まきわ
2025-04-17 17:15:47
6234文字
Public クロリン
 

忘れじの

50ミラデー記念のお話ですわ!
クロリン、創後の1207年中でしょうな
ひょんなことから記憶を喪ってしまった教官の話です

リィンが記憶を喪った。
それが発覚して教官陣と生徒の一部は寮の食堂でリィンを囲んで眉を寄せていた。
原因は本日午後行っていた校外演習における、一年生徒のアーツの暴発だった。
リィンが率いていた今年入学のⅦ組一年の一人が魔獣に襲い掛かられた瞬間リィンが庇いに入ったのだが、一瞬パニックに陥ったその生徒は唱えていた『混乱』の効果を含むアーツを駆動しきらない状態で放ってしまった。
それが庇いに入ったリィンを巻き込み、半端な状態だった為か効果も異常をきたして記憶に『混乱』をきたしたと思われる。
「多分、アーツによる効果だしその内治るとは思うんだけど
困った表情で周囲を囲む人々を見回すリィンを悩ましげに見つめながらトワはため息をついた。
「いえそのすみません。その、君も。あまり気にしないでくれ」
リィンは事情を説明されて、わからないながらも宥めるような微笑みを泣きじゃくりながら謝る生徒に向けた。
アーツを放った本人だが、リィンが記憶喪失だと判明してからずっと青い顔をして謝り続けているのだ。
「ぜんっぜん何も覚えてないんですか?」
確かめるようにユウナが念を押すとリィンは眉を下げて苦笑した。
「ああ自分が誰でここがどこで、皆が誰なのかまったく頭に浮かばないすまない」
そう言うと、原因となった生徒がまた嗚咽混じりに謝るのでトワが宥めるようにその背を撫でた。
「とりあえず念のためエマちゃんとガイウスくんかなぁ。あと一応導力機器で発動するアーツのことだから、アリサちゃんとかジョルジュくんにも連絡しておこうかな。それまでリィンくんは
「なんだなんだ、なんの騒ぎだ?」
突然響いた声に食堂にいた全員の視線が扉へと向く。
向けられた声の主は大袈裟に驚いた仕草をしてみせてから、いかにも軽そうな笑みを浮かべた。
「クロウくん!帰ってきてたの?」
「おーよ。近くまで来たんでそのままな。リィンには連絡入れといたが
「あ、リィン教官は
リィンに目を留めるとクロウは真っすぐ彼の傍まで歩み寄った。
その動きをどこか呆然と目で追っていたリィンはすぐ目の前まで来たクロウの顔にぴたりと視線を合わせた。
そしてその瞬間、リィンの顔がぼっという音がするかと思うほど真っ赤になった。
「?どうした?」
「あ、あのね、リィンくんちょっと色々あって記憶喪失になっちゃってるの。アーツの暴発が原因だからその内治ると思うんだけど
慌ててトワが言い添えるとクロウは眉を寄せてリィンを見た。
「記憶喪失ってマジか?オレの事もわかんねぇのかよ」
え、ええと。すみません
リィンはまだ顔を赤くしたまま視線を彷徨わせ、どこかふわふわした口調で謝った。
「なんだなんだ、オレ様がイケメンすぎて眩しいとかか?」
記憶はねぇけど何度でも惚れちまうとか言ったら叩き出すぞ」
おどけたクロウの言葉にアッシュが低い声で続けると、リィンは慌てたように視線を彷徨わせて両手を振った。
「え、あ、いや、その」
否定しかける様子を見せてから、リィンはむしろ肯定するように耳まで赤くして顔を俯けた。
「え、マジ?」

揃って寮を叩き出された。
日差しの降り注ぐ寮の前の通りで二人は気まずそうに目を合わせた。
「あーマジでなんにも覚えてねぇのか?」
「は、はい。一般的な常識についてはわかるんですが、自分の状況に関する記憶が飛んでいるみたいです」
「なるほど。あれを買ってこいって言われたら買い物の仕方はわかるが、自分が何者でここはどこだかはわかんねぇってことか」
