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蘇芳
2025-04-17 20:45:12
3569文字
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遠き日からの一手
軌跡の小話
4/17の50ミラ出会い記念にひとつ。といっても50ミラはちょっと顔を出すだけになってます。一応クロリンという程度のふたりと老師が飲む謎時空のお話になります。界のネタが少々あります!
夕暮れ時。落ち着いた色合いの着物の背を、夕焼け色と半々にした中居、と呼ぶらしい店の案内人に従って続き、人がぎりぎりすれ違える渡り廊下をクロウはリィンと進む。渡り廊下に差し掛かる前に見えた屋根は、縁に装飾が施された夕日を艶やかに反射する瓦。廊下と庭を隔てる朱色の欄干もまた夕日に照らされ、どこか艶やかな様を見せている。
心地いい涼風が髪を撫でていくのを感じたクロウは、吹き抜けていく風を追って左右に広がる整えられた庭に視線を向けた。視線の通り過ぎざまに様子が伺えたリィンは目を細めていて、風が運ぶ音に耳を澄ませているようだ。
白い砂に描かれた波のような模様に、人の手によって自然なまでの自然さで、青々と葉を繁らせる樹木。かすかに耳に届く、さらさらと流れる水音に、からころ、ころん。ころん、から、ころから。時に合わせ時に外れ、不思議な音色が店の規模に反する静寂に落ちる。
まさに異国情緒あふれる情景が、クロウの目と耳を楽しませていた。
「良い店じゃろ?」
言葉なく、ひっそりと染み入ってくる情景を一通り楽しんだ直後。絶妙な間を繋ぐようにクロウの背後から声が掛かった。その声は白髪の耳から上を半分を結い、白い口髭と顎髭を蓄えた小柄な老人。黄緑色の羽織りを風に遊ばせ、見た目は間違いなく老人であるのに、だからこそか長い年月を生き、しっかりと大地に根づいた巨大な樹を思わせる矍鑠とした立ち姿をしたリィンの太刀の師であり、八葉一刀流の開祖であるユン・カーファイその人だった。
「はい、とても。隅々まで気を配って空間、ひとつの世界を作っているのがわかります」
「渡り廊下を渡って浮世と離れていってる感覚な
……
俺までいいんですか?」
「よいよい、それがわかるなら尚のこと」
しずしずと先導して進む中居の背がなければ、異空間に迷い込んだのではと思わせる人の音が遠い静寂に合わせて、足音より密やかに交わされる声音が途切れた時に「こちらになります」と。目の前に現れた引戸を中居が引き開ける。部屋の中には植物で作られた床材に足のない、直接床に置かれた椅子が三脚。その椅子に合わせた高さのテーブルに整然と三人分の料理が並べられていた。
廊下側で控えている中居に靴は脱いで部屋の内側、壁に埋め込まれる形で壁の色と同じ扉を開いて現れる棚に、仕舞うよう促される。見た目は普通の靴と変わらないが、平地はもちろんのこと畦道も山道も岩場も、防水されているので浅い川を渡ることも可能な丈夫で戦闘向きな靴を脱げば、ふっ、と肩の力まで自然と抜けたのがクロウはわかった。思いもよらなかった感覚だ。
「なにかございましたら、こちらの内線でお申し付けください」
そう言って中居が指し示した内線も、言われなければ気づかない作りをしていて徹底しているな、と。そして、よほどのことがなければ、店側からの介入がないことを告げ、一礼して引戸を閉ざして去る中居の気配が遠のけば、隔絶した空間の出来上がりだ。リィンと目を見交わしたクロウは苦笑して、靴をしまった棚の扉を閉じる。
暫し、浮世とはお別れ、ということで。
一足先に席についていたユン老師はテーブルを挟んで一脚と二脚に別れていた椅子の、二脚並んだほうの一脚に座っていた。それを見たクロウは足早に一脚だけ置かれているほうに座る。ユン老師と対面になるが、真正面というわけではないしリィンも対面になるので選んだ次第である。さすがのクロウといえど、名のある複数人の師にあたる、さして己とは関わりの深くない傑物の隣に進んで座るほど肝は太くできていない。
まあ、そうだよな。そんな雰囲気を漂わせるリィンが残った一席に着いたところで目の前に並べられた料理にクロウは目を向けた。
一人一人個別の、くつくつと丁度良い感じに煮立った小鍋から食欲をそそる出汁の匂いが香り立つ。その鍋に入れる食材はこれですよ、と個別の皿にまとめて盛られているひとつめの食材は綺麗なサシの入った肉。肉の倍量はある瑞々しい葉野菜に、切れ目の入った肉厚のきのこ。シャキシャキか、くたくたになるまで煮て食べるかを選べる艶のあるネギ。何種類も薬味が添えられ、いくつもの山の幸である山菜の小鉢料理に、海の幸は生魚のカルパッチョに揚げ物。おひつ、というらしい入れ物には炊き立ての、ふくふくつやつやと立つ白米。
