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伊坂
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トワウォ/鯨
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ぷかぷかひかる(洛信)
しゃぼんだまで遊ぶ信一の話。洛信未満なかんじがしますが、この洛はすでに信を抱いてる洛なので洛信です!
ぷかぷかひかる
ははっ、と明るい声をとらえて体がそっちへと向く。
彼は知らないだろう。
誰かの声を聞いて、その誰かの顔を見に行きたくなるようなことは、自分の人生に無かったことだと
……
。
粥麺店にガスを運んで、空のガス容器を引き上げて戻るところだった。
ツタが外壁を蔽い、庇が庇を蔽う隘路を抜け中庭のようになっている広場へと踏み込む。
「信一
……
」
「あっ、洛軍だ!」
声に答えたのは子供たちだった。
あまり話したことは無いが、魚蛋妹と同じくらいの年の頃の子が三人そろっている。
男の子がふたりに、女の子がひとり。
そしてその子供たちに囲まれるように彼は
――
、洛軍の想い人は立っていた。
「おぉ、いいところに」
「楽しそうなことをしてるな?」
「急いでないならお前も混ざれよ」
知らないだろうな。
彼の淡い笑顔に、自分の心臓は小さくちぢむ。
嬉しさを孕んだ血が、突然、一気に全身をめぐる。
こうもわかりやすいのはどうなんだ? と思うのに、止められない。
顔を見れただけで、自分の顔が笑顔になったのがわかる。
そんな洛軍の様子に、彼はゆっくりと瞬きして、口にくわえたストローから無数のしゃぼんだまを吹いた。
わぁ! と彼のそばにいる子供たちが声を上げる。
風がないせいか、透明な球体はしばらく周囲に浮かんだまま洛軍たちの目を楽しませた。
「綺麗だ
……
」
「お前やったことあるか?」
「しゃぼんだまか? ない」
「じゃあやる。俺からのプレゼント」
「あー! 洛軍いいな」
「お前らのと同じだよ。大人のしゃぼんだまは俺だけ」
大人のしゃぼんだま?
洛軍は信一の口にした言葉に首を捻りながら、ガスの容器を壁際に置いて輪の中へ戻った。
「お前ら洛軍に教えてやれ」
「え~? さすがにわかるでしょ?」
「洛軍、飲んじまうかもしれないだろ?」
「ああ確かに~!」
確かにって。ちょっと酷いな。
だぼっとした黒のズボンに、半袖のシャツといったラフな格好をした信一は、歳の離れた子供たちを見守る長男坊のようだった。
パーマという髪型も、きっと彼を若くさせている。
子供たちはピンク色の容器とストローを受け取ると、その場にしゃがむ洛軍のほうへと持ってきた。
それを見ながら、信一はまたぷかぷかと球体を作る作業に戻る。
虹色を帯びた透明な球体は、彼の息を享けて静かに静かに膨らみ、そしてふうっと湿った空へ放たれた。
届けばいいと思う。(誰に)
「そう! それで息ふーってして?」
「吸ったらしゃぼん液苦ぇから、注意」
洛軍は子供たちに言われるまましゃぼんだまのストローを吹いて、透明に光る球体がたちまち生みだされる様子に目を細めた。
楽しい。蒸されるような空気がほんの少しだけ爽快になる。
洛軍が順調にしゃぼんだまで遊び始めたのを見て、子供たちもまた自分のしゃぼん液でぷぷぷぷぷっと球体を吐き出した。
列のような状態から、徐々に散らばって消えていくさま。
時々、薄曇りの空から太陽が顔を出すので見ていて飽きない。
何か合奏じみていた。
信一のように大きなしゃぼんだまを作ろうとして細く息を吐き出してみるが、それなりに大きくなったところでぱちんっと割れてうまくはいかなかった。すると一部始終を見ていたのだろう男の方から、揶揄うようにこぶし大ほどの大きなしゃぼんだまが飛んでくる。洛軍は指で触れて割ってやろうとして
……
、驚いた。
「えっ?」
割れないぞ。
洛軍の指の腹を蹴り、しゃぼんだまは弾むように浮いてまた落ちてくる。
そっと手のひらの上に載せて
……
、さすがに割れるだろうと思うのにまだ割れない。
それはしばらく虹色にきらめいたあと、軽く握りこむようにしてようやく割れた。
「信一のしゃぼんだまだけ割れにくいんだぜ」
「ずるいー」
「まあ。俺は大人だからな」
信一はどこふく風でまた割れにくいしゃぼんだまを作り上げると、それらをひとつずつ子供らに向かって放った。
ばちんっと手で挟んですぐに割ってしまう子。
両手で迎え入れて自分の息を吹きかけてみる子。
そしてもう一人は細かいしゃぼんだまを勢いよく噴き出して信一のしゃぼんだまへと突撃させている。
「んっ、ははっ」
突然上がった笑い声に、洛軍は信一のほうを見た。頗るつきの美形が、にこりとにやりの中間のような顔で洛軍を見て笑っている。
信一の視線をたどっていけば
……
、ちょこんと自分の肩に乗っているしゃぼんだまに行きついた。え、いつの間に。
「どういう理屈なんだ?」
洛軍は立ち上がって、信一と同じ目線の高さになって聞いた。
彼は洛軍の肩に乗ったしゃぼんだまに触れながら「洗濯のりを混ぜてる」と答えた。夜の暗がりで話す時の、やわく甘い声だ。
「子供らに教えると売店でしゃぼん液が売れなくなるからな」
「なるほど」
洛軍の肩についたしゃぼんだまをそっと取り上げると、「混ぜてる分、すぐ落ちるんだけどな」と苦笑いして彼は空に放った。彼の言う通り、しゃぼんだまはゆっくりと高度を下げて、地面へと落ちる。
洛軍はぷぷぷぷぷっと、小さなしゃぼんだまを彼のゆるいパーマ頭に向かって放った。
球体はほとんどが割れてしまったが、いくつかは残って彼の黒髪を彩っている。
彼は知らないだろう。
誰かの声を聞いて、その誰かの顔を見に行きたくなるようなことは、自分の人生に無かったことだと。
抱きしめて、自分だけのものであれと願うようなことも。
耳慣れた轟音と影を落としながら、飛行機が頭上を飛んでいく。
洛軍はあの人を、あの人が信一を見る時の目を思い出して、小さな風を待った。
彼の髪をかき混ぜて、風が、しゃぼんだま『だけ』を攫っていくのを。
あの人と、今もあの人のそばにあるであろう三本の指への手向けのように、洛軍はぷかぷかとしゃぼんだまを空に放ち続けた。
(終)
波箱はここから
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