千代里
2025-04-14 08:28:10
9855文字
Public リーブラ14話
 

リーブラの針は問う・14話・その61


「お前たち、どこから入ってきた――っ」
 大声の誰何に対する回答は、音もなく相手に接近したオランローによる組みつきと、次いで迫ったルーシャンによる「おたくらが攫ってきた嬢ちゃんはどこにいるか知っているか」という質問だった。
 これまで同様の質問をしてきたにも拘らず、二人の質問に対して首を縦に振った者はいない。故に、今回も男は睡眠を誘う魔法をかけられ、警戒の声をあげる前に封殺された。
「旦那様、こちらも知らないと言っています。眠りの魔法をお願いできますか」
「それはいいがな、サルヒ。そいつ、既に半分気絶していないか」
「強めに首を抑えていただけなのですが」
 念のため、半ば白目を剥いているエレゼン族の男性に手早く睡眠の魔法――スリプルをかけてから、ルーシャンは周りを見渡した。他に伏兵がないことを確かめてから、漸く一同は残心を解く。
「思った以上に、見張りが少ないみたいだ。ここがバレるとは、予想していなかったんだろうか」
「多少は侮りがあったのかもしれないし、これがこいつらのできる精一杯だったのかもしれない。見ろ、こいつらの装いを。武器も防具も、店売りのものか、自分で作った手製のものばかりだ」
 オランローの言葉を受けて、後方の警戒をしていたノエが倒れていた男たちを見やる。
 集落に向かう洞穴の中で出会った、見張り番をしていた異端者の面々は、良くても猟師と同程度の装備しか身につけていなかった。騎兵の重厚な装備を見た後だからこそ、彼らの装いはあまりに庶民的で簡素なものとして映る。
「敵さんが油断している分は、俺たちにとっては好都合だ。さっさと嬢ちゃんを取り戻すぞ」
 小声で皆を鼓舞すると、これまで同様、ルーシャンとオランローが先頭を歩き始めた。
 異端者の集落に続く唯一の通り道である洞窟の隠蔽を暴いてから、すでに一時間は経過しているだろう。それでも、緊張のあまり、洞穴の入り口から少し離れたところにチョコボを残し、突入の瞬間の様子を探っていたのが、もう何日も前のことのように思える。
 洞穴の隠蔽は、実際に岩をその場に生み出しているわけではない。単純に視覚や五感に僅かに作用して、そこにある違和感を曖昧にし、行き止まりであると誤認させるだけのものだ。
 ただ通りがかっただけならいざ知らず、解呪を試みていたら、入り口を見張っているものに襲撃されるのは明らかである。
 それを予想して、一同はルーシャンの解呪と同時に姿を見せた伏兵を沈黙させ、それ以後も同様に点在する見張りを、すべて静寂と共に制圧していた。
 出会い頭に一撃を入れ、言葉を発せないように拘束し、オデットの居場所だけは質問しておく。知らないと言ったら、即座に眠りの魔法をかける。その手管は回数を重ねるごとに洗練されていき、今では一級の通り魔のようになっていた。
「僕たちの侵入が、集落に隠れている他の仲間に伝わってはいないでしょうか」
「その点を心配する必要はないだろう。オレたちの前に出てきた連中は、揃ってオレたちの存在に驚いている。つまり、オレたちの侵入を知らされていないということだ」
「リンクパールを持っていないんだろうね。もっとも、これだけ大人数の作戦に使えるようにリンクパールを手配するとなると、それだけでひと財産となってしまうだろうけれど」
 元々、貧窮に喘いで反乱を起こしたような者たちだ。そのようなまとまった財産があるとは到底考えられないと、ヤルマルは呟いた。
「相手の連絡網が貧弱なのは、こっちにとっては好都合だ。ルグロ家の者が何と交渉したかにもよるが、人質の安全が守られている可能性が上がる」
「でも、私たちが急がなければならないことに変わりはない」
 サルヒの言葉を受けて、前衛を受け持つルーシャンとオランローがすぐさま頷き、再び静けさを保った進行は続く。
