こまこ
2024-06-09 23:47:41
5787文字
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大好きがふたつ

レカペで頒布する双子ル×マのサンプル


 小さな手が、マーヴェリックの手をきゅっと握っている。その手は震えて、こちらを見ないでうつむいた彼の唇は噛み締められていた。
……僕は、どうせブラッドリーの代わりだろ」
「エドワード……僕はきみをブラッドリーの代わりだなんて思ったことはない」
 きっぱり何度も告げているのに、少年は納得してはくれない。こうやって宥めるのも何度目かわからない。マーヴェリックはあくまで子どもに対する態度を最後まで崩さなかった。
「いいかい、エド。僕はきみの〝いまの〟ご両親たちに〝もう来るな〟と言われてしまったから……もう来られないと言っただけだよ」
「嘘だ。絶対にブラッドリーがあんたに何かを言ったんだ。僕に会いに行くなって……言ったんだろ」
「エドワード……
「ブラッドリーもあっちの両親も大っ嫌いだ! 僕だけ仲間はずれ……大っ嫌い!」
 ぼろぼろと涙を流す子どもを、マーヴェリックはただ抱きしめることしかできない。
 エドワードは決してマーヴェリックのことは〝嫌い〟だなんて言わないのに、ブラッドリーやキャロル、グースのことはすぐに〝大嫌い〟と言うのだった。


 ――双子が生まれたら片割れをこちらの養子へ欲しい。
 古くからの友人である夫婦に言われ、早々双子など生まれることはないと高をくくっていたブラッドショー夫婦は、気軽にその約束を了承してしまったことがすべての発端だった。
 奇跡的に双子を妊娠していたキャロルは、約束通り生まれてすぐ双子の兄の方を友人夫婦の養子に出した。あちらで〝エドワード〟と名付けられた子どもは、すくすくと友人夫婦と〝マーヴェリック〟の愛情を受けて順調に育っていた。
 ピート・〝マーヴェリック〟・ミッチェル。
 ブラッドショー一家と友人一家――スミス夫婦との共通の友人であった彼は双子のことをどちらも溺愛した。どちらかではなく、二人ともに愛情を注ぐ姿はどう見ても愛情過多のアンクル・マーヴだったが、ブラッドショー夫婦はそれを喜び、スミス夫婦は難色を示した。
 スミス夫婦はエドワードに彼が違う場所から養子に取った子どもなのだと正直に告げたことから、彼はどうしてもその正しい〝家族〟というのがわからなくなってしまったらしい。
 くわえて、ブラッドリーが自分の弟でありブラッドショー夫婦が本当の両親だと知ったことからも、彼を大きく変化させてしまう。
 そこに、スミス夫婦から〝もうエドワードとは会わせない〟とマーヴェリックが言われたことにより、あっさりとエドワードの心は閉じてしまったのだった。
「僕にはマーヴェリックだけだったのに……ブラッドリーが全部、僕から全部……マーヴェリックまで奪っていくんだ」
 十歳になった頃の話だ。それまではマーヴェリックがエドワードを可愛がることを許していたというのに、あまりにも彼が〝マーヴェリック〟に依存していることが不安になったらしい。
「もうエドに会うことは控えて欲しい」
 夫婦に深刻な顔でそんなことを言われてしまえば、マーヴェリックだって強引なことはできない。
 たしかに、エドワードのマーヴェリックへの執着は異常な時もあった。ブラッドリーに対する嫉妬や憎悪も、たいへんなものだった。
 だからマーヴェリックも距離を置くことにしたのだ。彼のためを思い、彼の人生の行く末を心配して。


 かくして、マーヴェリックはエドワードとの絆を彼が十歳の頃、失ってしまった。
 ぼろぼろと悲しみを全面に出して泣く姿は、マーヴェリックの心をひどく傷つけた。
 それからすぐにスミス夫婦とエドワードはどこかへ引っ越してしまって、それきりだった。
 ――マーヴェリックがそれからエドワードに再会したのは、彼が十八歳になった頃だった。


