らい
2025-04-16 21:00:25
4802文字
Public レオいず
 

レオいず30days⑯「んなプロポーズがあるか」

フィレンツェ編⑥ お題「ジュース」
※ちょっぴりエッチ(超下品)


 警察の世話になった経験はあるが、そういえば救急車は呼んだことがなかった。玄関のタイルに埋まっている黄昏の頭は、小刻みに震えている。夢ノ咲学院の授業や事務所のカリキュラムで緊急救命研修を受けたことはあれど、いざ実際に遭遇すると頭が真っ白になってしまう。まるで置き物のように突っ伏すレオの肩を揺さぶりながら、泉は狼狽した。
 事のはじまりは、数十秒前にさかのぼる。音楽仲間との飲み会から帰ってきたレオが、玄関の扉を開けるなり急に倒れ込んでしまったのだ。泉はてっきり酔っ払っているのだと勘違いして、「ねえ。吐くならトイレに行きなよね」と促した。しかしながらレオは「うう~」と呻くだけで、起き上がろうとする気配さえない。どんなに機嫌が悪くても、体調が優れないときだって「セナ、ただいまっ!」を欠かさない男だから、身体のどこかしらに異変をきたしていることは明らかだった。
 そもそも親友の斑に「俺は酒が強いほうだと自負しているが、レオさんには敵わんなあ」と言わしめるほどの酒豪なのだ。上下関係のないフラットな会合で酔い潰された可能性は考えづらい。だとすれば、作曲の納品が済んだばかりの徹夜明けの身体には、アルコールは毒だったのだろうか。あんたは体調の変化に鈍いんだから、ぶっ倒れないように気を付けてねってあれほど注意したのに。「あ~」とか「う~」とか飢えた獣のように喘ぐレオが怖くなり、いよいよ泉はスマートフォンを取り出した。

「れおくん。救急車、呼ぶからね」

 一、一、九を押そうとして、ここは日本ではなくイタリアであることを思い出す。最初からやり直そうと試みたら、誤って天気予報のアプリを開いてしまった。明らかに気が動転している。泉はごくりと唾を飲んで、額に滲む汗をぬぐった。
 落ち着け俺。早く呼ばなきゃ、れおくんが取返しのつかないことになるかもしれない! ───深呼吸して、今度こそ正解のダイヤルに指を乗せる。
 しかし、一・一・八を押そうとしたところで、スマートフォンを取り落としそうになった。レオに手首を掴まれたのだ。

「呼ばんでいい……

 いつぞやの舞台で演じていた、確か雫斗真だったか。彼の表情を思い起こさせる殺気に満ちた形相で、レオは拒絶する。泉は困惑しながら、レオの手を振りほどいた。思いのほか生命力がみなぎっているようで安心したけれども、それでもレオの体調に異変が起きている。緊急事態には違いないのだ。

「いや、呼ぶなって言われても……。異様に顔が真っ赤だし。玄関でいきなりぶっ倒れるって、相当だよねえ? あんたの身体、絶対におかしいでしょ」
「酔ってるわけじゃない……
「はあ?」

 レオは床を這いつくばって、泉に詰め寄った。きらめく瞳は充血し、文字通り死に物狂いですがりついてくる。
 ゆうくんが実況してたゲームの、しつこいゾンビみたい……
 不審な動きに面食らっている泉に、レオは早口でまくしたてた。

「セナ。お、おれはおまえを、あ、あ、あ、愛してる」
「え? なに急に」
「おれは……愛するおまえに、もう絶対に隠し事なんかしないって決めたんだ」
「いや……ほんと何?」
「だから、おれは……正直に、打ち明けることにする」
「ねえ。話が勝手に進んでいくの、マジで怖いんだけど」
「なぁ、これを」
「はあ?」
「これを、見てくれ」

 熱っぽい息を吐きながら上半身をひねり、レオは身に着けたジャケットから一本の瓶を取りだした。「確認、してみて」と神妙な面持ちで告げるので、泉は慎重にそれを受け取り───紫とピンクを基調とするラベルに、ぎょっとした。
 最近の芸能界では、ジュースに酷似した液体型のドラッグが蔓延していると聞く。事務所のコンプライアンス研修で、「気が付いたら犯罪者になってることもあるので、みなさんも気をつけてくださいね~」と説明していたつむぎを思い出しながら、泉はごくりと息をのんだ。
 まさか、怪しいクスリを常習してたってこと……? ───嫌な予感に心臓がどくりと跳ねる。可愛らしい瓶をくるりと回転させて、泉は震える声で表面の文字を読み上げた。

