sevenssumeragi
2025-04-17 18:29:31
6486文字
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絵里の恋咲くのか

幼い絵里がカイトに恋する物語





春の陽射しが、田舎の小さな村の坂道をやさしく照らしていた。

青空の下、ぽてぽてと小さな足音が響く。絵里は小さな手にクレヨンの缶を抱えて、丘の上の神社に向かっていた。
神社の境内に、彼の心をふわふわとくすぐる“あの人”が現れるかもしれない――そう思うだけで、胸がどきどきして仕方がない。

「....カイト、すきぃ....」

絵里は口の中で呟いた。まだ舌足らずな発音で、けれどその気持ちは本物だった。カイト。あの冷たくて、かっこよくて、ちょっと怖い声で話す男の人。絵里の目には王子さまのように映っていた。

だけど――

「どうすれば、カイトと、なかよくなれるのぉ....?」

そんな絵里の恋心を、いつも見守っていた4人の仲間たちがいた。

---

境内の木陰、苔の香りがほんのりと漂うその場所で、絵里は座って悩んでいた。

「んー、絵里くん、がんばってるねぇ....ふわぁ....」
木の根元でのんびり横になっていたマサキが、欠伸をひとつして絵里を見た。
「すきって気持ち、すてきだよぉ。でもぉ....カイトくんってちょっと、こわいかも」

「うん、カイトこわい....でも、すきぃ....」
絵里はぎゅっとクレヨン缶を抱きしめた。

「ふむ。幼き恋、尊きものですな」
今度はタクミが微笑を浮かべて、鏡を片手に髪を整えながら口を開いた。
「まずは、カイトさまのご機嫌を取るところから始めてみては?例えば、花を贈るとか....香りのよいものを選びましょう。香りは記憶に残りますから」

「は?花とかじゃねーだろ」
ヒサシがむくれてタクミを肘で小突く。
「カイトに近づくなら、真正面からぶつかっていけっての!お前の気持ちを、ドーンとぶつけりゃいいんだよ!」

「ぶつけるぅ....どーん....」絵里の目がまんまるになった。

「おいおい、絵里にはまだ無理だろ」
麻衣が足を組んで木に寄りかかりながら口を挟む。
「相手はカイトだぜ?ああ見えて、あいつ案外....世話焼きなところあるんだよ。隙を見て弱いとこ見せてみろ。ほっとけなくなるかもな」