達筆だったり流麗だったりする文字がラベルに書かれた酒瓶もいくつか。そのうちの、達筆な文字が書かれた瓶をリィンが手に取っていた。
そんなクロウとリィンを楽しげに見やったユン老師がいの一番に口を開く。
「お主とリィンはいい仲、じゃったの? ならばリィンが幼い時分の小話のひとつでも
……
」
「老師!?!!!?」
あまりにも唐突なユン老師の発言に、手から転げさせそうな酒瓶をリィンから取り上げたクロウは素早く栓を抜き、ユン老師に注ぎ口を向ける。
「おっ、そいつは是非とも。ささっ、一献」
「クロウ!!!」
これかぁ、とクロウは思った。特にクロウもリィンも自分達の関係をユン老師に告げたことはなかったので、これかぁ、と。バレるかバレないかで言えば、バレるだろうな、とも。リィンの観の眼ですらただ事ではないのに、その師の眼に掛かればクロウとリィンの関係など一目瞭然だっただろう。
茶目っ気のあるユン老師の表情には忌避も嫌悪も見られないが、案じる気持ちと、それ以上にこの鈍い末弟子をどう掌中にしたのか、という好奇心。それらが、わかりやすくユン老師から気配として放たれクロウはおろか、この手のことに師からも鈍いと評されるリィンですら顔を赤く染めて目を白黒させながら察する具合だ。さあ、馴れ初めを聞かせるがいい、と。
これは話すまで帰れないやつだな。クロウがリィンから50ミラを掠め取ったところからか、と考えるクロウは己れに注がれるユン老師の視線が妙に穏やかで優しくて、純粋に不思議でたまらなかった。色々と落ち着き、大変なことは多いがやりがいのある仕事ができるようになり、自活できているとはいえ、クロウが罪人なのは間違いがないからだ。そんな人間が末弟子の一等、側にいるのに排除しないのは何故だろうか、と。
「おお、すまぬの。ととっ、うむ、美味じゃの。リィンよ、そう慌てるでない。色恋で若人が一喜一憂するのは世の習いじゃが、このような時こそ冷静な眼じゃぞ?」
「!
……
そう言えば老師はクロウの祖父と知己でしたね」
「そうじゃな」
「ん? 突然なんだ? そういや、そう言って
……
!?!!!」
ぐいっと、注がれた酒を飲み干したユン老師は、そうだ、似ていないのにクロウの祖父がクロウとのゲームでいい手札を切ったり、いい一手を打った時と同じ目をしていた。
「かの御仁と酌み交わし、色々と聞いた孫子の話しは両手足の指では足らぬのぉ」
「は? えっ? おいリィン! なんだその満面の笑み! お相子? んん? いや、待っ、これ俺のほうが恥ずかしいエピソード知られてんじゃ
……
」
それはもう目をゆったりと細め、好好爺とした慈愛に満ち満ちた笑みをユン老師はその顔に浮かべた。
「あーーーっ!! 祖父さん!!!!」
まだ酒を飲んでいないのに、珍しく声を上げて笑い転げるリィンに笑ってんじゃねぇ! とその笑いを止めるべくクロウは手を伸ばす。リィンは簡単に逃れられるはずの手を頭に受けて、下がった頭と髪をぐしゃぐしゃに掻き回されるのを享受しながら、くふくふ笑い続けていた。こいつまだ酒飲んでないよな? と、もっともな疑問が口をついて出ると、リィンから思いもしない返答があった。
「ははっ、だって、ふっ、老師が楽しそうで
……
悔しそうだから。クロウのお祖父さん、凄いな!」
「へ?」
リィンが向けた視線を辿ればそこには、最初と変わらない位置に座したユン老師がいた。こんなすぐ隣に居るというのに、今の今まで存在感が消失していたことにクロウは心胆を寒からしめたが、すぐさま気を引き締める。達人を越えた理外の領域の一端を垣間見ることができるのは僥倖で、クロウはそれを意識に叩き込む。
ユン老師は自身の前のグラスに酒を注ぎ、誰もいない向かいに置いたグラスにも酒を注いでいた。
「やはり、よいの。ジョセフ殿の孫は。巡り巡った一手、見事」
クロウは思い返す。懐かしい、己が子供の頃に手解きを受け根本にある祖父との遊戯。子供が相手の遊戯であっても手を抜かず本気も本気での対戦。楽しく、悔しく、面白く、自棄っぱちになることもあった。そんな祖父が目を一等星のように輝かせて、その時その瞬間の全てを魅せる、一手を、クロウは久々に、みた。
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