饂飩粉
2025-04-19 00:26:25
7471文字
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大きな背中

ブルーロック我牙丸吟の夢小説です。
突然ですが我牙丸吟はアロマンティックな気がしませんか? 書いてる途中からそんな気がしてきたのでちょっと前半のノリとは少し違う形に落ち着いてしまいました。
というわけで夢小説ですが恋愛要素はありません。

 一体どうしてこんなことになったのか。
 考えても詮無いことなのだが、今は考える他に何もすることがない。
 見渡す限りの夜の闇に、人影のように立ち並ぶ木々。時折弱い風が吹き、木の葉がこそこそと陰口を叩くように擦れ合う音が聞こえる。私のことを嗤うかのように。
 唯一の荷物として持ってきていたスマホは地下でもないのに圏外だし、バッテリーも赤表示。それでもライトをつけなければ足元すら覚束ない。背の低い草花は高低差を覆い隠し、踏んづけて跳ね返った小枝が脛や脹脛に擦り傷を作っていく。視界の端を何か生き物が素早く動いたかと思えば、次の瞬間には姿を消している。ぼんやりと浮かぶ木の模様が不気味なラテアートのように蠢いている気がする。文字通りの獣道。
 はっきりと断言できる。今時肝試しなんかするんじゃなかった、と。しかも山の中で。
 おかげで私は現在進行形で遭難中の身だ。
 始まりはいつも突然。誰かが何の気なしに言った「肝試しやろうぜ」が急速に現実味を帯びてほぼ無計画にレンタカーに乗り込んだのが昼間のこと。
 山の中にひっそりと小屋が建っていて、夜な夜な獣のような悪魔が遭難した人間を喰っている——そんな噂のある山に着いたのが夕方のこと。
 車を停めた場所から例の小屋までの道なき道を二人一組で歩き、写真を撮って帰ってくるというルールを決めたのもその時だった。
 私を含めた六人組は三つのペアを作った。私は二番目。一組目が確かにその小屋の写真を撮って戻ってきた後、私達は出発した。
 それから五分くらい歩くと後悔の波が押し寄せ、一〇分後には口数も減った。
 どうやらもうすぐ小屋にたどり着けるはず——というところで事件は起きた。
 熊だ。
 熊がいた。
 木々が生い茂っただけの目の前の空間が、路上の曲がり角か何かのように、熊が突然視界を横切ったのだ。
 後ろ脚だけで立って歩く熊が目の前を通過する瞬間、私と同行していた相手は一目散に反対方向へ走り去りやがった。私も慌てて後を追ったが完全にはぐれてしまい、来た道がどこかなんてさっぱりわからなくなってかれこれ三〇分くらい経過している。
 いや、そんなことより熊だ。熊がいたのだ。
 遭難の絶望感で忘れていたその恐怖が鎌首をもたげて私を見下ろしていることに、今更のように鳥肌が立つ。
 後ろを振り返っても、そこが既に歩いてきた道なのかどうかすらわからない。少なくとも熊は追いかけてきていないように見える。
 だけど私はどうしようもなく独りぼっちだ。誰かと連絡が取りたい。誰でも良いから人に会いたい。甘すぎるくらいのシェイクが飲みたい。トイレにも行きたい。しかしここで済ませるのは私のプライドが許さない。そのプライドも時間と共に段々と削がれているような気がする。身体中に嫌な汗をかいていて、多分化粧もヤバいことになっている。でもそれを確認したらますます落ち込みそうなので絶対にスマホのインカメラは起動しない。バッテリーも充電したい。レンタカーに差しっぱなしの充電ケーブルが恋しい。それにしてもあの野郎私を置いて一人でどっか行きやがってマジでムカつくな。ここを出て再開したら一発殴って晒し者にしてやらないと気が済まない。絶対に許さん。くっそー、早くここから出たい! 帰りたい! お母さんにはいくら怒られてもいいから今すぐ帰ってベッドにダイブしたい。化粧も落としたいしお風呂も入りたいけどそれはぐっすり眠ってから——

「おい」
 
 背後からした聞き慣れない声に、「あ、やばい」ってなった。下から上へ、全身を静電気の膜が透過したかのように毛が逆立つ感覚が走った。総毛立つってまさにこのこと? そういえば、すね毛の処理ちゃんとやったっけ。
 恐る恐る振り返る。首は錆びついたボルトのようにぎこちない。
 果たして、背後に立っていたのは、巨大な熊——の上顎の真下から、ギョロリとした大きな二つの目が覗いていて、私を見下ろしている。