「よわいとこ....あるぅ....」絵里は思わず、少し涙を浮かべてみせた。

「お、おい、今泣くなって!」ヒサシが慌てて手を伸ばすが、絵里はそれを避けてちょこちょこと木の陰に隠れる。

そこへ――

「....何をしている」
冷たい風がひゅう、と吹いたような声。
カイトが石段を登ってきた。

「カイトぉぉ!!」
絵里は叫んで駆け出した。ちっちゃな手足でぱたぱたとカイトの前に飛び出すと、目に涙を溜めながら、精一杯に言った。

「絵里....カイトがすきぃ....いっしょに、あそんでほしいのぉ....!」

しん....と、その場の空気が凍った。

カイトはじっと絵里を見下ろす。普段なら「くだらん」とでも言い放つところだが――その小さな手、小さな胸、小さな想いに、何かが心に触れた。

「....貴様、何を言っている。私は子供の遊び相手ではないのだ」

「うぅ....でもぉ、絵里、さびしいのぉ....カイトといると、さびしくないのぉ....」

カイトは少しだけ視線を逸らした。背後でヒサシたちが「おお....」と小さく声を漏らす。

「....仕方ないな。十五分だけだ。それ以上は付き合わんぞ」
そう言いながらも、カイトは絵里の頭をぽんと撫でた。

「カイトぉ....!」

絵里は笑顔でカイトの手を握った。その小さな手が、少しでも長く繋がっていられますようにと願うように。

---

木漏れ日の中、絵里とカイトが並んで歩くその後ろ姿を、4人は優しく見守っていた。

「....やるじゃん、絵里」
「ふふ、見事でしたね」
「ちょっと泣き顔ずるいよぉ〜」
「ま、あいつならあれくらいで落ちるかもな」

まだ始まったばかりの、小さな恋。
だけどそれは、世界で一番大きな気持ちを持っていた。

午後の陽射しがやわらかく木々を包むころ。
境内の裏手、静かな苔むした石段に腰を下ろして、カイトは腕を組んでいた。

その膝の上には――

「....絵里、おひざ、すきぃ....」
満足そうに頬をすり寄せる絵里の姿があった。

「....貴様、何が“おひざ”だ。重いのだぞ」
カイトは呆れたように言いながらも、手を止めることはなかった。絵里の髪をゆっくりと梳くように撫で続けている。

「んふふぅ....カイト、やさしいのぉ」
絵里はくすぐったそうに笑いながら、カイトを見上げた。その笑顔に、カイトはふいっと顔を背ける。

「勘違いするな。これは教育の一環だ。貴様のような甘ったれが、私の側にいられるわけがない。これは、訓練だ。よいな?」

「うんっ!カイトといっしょにいる訓練、がんばるのぉ!」

「....ふん、理解していないな」

そう言いながらも、カイトの口元はわずかにゆるんでいた。

---

その頃、境内の少し離れた場所では、タクミたち4人が密かに様子を見守っていた。

「ふふふ、まるで絵本の一幕ですね....」
タクミが小声でつぶやきながら、スケッチブックに何やら絵を描いている。

「おい、見ろよ、カイトのやつ、あんな顔できるんだな」
ヒサシが驚いたように目を丸くしている。

「うん〜、ちょっと感動しちゃったかもぉ....」
マサキはぽやんとした顔で絵里を見ていた。

「だけど、あいつ....案外本気かもな」
麻衣が腕を組んで唸るように呟く。

「本気....って、どっちが?」

「どっちもだ。絵里もカイトも、互いをちゃんと見てんだよ。案外、いいカップルになるかもな」

「カップルぅ〜?」
マサキが目を細めて笑った。

---

境内の石段に戻ると、絵里はカイトの膝の上で静かに目を閉じていた。

「....ねぇ、カイトぉ」
「なんだ」
「カイトといっしょに、おおきくなるのぉ....おおきくなって、カイトと、けっこんするぅ....」

「....くだらん」
カイトはそう言いながら、ふいに絵里の頬に触れた。

「子供の言葉にしては....妙に重いな」

絵里は目を閉じたまま、微笑んでいた。まるでそれが夢のような幸福だという顔で。

「いいだろう、絵里。約束してやる」
「....?」
「大人になったら、もう一度その言葉を聞かせろ。その時、貴様が私の隣に立てるかどうか、見極めてやる」

「うんっ....やくそく、したぁ....」

絵里はぎゅっとカイトの指を握った。

---

風がふわりと吹き抜ける。
新芽の香りとともに、小さな恋の誓いが空へと舞い上がった。

誰にも知られない、静かで、確かな約束。

そして絵里の恋は、確かに――ゆっくりと、咲き始めていた。


「....まったく、何を考えているのだ、私は」

夕暮れの坂道を、カイトは一人で歩いていた。背後には茜色の空が広がり、空を割るように鳥の群れが飛び去っていく。