 ノエが最後尾を受け持っているのは、彼が人に対して害意を持つことを不得手としているからだ。
 安否不明のオデットのこともある。不要なまでに気負って、ミスをしてしまっては元も子も無い。
 中衛にヤルマルが陣取っているのは、前衛と後衛のどちらの布陣のミスもカバーするためのものである。
「急ぐ理由は、オデットのためだけではないだろう」
 ノエには聞こえないように、極力まで殺されたオランローの呟きに、サルヒは無言で返す。
「推測だけれど。きっと、ルグロ家の騎兵はもうこの通り道を見つけている」
「連絡はしてないがな」
「私たちの連絡など、彼らは最初から当てにしていないはず」
 そうだろうとオランローも首肯する。
 もとより、こちらも入り口が見つかったら連絡すると言ったが、ルグロ家の狡猾な執事への報告はしていない。彼らが攻勢に出る手がかりを得たと確信して、交渉を放棄するかもしれないからだ。
「私たちは、彼らよりも早く集落に入りたい。あの集落に暮らす人の全員が、今回の件に積極的に加担しているとは思えない」
「しかし、急がなくても、遅かれ早かれ結果は見えている」
 オランローの呟きは、この先に続く未来を受け入れるための準備でもあった。ノエのように、敢えて目を逸らして希望を掴もうとすることもしない。最悪を予想するのは、最善を夢想する友のためでもあった。
……ノエにとって、見なくてもいいものを見ることになるかもしれないから。急ぐことで逃げられるなら、私だって逃げたい」
 サルヒが言外に言っていることは、この洞穴に当たりをつけた時から懸念していたことでもあった。
 誰も口にはしない。だが、自分たちは間違いなく、これまで気絶させてきた異端者たちにとって良くない結果をもたらす死神となっている。
……ノエが、気負わないといいが」
「そういうあなたは?」
 ノエならば――あの心優しい青年ならば、自分たちの侵入が異端者たちが作り上げてきた、仮初とはいえども、集落の人々が必死に守ってきた平穏を破壊することに抵抗を覚えるだろう。オデットを殺されていたとしても、彼は同じだけやり返してやるという考えに至れない人だ。
 だったら、オランローはどうなのか。
 サルヒの問いかけに、オランローは皮肉を混ぜて口角を釣り上げる。
「軍に属する時、真っ先に教えられたことだ。敵に情けをかけるな、と」
 
 ***
 
 以前に洞穴を通った時よりも、洞穴を出るのには更に一時間近い時間を要する必要があった。敵を無力化する必要もあった上に、途中に小さな分かれ道が作られていたからだ。
 こちらを罠に嵌めるためだと分かっていても、もしかしたらその先にオデットがいる可能性を思うと無視することもできず、ノエたちは小さな分岐路まで入念に確認する必要に迫られたのだった。
 一番厄介だったのは、道中に配備されていた見張り番だったが、彼らのうちの殆どが、この半日ほどの間にいくらか緊張が抜け落ちてしまったらしい。ノエたちにとってありがたいことに、オランローたちの奇襲を受けた彼らは、七割ほどがすぐに昏倒してしまった。
 残った三割も、幾許かも逃げないうちにヤルマルの矢によって足を射抜かれ、言葉を封じられた。
 エーテルを纏った矢は、掠めただけでも走る力と声を発する機能を奪う。魔物には効果は薄くとも、魔法の知識を持たない民間人相手には絶大な効果を発揮するとのことだった。
 そうでなければ、増援を呼ばれてノエたちだけでは対処できない混乱が洞穴を占めていたことだろう。
「だいたい、ここまでは予定通りだな」
 かくして、無事に洞穴の終着点に辿り着き、ルーシャンは自分が眠らせた異端者を洞穴の奥へと押し込んだ。押し込まれた彼らは、本来門番として立っていた異端者である。
 出会った者たちは逐一眠らせた上で縛っているため、すぐには後を追うことも、ノエたちの来襲を知らせることもできない。手間はかかったが、なるべく穏便にことを進めるために必要なことだった。
