でがらし
2025-04-18 20:17:30
3746文字
Public 【吸死】ドラヒナ~全年齢~
 

【ドラヒナ】歯磨き教室延長戦@ロナルド退治人事務所

過去に書いたお話(https://privatter.me/page/6745bc50050ae)の続きっぽいものです。
これ単体でも読めるものになっているはず。
前の話はみっぴきだったけどこれはドラヒナ要素アリです。性癖だから歯磨きは永遠に擦れる。

「おいおいロナルド君、歯磨き粉出しすぎだぞ。歯ブラシから溢れているじゃないか」
「この方が美味いんだよ」
「『歯磨き粉は歯ブラシの先にちょっとだけ』って歯医者さんが教えてくれてたじゃないか。お話聴いてなかったのかなー?」
「うるへぇ!」
「やれやれ、やっぱりロナルド君はちびっこたちと一緒に体育座りでお勉強した方が良かったかもしれないねぇ……って痛っ、スナッ! 正論言っただけなのに理不尽!」

 ロナルド退治人事務所の居住スペース、その片隅にある洗面台。それぞれの歯ブラシとコップと歯磨き粉が並んでいてごちゃごちゃとしている棚の前、ドラルクの後ろに並んで順番を待つ。今はこの事務所の主であるロナルドが歯を磨いているのだが……片手でドラルクにパンチを繰り出しながらもう片方の手で歯ブラシを動かしている。両利きの器用さをそんなところに発揮するな。その隣ではジョンが口の中を泡でいっぱいにしている。先ほどドラッグストアでドラルクが買っていた、マジロ用やわらか歯ブラシを駆使するジョンは一生懸命で可愛い。
 なぜ今日は全員こんなにもデンタルケアに熱心なのか、というと……先程近所のシンヨコ保育園に歯磨き啓発の劇をしに行ったからだろう。何故私も参加する羽目になったのか……最初はロナルドに舞い込んだ依頼だったが、ドラルクが「ヒナイチ君も劇に出ればいい」と勝手に決めてしまったのだ。しかも魔法少女ヒナイチレッドのキャラクターショーの名目で。あの魔法少女の恰好は恥ずかしいんだぞ、そう抗議はした。したのだが、ドラルクが報酬(マロンケーキ)をちらつかせてきて、結局断れなかった。いやしかし、これもドラルク監視活動の一環だったのだ。子供の血を狙うとも限らないからな……そういうことにしておこう。なし崩し的に決まった劇だったが、子供たちも真剣に見てくれたので一安心。口の中で暴れたり私に倒されることがドラルクにとって畏怖の範疇に入るのかは若干疑問だが、本人は満足したらしい。劇の後には歯医者さんが子供にも分かりやすく正しい歯の磨き方を教えてくれて私も勉強になったし、結果的には良い一日になったと思う。さっき食べたマロンケーキもとっても美味しかったからな!

「フフン、そんなにガシガシ磨いたってコウモリ伯爵は倒せないよ?」
「そうだぞロナルド、一本一本丁寧に、だ」
「ぐっ、わふぁった……

 シャコシャコと軽快なリズムが洗面台に響く。劇中では虫歯になって泣いていたロナルドだが、今のところその心配はなさそうだ。人気商売だから歯には気を遣っているのだろう。そうこうしているうちにジョンはうがいを終え、ドラルクの前で口を開けていた。恒例の歯磨きチェックだ。

「ヌアー」
……はーい、ジョンは合格! 上手に磨けました」

 ヌン!と胸を張るジョンの脇で、ロナルドも歯を磨き終えた。うがいで吐き出された水が勢いよくこちらに跳ねる。もう少し落ち着いてうがいできないのかと睨んでみるが、ロナルドは気づかないようだった。鏡に向かって口を開けてチェックするロナルドの肩によじ登り、ジョンが目尻を下げる。

「ヌヌヌヌヌヌ、ヌンヌヌッヌヌヌヌ」
「えー、ジョンが仕上げしてくれるの? じゃあ甘えちゃおー」
「ヌー!」

 ジョンがロナルドを先導してダイニングに向かうのを見送る。こうやって見るとジョンがお兄ちゃんみたいだぞ……まあ、今に始まったことではないか。成人男性であることは間違いないはずなのに、ああいうところを見るとロナルドが五歳児と評されるのが分かる気がする。

「ヒナイチ君、先どうぞ。レディーファーストだよ」

 先に並んでいたドラルクが脇に避けてくれたので、礼を言って洗面台の前に立つ。今は力を抜いているらしく、ドラルクは鏡に写っていない。後ろに気配がするのに鏡の中には自分ひとりなのは、分かってはいるが奇妙な心地だ。なんだか落ち着かないまま歯ブラシを口に咥え、左右に動かす。奥歯から前歯に向かって、少しずつ順番に。前歯は歯ブラシを立てて小刻みに。教わったことを実践しながら磨いていくと、ケーキの甘みがミントにかき消されていく。正しいこととはいえ、少し名残惜しい。