 いや、怖——

 そこで、私の視界も記憶もプッツリと途切れた。


———


 次の瞬間には、私は普段よりずっと固いベッドの上に横たわっていた。梁が剥き出しになった木製の天井には、羽虫のような音を立てている豆電球が一つぶら下がっている。
 気を失っていたのだろうと察しがついた。眠りから醒めたというよりは、映画やドラマみたいにいきなりシーンが切り替わったかのような感覚。脳が追いついていない。
 とにかく私は木造の部屋の片隅に置かれた固いベッドの上に寝ている——いや、何者かによって連れて来られ、寝かされたのだ。ご丁寧に毛羽だったタオルケットまでかけられている。
 瞬間、ぞっと悪寒が走る。気を失う前に感じた恐怖とは別の類のもの。連れて来られた? 誰に? 熊のオバケに? タオルケットの中を恐る恐る覗く。スカートは脱がされていない。下着も、多分大丈夫。大丈夫そうに見える。靴だってそのままだし。でも一度疑念が過ぎった頭では、そう簡単に安心できない。
 そもそもここは何処?
 辺りを見回す。おそらく木製の小屋っぽい家の一室だ。丸太を積み上げたような壁に四方を囲まれていて、窓の代わりに頭一つ分くらいの穴が三方の壁に一つずつ空けられている。
 残る一方の壁には同じく木製の扉があるが、今は閉ざされている。鍵がかかっているかどうかはわからないが、この部屋から出られそうなのはそこしかない。
 他には私がいるベッドと、天井から下がっている豆電球があるのみだ。殺風景もいいところ。さっきから頭の中を"監禁"の二文字がチラついている。あの扉も外に直結しているものではなさそうだ。そういえばスマホは、と思ったら枕元に置いてあった。相変わらず圏外だし、バッテリーは虫の息だったけども。
 遭難していた時と今、どっちがマシだろう。今かもしれないけど、それは扉の先に誰が——何が待っているかによる。気を失う前に見た熊のオバケだったらヤバいし、知らない誰かでもヤバい。これが肝試し来たメンバーによる壮大なドッキリだったら安心はするけどめちゃくちゃ怒るし金輪際縁を切ってやる。そうだとしても、できればそのパターンが一番望ましい。
 問題は扉が開くのを待つか、こちらから開けにいくかだ。とりあえず体を起こしてベッドに腰掛けるようにして足を床に下ろす。

 さてどうするか——考えるまでもなく、扉が開いた。

 扉を潜るようにして現れたのは、長身の男だった。背が高くて相対的に細身に見えるような、そんな体格。面長の顔に、肩まで伸びた長い髪の毛が吸い付くように張り付いている。頭頂部だけが黒く、そこから先は銀色。風呂上がりというよりは、通り雨に降られたかのような出立ちで、髪の毛の隙間から覗く両目には、見覚えがあった。ぎょろり、と言い表すのがしっくりくる大きさ。特に黒目はどんなカラコン入れてもそうはならんやろと言いたくなるほどに底が知れない。
 間違いない、気絶する前に見た目だ。そこに思い当たるまでの時間は、永遠のようで一瞬だった。
「おー、気が付いた——
「オバケー!」
「いきなり酷いこと言うな」
「いや、え——はい?」
 なんか思ったより会話が成立してしまい、私は困惑する。
 そのオバケ——ノッポの大男は手に持っていたヘアゴムのようなもので前髪以外の髪を雑に括っていく。よく見たら、片方の耳に切れ込みみたいなのが入ってる。しかも二箇所。
……人間?」
「見てわかんないのか?」
 男の表情は変化に乏しいものの、やはり会話は成立していた。
「さっき、熊だった人?」
「熊? あー、そうだけど」
 男は当然のように言う。その受け答えの間延び感や、どことなくあどけない顔つきは、なんていうか……
……お幾つ?」
「一七だけど」
「は!? 年下じゃん! 高校生!?」
 私一九だから二個しか変わんないけど。
「敬語使ってほしいのか? 俺あんま敬語自信ないんだよな」
「いや、別にそれは、別にいいの。聞きたいのはそういうことじゃないから」
「ん?」
「そもそもさ、君ここで何してんの?」
 ノッポの男——というかもはや少年!——の表情が少しは動くだろうかと、私は彼の顔を注意深く観察した。
 しかし彼の視線はこう言っているようだった——何を言っているんだこいつは、と。

「この山、私有地だぞ」


——


 少年の名前は、我牙丸吟。吟って名前、ワンピとブリーチ以外で初めて聞いたかも。
 そして私がいるこの小屋——と小屋の建っている山一帯は、我牙丸家の私有地らしい。なので我牙丸君がこの山で何をしようと、他人に迷惑をかける行為や犯罪以外は問題ないのである。
 たとえその行為が"熊の毛皮を被って擬態し周辺に他の熊が寄りつかないように徘徊する"ことだとしてもだ。それって本当に意味があるのかは、我牙丸君もわからないらしい。
 対する私含め肝試しに来た六人は、他人の所有する土地に無断で立ち入ったことになる。シンプルにまずい。我牙丸君には謝ったけど、許してもらえたのかイマイチわからなかった。