「この後、君たちは別行動だね」
「その件についてなのですが、本当にヤルマルさんたちに陽動を任せてもいいのですか」
「だったら、ボクたちに潜入を任せるって言うのかい? イシュガルドでは大変珍しい種族のボクたちに」
 ヤルマルがサルヒとオランロー、そして自分を順々に指していく。そう言われると、ノエも反論ができなくなってしまう。
 洞穴に入る直前、ヤルマルは集落の規模を聞いて、分散して捜索することを提案した。
 シュガーグレイヴに比べれば規模は小さい集落ではあっても、現在はルグロ家に弓を引いた面々が屯しており、人の目がそこかしこにある。洞穴から出てすぐの木立に隠れ、遠見の望遠鏡から確認しても、集落の人口密度が先日の来訪より格段に跳ね上がっているのは明らかだった。
「人がうろつき回っているところに、この人数で押しかけたら、怪しんでくださいと言っているようなものだからね。かといって、ボクたちがバラバラに行動するのも少し不安が残る」
「だから、イシュガルドじゃ大して目立たない種族の俺とノエが、先に集落に忍び込んで様子を探る。怪しまれそうになったら、リンクパールで連絡をして、ヤルマルたちにひと暴れしてもらう」
 ヤルマルの言葉を受け継いで状況の整理をしたのは、荷物袋から外套を取り出したルーシャンだった。防寒のために用意したものではあるが、今ならば集落を彷徨く異端者に紛れこむための隠れ蓑にもなってくれる。
 続けて彼は、もう一枚の外套をノエへと放る。
「すみません、ヤルマルさん。できるだけ早急に、オデットを探して合流します」
「謝る必要はないよ。ルグロ家に言った通り、ボクたちは遊撃担当だ。臨機応変に相手をかき回すのが、ボクたちの仕事であり、君たちの仕事でもあるんだから」
「引っ掻き回すのは、最後の手段だがな。できるだけ、怪しまれる言動は避けて集落に潜む様子を伺ってくれ。適当なところで、ルグロの連中にも連絡する」
 言外に、オランローはそれでまではルグロ家に連絡を取るつもりはないと言っていた。
 異端者の拠点らしき場所、洞穴の魔紋の存在、集まった人々の様子――それらは、確かにルグロ家が喉から手が出るほど欲しがる情報だろう。
 しかし、馬鹿正直に伝えれば最後、彼らは騎兵を引き連れて、異端者を討つという大義名分と共に集落を襲撃するに違いない。
「オデットを見つけるまで、事を荒立てたくない。これは、必要な時間稼ぎ」
「サルヒの言う通りだ。じゃ、俺は先に集落に向かう。ノエは違う方角から入ってくれ。中では武器を出すなよ。あくまで、異端者の中に紛れ込んだ協力者の一人みたいな顔をしておけ」
 先に立ち上がったルーシャンは、フードを被り、ごく自然な雰囲気を装って木立から姿を見せる。まるで周辺の見張りをふらりとしてきて、暇を潰してきたかのようだ。
 それを見つけた見張りの一人が声をかけたが、欠伸を噛み殺しながらひらひらと手を振って応対している。
「ルーシャンさんは、演技派ですね」
「こうも易々と入り込めるのは、ルグロ家の人たちが言っていたように、町の人とこの地域の異端者が手を組んでいるからというのも、理由の一つだと思うよ」
「ただでさえ、流れ者が混じって、どんな人間が町に滞在しているかすら分からない状況だったんだ。その上で、少しばかり見覚えのない連中が一人二人混じったところで、判別などできるわけがない」
 大人数で一つの目的に向かって行動する際、誰が味方か判別する簡単な方法は、揃いの制服や印となるものを身につけることだ。ルグロ家の騎兵も、イシュガルドの騎士たちとして揃いの甲冑を身につけている。
 だが、異端者の面々にはそのような制服を用意する金銭があるわけもない。彼らは揃って、着古した外套や普段着としても着用している防寒具を身につけているばかりだ。だからこそ、ノエたちが外套を羽織って潜り込むという大胆な作戦が実践できていた。
