カルデア内で割り当てられた長屋を模した部屋の中。いつも通りに過ごし、夜になれば床につく。なんの変哲もない生活をしていたはずだった。
「ん……」
伊織の隣で眠っていたセイバーが目を覚ました。背を伸ばして目元を擦っていたセイバーが疑問符を浮かべる。木を彫っている音も、紙をめくる音も、刀の手入れをしている音もしない。
先に起きている方が多い伊織にしては珍しいとセイバーは隣でまだ眠っているであろう伊織へ視線を落とした。
「イオリ? ……イオリ!?」
目を丸くしたセイバーが布団に両手をついて未だ眠っている伊織の顔を覗きこんだ。青年ではなく、あどけない顔の少年が規則正しい寝息を立てている。
「こ、子ども? いや、霊基自体はイオリのものだ。む、むむ?」
幼い少年の霊基は宮本伊織そのものであり、間違いなく本人であることを示している。
「それにこの顔立ちは江戸で見たイオリの記憶の……。いや、今はそれどころではない。まずはイオリを起こさねば」
セイバーは布団をめくると、伊織の小さな肩を揺すった。
「おーい、イオリ~。朝だぞ。そろそろ起きろ~。起きねば朝餉に間に合わぬぞ」
子どもに対する力加減が解らず、セイバーはなるべく優しく起こそうとする。少しして伊織の眉が寄せられて目を開けた。
「おぉ! 起きたか、イオリ」
身体を起こした伊織がセイバーを見つめ、何度も目をしばたたかせた幼子は首を傾けた。
「おねえさん、だれ?」
「……なっ! イ、イオリ!? 私のことが解らないのか!?」
予想外の言の葉にショックを受けたセイバーが幼子の小さな両肩を掴んで詰め寄る。勢いに幼い伊織が驚いたように目を見開いている。怖がらせてしまったのかと思ったセイバーが手を離して正座した。
「す、すまぬ。取り乱した。きみは私のことを覚えていないのか?」
「すみません」
申し訳なさそうに表情を曇らせる伊織にセイバーが慌てて首を振る。
「責めているわけではない。ただ、二度も忘れられると少し、な。こう……、うん」
困ったように眉を下げたセイバーに幼子が近づいて手を伸ばした。慰めるように小さな手でセイバーの頬に触れる。
「だいじょうぶですか?」
普段自分に触れる伊織の手は肉刺が潰れて固く、大きい。けれど、今は小さく柔らかな感触が頬に触れている。変わらないのは温かさ。セイバーは琥珀色の瞳を大きく見開いた。
「う、うむ。大丈夫だ。すまぬな、きみの方が不安なはずなのに。しかし、どうしたものか」
両人差し指をこめかみに当ててセイバーが身体を傾ける。少し考えてセイバーは自分たちのマスターである藤丸立香へ相談するのが良いと結論付けた。
「イオリ、出かけるぞ」
「どこへいくんですか?」
不安そうに伊織が眉を寄せる。記憶のない伊織にとって初対面の人と行動を共にするほど不安なものはないのだろう。いつもなら「解った」とついてくる伊織を思い出してセイバーは募る淋しさに唇を噛んで堪えた。
「きみと私が世話になっている人のところだ。きっときみのことを元に戻してくれるはずだ」
膝を折ったセイバーが幼い伊織へ目線を合わせる。
「もとに?」
「うむ。案ずるなイオリ! 私がついている!」
安心させるように胸を張るセイバーに幼い伊織が小さく笑った。少しだけだが、警戒を解いてくれたのだろう。青年の伊織とは異なる表情を直視したセイバーは急に早鐘を打ち始めた鼓動に困惑して左胸に手を添えて白い衣姿をギュッと握った。
「あの」
「わー! な、なんだ!?」
うるさいほど鳴っている心臓の鎮め方が解らないセイバーは突然幼い伊織から声をかけられて肩を揺らした。激しく動揺しているセイバーに驚いた伊織の身体がビクッと跳ねる。固まってしまった伊織の手をセイバーが握って相手の目を見た。
「すまぬ。どうした、イオリ」
「あなたのことはなんとよべばよいでしょうか?」
「え? あ、あー。そうだな。うむ、セイバーと呼べば良い」
「せいばあ」
聞いた伊織が舌ったらずで発音する。大切なもののように小さな声で何度も「せいばあ」と繰り返すのを聞いていたセイバーは嬉しさが押し寄せてきて顔に熱が集中してくるのを感じた。
