らい
2025-04-18 21:00:25
4582文字
Public レオいず
 

レオいず30days⑱「一から百まで数えたら」

フィレンツェ編⑧ お題「温泉」
※ちょっぴりエ〇チ


 恋人といえども、いけ好かない部分は山ほどある。部屋を片付けない。銀行の通帳をテーブルに置きっぱなしで、買い物に出かける。外泊の連絡が遅い。玄関に靴を脱ぎ散らかす。既にルンバが一台あるのに、新型を買ってくる。パソコンの配線が、机の裏でこんがらがっている。街中で仲良くなった外国人を家に連れ込んで、たこ焼きパーティーを開催する。個人情報のかたまりであるスマートフォンを落っことす───過去の事例を一気にほじくり返したくなるぐらい、泉は苛立っている。
 目下の不満は、真隣で湯に浸かっている男が、のんきに歌っていることであった。

「いい湯だな~、ビバノンノン♪」

 頭のてっぺんにタオルを乗せて、レオが即興の演歌を口ずさんでいる。極上の湯加減を満喫するレオの姿は、まるで地方の温泉ポスターに描かれたニホンザルのようだ。湯けむりで、脳みそまでふやけちゃったんじゃないの。岩肌にもたれかかるレオの胸板が湯舟の波に見え隠れするたび、泉はやきもきする。このバカ殿。心の声を張り上げて、懐かしいあだ名で罵倒した。
 海外での仕事が軌道に乗ってきて、スケジュールが嬉しい悲鳴を上げている今日この頃。プロデューサーのあんずに予定を調整してもらい、日本に戻ってきたタイミングでもぎ取った貴重なオフ。多忙な合間を縫って、ふたりきりの温泉旅行にやってきた。
 少なくとも泉が誘った時点では、レオは随分と乗り気だった。「セナは頑張ってるもんな~。どうせなら良いとこにしよう!」と人差し指一本で高級旅館を予約して、レンタカーの運転まで快く引き受けたぐらいには。道の駅では「今の絶対に曲がれたよねえ。ほら、出やすいとこ取られちゃったじゃん」「あのなあ。運転手のタイミングってもんがあること知ってるか?」と駐車場での立ち回りで言い争ったけれども、昼食を済ませたら仲直り。それ以外は、特に問題なくドライブの旅を終えたはずである。
 長旅で疲れてるだろうし。たまには……俺もれおくんに、サービスしてあげようかな。
 いやらしい想像を織り交ぜてしまう程度には、泉だって浮かれていた。
 一日一回はキスをしないと駄々をこねるような男だ。ふたりきりの部屋に足を踏み入れた瞬間に、オオカミになるかもしれない。熱烈なくちづけを浴びせられて、布団に押し倒されたらどうしよう。入念な対策を練りながら、泉は覚悟を決めていた。
 でも俺は、そう簡単に身体を許す男じゃないからねえ。エッチしたがりのれおくんをめいっぱい焦らして、「セナぁ~」と泣き言をこぼすまで意地悪してやるんだから───しかし、泉が思い描いた理想の温泉プランは、ものの見事に崩れ去る。
 高級懐石料理を味わったあと、レオは「よぉ~し! ひとっ風呂浴びるぞ~!」と小学生男児のように宣言して、恥ずかしげもなく服をぽいぽいと脱ぎ散らかした。そうして泉を一瞥することなく、露天風呂に入っていったのだ。
 てっきり「セナの裸を見てたら、我慢できなくなっちゃった……」と低い声で求められるとばかり覚悟していた泉は、肩すかしをくらってしまったわけである。

「明日の朝食も楽しみだな~。ナルも絶賛してたし!」
「あ~……うん。あいつ、一時期温泉巡りにハマってたからねえ……。まぁ、あいつがおすすめするなら間違いないでしょ」
「うんうん。……ナルのやつ、ここの旅館に決めたってこと報告したら、すっっっっっごくしつこかったぞ。聞かなくてもわかってるくせに、『誰と行くのよォ♡』な~んて前のめりになるから、『セナ』って答えたんだけど。っも~~~三時間ぐらい捕まっちゃってさ。『ふたりきりの湯けむりで、いったい何するのよォ~♡ イヤ~♡』ってうるさいのなんの。あいつの妄想力には、さすがのおれも恐れ入る!」
「そ……そう」