……『絶倫王の騎行 性豪カリスマの光』……

 大きなリボンで着飾ったメスライオンの姫が、崖っぷちから這い上がる筋肉隆々のライオンの王にときめく絵が描かれている。
 レオは、悪酔いして吐き気を催しているわけでも、危険なドラッグに手を染めたわけでもない。精力増強剤を飲んで、悶え苦しんでいるのである。
 れおくんが、死ぬかもしれない───震える恋人の身を案じたのは、まったく時間の無駄だった。泉はまるで杭を打つように瓶を叩き置いて、現場を立ち去ろうとする。ところが、顔面を紅潮させたレオに足首を掴まれて、怒涛の勢いで阻止された。真が実況していたゲームのゾンビよろしく、捕らえられてしまう。
 僕、連打が得意なんだ。連射コンがあれば、もっと楽なんだけどね。鍛えたら、誰でもできるようになるよ!
 配信の視聴者に語りかける真を思い返しながら、泉は必死に脱出しようとする。しかしながらコントローラーの存在しない現実において、非力な泉は振り払うこともままならない。膝までせり上がってくる小動物、いや肉食動物の襲撃をやけくそに押しのけながら、泉は「まとわりつくな~!」と声を荒げた。
 限界を極めているレオも負けてはおらず、両者の力は互角である。土俵で競り合う相撲のごとく、一秒も譲らない膠着状態となってしまった。

「待ってセナ! おれの前から居なくならないでっ、愛してるから~!」
「あんたの愛してるは、ほんとに安っぽいよねえ! ああ~っ、心配して損したっ! 素性のよくわからない奴からもらったお菓子とドリンクには気をつけろって、あれほど言ったのに!」
「まさか『月永、今日は飲みすぎたでしょ』って配られた栄養ドリンクが精力増強剤なんて、夢にも思わないだろ~!?」
「ちゃんと確認すればわかることでしょっ、注意散漫すぎ! っつうか付き合う人は選びなよって何度も忠告してるのに、結局そういう奴がいる飲み会に出席してるのがもう意味わかんないんだけど! チョ~ありえない! 最悪!」
「うう~……。おれだってショックなんだよ~、作曲仲間にえっちな野郎が紛れこんでるなんて……! 友達のちんちんを遊び半分に膨らませて楽しいか? 『昨晩はお楽しみでしたか?』ってニヤニヤしながら尋ねるつもりなのか? ああ……おれにはわからん……。軽率な下ネタではしゃげる神経がわからん~……。傷つく~……。心がすり減るよ、セナぁ~……!」

 泉のふくらはぎにすがりつき、レオは目尻に水滴を溜める。あまりにも馬鹿らしくてさっさと寝るつもりだったが、学院時代の交友関係であれほど失敗してもなお、他人を疑うことを知らないピュアな男なのだ。心の奥底に眠る庇護欲をほじくり返されて、泉は額を抱えながらため息をつく。
 ここで放っておけるなら、はなから恋人になっていない。素直に認めるのは悔しいが、愚かな一面もなんとかしてやりたいと考える程度には、この男に甘っちょろい自覚があった。泉はしゃがんで、こたつで暖をとる猫のように丸まるレオに問いかけた。

「いちおう聞くけど。……どんな状態なわけ」
「おれのちんこには今、時限爆弾が仕掛けられてる」

 そう言って、レオは壁にもたれかかった。ジーンズ越しに盛り上がる、元気なたけのこ。四人家族のキャンプ客を通り越して、二世帯の大家族が合流せんばかりの巨大テントが張っている。
 俺とエッチしてるときより、大きすぎる……
 泉は口角をひき攣らせながら、絶句する。たかが精力増強剤入りのジュース程度で、こんなにも腫れるものなのか。かつてない膨張に言葉を失って、泉は「ごめん、やっぱり無理」と視線を逸らした。しかし逃げ帰ろうとする泉の腰にすがりついて、レオが懇願する。