(うわ~。記憶のないイオリが最初に呼んだのが私なのか)
赤い顔のままその場にうずくまるセイバーに驚いた伊織がオロオロしながら助けを求めるように周囲を見渡す。この長屋には誰もいない。伊織はそっと手を伸ばしてうずくまるセイバーの頭に手を置いた。
「せいばあ」
名を呼びながら小さな手で慰めるようにセイバーの頭を撫でる伊織の健気さに顔を上げたセイバーがギュッと抱きしめる。
「きみは何があっても私が守るからな!」
幼い伊織の手を引いてセイバーがストームボーダー内の廊下を歩く。目的は自分たちのマスターである藤丸立香の元。廊下ですれ違うサーヴァントたちに立香の行方を尋ねながら探すこと数分。管制室へ向かおうとしている立香を見かけてセイバーが呼び止めた。
「カルデアのマスター!」
セイバーの声に気付いた立香が足を止めてこちらを向く。黒髪の少年は碧眼を何度もしばたたかせて現状把握しようとする。視線がセイバーと幼くなった伊織を何度も往復して一人納得したようにポン、と手を叩いた。
「伊織が霊基異常で幼くなった?」
察しが良いのか、慣れているのか立香は驚く様子を一切見せない。立香の反応に目を丸くしつつもそれどころではないセイバーは幼い伊織へ視線を落とした。
「朝目が覚めたらイオリがこのような姿になっていたのだ。記憶もなくしている」
繋いでいる伊織の手をキュッと握るセイバーの表情は不安の色が強い。感じ取った幼い伊織もセイバーの手を握り返しながらうつむいてしまう。
「そっか。霊基異常はここでは珍しくないからあまり驚かないんだけど、当事者からすれば不安だよね。伊織もタケルも不安なのにごめんね」
立香が片膝をついて伊織と目線を合わせる。セイバーの手を握る伊織の手に力が入った。
「イオリ?」
セイバーが声をかけると、伊織はなんでもないと首を左右に振る。それでも握る手を伊織は離さず、むしろさらに強くなる。
「カルデアのマスター、どうすればイオリは元に戻るのだ?」
「う~ん。たいていは二、三日で自然と元に戻る場合が多いかな。念のためダヴィンチちゃんに診てもらう?」
問いに立香が答えた。これから管制室へ向かうという立香が一緒に行く? と提案してくる。
「一応診てもらうか?」
大きな瞳を何度かしばたたかせた伊織は一度だけ頷いた。
立香の後をセイバーが伊織の手を握ったままついてくる。
「なんだか新鮮だね」
「新鮮?」
振り向いた立香にセイバーが疑問符を浮かべる。
「だっていつもならタケルが伊織を振り回す勢いで引っ張るのに、今は伊織の歩幅に合わせるように歩いてるからさ」
「そうか?」
「自覚ないんだね」
眉を寄せて首を傾けるセイバーに立香が苦笑する。立香とセイバーの会話を見上げて聞いていた伊織に気付いた立香が小さく笑った。
「そういえば、伊織が見上げるのも新鮮だね」
「イオリが私を見上げている。……う、うむ。新鮮だな!」
会話についていけない伊織が困惑気味にセイバーを見つめる。揺れる瞳に我慢できなくなったセイバーが身を屈めて伊織を抱きしめた。
「~~~~愛い!」
抱きしめられた伊織は空いている手を彷徨わせている。
「見よ、カルデアのマスター! イオリが私の腕に収まるぞ!」
伊織の反応に気付いていないセイバーが新たな発見をしたと云いたげに瞳を輝かせて立香を見る。
「嬉しそうだね、タケル。でも、伊織が固まってるから離してあげて」
「む? イ、イオリ!?」
セイバーが腕を離して伊織を見ると、幼子は目を大きく見開いたまま硬直していた。
「すまぬ。痛かったか?」
両肩を掴んでセイバーが伊織の顔を覗きこむと、気付いた伊織が思考を散らすように首を左右に振る。
「いえ、その……」
次第に伊織の頬に熱が集中していく。
「あ~。伊織はタケルに抱きつかれて意識しちゃったのか」
ニヤケ顔になる立香に図星を指された伊織は赤い顔で口を何度も開閉させる。青年の時よりも感情を上手く隠せないのだろう。
「そうなのか。愛いな、イオリ」