絵里を家まで送り届けた帰り道だった。

あの子の小さな手のぬくもりが、まだ指先に残っている。

「けっこん、か....くだらん」
誰に言うでもなく、そう呟いた。けれどその声は、どこか弱々しい。

彼にとって“恋”などという感情は、遥か昔に縁のないものとして切り捨てていた。
弱者が抱く幻想。感情に振り回され、道を誤るだけの毒。
それがカイトの信条だった。

――だが。

「カイトぉ、いっしょにおさんぽするのぉ」
「カイトのて、あったかいのぉ....」
「カイト、いなくなったら、絵里、さびしいのぉ....」

思い出すたびに、胸が妙な圧迫感でざわめく。
あの大きな瞳、涙に濡れた頬、そして....あの笑顔。

「....まさか、あんな幼児に心を乱されるとはな」
カイトは額に手をあて、ため息を吐いた。

けれど、自分の中に芽生えてしまった“何か”を、もう否定できないところまで来ていた。

---

その夜。
タクミ、ヒサシ、マサキ、麻衣の4人は、古い公民館の一室に集まり、ちゃぶ台を囲んでいた。

「で、どうなの?カイトのやつ」
ヒサシが最初に口火を切る。

「ふふ、なんだか“困ってるカイト”って新鮮ですね」
タクミがにやりと笑いながら紅茶を注いだ。

「でもぉ、カイトくん、前より優しくなった気がするよぉ」
マサキがポテチをつまみながら、ぽやんとした笑顔で言う。

「ふん、だから言ったろ。あいつ、案外人情あるって」
麻衣がふんぞり返って腕を組んだ。

「にしてもなぁ....絵里、マジで惚れてんのな。あの年で」
「俺、あんなにまっすぐな目で『すきぃ』なんて言われたら、たぶん泣くわ」

「....あいつ、覚えてんだよ」
不意に麻衣がぽつりと口を開いた。

「ん?なにが?」

「カイトが昔、誰かに裏切られたって話....知ってんだろ?たぶん、それで“恋”を遠ざけてた。あいつ、信じるのが怖いんだよ」

場が、静まり返る。

「でも、絵里みたいな子になら....きっと、怖くないのかもな」
麻衣は窓の外を見つめた。そこには夜の闇が広がっていた。

---

その頃、絵里は布団の中でもぞもぞと体を揺らしていた。

「カイトぉ....絵里ね、おっきくなるからぁ....まっててねぇ....」

小さな声でそう呟くと、絵里はぎゅっと、カイトからもらった木の葉の形の髪留めを胸に抱いた。
(※カイトがその日、落ち葉の中から拾って絵里に「拾い物だ、やる」と渡したもの)

あの瞬間の、カイトの手のぬくもり。絵里の中では、あれが“初めてのプレゼント”だった。

目を閉じると、カイトの声が聞こえる気がした。

――「その時、貴様が私の隣に立てるかどうか、見極めてやる」

「うんっ....絵里、なるのぉ....カイトの、となりぃ....」

瞼の裏に、カイトの横顔が浮かぶ。

絵里の恋は、まだ小さな芽だけれど――その芽は、確かに、夜の闇の中でも静かに育っていた

翌朝。空は雲ひとつない青色に染まり、村の小道にはツクツクボウシの声が響いていた。
そんな中、村の裏山――人気のない小さな広場に、不釣り合いな熱気があった。

「さあっ!今日から特訓だ!絵里っ!」

「おぉぉぉーっ!!」

絵里が両手を挙げて気合を入れる。その姿に、タクミが思わず頬を緩めた。

「ふふ、かわいらしい....いえ、頼もしいですね。まるで騎士の訓練のようです」

「うん〜絵里くん、がんばるんだよぉ〜。カイトくんにぎゅーってされたいでしょぉ?」

「したぁいのぉ....!」

「よっしゃ!じゃあまず、カイトに“かっこいい”って思われるために、体力づくりからだな!」

ヒサシの指示のもと、絵里は腕をぐるぐる回しながら、かけっこやジャンプを繰り返す。

「はぁっ、はぁっ....絵里、がんばってるのぉ....カイトに、あいたいのぉ....」

その目には、汗と涙が混じるほどの本気があった。

---

一方その頃。
カイトは村の見回りをしていた。ふと山の方から、にぎやかな声が聞こえてきて、眉をひそめる。

「....何事だ?」

物陰から覗くと、そこには一心不乱にジャンプしている絵里と、それを見守るタクミたちの姿が。

「な、何をしている....あの馬鹿ども....」

その様子に、カイトは思わず木陰に隠れたまま耳を澄ます。
すると――

「カイトね、絵里のこと“がんばってる”って思ってくれたら、うれしいのぉ....」

「うん〜カイトくん、そういう“まっすぐさ”好きそうだよぉ〜」

「....バカだな」
カイトはふっと、笑ってしまった。口元に手を当てて、木にもたれかかる。

(だが....悪くない)

