望月 鏡翠
2025-04-18 23:22:30
986文字
Public 日課
 

#1696 「保護フィルム」「ペットボトル」「ビニール傘」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話

 地元を出てから、あいつと同じ次元に存在したことはなかった。仮初の肉体を経て、画面の向こう側の存在として新しい人生を始めていた。二.五次元のアイドルになっていたのである。
 本人とやり取りをするほど、親しかったわけではない。隣の席になったらそれなりに話すし授業でグループを作る必要があれば、一緒に組む。テスト勉強も一緒にやった。
 しかし、卒業をしたら当たり前のように会話のきっかけがなくなって連絡を取らなくなった。
 俺たちは学校というつながりでつながっていただけだったのだ。
 ではかつての旧友が、バーチャル受肉したことをどうやって知ったのかというと、公式アカウントのIDと名前が、昔使っていたSNSのIDとハンドルネームそのままだったのである。
 知り合いがハマっているから、あるいは単に流行っているからよく目に入るなぁと思ったら、見覚えのある文字列が目に入った。もしかしたらと思って、動画をみてみたら、声が同じで確信した。
 スマホのひびが入って傷だらけになった保護フィルムの向こう側にある顔には見覚えがなかったが、それは旧友に違いなかった。本名ではないとはいえ、こんな大人気のキャラクター――厳密にはキャラクターではないのかも知れない――が、こんな身元がすぐにバレてしまいそうな名前を使っていていいのだろうか。
 しかし、そこで本人と連絡を取ることはしなかった。有名になった途端に擦り寄ってくる鬱陶しいやつだと思われたくなかったのである。
 次に見たのは、清涼飲料水のペットボトルのコラボパッケージの中である。こんなに大きな仕事を任されるようになるのかと感心した。企業の名前を背負って立つなんて、規模が大きすぎて想像がつかない。
 ずいぶん遠いところに行ってしまったし、ついぞ、同じ次元に立つことはないと思っていた。
 だが、今日、コンビニで買ったビニール側の向こう側にその姿を見た。仮初の顔ではなく本人を。高校生のときから、中の人の顔はあまり変わっていなかった。
 気づいてくれるだろうか。
 僕は迷った。僕は相手を定期的に思い出す機会があった。その姿を、街の中で見かけたから。
 しかし、向こうは高校生のときから連絡を取っていなかった旧友のことを覚えていないかも知れない。
 目があったときに、不安は消し飛んだ。傘越しでも、心当たりのある顔をしたのだ。