膝をついたままセイバーが伊織の小さな頬に触れた。子ども特有の張りがあり、柔らかい頬の感触にセイバーは無言で伊織の頬を撫でまわした。
管制室に入るなり、ゴルドルフと話していたダヴィンチがセイバーと手を繋いでいる幼い伊織を見て「おや」と興味深そうに双眸を細めた。
「いつもの霊基異常かな?」
「そうだね。ちょっと失礼するよ」
経緯を軽く聞いたダヴィンチが伊織を観察して顎に手を添えた。
「う~ん。いつもの霊基異常だね。二、三日もすれば元に戻るよ」
「いつもので片付けていいのかね!? そろそろ原因を調べなさいよ」
なんでもないことのように言うダヴィンチに聞いていたゴルドルフが声を上げる。思いの外大きな声だったのか、幼い伊織の肩がびくりと揺れてセイバーの手を強く握った。
「きみ、もう少し声を落とせ。イオリが怯えているではないか」
セイバーがゴルドルフに非難めいた目を向ける。
「ごめんなさいね? お詫びにこっそり食べようと思っていたキャンディーをあげよう」
「あ~。ゴルドルフくん、またこっそりお菓子食べようとしてる。ネモナースに血糖値を指摘されても知らないよ」
お詫びにとゴルドルフが伊織へ苺柄の包みを手渡そうとしている横でダヴィンチが呆れ顔を向けている。受け取っていいのか解らず伊織が助けを求めるようにセイバーを見上げる。
「きみにだ。素直に受け取るといい」
微笑んだセイバーに促されるように伊織は空いている手でキャンディーを受け取った。
「ゴルドルフ新所長、ダヴィンチちゃんそれで今日は何を」
立香の声にゴルドルフとダヴィンチの表情が真剣なものへと変わる。ブリーフィングが始まり、帰るタイミングを失ってしまったセイバーは後ろから伊織を抱きしめながらブリーフィングが終わるのを待っていた。
「タケル、ちょうどよかった。ちょっとレイシフトするんだけど、ついてきてほしい」
「相解った。だがカルデアのマスターよ、イオリを一人にするわけにはいかぬ。イオリも同行させて良いか?」
幼い伊織が懐いているのはセイバーだけだ。記憶のない伊織は言葉には出さないが、不安なのかセイバーの傍から離れない。そんな伊織を一人残したくないセイバーが立香へ強い瞳で訴える。幼くなった伊織は弱体化しており、戦闘は無理だ。
それを承知で立香が了承するかは解らない。幼い伊織の小さな両肩に手を乗せているセイバーは立香の返答を待った。
「うん。全然いいよ。むしろ、今の伊織にはタケルがいないとね」
「よ、良いのか?」
あっさりと了承する立香にセイバーは肩透かしを食らったような顔をする。
「もちろん。さ、他のサーヴァントを呼んで行こうか二人とも」
立香はにこりと笑って同行するサーヴァントを呼びに管制室から出て行った。
レイシフト先から戻ってきたセイバーは伊織と共に自室へ戻っていた。部屋に入るなり伊織が二刀を見つけて瞳を輝かせる。
「イオリ?」
刀に触れていた伊織が刀を抱えてセイバーを見上げる。期待に満ちた眼差しを向けてくる伊織にセイバーがたじろいだ。
「うっ、い、いや。イオリ、落ち着け」
「せいばあ」
上目遣いで見上げてくる幼い伊織にセイバーは苦い顔をしたまま後ずさる。
「あのな、イオリ。きみの小さな身体ではその刀は振れぬ」
諭すようにセイバーが云う。けれど、幼い伊織は不満そうに口をへの字に曲げて刀を強く抱え込んでしまう。伊織が頑固な部分を持っていることを思い出したセイバーは頭を抱えた。おそらくこうなってしまった伊織は云うことを聞かない。
どうしたものか、と悩んでいたセイバーの耳に戸を叩く音が聞こえた。
「タケル~、いる? いるよね、開けるよ」
返事を待つ前に開けたのは自分たちのマスターである藤丸立香。彼は頭を抱えているセイバーと刀を抱きしめている伊織を見て一度戸を閉めた。
「待て待て! 閉めるな!」
勢いよくセイバーが戸を開ける。まだ戸の前にいた立香が苦笑した。
「ごめん。取り込み中だったかなって思って」
「取り込み中ではあるが、ちょうど良かった。カルデアのマスター、少し知恵を貸してくれぬか?」
珍しいセイバーの頼みに目をしばたたかせた立香はすぐに了承した。
