筒条
2021-11-28 20:34:28
6433文字
Public SB69
 

中学生ハッチンと陸上部モブの話

※終始モブ視点注意
※CPとして書いてませんがそこはかとなく🍱←🐝←モブ

‥‥

中学に入って2年目の春だった。
桜はとうに散り新緑が広がりはじめた、そろそろ上着も必要ないかと思えるくらいになった頃。
そうした時期にしてはずいぶん厚着に見えるふっくらとしたシルエットの少年が、なにやら賑やかに叫びながら校門から校舎までの距離をぐんぐん詰めていた。予鈴はつい先ほど鳴り終わっている。本鈴前に教室に滑りこもうとしているのだろうか。たまたま2階の教室からぼんやり校庭を眺めていたときに捉えたその姿は、すぐに校舎に吸い込まれ視界から消えた。
時計の秒針が半周もしない間の出来事である。
午前8時27分。徐々に収まりゆく教室内の喧騒に反し、胸の奥がそわそわと逸りだし落ち着かない。

……あいつ、いい足してんな……


ーーーーーーーー

悲しいことに我が陸上部は他の部に比べて部員数が圧倒的に少ない。
そうした状況は顔も知らない何年も昔のOB・OGの代から続いているらしく、毎年新入生をどれだけ部に取り込めるかが春の重要ミッションになる。もともと陸上一本で考えていた俺の場合、去年の春に入部届を出した初日の部室で、当時の部長が泣きながら(比喩ではなく本当に号泣だった、ちょっと引いた)歓迎してくれたことも記憶に新しい。幸いにも陸上競技はほとんどが個人種目であるため大会の出場に支障はないし、部が存続できる最低ラインの部員数は確保できている。それでも俺が何の苦労もなく次期部長に内定している時点で、ギリギリの状況はお察しというものである。
まあ結局は今年も例に漏れず花形の部活動に新入生争奪戦であっけなく敗れ、めぼしい人材は軒並み掻っ攫われてしまったわけだが、そんなこともあり運動部志望の一年生には一通り目を通していたつもりだった。

……が、そのいずれにも、あの黄と紫のしましま頭は見たことがなかったのだ。

であれば、文化部か帰宅部か。
たしかに突出した運動能力があるミューモンのすべてが運動部を希望するとは限らない。あれほどの俊足を見逃していたなど我ながら迂闊だったが、しかしそれは他の部も同じようなので、偶然とはいえまずは我が部が大きなアドバンテージを得た。
朝に見た時のフォームから察するに、きちんとした走りの指導を受けたことはないのだろう。そこを正すだけできっと良い記録が出せる。足のバネも悪くなさそうだし短距離走だけでなくハードル走や幅跳びにも適性はありそうだ。
然るべき筋肉をつけて、身体にあったスパイクを履かせて、整備された競技場の土の上で
気づけば一人歩きする妄想をなんとか脳内に押し留め、まずは彼に改めて会いにいこうと決心した。


あれだけ派手な出で立ちならばすぐに見つかるだろうと踏み、早速その日の昼休みに一年生の教室が並ぶフロアに赴いた。
が、4つ並んだ教室を全て覗いても、あの特徴的な姿が見あたらない。
廊下を歩く生徒を捕まえて尋ねてみる。
「すまん、えーと、黄色に紫のしましま頭で……こう、ふかっとした上着のやつ、一年にいると思うんだが……何組かわかるか?」
「しましま……あー……それならたぶん、ですけど。ハッチンかな。B組のやつなんで、クラスの連中に聞けばわかると思いますよ」
「そうか、サンキュ」
ハッチン。名から察するに蜂族だろうか。

突然クラスに上級生が顔を出したことでたちまち1-Bの教室内がどよめいた。
「え、あいつもう上級生に喧嘩売ったの?」「いつかやらかしそうとは思ってたけどさすがに早すぎんだろ……」ざわつきの間からなにやら散々な言われようの囁きが聞こえる。一年生はまだ入学して一ヶ月経つか経たないかくらいかだというのに、件のミューモンはすでにクラスメイトにどのような男として認識されているのだろうか。
「あ〜違う違う、別にお礼参りにきたとかそういう物騒なモンじゃねえから。俺もそいつに直接会ったことはねえんだけど……ちょっと話がしたくてな」
苦笑ぎみにフォローを入れると、教室の生徒たちはほっとしたように再度目配せをし、各々が口を開いた。