「とはいえ、ボロが出ないように振る舞うのが上手いか下手か、ということはあるからな。あんたは、気をつけろよ」
……肝に銘じておくよ」
 誰かを騙すなどという演技は不得手なノエは、一瞬の沈黙を経てから頷いた。
 
 ***
 
 さくりと雪を踏み締め、数日前にも一度足を踏み入れた道をノエは行く。
 この地域で異端者たちに遭遇したのは、一度だけ。イレーナと共に、付近の哨戒任務に出た帰りのときのことだ。
 流石にあの一瞬で顔を覚えられたとは思っていないが、念のため外套のフードを目深に被り、集落の様子を素早く確認していく。
(門のところに見張りが二人。門の位置は、大体東西南北の位置に四つ。持っている武器は槍や剣、弓のようだけれど、どれも手製のものか、店売りにしても不良品の流用のようだ)
 税の緩和を願っているのは、寒冷化によって収穫量が目減りした農民がほとんどなのだろう。中には、鋤や鍬のようなものを持っているものもいる。
 一方で、武具を扱う関係者は、竜と戦うという国が掲げた指針がある以上、武具そのものの売れ行きが悪くなることはない。だから、反乱組織に武器を横流しするような協力者はいないようだ。
(それにしても……思ったよりも、ゆったりとした空気というか……もっと張り詰めていると思ったのだけれど)
 実際、張り詰めた空気の中で、緊張と不安に顔を見合わせる者もいる。だが、中には曇天の中であっても構わずに、酒を飲んでいる者もいたときには大層驚かされたものだ。
 彼らの中には、貴族は異端者たちの脅迫に屈すると決めつけているように見えるものまで混じっていた。
 とある路地を通りがかったときのことだ。
「おうおう、そこの辛気臭い顔した兄さんよお! お前も、あっちの臆病者みたいに『もしかしたら神殿騎士団が攻めてくるのかも』とか思ってるのか?」
「えっ。ええ、まあ……そうですね。彼らは、騎士団として今まで町にいたわけですから」
 突然ノエに声をかけてきたのは、路地の片隅に溜まっていた男たちだ。エレゼン族である彼らは、すでに軽く酒を口にしたのか、一様に顔が朱色に染まっている。
「はっ、神殿騎士団が何様だってんだ! あいつら、俺たちが竜から借りた魔物を連れて襲いかかったとき、泡吹いて逃げ惑っていたって話だぜ?」
「何人か捕まった、という話もあったような気がしますが」
「はっ、それはどうせ町から来た坊ちゃん育ちの連中だけだ! そういえば、お前は見ない顔みたいだが……お前も町のやつか?」
 どうやら、この男は異端者としてこの地域で活動していた面々の一人らしい。
(オデットを攫った人たちの中にも、派閥があるということか)
 他の者はどうかは知らないが、異端者として長く活動してきた者は、その活動に途中から首を突っ込んだだけの町のものを見下す傾向にあるようだ。
「僕は、その……つい少し前までは、町の外にいたので」
「あー、流れ者のやつだっけか? そりゃ、壁の内側でぬくぬくしていたやつよりは、多少はマシなやつだな、うん。たしか、実行チームの中にも、そういう連中がいたはずだ」
「貴族の令嬢を誘拐した件ですか」
 丁度よく、話がオデットとゲルダの誘拐事件の方向に向かったため、これ幸いとノエは話に乗る。
「貴族の兵士の連中、自分のところの姫様が誘拐されたっていうのに、驚くあまり、何もできずに見送るばかりだって話だぜ。笑っちまうだろ?」
 からからと笑う男に、ノエはなんとか愛想笑いを返す。彼らは、自分たちが泳がされているとすら思いつかないようだ。
「貴族の兵士が、この場所を見つけるようなことはないのかと、少し不安には思うのですが」
「なーに、たとえ奴らが攻めてきたところで、俺たちには竜の加護がある! ほら、見ろよ」
 男の指差す方角を見て、ノエは瞠目した。
 頭上を飛び交う黒い影。それ自体は、イシュガルドでは日常の一つとして見過ごしてしまう竜の姿に過ぎない。だが、影が上空をゆっくりと周遊しているとなると、話は別だ。