伊織がなぜ刀を抱きしめているのかをセイバーから聞かされた立香は思い当たる節があるのか、一人納得している。
「なるほど、そうか」
「納得していないで解ったことがあるなら疾く教えよ」
立香が言うには、レイシフト先でセイバーが戦う姿を立香の隣で見ていた伊織の瞳が輝いていたらしい。憧れを宿した瞳でセイバーを見ていた伊織は真似がしたくなったのではないか、と立香の見解を聞かされたセイバーは嬉しさと照れが混じった顔をしている。
赤い顔をしたまま下唇を噛んで耐えているセイバーを見上げている伊織が伝染したように顔を赤くしてうつむいた。
「伊織はセイバーがかっこよかったから憧れたんだよね?」
こくん、と幼い伊織は小さく頷く。
「~~~~~~、っ!」
素直な伊織にセイバーは赤い顔のままうずくまってしまう。
「タケル? お~い、大丈夫?」
肩を揺らす立香にセイバーは無反応だ。
「せいばあ」
「うぅ、イオリィ……。きみは、その刀でなにを成す?」
「どういう質問?」
思わず立香が問う。江戸で垣間見た月のような剣に焦がれる幼い伊織と今の伊織が重なってしまう。嬉しさよりも不安が勝ってしまう。顔を上げた先、自分を見つめている伊織は問いの意味が解らないのか、刀を抱きしめたまま首を傾けている。
「う~ん、難しい聞き方をするねタケル。たぶんタケルはその抱きしめている刀を使って何をしたいのかって聞いているんだと思うよ」
刀を指して立香が代わりに要約する。幼い伊織は大きな瞳を何度かしばたたかせると、刀に視線を落としてセイバーを見た。
「せいばあのようになりたい」
「うぅ……」
子どもの直球な返答にセイバーが唸りながら両手で顔を覆っている。
「それどういう感情? タケルに憧れてるんだってさ。良かったねタケル」
うずくまっていたセイバーが畳の上でゴロゴロと身体を左右に転がし始めた。セイバーの反応に戸惑っているのか、幼い伊織が助けを求めるように立香を見上げる。
「たぶん、すごく嬉しいんだと思うよ。幼い伊織は可愛いなぁ」
目元を緩めた立香が身を屈めて小さな伊織の頭を撫でた。
「イオリが愛いのは当然だ」
「急に素に戻るのやめて。指先の間から覗くの怖いよ、タケル。ほら、伊織が怖がって……ないね。ごめん」
動じていない伊織に立香が渇いた笑いをこぼす。
「そっか。タケルの剣技に憧れていて刀を振りたいなら今の伊織にその刀は大きいよね」
刀をキュッと抱きしめた伊織は下唇を噛んでうつむいてしまった。
「だから、村正に新しく刀を打ってもらおう!」
顔を上げた伊織の瞳が輝いた。期待を宿している伊織の瞳に立香が緩く笑っていると、突然セイバーが身体を起こして立香に詰め寄る。
「うわっ、なに。どうしたのタケル」
「ム、ムラマサに頼むのか?」
「刀匠なんだから適任でしょ」
立香の返答にセイバーが押し黙る。
「し、しかし! そう簡単にムラマサが刀を打つとは思えぬ」
「そこは交渉するから問題ないよ。タケルは幼い伊織が刀を振るのを見たくないの?」
問いにセイバーが首を左右に振る。タケルの反応を見た立香は満足そうに笑うと善は急げと出て行ってしまう。
「カ、カルデアのマスター!? 待て! イオリ、往くぞ」
勢いよく遠ざかる立香の背中にセイバーが声を上げたけれど、止まるどころか小さくなっていく。息をついたセイバーは幼い伊織の手を引いて村正の部屋に向かった。
村正の部屋に着くと、ちょうど扉から立香が出てきた。
「あ、タケル。今村正と交渉してきたんだけど、了承してくれたよ。じゃあ、俺は報告書作らないといけないからこれで」
「う、うむ……」
矢継ぎ早に告げると立香は再び廊下を駆けて行く。
「ムラマサの部屋に入るか、イオリ」
刀を抱えたままの伊織に問うと、相手は静かに頷いた。
村正の庵に入ると、木製の床の中央に囲炉裏が設置してあり、火にくべた炭が時折弾けて火花を散らせている。鍋でも煮ていたのか、茣蓙の上であぐらをかいていた村正が玉杓子を手にしたままセイバーと伊織を見上げた。
「おう、来たか。マスターから話は聞いてる。そこの坊主が宮本伊織ねえ。ずいぶんと小さくなったもんだ」