「あいつ、昼休みはよくひとりでどっか行くよね」「先にサッカーとかドッジ誘っとくと普通にくるけどな」「いつもギターケース担いでってるから音楽室にでも行ってんじゃねえかな」「校舎裏の花壇にいってるって話も聞くけど」「たまに服にめちゃくちゃ花粉くっつけてるときあるよな」「あるある、それで自分でくしゃみしてんの結構ウケる」
すっかり脱線しかけている話を、引っかかりを感じた部分まで強引に戻す。
……ギター?そいつ、バンドやってんのか?」
「いや、それがやってないんすよ。予定があるわけでもないっぽくて……まぁ、あいつかなり目立ちたがりのかっこつけなんで、ギターやってた方がモテる〜とか、そんな感じかなぁ」
「ふーん……

さてどうするか。
聞いた話を総合すると、昼休み中は教室に戻ってこなそうだ。となると次のチャンスは放課後だが、文化部であれば学校中に活動拠点が点在しているし、よしんば帰宅部だとしても学校の敷地から出られてしまえば通学ルートも知らない相手を追うことは難しい。そもそも俺自身も部活がある。
「なぁそいつ、部活はどっか入ってっか?いつも放課後って……
「ファーせ〜ん、ちょっと通んまーす」
「あ、ワリ………
気付けばかなりの時間教室の入り口を塞いでしまっていた。廊下側から聞こえた第三者の不機嫌そうな声に慌てて道を開ける、が。

「いた!!!!」
「ファッ!?!?」

俺の横をすり抜けようとしたミューモンの腕を咄嗟に掴んで叫ぶ。
ふっくらしたシルエットのパーカー。特徴的なしましま頭。その頭頂から生えた蜂族を象徴する大きな針。
教室に入ってきたのは、第三者どころかまさに渦中のミューモン「ハッチン」だった。

……ファ?え、なに、だれ?」
「あれ、ハッチン今日は戻ってくんの早いじゃん」
「それが途中でメガネマンに絡まれてよぉ、廊下走るなとかもっと余裕もって行動しろとかうるっせぇから撒いてき……って、そーじゃなくて……
「二年の先輩がね、話があるんだって」
メガネマンとは一年の学年主任の渾名であるが、なるほどなかなかやんちゃそうな一年坊主である。
俺の顔とクラスメイトたちを交互に見て視線をきょろきょろ彷徨わせているが、とりあえず俺は足元に視線を落とし、彼の下半身を観察した。おろしたての学生服にゆるやかに包まれた足は、想像よりもだいぶ細い。筋肉で引き締まっているわけではなく、単純に肉も脂肪も薄いのだろう。掴んでいる腕も指が余裕で一周する。これは鍛えるならトレーニングよりも先に食生活の改善からだろうか。
それはさておき本題に入ろうと口を開きかけた瞬間、間延びした予鈴音が響いた。クソ、タイミングが悪い!

「チッ……お前、今日放課後!話があるから校舎裏の花壇に来い!そこなら場所わかんだろ!」
「?いやわかっけど……え?だからあんた誰……
「詳しいこともそん時話す!いいな、絶対来いよ!」
言ってすぐに踵を返し、二年の教室に向けて駆け出した。ヤベ、次移動教室だ。階段下からメガネマンの怒声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

一方の1-Bでは、取り残されてぽかんと固まるハッチンの後方でクラスメイトらが「なに、告白?」と疑念の声を上げていたらしいが、その時の俺は知る由もない。


ーーーーーーーー

結論から言うと、フラれた。

正直、意外だった。彼はおだてればその気になるタイプのミューモンと見ていたし、事実その認識は間違ってはいないと思う。
お前の足なら世界を狙える、最速になりたくないか。おだてる意図は確かにあったが、紛れもない俺の本心でもある。だから直球でぶつかるのが一番だと踏んだ。しかし。

