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瀬一
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雷鉢
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ふたり静か
「やあ、どうした」「おまえが遅いから、迎えにきたんじゃないか……」
忍務帰りの三郎を迎えにいってやる雷蔵の話。
「やあ、どうした」
振り返りもせずに発せられた言葉。そのからりとした声音がいっそう胸に沁み、奥深いところで雷蔵の心を穿った。痛いほど。
「おまえが遅いから、迎えにきたんじゃないか
……
」
それだけ言うのに、途方もない労力をつくしたと雷蔵は思った。
冴えざえとした薄い冬月が水面の上で揺れている。波間にほろほろと欠け毀れた月影の向こう、川縁で腰までを水にひたしながら、両腕をだらりと脇に下げて三郎はたたずんでいた。
こちらを振り向くことなく立ちつくしたその後ろ姿が、無言のうちに何者をもこばんでいることは察したけれど、迷ったのは寸陰に過ぎず、雷蔵は川面に分けいった。一足ひとあし進むごと、針のような冷たさが膚を刺す。
そっと伸ばした手のひらでふれた頬は、びっくりするくらいつめたかった。
「
………
冷えてるね」
「うん? そうかな」
よくわからないんだ、と呟く頬につたい落ちる水滴をぬぐってやる。汚れるよ、とこばもうとする腕を振りほどき、小刻みにふるえる背を抱きとめた。かすかな血の臭いが鼻につく。うしなわれてしまったぬくもりを分け与えたくて、抱いた肩口にそのまま頬を埋めると、ふいに忘れていた寒さを思い出したよう、腕のなかの身体がびくりと震え、いっそうわななきがひどくなった。
ああ、肉が落ちた
――
そんなことを思いながら、うすい背に浮かぶ椎骨をひとつひとつ確かめるように指の腹でたどる。と、たまらずといったふうに三郎は目蓋を伏せ、はあ、と深いところで息をついた。同時、その手からすべり落ちた苦無が音もなく水底に沈んで見えなくなる。
目蓋を閉ざしたままに、三郎はかすかにうつむいて、
「きみはあたたかいなあ」
ぽつり、感に堪えぬようそう言ったくせ、その身体の震えはちっとも治まろうとしないのだった。血の気をなくしてこわばった腕を、雷蔵は両の手のひらでさすってやる。
「まだ寒いかい」
「否、あたたかくて」
――
あたたかくて寒気がする。
その声音が聞いたこともない調子に濡れていて、雷蔵はついぞ続く言葉をなくした。聞いているこちらの胸こそがつまってしまう。らいぞう。やぶけた心をつづるよう、三郎がことりと首をかしげて呼んだけれど、雷蔵にできたのは抱く腕の力を強めることだけだった。どうしてか、ほとんど泣きだしそうになっている。やがて、こちらの背中に腕をまわそうか迷って、おそるおそる布地を握ってくるたよりない指さきの感触を覚えた途端、知らず雷蔵は涙を流した。夜気にふれる前に三郎の肩口を濡らしたそれは誰に見えることもなかったけれど、かすかに鼻をすすりながら、おまえだってあたたかいよ
――
たまらず口早にそうささやくと、三郎はそっと押し殺した呼気を洩らしたようだった。
ゆるゆると、しだいにその身体のこわばりが解けるのが両腕を通してつたわり、雷蔵もまた目蓋を降ろす。いつしか月も雲に隠れていた。目をこらしたって星は見えない。となりあうぬくもりだけがここにあるすべてだ。
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