 美味しいご飯に、温かいお風呂。美しい景色を見たあとは……
 せっかく旅行に来ているのだ。結果的にはそうならないにせよ、選択肢には入っているはずである。泉は「お泊まりのカップルって、大体エッチしてるらしいよ。そういう統計が出てるんだって~」と茶化してきた凛月を思い返しながら、真横のレオをちらりと確認する。当の本人は働き盛りのサラリーマンみたいに、「一杯、飲みたいな~」と呟いていた。当然ながら、性的なムードは微塵も感じられない。
 こいつ、美しい俺が隣にいるってのに、どうして何もしないわけ?
 泉はたまらず腰を浮かせて、湯面から胸を露出させた。ベッドの上では、しつこく攻められることが多い部位である。だが、腕を伸ばしてリラックスしているレオは、見向きもしなかった。
 なんでだよ! 赤ちゃんみたいにちゅうちゅう吸うのが好きなくせに!
 泉はひっそり悪態をついて、もういちど湯に沈む。こほん、と咳払いをしながら話を戻した。

……なるくん、そういう話、好きだからねえ」
「女子って、意外と下ネタ好きだよな」

 岩盤に背を預けて、レオは湯けむりが立ち昇る空を仰いだ。静かにしていれば、腹が立つぐらい端正な顔つきをしている。もちろん、ベッドの上でも───レオが深々と岩肌に寄りかかり、ちゃぷちゃぷと湯が揺れる。年々たくましくなっている胸板から、水滴がぽつりと垂れた。抑えきれない雄のにおいに、泉の心臓はきゅっと引き締まる。しかしながら、色っぽい出来事は何ひとつ起こらない。すこしばかり期待してしまった自分を恥じながら、泉は肩から腕を湯水でさする。
 今晩は致すつもりがないのか、だんだん不安になってくる。旅館までの道のりは長時間の運転を任せていたうえに、多少の小競り合いも繰り広げたのだ。心身ともに疲れて、セックスどころではないのかもしれないが───旅館でのスキンシップを楽しみにしていた泉にとっては、想定外の展開といっていい。自分は期待していても相手はそうではないことに、心の距離を感じて切なくなる。なにより、恋人とのセックスを待ち望んでいる淫乱体質であることに気づかされるのが屈辱だった。涼しい顔して、恋人とのエッチが大好き。完璧で美しい瀬名泉像とは、あまりにもかけ離れている。
 待ちぼうけは嫌いだ。かといって自ら誘うのもプライドが傷つく。レオの口から「なあ、セナ。おれ、今すぐえっちしたい……」と宣言させる雰囲気に持っていきたくて、泉は穏やかにくつろぐレオの肩に寄り添った。

……なるくん、具体的にどういう話してたの?」
「ん~? ……温泉のこと?」
「う……うん」

 聞き上手の恋人を装いながら、胸にぷくりと膨れる突起をレオの肌に押し当ててみる。レオの眉がぴくりと動いたが、岩盤に置かれた腕を入れ替えるだけに留まった。一方の泉は刺激に疼いてしまって、乳白色の湯の下で太腿をすり合わせる羽目になる。
 れおくんの馬鹿! この俺が特大サービスしてやってるのに、スルーするな! ───残念ながら、心の声は届かない。

「延々と盛り上がってたぞ~。『ふたりきりの湯けむりに包まれて、一体どうなっちゃうの~!?』って。こないださ~、金ローで『恋するすくらんぶる』の実写版やってたらしい。ほら、ルカたんが好きな少女まんがの……テンシとか、あとママがキザな役で出てたやつ。あれを観たもんだから、影響されてんだな~。多分」
「あれって、別にエッチな映画じゃないじゃん……
…………ん?」
……とにかく! れおくんは、なんて答えたわけ?」
「もちろん、おれは『どうもこうもないぞ~』って答えたけど」