「はい。ただこの街がどこで、どういう構造をしてるかも「状況」の記憶に含まれているので、買って来いと言われたものがどこに売っているのかもわかりません」
「あー理解した。とりあえずその敬語やめてくれ。そういう間柄じゃねぇからよ」
「あ、はいじゃなくて、うん」
その、物慣れない様子にかつて学生だった頃が重なってクロウは思わず頬を緩めた。
懐かしく微笑ましいような、どこか切ないような気持ちを押し込んでクロウはリィンに向き直った。
「んじゃどうすっかね。とりあえずお前の部屋にでも行ってみるか。記憶を刺激されるかもしれねーし」
うん、任せるよ」
記憶がない以上感覚としては完全な他人なのだからもうちょっと警戒してほしいと思ったが、まぁ自分が傍にいれば滅多なこともあるまい。
クロウは気を取り直すとリィンを手招いて寮の中に戻った。

「トワ、旧Ⅶの連中への連絡任せたぜ。リィンの部屋にいるからよ」
「あ、うん、リィンくんのことお願いするね」
食堂で相変わらず対応について話し合っていたトワに声をかけてから、クロウはリィンの手を引いて階段を示した。
「ほれこっち」
「あ、はい」
気を抜くとまた敬語に戻っているのだが、いちいち指摘してもしかたない。
苦笑しつつ手を引いて歩き出すとリィンは少し恥ずかしそうに繋がれた手を少し見つめてから、おずおずと力を込めて握り返してきた。
しっかりと握り返される感触に気付いてクロウは少し目を瞠った後嬉しそうに口元を緩めた。
記憶がなくなっても拒絶されたり距離をおかれないで済むのは素直にありがたかった。
常日頃傍にいられない身だからなおのこと。
子供ではないのだからこんな風に手を引く必要はないのだけれど、こうして握り返されると放しがたくなって二人は手を繋いだまま三階のリィンの部屋に辿り着いた。
「ここがお前の部屋」
扉の横の名札を示されてリィンは緊張した面持ちで頷いた。
クロウが扉を開けるのもどうかと思ったが今の状態ではリィン自身も他人の部屋と変わらない感覚だろうと思ったので「開けるぞ」と一応声を掛けてから扉を開いた。
部屋に踏み込んだリィンは確かめるようにゆっくり中を見回した。
「どうだ、なんか感じるか?」
「うーん特に思い出すことはないです。ただ、落ち着く感じはするかな
探るように顎に手を当ててそう言ったリィンは見回していた視線を机の辺りでふと止めた。
机の上には棚として使える板が張ってあり、そこにはこれまで撮った写真がいくつか並んでいる。
「お前が仲間と撮った写真だな。こいつはどうだ?」
手で写真を示すとリィンは少し机の方に近付いて並べられた写真達をじっと見つめた。
そしてやや眉を下げつつクロウへ視線を移した。
思い出せはしないんですが、なんだか胸の奥がざわざわします。不快なわけじゃないですが、なんだか
自分の気持ちを言い表しかねている様子のリィンにクロウは苦笑した。
「ま、お前は色々あったからな。良い事も悪い事も複雑な気持ちになるのも無理ねぇだろ」
宥めるようにそう言ってやると、リィンは少し安堵したように微笑んだ。
「あれなんだこれ」
ふとリィンが写真の方に手を伸ばし、その横にあったものを手に取った。
「コイン?」
………
翳すように指先に持ってリィンが見つめているのは50ミラコインだった。
それが何を意味していて、どうしてリィンがそれを思い出の写真と並べて置いているのか、当然クロウは知っている。
反応を伺うようにクロウは緊張した面持ちでコインを見つめるリィンを見守った。
何か気になるのか?」
沈黙に耐えかねてクロウは顔を顰めてコインを見つめるリィンに尋ねた。
