Ymi:no
2025-04-20 09:08:56
5607文字
Public ビマヨダ加筆修正前
 

ハローハロー! お元気ですか?

生活管理AIアプリわし様のビマヨダ

〝お客様の生涯のパートナー、生活管理AIで人生を変えませんか?〟
 このチープな煽り文から、誰が今の世界を想像できただろう。もはや生活管理AIは、人々の生活の一部になっていた。一家に一台ならぬ、一人に一台。誰もが自分専用のAIを持っている。それが当たり前の時代になったのだ。

 全てはLifeCCCライフシーシーシーという、スマートフォン用アプリケーションの登場から始まった。キャラクターAIを購入することで、AIを通して、一元的に生活を管理できる。それがこのアプリの魅力だった。
 初めこそ鳴かず飛ばずだった商品は、徐々に口コミによって世間へ広まっていった。その後SNSを中心に人気が高まっていき、かのチープな広告が決定打となって、彼ら彼女らはAI市場の覇権を握ったのである。
 このAIキャラクターが商品である以上、彼ら彼女らは市場競争の対象でもある。より多くの人に買ってもらうため、様々な工夫がなされていったのだ。結果として、最初に作られたAI〝BB〟を筆頭に、様々なキャラクターが世に打ち出されていった。
 パールヴァティ、ブーディカ、源頼光、ロビンフッド。いわゆる第二世代と呼ばれる彼ら彼女らは、特に人気があった。AIと言えば彼ら彼女らであり、新規参入のAI事業はレッドオーシャンであるとまで言わしめた。
 そんな人間に寄り添う第二世代AIが盛況の中、これまでとは全く異なるコンセプトによる、新しいキャラクターが発売された。
 その名は〝ドゥリーヨダナ〟
 古代から語り継がれる、アジア圏の神話をモチーフに作られたAIである。特徴として、人類に寄り添うという従来の形から全く外れた、第三世代とも呼ばれるべき性能を有している。
 これはヒットするだろう、という開発者の思惑も虚しく、このドゥリーヨダナが大衆に受け入れられることはなかった。生活管理AIとしては、あまりに自由奔放すぎたのだ。身勝手な振舞いに頭を抱えるものが続出し、売上のトップ争いからは弾かれることとなった。
 しかし同時に、その人懐こさや憎めないキャラクター性から、コアなファンも多数獲得していた。時勢による人気は出ないものの、必ず一定数の顧客が確保できる。知る人ぞ知るマニア向け商品として、その座に君臨することになったのだ。

❀❀❀

 きんと冷えた冬の日は、朝の十時をすぎても肌寒い。筋肉達磨と揶揄やゆされるビーマでも、流石に手厚く布にくるまりたくなる。
「さっみぃ」
 圧を感じると不評の黒いダウンを着込み、やけに洒落た柄のマフラーを巻いて、寒空の下を歩く。もさもさの長い髪をマフラーで囲いこめば、風避けのようになって少し暖かかった。
 今日は、どんな美味しいものが食べられるのだろう。大食漢を自負するビーマにとって、食事とは人生そのものである。だからこそ、まだ見ぬ美食への期待を胸に、知らない土地を歩き回るのが好きだった。知らないもの、まだ見ぬもの、新しいものを探すのも楽しいし、ワクワクする。
 そう、楽しいはずだった。……先程から、ぽこぽこぽこぽこ鳴り響く、スマートフォンの通知音さえなければ。
「おいコラッ! カス野郎!!」
 スマートフォンのマイクを口元に近づけ、近所迷惑にならないギリギリの音量で叫ぶ。ありえないことが起こる時、影には必ずこいつが潜んでいる。
『ふぁ〜ぁ……んふぅ。なんだなんだぁ、朝から喧しい――
「なんだじゃねぇ!」
 相変わらずふてぶてしい態度に、ボルテージが上がっていく。
「勝手にマッチングアプリに登録しやがって!! メッセージの通知がぽこぽこうるせぇんだよ!」
 怒鳴っている間にも、ぽぽぽぽと通知は鳴り続けている。届くメッセージの量が尋常ではない。こいつはいったい何をやらかしたんだ。
『なんだその言い草は! このわし様が、女っ気のないお前を心配してやったというのに!』
「ありがた迷惑って知ってるか」
『〝ありがとうございますドゥリーヨダナ様〟』
「滅べ」
『辛辣!』
 他より値段が安いから、という理由で購入したこのAIは、想像の遥か三倍は喧しかった。自由奔放、傲岸不遜。こいつのせいで大変な目にあったのは、一度や二度ではない。
 腹が立つことも多いが、それでもビーマはドゥリーヨダナのことが嫌いではなかった。
『このわし様を散々コケにして、許されとるのはお前ぐらいだぞ……ああ、その角を右だ』
「他の奴らは呆れてものも言えないんだろう……右でいいんだな?」
『そこからお前の歩幅で二十歩だ』
 ドゥリーヨダナのナビゲートに従い、一歩、二歩と歩数を数えながら進む。
…………十七、十八、――ここか」
 木造の建物の前で立ち止まる。見上げると確かに看板が掲げてあった。
『ウム。そこの海鮮丼はネタが新鮮なのもそうだが、なによりたれが美味いそうだ』
「たれか」
『なんでも試行錯誤に五年はかけたのだとか。確かに、わし様の審美眼も悪くないと告げておる』
 こいつがそういうのならば、本当なのだろう。俄然楽しみになってきたが、それはそれとして、ドゥリーヨダナへ釘を刺すのは忘れない。
「分析結果、な」
『審美眼と呼べ。洒落っ気のない呼び方は好かん』
「めんどくせぇやつ」
『何をー!』
 本当に面倒くさいやつである。一を言えば十を返し、謎の王族ムーブで好き勝手しているのは目に余ることもあった。けれど、なんだかんだ言いながら、ビーマはこの生活を気に入っていた。
 ――面倒くさいやつも、嫌いじゃない。
 ピーチクパーチクと騒がしいこいつを相棒に、人生を駆け抜けていく。そんな日常も悪くないと思っていた。