 元々レオは下世話なトークを好まなかった。泉の立場を考えて、うかつに喋らないように心掛けているのも知っている。当たり障りのない返答になるのも無理はないことも、頭では理解しているけれど───それでも泉は、身体のつながりを期待していた。快楽を求めるだけのお遊びではなくて、心身ともにひとつになれる時間が欲しかったのだ。
 一方通行って、結構さびしい。レオと付き合う前は、他人に期待したことなんかなかった。けれどもレオと恋人になってから、甘えん坊の欲しがりになってしまった気がする。
 もういいや、上がろう。泉はひと息ついた。

……れおくんは今晩、俺とエッチするつもりはないわけね」

 れおくん、俺、先に上がるね、と報告するつもりだったのに。無意識のうちに、つい本音が飛び出してしまった。女々しくって馬鹿みたい。泉はざぶんと湯から上がって、足早に出ようとする。素知らぬ顔をしてセックスしたがっているなんて、恥ずかしいったらない。一刻も早く逃げてしまいたい泉は、石段の一段目に足を掛け───ふいに身体が反転して、「わひゃっ」と甲高い声を上げる。
 レオに手首をつかまれて、岩盤に縫い付けられていた。

「れおくん……?」
「ごめん。もう……限界」

 頬をうっすらと赤く染めたレオが、切なげに眉を歪めている。温泉の熱気にのぼせているのではない。発情しきった獣のような興奮の紅を、顔じゅうに塗りたくっていた。
 湯水に濡れた黄昏の前髪から、ぽとりと水滴が垂れる。それは泉の谷間に落下して、柔肌をなぞるように流れた。

……他にもあるよ、ナルと話してたこと」
「んっ」

 濡れた唇が近づいて、噛みつくようにキスをする。薄い舌を絡めて蹂躙すると、レオは耳元で低く囁いた。

「なにをするにしたって、いつもおればっかり誘ってるから……たまには、セナの気持ちも知りたいなって思ったんだ」
「れおくん……?」
「押しても駄目なら、たまには引いてみろって、ナルは助言してくれた。だから、ドライブちゅうもキスするの我慢してたし、部屋に入ってからもおまえに触れるの堪えてたんだけど……おれにぴったり密着したり、わざと乳首を擦りつけたりして、急激にえっちなことしてくるし。……なぁ、セナ。おまえはおれと、すごく、すご~くえっちしたいってことでいい?」
「別に……そんなわけ……
「おれたちだけの秘密。ナルには内緒にしておくから……なぁ、おしえて?」

 小手先のテクニックで試さなくたって、恋人とのセックスは嬉しいに決まっているのに。ありったけの文句を並べてやろうと思ったが、たまには素直に従うことにした。だって、今日はとくべつな温泉旅行。キスの先の期待に震えてうっすらとピンクに染まる肌も、きっと湯けむりが隠してくれるだろうから。
 泉はちゃぷんと音を立てながら腕を持ち上げると、レオの首にすがりついた。

……俺。……温泉エッチ、初めてなんだけど」
「はじめてじゃなかったら、困る」
「あっ……ねえ……。そんな、いきなり……
「お互いに百数えるまで我慢したんだから、いいだろ」
「百どころじゃないでしょお……
「細かいことは、またあとで考えさせてやるから。……好きだよ、セナ。愛してる」
「んっ。あっ……れおくん……

 華奢な肩から腰にかけて湯をかけられながら、胸をちゅくちゅくと愛撫される。泉はすり合わせていた太腿を開いて、レオに深く口づけた。
 さんざん焦らしたのだから、内部が温かく解れるまで愛してくれないと困る。「慣らしてから」と紳士ぶろうとするレオの耳たぶに、泉は甘い声で「のぼせちゃうから、早く来て」と囁いた。