「丁寧に磨くじゃないか、感心感心」
「あんな劇をした後に虫歯にでもなったら、ヒナイチレッドとしての面目が立たないからな」

 もごもごと口を動かす。歯の痛みで任務に集中できないなど、あってはならない。それに、もし虫歯になってしまったら、ドラルクはきっとクッキー禁止令を出すだろう。……それだけは絶対に避けなくては。ぐっと力が入ってしまいそうだが、さっき自分でロナルドに言ったことを思い出し耐える。一通り磨いてうがいも終えると、ミントの清涼感が口の中を抜ける。ドラルクに場所を譲ろうとしたその時、いつの間にか奴は真横でニンマリと笑っていた。

「じゃあ、ヒナイチ君も上手に磨けたかチェックしようか」
「わ、私は大丈夫だっ……
「おやぁ、そんなこと言ってていいのかな? もしかしたらわるーいコウモリ伯爵が隠れているかもしれないよ? 歯医者さんも『おうちの人に見てもらおうね』って言ってたじゃない」
「私は子供じゃないし、お前は私の親じゃないだろう!」
「君よりも私はずっと年上だってことをお忘れかな? それにヒナイチ君はここに住んでいるようなものじゃない。なら私はヒナイチ君の『おうちの人』ってことでいいんじゃないのかな。ほらほら、あーんして?」

 ドラルクこそ居候じゃないかと言いかけた隙に、濡れた歯ブラシをかすめ取られる。このまま無視して床下に戻ることも出来るはずだ。けれど、ちらつく小さな赤い瞳から目を逸らすことができない。無言のままの私の姿を、ドラルクは肯定と受け止めたらしい。くいと顎を引かれた拍子に開いてしまった口を、じぃと覗き込まれる。きっと歯医者だってこんなにじろじろは見ないはずだ。楽しげな中に混じる真剣な眼差しに、うっすらと頬が熱くなる。

「うんうん、じょうずに磨けているね。えらいえらい。でも奥歯の裏側はもう少し磨いておこうか。歯ブラシを斜めにして……

 シュコシュコ、シャコシャコと歯を磨かれる。歯ブラシの柄と同じくらいに細い指先の動きを目で追う。吸血鬼は虫歯に縁がないと言うが、歯を磨く習慣は根付いている。牙用のタフトブラシやフロスもドラックストアに売っているくらいだ、人間よりもデンタルケアに熱心かもしれない。おそらく虫歯予防というよりは畏怖させるチャームポイントを磨くため、という目的だろう。しかし、まさか人の歯をここまで真剣に磨くものだとは思わなかった。これは吸血鬼の享楽のうちなのだろうか。それともこれはドラルクの趣味なのだろうか。

「さ、上の歯は一緒に磨いてみようか」
「へ……?」
「自分でもちゃんと磨けるようにならなきゃね。ほら、鏡見て。大きくあーんして……

 私の背後に回ったドラルクは、歯ブラシを私の手に握らせ口の中へ導く。ドラルクは鏡に写らないせいで、独り手に動く歯ブラシを私の手が追っているかのようだ。重ねられた手はひんやりとしていて、なんだか心地いい。

「ペンを持つみたいに、軽い力で。奥歯の溝を擦って、それから裏側の歯茎の間を、こうやって……
「んぁ……

 変な声が出てしまい恥ずかしい。きっと今の声も表情もドラルクに伝わってしまった。だって頭の上の方でくすくすと忍び笑いが聴こえてくるのだから。

「あとちょっとだよ、逆側も同じようにやってごらん。……そうそう、上手だね。これならコウモリ伯爵も恐れをなして逃げ出すさ。……君に傷をつけていいのは、私だけなんだから」

 最後の方が聞き取れず、ドラルクの顔を見上げるように振り向く。と同時に、ダイニングに続く引き戸が勢いよく開き、ロナルドと目があった。音に驚いたドラルクは死んで砂山に、歯ブラシを咥えていた私を凝視するロナルド。世界が静止して数秒、沈黙は噴き出したロナルドの声に破られる。

「ブフォ! ……え、お前ら何やってんの?」
「うわ汚な! うがいの水でほっぺたパンパンにしてくる奴があるか五歳児若造め!」
「んんー!」

 ロナルドが割入ってくるせいで余計に狭い洗面台で、争うようにうがいをする。ロナルドの使っている歯磨き粉の香りが、この場に不釣り合いなくらいに爽やかだ。ロナルドに何か言われないうちに、私はびちゃびちゃになった床に雑巾を叩きつけた。

「ロナルド、床は自分で拭け! ……そ、そうだ、次はドラルクの番だな!」
「ねぇヒナイチ君、何で私の歯ブラシ持ってるのかな? これから私歯磨きするんだけど」
「吸血鬼ドラルク! ぷりりあんとレッドの名の元、お前の中のコウモリ伯爵を退治する!」
「⁉ え、あ、私はちゃんと磨けるから……あ、やっ、そんな牙じろじろ見ないでファーってなるから!」
「暴れるなドラルク、こっちに砂が飛んで拭きにくいんだよ!」

 息まく私とロナルドの怒声、ドラルクの悲鳴と駆け込んできたジョンの悲鳴が重なりあう。園児たちよりも騒がしい歯磨きの時間は、まだまだ終わらない。