 この小屋はもともと我牙丸君が寝泊まりするために建てられたもので、本格的に山籠り——言いたいことは色々ある——するようになってほとんど使われなくなったものらしい。
 そこをたまに私の学友のような不届者が心霊スポットだなんだと勝手に騒ぎ立てている。我牙丸君は「山の動物達に迷惑がかかる」からやめてほしいみたい。
 そんな私たちが熊の毛皮を被った我牙丸君の謎パトロールと偶然かち合ったのが今日というわけだ。
「なんか、つくづくごめん」
「おー、本当にな」
「あと、今更だけど、ありがとう」
 我牙丸君は、目の前で気を失った私をこの小屋まで運び、ベッドに寝かせてくれたのだという。
 それに先ほど彼がこの部屋に入ってきたのは、足の怪我用の救急箱とスマホの充電ケーブルを家から調達してきてくれたからだ(豆電球があるので当然だがこの小屋にも電気は通っている)。葉っぱをすり潰して塗り込むようなものではなく、ごく一般的な消毒液である。大きな傷にはちゃんと絆創膏も貼ってくれた。勝手に原始人みたいな生活様式を想像していた私は、心の中で反省する。
「俺からも一つ、いいか?」
「?」
「多分お前と一緒に来た奴ら、先に帰っちゃったぞ」
「なっ——あいつら……
 縁切るとまでは言わないがランチ奢りくらいじゃ許さねえ。ねっむい講義の代理出席とノート取りを一ヶ月くらいはやってもらわないとだ。いや、そんなことよりも今直面している問題は……
……どうやって帰ろ」
 この山には車で来た。大学から一時間か二時間くらい飛ばしてきた気がするけど正確には覚えてない。今更だけど、私はここが何県のどこなのかちゃんと把握していない。
「我牙丸君、ここ何県?」
「和歌山だけど」
「よかった、県跨いでない……和歌山のどこらへん?」
「地図見せた方が早い」
 我牙丸君は自身のスマホの画面を見せてくれた。我牙丸君、スマホ使うんだな。今時の高校生なら当たり前か。なんか今時って感じは全然しないのだけど。
 地図アプリが起動したスマホの画面には、私の生活圏のだいぶ北の方に現在地を示す赤いピンが立っている。結構遠いな……と思った矢先、私は全く別のことに気がついた。画面の右上の方に、上から大きい順に丸括弧を横倒しにしたようなマークが三つくらい並んだアイコンが表示されている。
 一応、目を擦ってから、もう一度見る。確かにそこに、アイコンがある。契約しているSIMカードに頼らずにインターネットに接続していることを示すアイコンが——
「ちょっと待って。もしかしてここWi-Fiある?」
「当たり前だろ、キャリアの回線ほとんど圏外だし」
 我牙丸君からキャリアとか回線とかの言葉が出てきて、自分の中の我牙丸君に対する偏見が大変失礼なことに思い当たった。我牙丸君は別に、私が一目見た時に思ったような野蛮な人じゃない。
「え、これ? サウス……サザン……アルファベット小文字でサザンオールスターズって名前のWi-Fi?」
「そう」
「これ綴り間違ってるよ。southarn じゃなくて southern ね a じゃなくて e」
「マジか。後で直そ」
「パスワード教えて」
「俺が今一番好きなサザンの曲」
「どれ?」
「当ててみ」
「ムッズ〜! ヒントは?」
「シングル曲」
「サザンのシングル幾つあんのよ!」
「俺もわからん」
「最近の? 昔の?」
「最近だな」
「オッケー調べて——ってだからネット繋がらないんじゃん!」
「はは、おもろ」
「教えて! 家族に連絡したいから!」
 私は切り札を出した。もしかすると家族から連絡が来ているかもしれない。時刻は二三時を回ろうとしている。本当は大学生になったら一人暮らししたかったけど、学業とアルバイトの両立では精々家賃を捻出するので精一杯だし、仕送りをもらえるほどうちは裕福じゃない。今も家族のいる家に帰って、家族のいる家から大学に通っている。
 家族の話を切り出された我牙丸君はいつも以上に目を見開き、少し考えてから言った。
「山に流れる川沿いの一箇所だけ、電波が届く場所がある。そこに案内するでもいいか?」
「いいよ! 今すぐ行こ——っ痛ぁ!」
 私はベッドに腰掛けていた姿勢から勢いよく立ち上がって——体重のかかった右足首に激痛が走ってすぐ元の体勢に戻った。くるぶしの辺り、もしかして腫れてる? そういえば山の中を彷徨っていた時に一度足を踏み外した気がする。その時は一瞬痛みが走った程度だった気がするが、しっかり怪我していたらしい。
「捻挫か? とりあえず湿布貼るぞ。足、触っていいか?」
「うん。あ、ありがと……
 我牙丸君はテキパキと救急箱から湿布を取り出し、私の靴下を患部が露出するまでずらした。靴下はかなり汚くなってて、なんだかより申し訳ない。足首を包むように貼られた湿布の冷たさとツンとした匂いが痛みに混ざり合って、中和されていく感覚が少し気持ちいい。
 痛みが引くと頭も落ち着いてきたけど、我牙丸君そんなに私にWi-Fiのパスワード教えたくないんだろうか?
「じゃあ行くか、川」
 我牙丸君は屈んでいた体を起こすと、屈伸やら肩のストレッチやらをし始めた。
「え?」
 ——いや、私歩けないが?
 と思った矢先、我牙丸君は私に背を向けてしゃがみ込んだ。両腕を伸ばし、掌を私の方に向けている。それは紛れもなく何かを——ていうか私を受け止めようとしている姿勢だった。
「おぶってやる」
「はい……?」
 いやいやいや、おんぶって、何年ぶりよ。一応私スカートだし。それよりもおんぶって。マジか? でも我牙丸君はそういうの全然気にしてなさそうだ。
「ごめん、嫌だったら松葉杖みたいなの作るけど」
「いや、びっくりしただけ。ってか、Wi-Fiのパスワードは?」
「せっかくクイズにしたんだから、答は教えたくない」
「あ、そういう?」