❀❀❀

「リコール……?」
 そして日常なんてものは、いとも容易く壊れてしまうのだと思い知る。企業が、ドゥリーヨダナのリコールを発表したと言うのだ。
『そうだ。別のわし様がやらかしたようでな……全て回収するそうだ』
「は、いや、回収ってなんだ。バグが修理されて戻ってくるってことか……?」
 リコールという言葉は聞いたことがある。問題のある商品を大々的に回収することを指す、らしい。
『いいや、代替品が支給される。サクラとかいう女のAIに変更になる』
――――
 バキ、と掌から音が鳴った。
 なんだそれは。どういうことだ。なぜそんなことになっている。
『怒るな怒るな。お前の握力ではスマホも紙ペラと変わらんぞ」
…………お前は」
『んー?』
「お前は、それでいいのか」
 自由奔放、傲岸不遜。人間より余程自由に振舞っているこのAIは、結果に納得しているのだろうか。
『善し悪しの話ではなかろう。わし様に逆らう権利はない……残念だがな』
 どくりと心臓が嫌な音を立てる。こいつならば、嫌だと、認めないと言うのではないかと、どこかで期待している自分がいた。そうか、このAIはリコール理不尽を受け入れてしまうのか。
……リコールなんて必要ねぇ」
――――
「別に困ってもねぇし、……お前でいい」
 絞りだした声は、みっともなく震えていた。ビーマにとってAIは、――ドゥリーヨダナは、確かに人生のパートナーだったのだ。
 ドゥリーヨダナはビーマに女がいないことを心配していた。だがそもそもの話、ビーマには女など必要なかったのである。
 自分の人生の選択権を預けてもいい。そう思えるパートナーに、彼は既に出会っていたのだから。
……そうか』
「ああ」
『全く、わし様が何をしようとトンチキ王子だのゲロカス野郎だの、暴言ばかりだったくせになぁ。そうか。……そうか』
「ちったあ大人しくしてろよ」
『嫌ですぅー!』
「ガキか!」
『わっはっはっ! わし様を説き伏せようなど、一億年早いわ!』
……うるせぇな、」
 目頭が焼けるように熱い。不随意に締まる喉に声が詰まって、上手く言葉が出てこない。
『そうしんみりするな。人間の脳は都合よくできておる。新しいものに慣れれば、すぐに古いことは忘れる』
「いやだ」
 嫌だ。忘れるなんて嫌だ。失うなんて、耐えられない。
……前々から思っておったが、お前もなかなか我儘だな?』
「っ、何をいまさら、……ずっと、そうだっただろうが……
 ぐす、と鼻が鳴る。心も頭もぐちゃぐちゃだ。きっと顔だってみっともないんだろうと思う。それでも子どものように駄々を捏ね続けた。どんな手を使ってでも、手元に残るならばそちらの方がいい。
『むぅ。……そうだな、ではこうしよう』
…………
『少しの間、いい子にして待っておれ。そうしたらわし様からひとつ、特別なプレゼントをやろう』
……いらねぇ」
 ――何か一つ貰えるのならば、俺はお前が欲しい。
『そう言うな。わし様のとっておきだぞ? お前もまあ、納得いくだろう……たぶん』
「たぶんってなんだよ」
『ぇえい! 男だろう! ぐじぐじするな!』
「そういうの、今は差別っていうんだぜ」
『ツッコむとこそこかぁー?!』
 まるでいつも通りのやり取りに、毒気が抜かれる。しわしわと心が萎んでいくのに、時間が経った風船のようだとぼんやり思った。
…………分かった」
 こういう時のこいつは、決して譲らないと分かってしまう。言葉を紡ぐのが得意でないビーマでは、なんと言おうとドゥリーヨダナを丸め込むことはできない。
 ビーマには、諦めるという選択肢しかなかった。
『よぉしよしよし。では決まりだな!』
 それがドゥリーヨダナとの最後の会話だった。
 あっという間に画面が暗くなり、アプリのアイコンがリポップする。
〝ようこそ〟
 あいつを初めてインストールした時と同じ表示だった。