◇◇◇


「マーヴ、エドワードのこと覚えてる?」
 ハードデックでの会話だった。
 ブラッドリーにそう問われたマーヴェリックは、一瞬だが動揺してしまった。――それを見逃すブラッドリー……ルースターではない。目を細めてじぃ、とこちらを見つめてくる彼に、マーヴェリックはちまちまとビールを飲むことで誤魔化そうとする。
「エドワードもよくここへ来るわよ、ルースター」
 そこへ余計なこと――マーヴェリックにとっては――を言ってしまったペニーが、ルースターから胡乱な視線を投げられた。
「ペニー?」
「あら、ルースターは知らなかったの?」
「なにを……?」
 胡乱な視線を注がれているというのに、ペニーはどこ吹く風だ。ルースターの視線など彼女にとって赤ん坊のようなものなのだろう。ペニーは動揺しているマーヴェリックの肩をぽんと叩き、「マーヴェリックとよく来ているわよ」と言った。
……は?」
 思わず地を這うような声が出る。仲直りをしてからこのかた、そんな話露ほども出なかった。
「マーヴ……くわしく話、聞かせてくれよ」
……ブラッドリー」
「どうして、あんたがエドワードとここへ?」
「そ、れは……あの子が」
「ふぅん……〝あの子〟、ねぇ……
 マーヴェリックの言い草が気に入らない。これは完全にルースターの悪い予感が当たっている気がしてならない。だって……だって、ここまでマーヴェリックが後ろめたそうにするということは、〝彼〟はルースターと違ってずっとマーヴェリックに〝会って〟いたということで――
 派手にショックを受けているルースターの舌には、ビールが苦く感じる。マーヴェリックは黙ってしまったルースターに焦っているらしいが、いまはとても余裕がない。
 元々、ルースターの中の〝エドワード〟の記憶はひどくあやふやなのだ。自分に双子の兄がいて、赤ん坊の頃養子に出され、それからしばらくは家族ぐるみで遊んでいた――なんてことをキャロルから聞いていたとしても、ルースターにとっては他人の記憶となんら変わらないのだ。
 そういえば、マーヴェリックは彼のことを覚えているだろうか? そんな気軽な……マーヴェリックがエドワードと交流がない前提での話題は完全にルースターの勘違いだったらしい。
 ルースターにとってはまったく親近感もなにもない〝エドワード〟は、マーヴェリックにとってはルースターよりも身近な存在だった……
 ぎり、と歯ぎしりしたルースターは、ビールを一気に呷ってグラスをたん! とカウンターに置いた。
……ちゃんと話してくれなきゃ、俺納得できないから」
――わかった」
 マーヴェリックも同じくビールを飲み干し、カウンターにグラスをゆっくり置き、深く頷く。ペニーは苦笑していたが、ルースターには真剣な話し合いなのだ。
 そう――これは嫉妬だ。嫉妬以外のなにものでもない。ルースターは双子の片割れである兄に、ひどい嫉妬心を抱いていた。
 ずるい、と思う。
 まるで自分とは違うエドワードの人生をうらやみ、マーヴェリックとの関係をうらやんだ。
 人気のないハードデックで、マーヴェリックがようやく口を開いた。
「エドは……優しい子だよ」
 ルースターには残酷な言葉で彼の話は始まった。


 十八歳になったエドワード・スミスは、まさにルースターに瓜二つ――双子だから当たり前なのだが、髪型までそっくりだった。
「将来はパティシエになるつもりなんだ」
 泣きながらの悲しい別れだった彼との別れはまだまだマーヴェリックの記憶に新しい。ブラッドショー一家のことを大嫌いだと言って憚らなかった彼とはまるで違う雰囲気に、マーヴェリックは圧倒されたものだった。
「ごめんね、マーヴ」
「え?」
「あの時、あんなこと言って」
……きみにとっては大切なことだったんだろう? 多感な時期だ、だから……僕はちゃんとエドのことをわかっていたつもりだったよ」
……ありがとう、マーヴ」
 エドワードがふわっと微笑んだ。
 彼と出会ったのはとある基地での航空祭だったと記憶している。どの基地かは覚えていないが、エドワードが実家が近いと言っていたのは覚えていた。
「それで、ブラッドリーは元気なの?」
……ははは」
「マーヴ?」
「実は――
 マーヴェリックは自分がしでかしたことをエドワードに包み隠さず告白した。この話を誰かにしたのは、アイスマン以外にエドワードが二人目だった。
 空中で戦闘機たちが華麗な航空ショーを行い、歓声が飛び交う中、告白されたことにエドワードは絶句していたが、やれやれとかぶりを振った。
「マーヴ、それは俺だって怒る」
……いいんだ、これで。いずれ時間が解決してくれればいいけど……憎まれたままなら、それはそれでいいんだ……
「これはあいつの兄としての忠告なんだけど、ブラッドリーは決して許してはくれないと思うよ」
……っ」
「俺と一緒で意固地で頑固者だと思うから」
「そうかぁ」
 泣き顔でそう呟いたマーヴェリックに、エドワードが苦笑した。それからマーヴェリックの肩に手を置いて、ぐっと顔を近づける。
「ねぇ、マーヴ」
「うん?」
「なら、俺と一緒にたまにでいいから……遊んでくれる?」
「ええ?」
 びっくりしてマーヴェリックはエドワードを見る。正直、瓜二つの彼の顔を見ているだけで自分がしでかしたことへの罪悪感が募るのに、彼に遊んでくれと言われるとどうにも複雑だ。
「あ、まさか俺のことブラッドリーと重ねてるんじゃないだろうな?」
「う……
「顔はそっくりでも、俺は別人だよ、マーヴェリック」
……ごめん、エド」
 そうだ、この子はエドワードなのだ。ブラッドリーではなく、エドワード。
 彼とブラッドリーを重ねることは失礼だ。彼はブラッドリーとは違うのだから。
「わかってくれればいいよ。じゃあ、連絡先交換して。もうパパとママだって俺とマーヴのこと邪魔したりしないでしょ」
「そうだ、マリーとクラークはどうしてる?」
「健在だよ。過保護なのは相変わらず」
「そうか、良かった」
 両親が出張の多い会社で働いているからか、エドワードもたくさんの州を渡り歩いて来たらしい。こうやって航空祭に訪れることがエドワードの趣味らしいと聞き、血は争えないと思ったのだ。
「ブラッドショーの血は争えないだろ?」
「エド……
「いまのパパとママも愛している。けど、元の両親のこともちゃんと愛してる」
「エドワード、嬉しいよ」
 十八歳でここまで達観している青年に、マーヴェリックは泣きそうになった。
 難しい問題だと思う。マーヴェリックには到底わからない苦しみや、懊悩があっただろう。エドワードはそれを八年の間に克服したのだ。すごい青年だと、マーヴェリックは感嘆する。
「はい、これ。俺の連絡先! マーヴの連絡先は? ……所属基地とか教えてくれたら、勝手に遊びに行くから」
「あ、ああ……
 連絡先を交換し、その日は別れた。マーヴェリックはあくまで航空祭を手伝う名目で来ていたので、長い時間は彼と話すことができなかったのだ。
 それから、エドワードとマーヴェリックの長い長い交流は続いた。
 ブラッドリーと和解したあともその交流は続き、マーヴェリックはつい数日前にも彼とハードデックに来ていた。
 ペニーにもすでに紹介済みである。
 十九年分、エドワードにはマーヴェリックとの絶えない交流があった。


