つぐころね
1287文字
Public √Eden
 

夜と朝の随に


 
 夢を、みた。

 もう居ない、アノ子の夢。何十年も昔の懐かしい笑顔。
 やっと会えた!と手を伸ばした―――所で、目が覚めて。夢に連動して実動いていた手は、予定調和で宙を掻き。ただ天井へと伸ばされていただけ。そして何も掴めなかった爪先は、掌に食い込こむだけ。

 悲しいんじゃなくて、寂しくて。
 辛いんじゃなくて、苦しくて。
 何処にもいない彼女を、あの人達が戀しくて。
 でも既に渇ききった涙は零れなくて。
 ――――会いたい、そう声にならない願いが吐息と零れる。



 布団を敷いた畳ベッドから足を下ろし、明かりをつけないまま天井を見て。泳がした視線の先には広がるのは暗い部屋のその先で、眠る店の子達姿。静かな、誰の吐息すらしない、静かすぎる彼は誰時かわたれは。自分の呼吸がやけに大きく聞こえて。ふるり、と身体が震えた。

 それはまるで、嗚呼、寒いそう体が訴えるようだから。浮いていたままだった素足の爪先を畳みに着地させ、寝る前に避けておいたニットカーディガンに袖を通す。

 (まだ

 まだ、卯月の半ば。昼は暖かいけれど朝晩は肌寒い、そんな季節。桜も終わったというのに花冷えは終わらなそうだ。

 そんな事を考えながら、寝る前に灰を寄せておいた火鉢の傍へと腰を下ろし。まだ燃え尽きていない炭を掘り出し、丁寧に灰を慣らしていれば。ほんのりと温かな火鉢の温もりが、指先だけじゃなくて心も緩めてくれて。

 寝る前に乾かしておいた鉄瓶に水差しの水を注ぎ、火鉢の五徳の上へと静かに置く。そうしてお湯が沸くまでの時間、ぼんやりとその様を眺める。
 耳を澄ませば聞こえてくるのは壁掛け時計の音、店の外少し遠くから聞こえる新聞配達のバイクの音。まだ色んな気配が息を潜めている、そんな空気は意外と嫌いじゃない。

 しゅんしゅん、と。鉄瓶の中で水が沸騰し出したら蓋をあけ、カルキを抜く。最初の頃、これを忘れて美味しくないと顔を顰める彼女を笑う彼らの姿を良く見かけたっけ。時折混ざる、昔の想い出。それは静かに思考に紛れて、すぐに隠れてしまう。

 嗚呼、寒い。

 白湯を、飲もう。少し温めになるまで待って、のんびり飲んでいれば。きっと客間で寝ている彼女が起きるだろうから。そうすれば、誰かの音にさびしさなんて紛れてしまうはずだから。

 五徳から鉄瓶を下ろし、寄木細工の鍋敷きに置く。
 吐息をひとつ。瞼を落として視界を閉じて。膝の上で指と指を擦り合わせ。ほんのりと暖かな火鉢と共に、朝を待つ。




~終?~
独り言 静かな早朝の一コマを、綺麗に丁寧にを心掛けてみたら、こうなりました?

 基本的に独りで過ごす事が多い藍花さん。
 彼女は自覚するよりも寂しがり屋の寒がりで。それを知っているからこそ、家主の孫二人は藍蘭堂に部屋を残したままなのだけれど。たぶん藍花さん本人は、その気遣いに気付く事はないのだろうなぁ。

 ただ新たな縁で、そういう時間は確実に減っていくだろうから。寒がりな彼女が少しでも人恋しくなる事が減っていくといいなぁ。
 



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√Eden 藍花 / 藍苺堂