「こいつじゃねえと、追いつけねえから」

背負ったギターケースのストラップを握りしめながら呟かれた言葉に、主語も目的語もない。
それでハイそうですかと諦めがつくものならこうして呼び出したりしていないわけだが、しかし同じミューモンとして彼の言い分を否定することもできなかった。
俺が自らの足に存在を賭けているように、彼はそれを音楽に……ギターに見出している。
目指している頂が違うのだ。そして彼の場合、おそらくそこに「先客」がいる。どんなに足が速くなったとしても、それでは追いつけない誰かが。

……もったいないと思う気持ちは、正直あった。
なんせ、スプリンターには努力だけでは賄えない、才に左右される要素がある。彼はそれを持っているからだ。
……だれかと、約束してるのか?」
これ以上踏み込むのはお節介だとわかっている。
ただどうしても、その「先客」のために蕾のまま終わろうとしている才を、そのままにしておけなかった。
彼はすこし考えたのち、首を横に振った。
「じゃあ個人で何かのコンテスト出るとか、そういう目標は」
ふるふると、さっきと同じ方向に金糸が揺れる。
「じゃあ、なんで……
「それでも」

「今のままじゃ、いらんねえんだ」

言葉だけ受け取ればふわり漫然とした言い分に聞こえるかもしれない。
しかし、実際は真逆だ。だって顔を上げた彼の瞳は、こんなにも迷いがなく、強かった。
……あぁ、いいな。精神面も申し分ない。
やっぱり欲しいよ、お前が。でも。

……わかった、今は一旦引く」
本当は、納得していないけれど。ここまで腹をくくっている後輩相手に、上級生が駄々をこねるわけにはいかない。

……代わりにひとつだけ、聞いてくれるか」
「ファ……?」
「つま先で走るな、足裏全体を使え。それだけでお前はもっと速くなる」
「いやなんの話だよ!?」


ーーーーーーーー

7月。
俺のような普段は部活動に傾倒しているミューモンにとって、テスト期間はただただ手持ち無沙汰で落ち着かない期間になる。
一応形だけでもと作っておいた手書きの単語帳を適当にめくりながら歩く下校途中、馴染みの通学路の河川敷でこれまた見慣れた丸い頭を見つけた。
手にはその頭とよく似た黄色のギター。いつも背負っているケースはよく目にしていたが、中身は初めて見るかもしれない。

なんとなく彼がどんな音を出すのか気になって、静かにその後ろ姿を見守ってみる。紡ぎ出される旋律は荒々しく、一つの曲を練習しているというより短フレーズのリフを無造作につぎはぎして指を走らせているようだった。
様になっているとは言い難いが、中一にしては立派に音が出せていると感じる。しかしまだ理想に身体が追いついていないのだろう、一度流れに詰まってしまうと途端に指遣いがたどたどしくなる。
側から見れば後輩の微笑ましい練習風景だが、きっと当人にとってはそうした穏やかな心境ではないはずだ。

声をかけるのは、やめた。邪魔してはいけないと、軽率に踏み込んではいけないと本能が察したからだ。

『こいつじゃねえと、追いつけねえから』

あの日の彼の言葉を反芻する。
……誰を、追っているんだろう。誰が、彼をあそこまで駆り立てているのだろう。
顔も知らない「先客」に俺が感じたのは、紛れもなく嫉妬だった。


ーーーーーーーー

卒業までの二年間、ハッチンとはなんだかんだと頻繁に顔を合わせていた。
断っておくが俺から積極的に絡みにいったわけではない。彼は良い意味でも悪い意味でも賑やかなので目に写る機会も多かっただけだ。うん、それだけ。

昼休みの校庭でクラスメイトとサッカーをしている姿を見かけたときも。俺の一方的なアドバイスを素直に吸収してくれたようで、以前よりもかなりすばしっこくフィールドを駆け回っていた。感動してつい賞賛の野次を飛ばしてしまい、照れ混じりの怒号が飛んでくるかと思いきや、彼はこちらに気付くとぶんぶんと大きく手を振り、満開の笑みのピースを向けてきた。……ちょっとときめいたのは内緒である。