近づいてきた村正が幼くなった伊織をしげしげと観察する。びくりと肩を揺らしても伊織は刀を落とすことなくギュッと抱きしめている。その様子を気に入ったのか、村正は口角を上げた。
「坊主用の刀だったな。待ってな。ちいと時間はかかるが打ってやる」
ニッ、と笑った赤髪の青年は幼い伊織の頭を荒く撫でると仕事場に向かっていく。
「ム、ムラマサ!」
声を上げたセイバーに奥から顔を覗かせた村正が「なんでぇ」と返す。
「なぜ刀を打ってくれるのだ?」
セイバーの問いに村正は一度天井を見て伊織とセイバーへ視線を向けた。
「なぜか、か。マスターからの頼みってのもあるが、そこの坊主を見てみたら似合う刀を打ちたくなったそんだけだ」
「そうか」
「おう。気にするなら今度おまえさんの草薙の剣をじっくりと拝見させてくれ」
それだけ云い残して村正は仕事場へ引っ込んだ。奥から鋼を打つ音が聞こえてきて興味を惹かれたのか、刀を抱えたまま伊織が音のする方へ向かう。
「イオリ?」
音のする方へ歩いて行く伊織の後ろをセイバーがついて行く。
熱した鋼を金槌で叩いている村正の姿を近くで見ようと近づこうとする伊織をセイバーが慌てて引き止める。小さな両肩を掴んで自分の方に引き寄せたセイバーの腕の中に幼い伊織がすっぽりと収まる。驚いたのか、セイバーの腕の中に収まったまま伊織が顔を上に向けた。
「まったく。火花が飛んでいるんだぞ、あぶないだろう」
「そのまま坊主を抱えてな。いくらサーヴァントとはいえ、火花で火傷する可能性だってある。鋼を打つところを見たければ離れときな」
「だそうだ、イオリ」
後から伊織を抱きかかえたままセイバーが諭すように云うと、素直に頷いて再び村正を見る。
「むむむ。きみが私以外に興味を持つことは嬉しいはずなのに、どうしてこうも胸がムズムズ? モヤモヤ? するのだ」
「そりゃあ、おまえさん嫉妬ってやつだろう」
一度手を止めた村正が笑う。
「嫉妬?」
「おう。なんだ、無自覚かい?」
首を傾けているセイバーに村正が苦笑する。セイバーに抱きすくめられている伊織がこちらを見上げてきた。
「せいばあ」
「ん? どうしたイオリ」
首を左右に振った伊織はなにも云わず再び鋼を打つ村正を見つめた。
村正が鋼を打ち始めて数刻。邪魔しては悪いと囲炉裏のある部屋で待つことにしたセイバーはあぐらをかいた足の上に幼い伊織を座らせたまま団子を食べていた。セイバーに勧められるまま伊織も串に刺さった団子を食べていると、村正が戻ってきた。
セイバーに後ろから抱きしめられたまま団子を頬張っている伊織を見た村正が笑う。
「しっかし、なんだ。おまえさんたちを見ていると兄弟に見えて仕方ねえ。元は主従関係、だったか」
「うむ」
頷いたセイバーに村正が二人を興味深そうに見つめたあと、思い出したように手にしていた二刀を伊織に向けた。
「ほらよ。依頼の品、坊主用の刀だ」
立ち上がった伊織が手を伸ばして刀を受け取った。幼くなった伊織の身体に合うサイズに調整されている。瞳を輝かせた伊織がセイバーを振り返り、鞘を抜いていいかと目で訴えてくる。
「良いぞ。ただし、怪我をしないように気を付けろよ?」
頷いた伊織の袴に村正が刀を差し、小さな背中を軽く叩いた。
「ほら、抜いてみな」
促された伊織が柄に手をかけてゆっくりと抜いた。鈍く光る刀身に瞳を輝かせていた伊織が刀を構えて首を傾けた。
「どうしたイオリ。きみがいつも振っている刀だぞ。構えがいつもと違う気がするが」
「握り心地でも悪かったかい?」
刀を手にしたまま困惑気味に固まっている伊織が村正の問いに首を左右に振った。握り心地が悪いわけではないらしい。では、何が問題なのだろうかとセイバーと村正が顔を見合わせた。
「村正~、刀出来た?」
ちょうどタイミングよく立香が戸を開けて入ってきた。
「おう、マスター! ちょうどいいところに来たな。ちいと爺たちの相談に乗ってくれ」
「相談? 何かあったの?」
「刀を打ってもらったのは良いのだが、イオリが納得していないようなのだ」
