Adaps_A
2025-04-14 23:33:46
1211文字
Public ダングリのはなし
 

生身の挑戦者に格闘術を習うダングリのはなし


格闘術というのは、ソリューション・ナインにおいても人気の護身術である。
黒いレギュレーターの騒ぎが大きくなってきている昨今、当然ながら一つくらい護身術を持っておいて損はない。

……ってのはまあ、6割くらいタテマエなんだけどさ」
「タテマエ多いな~」

隣で朗らかに笑っているのは、生身の挑戦者である。
先ほどそこで会ったので、護身術の手ほどきをお願いしたところだ。

「それで? 残りの4割は?」
「そりゃトーゼン、アンタとお話ししたくてだよ」
「はは、光栄~」

まるで冗談のように受け流されてしまった。
別に冗談というワケでも、ないんだが。
謎だらけの恩人、クルーザー級の新王者、生身の挑戦者のことをちょっとでも知りたいってのは、かなり大きな理由になると思う。

行きつけのジムで、動きやすい服に着替える。
挑戦者もいつもより身軽な格好で、準備は万全のようだった。

「じゃあ、一通り……型から教えるね」
「うっす! よろしゃす!」

鏡の前で二人並んで、拳を突き出しては宙を蹴り上げる。
思ったよりも簡単にコトは進み、格闘術というのはこんなにも簡単なものなのか、と、内心舐め腐ったことを思っていた。
そう、舐め腐っていたのである。

「じゃ、一回打ち込んでみて」

一通りの型を覚え終わり、向かい合って構える。
大丈夫なのか、手加減とかした方がいいのか、と迷っていると、挑戦者は見透かしたように笑った。

「きみがブルートボンバーのラリアット並みの打撃を撃てるというなら、手加減はしてほしいかな」
「そりゃ無理だ」

手加減はしなくていいらしい。
冷静に考えれば確かに。
なんたって「あの」クルーザー級新王者、生身で全てをブッ倒してきた挑戦者なのだから。
わはは、と笑いあって、そのあと構える。
「このへん狙って」と言われた場所を狙って、思い切り拳を突き出した。

「むん」

ぱし、と音を立てて、拳は手のひらに収まった。
思ったよりもやわらかくて、むにむにとした感触が拳を包んでいる。
それが、妙に恐ろしかった。

「もうちょっと、体重かけた方がいいかも」

ぱっと手を放して、挑戦者は笑う。
自分の手を見下ろし、握って、開く。
肉を打ち付ける感覚が、消えない。
挑戦者が寄ってきて、手を握ってくる。
柔らかい両手だ。

「格闘術というのはね」
「うん」
「敵をブン殴る感触が、手に残りやすい」
「そうなんだ」
「だからね、剣は持てても格闘はできないという人は、たまにいる」
……うん」

挑戦者の両手が、オレの手を揉む。
それだけで、少し、気持ちが楽になった気がした。

「ま、護身術ならこれでいい」

ぱっと花が咲くように笑って、挑戦者が手を引く。
次の瞬間にはひっくり返されていて、床に転がっていた。

「こういうの中心に、やってみよ」

心の底から楽しそうに笑う挑戦者に、敵わないな、と思った。