リィンはコインから目を離さずに答えた。
「なんというかなんだろう?すごくもやもやして暖かいような気持ちも感じるし、焦燥感のような苦しい感じもします」
……ま、元の所に置いとけよ」
その50ミラに纏わる出来事はクロウとリィン双方にとってとても大切なことだ。
だからこそ語り聞かせるのはなんだか嫌だったし、今のリィンはその全てを忘れているのだという事実も苦しかった。
言えた義理か、というのは自分でも思っているのだが。
「んー……はい
リィンはそう答えたものの、未練ありげにコインを持ったまま眉を寄せている。
苦笑して、クロウはリィンの傍まで来た。
「そんなもやもやするならいっちょ気が晴れるような手品を見せてやるよ」
「手品?」
首を傾げて聞き返すリィンに頷いてクロウは手を差し出す。
「それ貸してみ」
「え、あ、はい」
リィンは言われるがままにクロウに50ミラコインを差し出した。
受け取ったコインを軽く手の中で弄んでから、クロウは肩に掛けたままだった荷物を両脚の前に置いた。
そしてにやりと笑ってリィンの目をしっかり見つめる。
「よーく見てろよ」
左手を横にして人差し指の上にコインを据える。
リィンの視線がコインに留まったのを確認してから思い切りコインを親指で弾いた。
……っ」
リィンが息をのんだのを気配だけで感じながらクロウはしっかりコインの動きを追った。
上がり切ったコインは重力に負けて落下を始める。
軽く唇を舐めたのと腰のやや下辺りでぱんっと両手を鳴らして交差させ、コインを受ける動作をしたのが同時。
両手は交差させた瞬間に握ってある。
目を大きく見開いてクロウの手元を見つめるリィンに両の拳を突き出した。
「さて問題、コインはどっちの手に入ってる?」
その言葉を聞くなりリィンの表情に気合がこもる。
記憶がなかろうと負けず嫌いな性格はそのままらしい。
顎に手を当てて、とんっと靴の先で床を鳴らして考え込む。
手元に来るまでは追えてたんですが」
恐らく最初に「これ」を見せた時よりもリィンの動体視力は上がっている。
だがクロウもそれを見越した上で振舞っている。
クロウは挑むような目つきでただリィンの答えを待った。
……見えたわけじゃないんですが、鞄の中が何故か気になります」
「ふうん?」
観の眼なのか、それともかつての記憶がそうさせているのか。
クロウは笑みを浮かべたまま少し首を傾げた。
「鞄の中って答えならそれでもいいぜ。どうする?」
…………それじゃあ
「っと待った!」
「へっ?」
答えを定めようとしたリィンを遮ってクロウは拳を突き出したままにっこり笑ってみせた。
「その前に賭けをしようぜ。そうだなお前がはずしたらキス一回ってのでどうだ?」
そう言うと、リィンは目を瞠ったままぴしっと固まってしまった。
まるでクロウの言葉が沁み込んでいくのを待つような間が空いて、ぶわっと顔が赤くなる。
「きっキ、スってその、俺と、ですか?」
「他に誰がいんだよ。あ、もちろん口にな。当てられたらどうすっかなーなんかしてほしいことある?」
「し、し、し、してほしいって」
まだキスの衝撃から立ち直れていないのに要求を聞かれてリィンは本格的に混乱しているようだ。
赤くなった状態で目を白黒させた後、俯き加減でクロウを見上げた。
「そ、その、じゃあ。当てられたら褒めてください」
ええそんなんでいいのかよ。もっとこう、100倍にして返せとか」
「100倍だって5000ミラじゃないですかいりません。褒めてその、撫でてくれたら」
あまりにもささやかな要求に逆にクロウが自己嫌悪を感じてくる。
それとも日頃褒めが足りていないとかだろうか。
(もっと褒めてやった方がいいのか?)