肩をすくめて息をつくセイバーから立香が伊織へと視線を移せば、刀を手にしたまま眉を寄せていた。
「コレジャナイ感……」
「そうなのだ! だが、イオリがいつも振るっていた刀と同じなのだぞ? 由がまったく解らぬのだ」
「よく見れば伊織の構え違くない? それにどことなく既視感があるんだけど」
刀を手にしている伊織の構えを眺めていた立香が思い出したように手を打ち、声を上げた。
「あぁ! 今の伊織のポーズって普段のじゃなくてタケルの真似だ!」
「私の!?」
片手に刀を持ち、少し足を開く様はセイバーの立ち姿に重なる。驚いたように琥珀色の瞳を見開くセイバーに村正が興味深そうに伊織に近づいた。
「なんだ、それなら剣の方が良かったかい?」
「剣とはこれのことか?」
セイバーが手元に剣を出現させてみせた。草薙の剣を前に村正が目を丸くして手を震わせながら手を伸ばす。
「ん? ああ、そういえばこれに触れさせる約束だったな」
拝みそうな勢いの村正に剣を預けてセイバーが伊織と目線を合わせた。
「きみは……その、私の真似をしたかったのか?」
問いに伊織が照れたように小さく頷く。
「……」
「どうしたのタケル?」
黙り込んでしまったセイバーを立香が覗き込む。
「いいや。……そうか、きみも。きみはあの時このような気持ちだったのか?」
ぽつりとこぼしてセイバーが白い衣の上から左胸をギュッと掴む。江戸で朝早くから技の稽古に励む伊織の姿を見て彼の型を真似た時のことを思い出したセイバーは下唇を噛んだ。照れくささの混じった赤い顔を見られないようにうつむいてそっと息をつく。
「ふふふ、そうか。うむ、そうか」
「タケル?」
「せいばあ?」
立香と伊織の心配そうな声にセイバーは緩く首を左右に振った。
「愛いなぁ、イオリ」
長い三つ編みを左右に揺らしていたセイバーが幼い伊織をギュッと抱きしめ、慈しみのこもった表情で柔らかい頬を両手で撫でる。
「ん~、タケルの真似がしたかったなら刀より剣の方がいいよね。村正~」
剣を手に真剣な表情で観察している村正へ声をかければ、相手は顔を上げてこちらを見る。
「それは打てる?」
「無理だな。刀匠の儂でも神剣は打てねえよ」
肩をすくめた村正がセイバーへ剣を返す。
「そっか」
残念そうに肩を落とした立香に村正が下顎に手を添えて少しの間思案する。何か思いついたのか、村正が声を上げた。
「おお、そうだ。赤いアーチャーがいるだろう? あのヤロウに頼めばなんとかなるんじゃないか?」
「エミヤ? ああ、なるほど!」
村正の意図が分かったのか立香が手を打った。二人の会話について行けないセイバーが伊織を抱きしめたまま見上げている。視線に気付いた立香が二ッと笑った。
「ちょっと待ってて。あ、タケルその剣借りるよ」
セイバーが止める間もなく立香が早々に出て行く。唖然としているセイバーと伊織の前に村正がそっと湯呑を置いた。
「まあ、これでも飲んでちいと待ちな。坊主の欲しいモンを持って戻ってくるからよ」
出された茶を前にセイバーと伊織は目をしばたたかせた。
伊織を膝に乗せたセイバーが団子を食べていると、立香が戻ってきた。
「ただいまー!」
勢いよく戸を開けた立香の手にはセイバーの貸した剣と、同じ形のサイズの違う剣が握られている。
「どうしたのだそれ?」
セイバーの問いに立香は剣を返して得意げな顔を見せてきた。
「エミヤに作製してもらったんだ! 伊織、はいこれ」
立香が膝を折って剣を伊織へ手渡す。両手を差し出した小さな手に剣が乗せられた。瞳を輝かせた伊織が立香を見上げてくる。それに頷けば、剣を手にした伊織がセイバーの立ち姿を真似た。
「どう、タケル?」
感想を求めるように見上げてくる幼い伊織の視線にセイバーが赤い顔のまま座り込んだ。
「……ほんとうに、きみには敵わないなぁ」
そう云って緩く笑ったセイバーが少し恥ずかしそうに頬を染めている伊織の頬を指先で撫でた。
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