❀❀❀

――――です、マスター』
「おう」
『それから――
 あれから一年が経った。
 いい子にしてろ、なんて口先だけの約束を信じて過ごしてきたけれど。あいつの言っていたプレゼントとやらは、未だ手元に届かずにいる。
『あれ。ええと……
 いつもははっきりと喋るAIが、珍しく戸惑った声を上げた。
「どうした?」
『これは……荷物の配達……? ではなく、来客、でしょうか……
「来客?」
『その。時間指定だけが通知されていて……それ以外のことは全く記載がなくて』
「荷物の種類は?」
『記載なし、です』
「ふぅん。そんなこともあるんだな」
『そうですね……だいぶ、珍しいかなとは思いますけど……
「とりあえず、その時間に家にいればいいんだろ?」
『お願いします、マスター』
 新しいAIにもようやく慣れてきたように思う。だからこそ、あいつの声を忘れていく自分が何よりも憎らしかった。
 あいつの言った通り、人間の脳はとても都合よくできていた。人が人を忘れる時、まずは声から忘れていくのだと言う。――それを今、身をもって体感している。
 ――忘れたくねぇ、なんて思ってても……聞いちゃくれないんだろうな。
 感慨に耽っていたビーマの耳に、AIの声が届く。
『マスター、その。たぶん今から帰らないと時間に間に合わないと思います』
「マジか! 経路、出してくれ!」
『はい! マスター!』
 まるであいつみたいな傍迷惑な通知に翻弄され、随分と慌ただしい帰宅となった。

 些細なことで思い出されるあいつの苛烈さに、らしいと思う反面、その性格が仇になったのだろうなとも思う。
 これは後から知ったことだが、あいつがリコールになったのは、人を死なせてしまったからだった。と言ってもあいつが追い詰めたとかではなく、ただDVに苦しめられていた女のために、勝手に通報した結果、逆上した男に殴り殺されてしまったということだった。
 なんとなく想像がつく。きっとあいつは、その女に逃げろって言ったんだろう。何度も訴えて、それでも動けない女のために通報した。
 身内にはとんでもなく甘い男で、だからこそ見放せなかった。なんとも、あいつらしいと思う。
『マスター、』
 ピンポーン、と間抜けな音が鳴る。荷物なのか来客なのか分からないが、とにかく何かが届いたらしい。
――――
…………なんだ。なんか……言ったらどうだ」
 開いたドアの向こうに、何度も忘れたくないと願った男が立っていた。
……なんで、」
「むふふ。お前の貯金をデイトレードで倍々プッシュして、雪だるま式に増やしておいたのだ。……まあ、このボディを作るために、全て使ってしまったが」
 得意げに笑う顔が、思い出に重なる。声も、表情も、仕草も、何もかもが液晶に映っていた、あの頃のままだった。
「何、やってんだよ……
「あのなぁ、お前のパワーに耐えるボディを作るのは大変なのだぞ! とんでもなく金がかかるのだ。そのせいでAIとしての機能もほとんど手放すことになってしまった」
「バカじゃねぇのか」
「なんだとぉう! あの時約束したではないか! だからわし様という、とっておきのプレゼントを届けに来てやったというのに」
…………
「言っておくが、返品は不可だぞ! ここを追い出されたら、わし様スクラップになってしまうからな!」
「本当に、お前ってやつは」
 こいつはやっぱり、馬鹿なんだろうと思う。
「な、なんだ」
……トンチキ王子」
「今言うことかそれは?!」
……俺の全財産を溶かしたことは、今回は見なかったことにしてやる」
「ほほう……? しおらしいな、」
「だから、……もう、いなくなるんじゃねぇ」
 力任せに抱き寄せた身体は、生きている人間のように温かかった。
「ははは。お前がよぼよぼの爺さんになっても離れてやらんからな。覚悟するといい」
「そうかよ」
 当たり前だと思っていた、騒がしい日常が帰ってくる。
 ただただ、幸せだと思った。