ばしい匂いがネイスの鼻を刺激し始めた頃、調理用具を片付け終えたレレムが「そういえば」と切り出す。
「ミレさんにテントを作って欲しいとお願いしたお仲間さんは、どんな方なのですか?」
「エレゼン族の女性ですよ。金髪で、髪の毛はうなじくらいの長さで、剣を振るうのを得意としています」
「エレゼン族の
……
それって、もしかして、耳がこれくらい長くて、背丈がネイスよりも高くて、鎧を着た女の人か。声が大きくて、はきはきしてて、人の話をあまり聞かない」
ネイスの記憶の中に、その特徴に合致する人物がいた。確認のためにミレに問いかけると、ミレは深く頷くではないか。
「
……
もしかして、それって」
「そうかもしれない」
ネイスとレレムが顔を見合わせた時だった。
「おーい、二人とも! ご飯作っていい子にして待っててくれたー?!」
キャンプ地に泊まる他の冒険者の声すら押しのけて響く、まるで太陽がそのまま声となったようなはきはきとした女性の声。
それは間違いなく、ネイスたちに「一緒に野営をしよう」と誘ってきた冒険者の女性の声だ。
「もしやとは思いますが、みなさんに食事の準備を頼んだのは
……
」
「どうやら、ミレさんは新人さんともう出会っていたということになりそうですね」
全てを察したレレムは肩をすくめ、ネイスは女性に向けて手を振る。焚き火のそばにやってきた彼女は、ミレとネイスを交互に見比べると、
「あれ。二人ともいつの間に知り合いになっていたの?」
「ついさっきだ。それと、頼まれていた料理、だけど」
ちょうどいい塩梅に焼けた魚を目顔で示してみせる。いくら初めての依頼といえども、簡素過ぎたかとネイスが心配をいくらか顔に滲ませかけた刹那、
「わお、魚の塩焼き! いいねいいね、まさに冒険者って感じ! 新人くん、最高のセンスしてるね!!」
意気揚々と串を取り上げようとした彼女を、ミレが「先に手を拭きなさい」と嗜めている。
呆気に取られたネイスの隣に、ちょこんと腰掛ける影がひとつ。
「レレム」
「お魚、喜んでもらえましたね」
「うん」
「これは、依頼達成と思っていいのではないでしょうか」
「
……
うん」
焚き火に照らされ、ネイスはごく自然に目を細める。塩を砕くのは楽ではなかったし、魚釣りはなかなか苦戦したけれど。
「ネイスは、冒険者になれたんだな」
口元を緩く釣り上げて、彼は魚の焼ける匂いを思い切り深く吸い込んだ。
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