「セナ! お願いだから助けて! ちょっとでも油断したら爆発しそう! おれは嫌だっ、天才作曲家の死因がちんちんの暴発であってたまるか! これで後世の教科書にでも載ってみろ、とんだ笑いものになるに決まってる! ああ~っ、そうこうしてるうちに起爆スイッチがオンになった! 死ぬぅ~っ……!」
「トイレで自爆しろ! お得意のインスピレーションで、妄想の俺になんとかしてもらえばぁ~!?」
「一生のお願い! 本物のセナが抜いてくれないと、時限爆弾のカウントダウンが止まらないんだよ~!」
「はあ? あんたのおちんちんが爆散しようと、俺には関係ないっての!」
「なんだその言い草は!? おれのちんちんが使い物にならなくなって、おれと一生えっちできなくなってもいいのか~!?」
「そ…………んなの自業自得でしょ~!?」
「なんだ今の絶妙な間は! 正直悩んだろ!」
「うるさ~い! とにかくっ、おちんちんの爆弾ぐらい、ひとりで解体しなよねえ!」
「なぁ、嘘だろ! おれを見捨てないで、セナぁ~!」
「とにかく俺は寝るから。はい、おやすみぃ!」
「セナぁ~……

 心を鬼にして振り払うと、レオは観念したらしい。四つん這いになってトイレのドアノブに手を掛け、荒い呼吸を繰り返しながら泉を見つめた。まるで群れから追い出されたか弱いライオンのように、髪のしっぽを枯らす。

「そうだよな……。夜遅くに帰ってきて、得体の知れないジュースを飲まされた男にいきなり息子の世話をしろって頼まれても、普通に嫌だよな……。おれ、セナの気持ちとかぜんぜん考えてなかった。すまん……

 えぐえぐ、と涙をこぼして鼻水をすすりながら、レオがおもむろに扉を開ける。最後の力を振り絞って電気を点けると、「わぁん」と泣き散らかすのだった。

「朝になったら、ぐすっ。いつものおれに戻ってるはずだからぁっ、ぐすんっ。……お、おやすみぃ、セナぁ~~~~~」

 かつて王さまと呼ばれた高貴なアイドルの姿はどこにもない。この世でいちばん情けない声を響かせて、トイレに籠城しようとするものだから───泉はとっさに戸を閉め直した。
 異常なまでの勃起に泣いて苦しむ姿には微塵も興奮しないが、やはり放っておけないのだ。本当にどうかしている。泉はちっと舌打ちをして、レオの下半身を睨みつけた。

「脱いで」
「えっ」
「あんたのおちんちん、楽にしてあげるっつってんの」

 爆発寸前の下腹部を薄眼で観察しながら、泉はぶっきらぼうに指示をする。ただでさえ泣き喚いていたレオは、涙の粒をぽろぽろ零して、泉を抱き締めた。

「わあああん、セナぁ~! 情けないおれを愛してくれるなんて、おまえはやっぱり最高の恋人だ~! 夫婦円満の秘訣は『互いを許し合うこと』ってなんかの雑誌で見たけど、やっぱり確信した! おれにはおまえしかいないっ、結婚するならセナがいいっ! 今すぐ婚姻届に印を押してくれっ、おまえにぴったりの指輪もプレゼントする! だから、いっしょのお墓に入ろう! おれのだぁい好きな妻! 理想の奥さん! 最高の嫁! おれは一生、おまえに愛を捧げたい! おれと結婚してくれ、セナ~っ!」
「とっとと脱げーーーッ!」
「アヒ~」

 ベルトを剥ぎとり、パンツを無理矢理ずり下ろしながら、泉はそそり立ったそれに唇を近づける。いくらなんでも最悪のプロポーズすぎやしないか。しかし、もっとも腹が立つのは、一生のパートナーってこういうことなのかも、と永遠の未来がよぎることだった。
 恋人に抱いている感情は、『好き』だけじゃない。『嫌い』も山ほどあるけれど、全部ひっくるめて抱き締めたくなるのだ。困っているのなら、助けてやりたい───認めたくない話だが、これを愛と呼ぶほかなかった。