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らい
2025-04-17 21:00:25
4067文字
Public
レオいず
レオいず30days⑰「恋するアクアリウム」
フィレンツェ編⑦ お題「水族館」
薄暗がりの室内に、青白い水槽が反射している。サンゴの宇宙で悠々と飛びまわる魚たちを指差して、泉が「綺麗だね、れおくん」と振り返った。
おまえのほうがよっぽど綺麗だよ。こっ恥ずかしい台詞はポケットの中に突っ込んで、レオはか細い声でうん、と頷く。ほの暗い水に光るスポットライトは、アイスブルーの瞳が揺れる雪肌を照らして、より美しさを際立たせていた。まるで深海に沈んだ真珠を拝んでいるかのようだ。水の羽衣をたなびかせるエンゼルフィッシュの群れでさえ、可憐な人魚にはかなわないだろう。
「さすがのあんたも、綺麗な魚の前では大人しくなっちゃうんだねえ」
そりゃあ、魔性の人魚には嫌でもこうなりますよ。言い返したところで伝わらなさそうなので、レオは唇を尖らせた。普段よりもどこか楽しげな泉を横目に映して、次の展示場に大股で歩きはじめる。
Knightsのミュージックビデオを撮影するために訪れた、営業終了後の水族館。機材トラブルで撮影がストップしたのは、つい五分前のことだ。レオは大層よろこんだ。待ち時間のあいだ、水族館を自由散策できることになったのだ。もとより生き物全般が好きだったし、なにより夜に練り歩く施設というものは、冒険心をそそられる。
例えば、幼いころに父親に連れられて、恐竜博物館のスタンプラリーをめぐったとき。真っ暗なトンネルとオレンジ色の照明、動くティラノサウルスの模型、館内いっぱいに響き渡る稲妻の効果音。あれは最高だった。夜の貸し切り水族館は、かつて男子たちが憧れていた思い出のなごりを感じられる。気分が高揚していたレオは、空高く拳を突き上げて「出発進行~!」と先頭を進み───しかし、嵐がとつぜん「司ちゃ~ん、エスコートして♡」と司の腕を組み、分岐コースの片方に進んでしまった。残りの凛月も「お楽しみあれ~」と甘い声で手を振って、忽然と姿を消してしまったのである。
少年時代に帰りかけていたレオは、威勢よく持ち上げた腕を戻して、すんと男の顔つきになった。要するに「ふたりきりで楽しんできてちょうだい♡」という嵐たちの粋な計らいなのだろうけれども。全くそのつもりがなかったレオは、強制的に色っぽいムードに放り込まれたことになる。血と爆発だらけのアクション映画が、唐突にラブロマンスに切り替わったようなものだった。グッバイ、と親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいったはずなのに、花束を持って求愛するターミネーターがレオの頭上で回転している。
展示ゾーンをゆっくりと歩きながら、レオは美しい魚たちに見惚れている泉を一瞥した。「わあ」とか「きれい」とか、そんなことを呟いてリラックスしている泉のちいさな唇に、レオはごくりと喉を鳴らす。最近はもっぱら仕事が忙しく、ちっとも顔を合わせていない。つまるところ、日課のキスも長いことご無沙汰なのだった。
夜の水族館にふたりきり。胸が高鳴るムードのお膳立てまでされている状態で、デートを意識するなというほうが難しい。かといって、急に用意されたシチュエーションがどうにも型にはまらず、レオは立ち回りに悩み続けていた。
ロマンチックな瞬間は用意されるものではなく、みずから作りだすものだ。しかしながら、この機を逃せばふたりで過ごせる時間はしばらくない。泉はパリに飛んでファッション雑誌の撮影を控えているし、レオだって作曲の依頼がわんさか舞い込んでいるのだから。
「ねえ
……
。さっきからポケットに手ぇ突っ込んだり、コンセントみたいに引っこ抜いたり
……
。妙に落ち着かないよねえ」
どうしたものかと考えあぐねていると、不審に感じたらしい泉がぐいっと顔を近づけてきた。爽やかな夏を想像させるアクアマリンの香りが鼻孔を通り過ぎて、レオはふにゃりと溶けそうになる。
泉は細い腰に手を当てながら、お小言を並べた。背後の水槽で、イワシたちが散っていく。
「カメラが回ってなくても、猫背は禁止。しゃんと背を伸ばして!」
「しゃん!」
「別に声に出して背筋をピンとしなくていいから。ったく、あんたって本当に五歳児だよねえ
……
。
……
噂をすれば、ほら。あっちのブースにれおくんの好きそうなやつ、たくさんいるよ」
こじんまりとした水槽には、悠久の時を満喫するチンアナゴが生えている。レオは雨風にさらされた地蔵のようにむくれながら、とぼとぼと進んだ。
おまえの中のおれのイメージは、いくつなんだよ。
幼稚園児の扱いを受けていることも不服だけれど、当の泉がちっともロマンチックな気分ではないことに落胆する。こっそり手を繋いでみようかな、なんて気持ちはすっかり萎えてしまった。
愛らしいチンアナゴを観察しているうちに、色っぽいムードはどんどん薄れていく。「わはは、セナみたいにピンとルルベしてる!」と笑ったら、膝をかくんと折られてしまった。デートと呼ぶには、いささか幼すぎる風が吹く。