「ああして、今も俺たちの代わりに空から見張りをしてくれてるんだよ。それに、竜からは魔物も借りてるって話だからな。ろくに戦ったこともない騎兵なんざ、魔物ですぐに蹴散らしてやれる」
 それは違う、と喉から出かけた言葉をノエは押し込む。
 騎兵たちは、ただ安穏と貴族を守り続けてきたわけではない。
 彼らの中には、竜と戦うための訓練を受け、神殿騎士団とは違う形で領土を守るために戦ってきた者たちもいる。
 その姿が平民や流れ者の異端者からは見えづらかったとしても、彼らの功績までが消えるわけではない。
(でも、貴族があなた方を包囲し、異端者として討伐するつもりがある……と言ったとしても、彼らは果たして耳を貸すだろうか)
 一瞬、オデットの無事を度外視することになるが、この集落に隠れひそむ者たちを逃すという夢想を描いた。
 だが、それは夢にしかなりえないと、男と会話して気付かされた。彼らは、自身が負ける未来を想像していない。よしんば、敗走したとしても、これまで通り上手く逃げ切れると思っているのではないか。
……攫ってきた娘たちは、どこにいるのでしょうか」
「あー、それは俺も知らないんだよ。ちょっとばかり顔ぐらい拝ませてくれって思ったんだけどよ」
「当たり前だ。てめえみたいな凶悪づらが顔を見せたら、繊細なお姫さまは気絶しちまうからだろうさ!」
「んだとぉ? んなこと言ったら、お前みたいに女と見ればすぐ手出したがるような奴がいるからだろうが!」
「はっ、どうせ大して色気もねえ化粧臭いガキだろ? こっちから願い下げだね!」
 気心の知れた者同士のやり取りにこれ以上付き合う必要もないと、ノエは彼らに軽く会釈だけをして再び集落の散策を進める。
(オデットの場所は、全員に知られているわけではないみたいだ。人質の安全を、一応は守ろうとしてくれているみたいだな)
 場所を知ることができなかったのは残念だったが、その情報だけでもノエにとっては一つの収穫だ。
 屋敷から出立し、ルグロ家の騎兵を意識しつつ洞穴に向かい、踏破に幾許かの時間をかけた。洞穴の途中で、昼食代わりに押し込んだ携帯食料を流し込んでから、既に何時間か経過している。
 洞穴に入る前から空には雲が増えてきつつあるが、傾きかけた日差しが夕暮れの時間に向かっていることを教えてくれていた。
(早く見つけないと。二人は、一体どこにいるんだ……
 異端者たちがそこかしこに屯しているせいで、堂々と歩き回ることも躊躇させられる。
 本当ならば、建物一つ一つを訪問して、家の中のものをひっくり返してでもオデットを探したいのに。
 そんな焦りが、ノエの中に生じたときだった。
 ――オオオォォォ!!
 竜の咆哮が、空から降り注ぐ。異端者の集落に紛れ込んでいるという状況に、ノエは一瞬体を固くする。まるで、お前たちがやっていることはお見通しだ――そう言われたかのような錯覚を覚える。
 だが、竜の咆哮を聞いた異端者たちは、潜入しているノエではなく、一様に周囲を見渡していた。
「何だ、今のは。もしかして、誰か来たのか?」
「まさか。洞穴には見張りも置いているんだぞ」
「だけど、神殿騎士団の連中が来たのかもしれないぞ」
「検問すらもろくにできない連中が、まともに仕事をすると思うか?」
 町の者や異端者にとって、ピヌヌたちの部隊はいたずらに旅人からお金を巻き上げるだけのならず者の集まりに見えているのだろうか。現状、ルグロ家のものが率先して、神殿騎士団を事態から遠ざけているとは思ってもいないようだった。
「ちょっと周りの様子を見てくるか?」
「そういえば、貴族様はあのあと何か言ってきたのかよ」
「さあな。その辺はリーダーがやり取りしているんじゃないか」
 通りすがりの男たちの会話が異端者の首領の話に差し掛かり、ノエは足を止めて耳に全神経を集中させる。だが、それ以上リーダーの話をすることはなく、彼らはぽつぽつと並ぶ建物の曲がり角へと消えていってしまった。