記憶が戻った暁には心掛けようと決意して、今に意識を戻す。
「わーった。んじゃそれで。答えはどうする?」
付加価値がついたからなのか、リィンの表情に更に気合がこもる。
右手、左手、そして鞄へと順に視線を向けてから真っすぐクロウを見つめた。
鞄にします」
「よし。んじゃ自分で確かめていいぜ。なんなら全部ひっくり返しても構わない」
リィンは頷くとクロウの脚元に屈みこんで上に向いた鞄の口をそっと開いた。
軽く探って何もないことを確かめた上で、ベッドの上に中身を出して更に検めていく。
普通に落ちれば一番上にあるだろうが、コインなので転がって下の方まで落ちた可能性もある。
だが全てベッドに出し切ってもコインは見つからなかった。
「うう参りました」
「くっくっく、オレの勝ちだな」
「うーんじゃあどちらかの手に?でも手品って
にや、と笑うとクロウは左手を、そして右手を順にゆっくり開いて見せた。
そのどちらにもコインはない。
リィンは悔しそうに、けれど素直に参ったというように両手を挙げてみせた。
「種を教えてください」
「ま、種ってほどのモンでもねぇけどな」
言ってクロウは手のひらを上に向けていた左手を返して手の甲を見せた。
すると指と指の間に端を挟まれたコインがそこにあった。
「ええ……!」
目を瞠るリィンの前でクロウは何度か左手をくるくると返して見せる。
その度にぱっ、ぱっ、とコインが手の甲側と平側を魔法のように移動した。
「初歩の初歩だ。練習して見せ方さえ覚えりゃ誰でもできる。見せてる側にコインが行かないように、その移動に注目させないようにするのがコツだな」
聞いてもできる気がしません。すごいな
記憶が無いからなのか、リィンの見せる素直な反応の全てが学生時代を思い起こさせて懐かしい。
けれどやはりクロウは思い出してほしかった。
「んじゃ約束のモンいただくぜ?」
「あっ……
賭けの内容を思い出したのかリィンの頬がぽっと染まる。
腰に手を回して抱き寄せると、抵抗なくリィンはクロウの腕の中におさまった。
夜空色の瞳が「本当にするのか」とでも言いたげにクロウを見つめる。
けれどその瞳は少し期待に煌いているようにも見えたクロウの思い込みかもしれないが。
クロウがリィンの頭の横に手を添えると、反応するようにリィンは目を閉じた。
(普通、もっと抵抗覚えるもんじゃねぇのかよ)
その素直さに小さく笑ってゆっくり顔を近付ける。
唇がかすめた瞬間リィンの体に力が入る。
構わずに頭を引き寄せて深く唇を重ねた。
「んっ……
その瞬間、まるで雷でも受けたようにリィンの体がびくんと震えた。
次いでふっと力が抜けてリィンの腕がクロウの背に回された。
察するところがあったので、クロウはそのまま舌をリィンの口内に押し込んで確認でもするようにゆっくりとその中を舐った。
小さく体を震わせるリィンの反応を思うまま楽しんでからクロウは顔を離した。
リィンが離れていくクロウを追って未練がましく突き出した舌に軽く口付けてにやりと笑う。
「思い出したみたいだな?」
記憶の無い相手にキスを求めるのはどうかと思うぞ」
「体に直接思い出させてやるのが手っ取り早いだろ。実際思い出したじゃん」
「まったく
リィンは嘆息した後クロウの肩に顔を埋めて抱きついた。
「すまない、帰ってきて早々心配かけたな」
「まー普段心配かけてる身だからな。ただ体はんのも大概にしろよ?」
「そうだなちょっとたるんでたみたいだ。生徒にトラウマを残しかねないし、気を付けるよ」
「そっちかよまぁいいか」
ため息をついてからクロウはもう一度リィンに顔を上げさせて口付けた。
今度は唇の感触だけ楽しんで顔を離す。
「利子のこと、忘れてもらっちゃ困るぜ。返す気満々なんだからよ」
「ああ、しっかり全部返してもらわないとな」
間近で笑い合ってから二人はもう一度強く抱き締め合った。

「おかえり、クロウ」
「ん、ただいまリィン」