胸が妙に温かくなる。

(あの子は....私の中の“冷たい氷”に、ひびを入れてくる)

---

そして、その日の夕方。特訓を終え、へとへとになった絵里はタクミに抱きかかえられながら、満足そうに目を閉じた。

「タクミ〜....絵里、がんばったよぉ....」

「ええ、立派でしたよ。カイト様がもしご覧になっていたら、きっと感動していたことでしょう」

その言葉に、絵里のほっぺたがふわっと赤くなる。

「....ほんとぉ....?カイト、みててくれたかなぁ....」

(見てたとも)
誰にも聞こえない場所で、木陰に隠れていたカイトが小さく呟いた。

「貴様、なんて....やつだ」

夕日が村の端から差し込み、カイトの目元をやさしく照らす。
それはまるで、彼の中で何かがほどけ始めたような――静かな予兆だった

夜の村はひっそりとしていた。虫の音が草むらにこだまし、風鈴の音が遠くでかすかに揺れる。

その夜、カイトは村の外れにある古井戸の近くで、ひとり星を見上げていた。
何を考えるともなく、ただ空を眺めていた。けれど——

「....カイト、いたのぉ....!」

ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。
カイトが振り返ると、そこにはパジャマ姿の絵里がいた。抱えているのは、いつも一緒に寝ているぬいぐるみのクマ。

「....なぜ、こんな時間に。寝ていろと言っただろう」

「ねむれなかったのぉ....カイトに、あいたくなったの....」

カイトはため息をつくと、視線をそらした。

「まったく....貴様は私を困らせることにかけて、天才的だな」

けれど、その声はどこか優しい。

「カイト....絵里ね、きょうね、いっぱいがんばったのぉ。かけっこして、ジャンプして、えがおのれんしゅうもして....」

「....ふん、聞いていたよ。貴様の声は、よく通るからな」

「えっ!? みてたのぉ!?」

絵里の顔がぱぁっと輝く。キラキラの目で見上げられて、カイトは思わず目を逸らした。

「見るつもりはなかったが、耳に入ってきただけだ。....少しは見直したよ、貴様の根性はな」

「えへへぇ....うれしいのぉ....カイトに、すきって....いわれたいのぉ....」

絵里は、ぬいぐるみを抱きしめたまま、ぽつりと呟いた。

カイトは、驚いたように目を見開く。そして数秒の沈黙の後——

「....絵里」

「ん....?」

カイトは、しゃがみ込むと絵里の目線に合わせ、真っすぐにその瞳を見つめた。

「好きというのは、軽々しく口にすべきものではない。けれど....」

その言葉に絵里は、息を飲んだ。

「....私は、貴様のまっすぐさを、認めている。貴様といると、不思議と気が安らぐのだ。....それを、“好き”と呼ぶのなら」

カイトはふっと、絵里の頬に手を添えた。

「....私は、貴様が嫌いではない」

「....!」

絵里はしばらく、きょとんとした表情をしていたが、やがて——

「カイト....カイトぉ....すき、すき、だいすきなのぉ....!」

ぶわっと涙をこぼしながら、カイトの胸に飛び込んだ。

「お、おい....!」

カイトは焦ったように体をこわばらせたが、すぐにその小さな背中に手を添えた。
絵里の体はあたたかく、小さな鼓動が伝わってくる。

「....ふん、まったく....」

星の下で、ふたりの影がひとつになった。

---

こうして、絵里の恋は少しだけ叶った。
まだ約束の“未来”は遠いけれど——今、ふたりの心はたしかにつながった。

そして、その姿を遠くから見守っていたマサキたちは、そっと静かに目を細めた。

「よかったねぇ....絵里くん」

「恋って、こういうもんだよな」

「ふふ、ついに物語が“始まった”感じがしますね」

「....さぁて、ここからが面白くなるんじゃないか?」

夜の風が、絵里の涙と笑顔をさらっていく。

小さな恋の火は、消えることなく、確かに灯り続けていた。