軌道修正するより、自然に楽しんだほうが良さそうだ。レオはひとまず今を満喫することにした。
宇宙に光るクラゲ、水中を滑空するペンギン、白泡とともに踊るアザラシ。やっぱり生き物は好きだ。地上で暮らす人間みたいに、泣いて怒って笑うことはないけれど。手足を動かして、あるいは呼吸して───姿形こそ違えど、皆それぞれが生命のメロディーを奏でている。まるで五線譜に踊る音楽のようだった。
あっ、今のビビッと来ちゃったかも。
水泡のごとく浮かび上がった旋律を、脳裏のメモに書き留める。呆れ顔の泉に、裾を引っ張られた。
「作曲するのはいいけど、ちゃんと前を見て歩きなよね」
「わかってるって。
……
おお~っ!」
つぶらな瞳に、三角形のおおきな背びれ───巨大な水槽に、一匹のイルカが泳いでいる。
レオが無邪気に駆け寄ると、賢いイルカはそっと近寄ってきた。泉の髪によく似た月光色が、水中の泡雲にきらめいている。イルカはまるで挨拶を交わすように弧を描いて、尾ひれを揺らした。
「よくよく考えたら、日中のイルカショーは何度も見たことあるけど
……
こうやって優雅に泳いでるところって、あんまり見たことないかも?」
「わははっ、ついてくるついてくる~!」
左端から右端まで一直線に駆けると、人懐こいイルカが追いかけてくる。横跳びで折り返せば、またしても付いてきた。仕込まれた芸を披露しているのではなく、ただただ人間に興味津々なのだ。愛らしい生き物である。
「ったく、ガキじゃないんだから。走らないの。
……
でもまぁ、確かに可愛いかもね。愛嬌あるやつ、嫌いじゃないよ」
青白く染まった水槽に、柔らかな微笑みが照らされる。駆けまわっていたレオは、思わず立ち止まってしまった。薄暗がりを照らす美しさ。海で暮らす魚たちが水底から見上げるお月さまは、こんなふうに映るのかもしれない。レオは再度ポケットに手を突っ込んだ。
やっぱりキスしたいな。しても、いいかな
……
。
海底に揺らぐワカメのように身体をざわつかせていると、泉が水槽に近づいた。レオと遊んでいたイルカがこてんと首を傾げながら、「ぼくのことが気になるの?」と言わんばかりに、泉をじっと見つめている。
「なぁに? 俺があんまり綺麗だから、おまえも見惚れちゃったの?」
「わはは~、セナの美しさは万物共通だな! まるでお月さんみたいに
……
」
きれい、と表現しようとして、レオは硬直する。
目の前のイルカはまるで恋人に求愛するように、ガラス越しの泉にキスをしたのだ。
「あはは。チョ~健気じゃん、こいつぅ」
イルカは音符を描くように泳ぎまわり、ガラスの向こう側からくちづけを送る。泉はふふ、と優しく微笑んで、友好的なイルカに「おまえ、俺とキスしたかったの?」と問いかけた。
海中生物に奪われた、艶やかなくちびる。美しい真珠を横取りされた気分になって、レオはとっさに身を乗り出した。
セナのくちびるを奪っていいのは、おれだけなのに。
桃の果肉をついばむような甘い感触は、久しぶりのこと。ちゅっ、と触れるだけのキスを交わせば、泉はきょとんとしながらレオに向き直った。
「
……
あんた、イルカと競ってるわけ?」
「だって。
……
ずるいもんは、ずるい」
「なぁに、その顔。おもちゃを取られたガキみたいに」
「
……
子ども扱いするなよ」
「なるほど。そわそわしてたのって、そういうこと?」
「
……
わるいか!」
「夜の水族館にあてられるなんて、れおくんって単純」
あいつらはともかく、他の人たちに見られたらどうすんの? ───てっきり怒られるのかと思って、レオは行き場を失った指先をポケットに収納する。
しかし、小指にいつもと違う感触があることに気が付いた。ふいに視線を上げると、泉が楽しげに笑っている。
狭苦しいポケットに、温もりがもうひとつ。泉の小指が、そっと入り込んでいた。
「
……
れおくんも、おなじこと考えてたんだ」
「え?」
「キスしたいって」
ポケットの内部で、手の甲を優しくつつかれる。ツンと触れる指に、レオはぽかんと唇を開けた。
おなじことって、どういうことだ。
思考の海原でシンベエザメが泳いで、フグが爆発する。わんぱくに跳ねるカジキマグロが、正解のくす玉をかち割った。
夜の水族館。平然に振る舞っているように見えた泉もまた、ロマンチックな瞬間を狙っていたということだ。
「せ、セナ〜
……
!」
「でも、だぁめ。ここではキスしてやらない」
「え〜
……
?」
「まずは、今日の仕事を頑張るよ。フィレンツェに帰ったら
……
あんたの好きに泳がせてあげるから」
耳元で囁くと、泉はさっさと歩き始める。撮影が終わったらしばらく会えなくなるけれど、美しい海が待っているなら頑張れる。ハートの形を描くようにして泳いでいるイルカに手を振ると、レオは水槽で跳ねる魚のごとくスキップしながら、泉の背を追いかけた。
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