めやぬら
2025-04-19 14:00:44
2293文字
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首絞め

(一応)不定期週刊燐一
「燐音くんもだめになる時があると思うし、そういう時自分一人での対処法を見つけてそうだから、誰も彼を助けられないね、みたいな話が読みたくて…」などと供述しており......

※一彩は出ません
※首絞めっぽい描写あり
※暗い

 時折、全てが嫌になるときがある。
 それはもう俺のどうしようもない性質で、おそらく一生無くなることなんて無い。
 最初から与えられていた何もかも、自分で選び取った何もかも、背負わされた責任も自ら負った責任も、全部投げ出してしまいたくなるときがある。

 なんてことはない。馴染みの店で飲んで、日付はとうに超した夜更け、気分が良いくらいの酩酊感で帰寮した。飲酒量はいつもと同じで、適当にだべるにはちょうど気持ち良くなるくらいの、常識の範囲を超えない酔いに、顔を赤くしていた。
 穏やかに笑って、上機嫌に話をして、楽しい飲みだった。それは否定しない。
 
 門をくぐり、寮館には入らずそのまま共有ルームの明かり横目に通り過ぎる。誰かが電気を消し忘れたのだろう部屋は、煌々と照明がついたままで誰もいない。その明るさから遠ざかるように、夜の暗闇の方へ向かう。
 ざり、とスニーカーで地面を踏み締めて、常夜灯もまばらに消灯されている遊歩道を歩く。洒落た芝生やよく手入れされた花壇も、真っ暗闇に呑まれてしまえばそこにはただの物陰だけがある。なににも照らされないような道を選んで、明るい場所を避けて、影を伝い歩くように。そしてこそこそと日陰者を気取って短い道を歩いた先、旧寮に辿り着いた燐音は、するりと身を滑らせて誰もいない建物に侵入した。
 
 どうしようもなくなるときがある。
 自分で選んだものに嫌気が差して、どうにでもなればいいと放り投げたくなる。笑うのも億劫で、話すのも面倒で、自然体でいるのも煩わしくて、自分のことを誰にも知られたくない時がある。
 そういうとき、燐音はたまにふらっとこういうところに来る。
 旧寮のフローリングは歩くたびに軋み、おどろおどろしく響く。暗闇と静寂に溶け込むようにして廊下を歩いていくつかの曲がり角を曲がると、酷く錆びついた扉に行き着くのだ。
 ひっそりとスペース埋めのためだけに作られたような部屋は、もはや倉庫としても忘れられていて、旧館常連者も誰も使わない。ノブを回して力任せに引くと、ガタン!と大きな音を立てて扉が開いた。鍵はとっくに壊れていて掛からないが、扉自体がガタついていて開けるのに力がいるこの部屋は、一人になるのにうってつけだ。
 他の部屋よりも狭いこの中にあるのは、二段ベットが一つと、壊れた椅子や中板が外れて歪んで凹んで使えなくなったスチール棚が一つずつ。棚の中には、燐音が持ってきて忘れていった酒の空き缶が申し訳程度にビニール袋に詰められて置かれていて、部屋の窓は何故か目貼りされて何も見えない。

 人が来なくて誰も知らない、冷たい、暗い、寂しい場所。
 そんな場所が、倦怠感を伴う自棄を許す。

 また大きな音を立てて扉を閉めて、慣れたようにベッドに座ると、ぎしりと胡乱な悲鳴があがる。毛布や掛け布団なんて高尚なものはこの部屋にない。カーテンさえも取り払われて、シーツも被せていない草臥れきったマットレスが嵌め込まれただけのベッドの寝心地は最悪だ。燐音の体重を支えるので限界だと訴えるボロボロの寝床だが、今の自分にはそれで良かった。
 
 そのままマットレスに倒れ込むと埃が舞って、軽く咳き込んだ。靴を脱いで足も上げて、本格的に寝転ぶ。そしてもう何回目か数えたくもない、ただの自己満足を繰り返す。
 
 背負ったものを数えて、何にもならない後悔をして、腐った懺悔を募らせる。罰が欲しくて報いを受けたくて仕方がない。傷つけた分、同じだけ、それ以上に不幸になりたくて仕方なくなるとき、それが今だ。

 ぼんやり、前の自分の痕跡であるビニール袋を眺める。前も前で酷かった。酒の味など度外視で、酔えれば良いと度数の高いものを流し込んで、意識も朧げになって、誰かも知らない何者かに許しを乞う。様々な記憶の中から引っ張り出して俺を責める役をさせるのは、いつもいつも、最終的には最愛の弟。
 何故か俺は毎回、一彩をその役に選ぶ。現実の一彩はそんなことを望んでいないのに、勝手に俺を恨ませて、責めさせて、酷いことを言わせる。幼い頃の姿や今の成長した姿、凛々しく変わった眼差しに酷く詰られることを想像しては、憐憫に浸った。
 正しくないと問い詰めてくる冷徹とは違う。凍った視線の鋭さに抉られて、そう言い訳をして、ようやくひどく安心する。自分は許されないのだと確認できる。
 現実の一彩が今の俺を慕ってくれるから、ますます過去一彩に刃を向けたという事実の確証が欲しくなる。

 憎んで恨んで、その矛先が正しく俺に向いてくれたら良かったのに、一彩はただ俺のしでかした罪だけを責めた。決して、俺という人間そのものを罰してくれやしない。
 それは許しだろうか。
 いや違う。
 一彩は、恨み憎みなどそんな感情は抱く前から切り捨てた。一瞬でも怨みを抱えて、それを飲み込んで許しているわけじゃない。そもそも知らない。
 許すなんて芸当を、知らない。
 
『兄さん』
 
 もう想像が夢かも区別が付かない微睡みの中、あやふやな意識で目を閉じると、弟の指が喉元に伸ばされた、ような気がした。
 温度も感じない感触が存在を知らしめるようにじわりと首に這わされ、喉仏をぐっと押し潰される。せりあげる違和感を飲み込もうとして失敗し、つんのめるような咳が一つ。

 そのまま、そのままゆっくり、絶えさせてくれないだろうか。願うなら一彩に。一彩にしか、きっと俺を殺す権利は無い。一彩以外にそれを明け渡したくないから、どうかその姿が、誰かほかの者に成り代わらないうちに。