——


 かくして、私は年下の男子におんぶしてもらって夜の山を川へ向かって降りていった。
 川辺では確かに電波がかろうじて繋がり、家族や肝試しメンバーからの通知が一斉に飛んできた。
 とりあえず怒る気力はなかったのでメンバーにはシンプルに無事を伝えるに留め、家族には「大学で転んで怪我した」と嘘をつき、終電を逃したため朝帰りになるかもと伝えた。帰ったらまた少し怒られるだろう。

 それから私は、なんと日が昇る前に家に辿り着くことができた。
 なぜかというと、我牙丸君が私をおぶったまま家まで走ってくれたからである。
 正直、最初は死ぬほど恥ずかしかった。我牙丸君は私をおぶったまま夜道を四、五時間ぶっ通しで走り続けていた。人とすれ違うことはほとんどなかったが、そのほとんどが私たちのコンビを訝しむように見つめていた。
 我牙丸君の背中は、思ったよりずっと大きくて、私は自分が子供に戻ったかのような気分になった。当の我牙丸君は、私のことをリュックサックか何かとしか思っていないかのような軽やかな足取りで下山し、夜道を駆け、信号を待つ間も私のことを地面に下ろさなかった。下ろしたのは一度コンビニに寄った時だけだ。
 最初は彼の肩に添えていた手は、肘を曲げっぱなしなのも疲れるので最終的に我牙丸君の体の前で指を組むようにして伸ばしていた。
 私はなんとなく、我牙丸君に自分のことを話した。
 他人に恋愛的に惹かれる感覚がわからない。周りの人達が当たり前のように恋というものをしているが、彼らのいう「好き」が指している感情が、自分の中にあるとは思えない。それがばれたら孤立してしまいそうで、「ガードの固い女」という偽装をしていることを。
 そしたら我牙丸君も「漫画を読むのは好きだけど恋愛はよくわからない」らしかった。その時初めて、私は誰かと「恋愛のわからなさ」を共有できた気がした。
 それからいつの間にか私は寝落ちしてしまっていて、気がついたら見慣れた街並みの風景が広がっていた。
 私の家の前で、我牙丸君とは別れた。一応連絡先を交換して、簡単な挨拶だけを交わした。
 我牙丸君は特に疲れた風でもなく、来た道をほぼ同じ速度で走り去っていった。まだ少しうとうとしていた私は、肝試しの時点から長い夢の中にいるんじゃないかという気がしていた。でも家の扉を開けたら家族にこっ酷く叱られたし、心配された。そして部屋のベッドでもう一眠りしてから目が覚めた時、我牙丸君が貼ってくれた湿布がちゃんと足首に貼ってあって、あの夜のことは現実だったんだと強く実感した。

 あれから我牙丸君とはたまにメッセージツールでやり取りをしている。どうやら彼はサッカー部で、日本フットボール連合から強化指定選手として東京に招待を受けているらしい。我牙丸君、サッカー上手いんだ。中学生から始めて今ではサッカー部のエースなんだとか。
 我牙丸が招集に応じて東京に向かう日に、私は最後のメッセージを送った。

『tatakaumonotachiheaiwokomete』

 返事はすぐに返ってきた。

『正解』

 頑張れ、我牙丸君。