(早くオデットたちを見つけ出したいのに……
 もし、洞穴を通り抜ける様子をルグロ家の騎兵が見ていたのなら、オランローが言っていたように報告を遅らせたところで何の意味もない。いや、既に見られたと思うべきだろう。
 ならば、彼らはオデットの安全など度外視して、騎兵を束ねて押しかけてくる。元々、彼らの目的は異端者や、自分たちに反感を持つものを一掃することなのだから。
 その先に何があるか予想し、思わず足を留めそうになり――ノエは必死で首を横に振った。
「今は、オデットたちのことだけを考えるんだ」
 口にしなければ、心が揺れてしまいそうになる。出立の前に、オランローは拉致をした側である異端者の行く末を案じることを許してくれたけれども、何を優先すべきかはノエにも分かっている。
 かぶりを振り、ともすれば頭にちらつく最悪の未来を振りほどき、ノエは人々の流れを探る。次は誰に声をかけて探りを入れようかと、そう思った時だった。
「また、この声……
 ゴオオオォォと、腹の奥まで強く響く竜の咆哮。しかも、今度はかなり近い。
 ノエが感じたように、今まで空の向こうに見えていた竜がみるみるうちに大きくなっていく。
「おい、竜が降りてくるぞ。やっぱり何かあったんじゃないか!?」
「外の森には、竜から借りた魔物が配置されているんだろ」
「じゃあ、外から何かが……?」
 不安げに顔を見合わせる人々。中には、武器を持って集落の外へと向かおうとする者もいる。
 ノエが次なる行動に迷っていたときだった。耳に捩じ込んだリンクパールから、甲高い音が響く。
『ノエ、ルーシャン、聞こえるかい! ああ、返事はしなくていい。状況だけ説明する』
 ヤルマルの言葉は、いつものような明るく飄々としたものではなく、警戒の念が色濃く滲んでいた。
『ボクたちは集落の外に隠れていた。見ての通り、周囲一帯は山林だからね。そこには、以前の襲撃のように、異端者が連れていた魔物たちが潜んでいたんだ』
 随分危ない橋を渡っていると、ノエが目を瞠る時間すら与えずに、ヤルマルは続ける。
『さっきの咆哮は聞こえただろう。魔物たちが、一斉に入り口の洞穴の方角に向かって移動し始めたんだ』
「じゃあ、まさか」
 返事をしなくていいと言われていたのに、ノエは思わず言葉を返してしまった。リンクパールの向こう側で小さく響いた舌打ちは、ルーシャンのものだろうか。
『ああ、そうだ。来たんだろう、彼らが』
「でも、早すぎはしませんか。だって、まだ……!」
 それが言い訳に過ぎないことは、ノエも承知していた。
 それでも、早すぎると言い張りたかった。ありえないと否定したかった。
 洞穴の障害は、すべて自分たちが取り除いたのだ。さして長くもない、ほぼ一本道のような通路を通り抜けるのに、訓練された騎兵なら一時間と必要としない。
 ノエの予想を裏付けるように、集落に甲高い警鐘の音が響く。それは、精々金物を叩いているだけなのだろうが、ノエには警告を促す音として聞こえた。
「敵襲――――!」
 誰かが叫ぶ声と共に、竜の咆哮がより強く轟く。魔物が湧き立つ轟々とした鳴き声が轟き、それらに背中を押されるように異端者の者たちは鬨の声をあげる。
 誰もが勝てると信じている声だ。自分たちに大義があると確信している声だ。
 だから、そこに悲鳴はない。悲嘆はない。
 その渦中において、ノエは自問する。
(僕が今すべきことは、何だ)
 オランローと話したことを思い出す。異端者たちを殊更に敵視する必要はないと、肩を叩いてくれた彼の声を繰り返す。
 オデットの声を思い出す。自分の出自を知ってなお、ノエの隣にいたいと願ってくれた少女の声がこだまする。
 そして、ノエは。
……オデットの捜索を急ぎます」
 洞穴から姿を見せただろう、騎兵たちに背を向けて、集落の奥へと走り出した。
 その騎兵たちの来襲は、自分たちの行動が招いた結果だと分かっていてなお。
 ノエは、天秤の針をオデットへと傾けた。