 ――マーヴェリックが語り終わったあと、ハードデックはしばしの静寂に包まれた。
「じゃあ……俺と和解する前から、エドワードとはずっと連絡を取り合って……?」
「ああ。すまない……きみにとはもうこんな風に話せることはないと思っていたから……せめてエドワードとは、気軽に話せたらと……
「そんなの……マーヴの勝手だろ……!」
 自分から遠ざけておいて、寂しいから双子の兄をまるでルースターの代わりのように扱って、二人で楽しい時間を過ごしていただなんて。
 到底、許せる訳がない……
「ずるい!!」
「ブ、ブラッドリー……?」
「ずるいよ、エドワード!」
「う、うん?」
「俺だって、マーヴとデートしたくてうずうずしてんのに……
「デートって……
 困惑しているらしいマーヴェリックに、ルースターは大きく身を乗り出し、彼の潤んだアースアイを見つめる。据わった視線を注ぎ、ルースターは「俺ともデートしてよ、マーヴ」と言った。
……デート」
 ほんのりマーヴェリックの頬が赤いのは、酔っているからなのか恥ずかしいからなのか。照明のせいだと言われてしまえばそうなのだが、ルースターは畳みかけて「デート!」と叫ぶ。
「エドワードばかりずるいだろ」
「ずるいずるいって……確かにきみにひどいことをしたのは僕だけど、なにもエドをそこまで目の敵にしなくたって……
「マーヴは全然わかってない!」
 ルースターの嫉妬はまったく、これっぽっちも、マーヴェリックに伝わっていない。ペニーさえやれやれ……と苦笑しているというのに、このアンクルは結局双子を同じ感情で見ているのだ。
 ずるい、ずるい! そんな気持ちばかり先に立ち、子どものような駄々が漏れそうになる。マーヴェリックが困っていることは重々承知しているが、ルースターにとってこれは大問題だった。
 ――恋敵が自分の兄だなんて。
 絶対絶対絶対、エドワードもマーヴェリックのことが好きに違いないのだ。そう確信しているルースターは、ひどく焦っていた。
 十数年の空白、十数年の交流。優勢なのはどちらかなんて、火を見るより明らかだ。
 エドワードの方がマーヴェリックのことを知っている事実がルースターを焦らせた。
「わ、わかったから……! ルースター、落ち着いてくれ」
「それじゃあ、デートしてくれるのマーヴ」
「いいよ」
「やった!」
 思わずガッツポーズしたルースターにマーヴェリックはいつものアンクルの顔をして、「まったく、きみには敵わないよ」と笑う。
 ……あえてデートと言っているのに、ルースターの気持ちはまるで伝わっていないらしい。
 明日、まだルースターの休暇が残っているうちに映画館へ繰り出すことになった二人だが、そこでハプニングが待ち構えているということは、まだ知るよしもなかったのだった。