俺が選手権で全国大会出場が決まった時は、あいつのほうから俺を見つけて駆け寄ってきた。そりゃ校舎にデカデカと〈◯◯くん全国大会出場おめでとう!〉なんて垂れ幕がかかってたら流石にこいつの耳にも入ろうというものだが、そもそも俺の名前を覚えていたことに驚いた。
「あんたって口だけじゃなくてマジで速かったんだな〜スゲーじゃん!まっ、オレはそれよりもっと速く走れっけどっ!あっこれやるよ、オレ特製のハチミツキャンディ!走る前に食うとめちゃくちゃ元気でるぜ!」
「おうそりゃいいな。なんなら今でも入部は大歓迎だぞ、ついにその気になったか?」
「ファーッ、だからそれはねえっての!」
生意気な物言いだが、悪い気はしない。恥ずかしい垂れ幕にも、少しだけ感謝した。

卒業して俺はスポーツ推薦枠で隣町の高校に進学した。そのまま学生寮に入ったので、わざわざ中学に顔を出す機会もなく、慌ただしく日々は過ぎていく。
当然、ハッチンのその後も卒業後の進路も知らない。成績はかなり残念な様子だったから、進学するとしたらUNZのいずれかの区立高だろうか。あのあたりの高校は偏差値だけでなく治安も底辺だが、まぁあいつの図太さなら問題はないだろう。

……今も、あの河川敷でギターを練習しているのだろうか。


ーーーーーーーー

それからまた月日が流れた。
思うように記録が伸びなくなり落ち込む俺に、気分転換にと友人が譲ってくれたライブチケットに記された名は、最近現れた高校生バンドのものだ。
ライブなんて久しく行っていなかった。このところはもっぱらラジオから流れるヒットチャートを惰性で耳に入れるだけだったので、ここらで新しい音楽に触れるのもいいかもしれない。
そんなこんなで純粋にこのバンドのライブを楽しみにしていたのだが、風の噂で聞いたギター担当の特徴が、どうにも記憶のなかの例の後輩に酷似している気がした。
まさか、という懐疑と、もしかしたら、という期待。いつもとは違った胸の高鳴りを感じながら、「DOKONJOFINGER」の文字が並ぶライブハウスに足を踏み入れた。

果たしてステージに立っていたのは、ハッチンだった。

びかびかと激しく点滅するステージライトを浴び、流れる汗にも構わずに相棒のギターをかき鳴らしていた。
いつかの河川敷で聞いた荒削りの旋律が、ここまでの音になるとは。初めて耳にする彼の歌声は、普段の声色の印象からすこし離れ、存外澄んでいた。
彼自身の成長はもちろんあるだろうが、きっとそれだけじゃない。ベースやドラム、そしてヴォーカルの全てが揃ったからこそ引き出された音楽なんだろう。いい音楽だ。心の底からそう思った。

目は自然とハッチンを追ってしまう。だから、気付いてしまった。客席の全方向にまんべんなく笑顔を振りまく彼が、ステージ中央のヴォーカルに視線を向けたときにだけ、なくしたおもちゃを見つけて安心した子どものような、そんな表情になることを。

……そうか、あいつだったのか。
胸の内にぼんやり残っていた靄が、ようやく晴れた。


ステージ上のあちこちをにぎやかに跳ね回るハッチンを眺める。後方のドラムから反対袖にいるベースのところまで、あまりにも広い行動範囲だが、自分の歌唱パートが近づくたびにいそいそとマイクスタンドのある定位置に戻っていくのが、なんだか彼らしくて笑えた。

やっぱりいい足してるんだよなぁ……
数年前に諦めたはずの欲が久しぶりに顔を出して胃の奥がきゅうと締めつけられるような感覚を覚える。
靄が晴れても相変わらず少しの嫉妬はこの胸に残っているけども。
彼の努力が報われたことが今はただただ嬉しくて、感極まってすこし泣いた。


次のライブはいつだろうか。
それまでに紫色のペンライトを用意しよう。