饂飩粉
2025-04-14 07:27:12
7274文字
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君で二人目

 ブルーロック氷織羊の夢小説です。
 夢主がいきなりフラれますが気にしないでください。
 夢主はめちゃくちゃ脳内の独り言が激しいタイプです。


「ごめんな。今誰かと付き合うとか、そういうの考えられへん。ほんまにごめん」

 私の一世一代の告白は、かくして幕を閉じた。校舎裏に呼び出した時点で氷織君にはなんとなく察しがついていたみたいだ。お断りの返事は、決められた台本を丁寧になぞっているかのようでもあった。「はい/いいえ」の選択肢で「いいえ」を選んだだけのような。
 私は氷織君にとっての特別にはなれず、その他大勢の同級生と同じような扱いで終わるのだ。

———

「あーあ、イケると思ったんだけどなーぁ!」
 ファーストフードのチェーン店で、私はテーブルに突っ伏した。
「そんだけ元気なら慰める必要ないね」
「慰めろよ。人生初の失恋なんだけど」
 顔を上げると、向かいの席の友人はシェイクを啜りながらスマホを見ていた。
「でも氷織はガード固そうって、ウチ言ったよね?」
 氷織という名前を聞いただけで、込み上げてくるものがあった。それを悟られないように、ぐっと堪えて、精一杯おどけてみせる。
「言っ——たけどぉ?」
「ほらなー?」
 友人と笑い合う。
 もっと顔をぐちゃぐちゃにして涙を流したら、友人は私の失恋にもっと真剣に向き合ってくれるだろうか。それともメンヘラ過ぎって引かれるだろうか。
 わからないけど、とにかく私は校舎裏で失恋してから今に至るまでずっと涙を堪えている。そしてそのことを隠すのが上手い。友人にも気取られていない。私は「失恋しちゃったけどすぐに気を取り直して笑い話に変えられるキャラ」を演じることで、深い深い悲しみの底に肩まで浸かってそのうち頭も沈んでいくんじゃないかという状況を誤魔化し続けている。
 笑い声が乾いてきたので、私もシェイクを啜る。甘くて冷たいバニラ味は、たとえ一瞬だとしても悲しみを忘れさせてくれる。もし私が医者になって子供に注射を打つことになったらシェイクを渡して飲んでいる隙にプスリと済ませるだろう。失恋の痛みは、針を刺した時のように一瞬では終わらないのだけど。
「この後どっか行く?」
 友人は、ワンチャン私が氷織君と付き合えることになった場合を考慮してくれて今日は特に何の予定も入れないでいてくれた。私の告白が成功しようがしまいが、私に合わせてくれる。その優しさ、痛み入る。ありがとう、ワンチャンある方に賭けてくれて。結局はなかったんだけど。
「んー、正直小遣い厳しいから今日はこのまま帰ろっかな」
 小遣いが厳しいのは本当。でもこれ以上友人といると、どこかで我慢の限界が来てぼろぼろ泣いてしまいそうだったのもある。そんなことで余計な心配を掛けたくないし、メンヘラだと思われたくない。そもそも私はメンヘラじゃない。失恋したら泣きたくなるものじゃないの?
「そっか。明日も学校来なよ?」
「行くけどさあ」
「絶対だよ? 氷織に余計な心配かかっちゃうかもしんないでしょ」
 氷織って、また言った。
 氷織君。
 氷織羊。
 私と同じ高校二年生。てか同じクラス。部活はやってないけど関西のユースチーム"バンビ大阪"でサッカーやってるけど本人はわりとインドア派。ゲームが好きらしくて、スマホゲーだけじゃなくてゲーミングPCとかも持ってるらしい。顔は、ほんと好き。髪質良すぎ。まつ毛長すぎ。目も水晶みたいに透き通ってる感じ。綺麗な顔してるけど、スポーツマンな体格とのギャップにもドキドキする。声も好き。京都弁の訛りもかわいい。思ったより背が高い。一八〇はあると思う。性格も良い。人当たりが良くて、話しかけやすい雰囲気。そしてサッカーが大好き。遊びに行こうって誘ってもサッカーの練習を優先するくらいストイックな一面もある。そんなところも好き。さっきフラれたばかりなのに、まだ全ッ然好きだな。どうしよう。

「ちょっと、大丈夫?」
 友人が心配そうに私の顔を覗き込む。
 あんたのせいだよ。ダムは決壊。目だけじゃなくて鼻もやばい。ハンカチで鼻かみたくないのに。
 周りに他のお客さんめっちゃいた。ウチの学校の制服着てる人も多分いた。学校近くの店選ぶんじゃなかった。ごめんホント。これは友人に対して。
 それから私は三歳児かってくらい泣き散らして衆目を浴び、そのまま友人に付き添ってもらいながら家に帰った。その道中、ハンカチで何度も鼻をかんだ。私と友人を迎えた母親が心配そうに理由を聞いてきたのだが、私は黙っていてほしかったのに友人が失恋したことをバラした。余計なことをしてくれたなという恨み節をいう元気はなく「ありがとう」とだけ告げて友人とは別れた。
 部屋着に着替えるスタミナは残っていない。そのまま自室のベッドにうつ伏せに倒れ込む。母は居間で『相棒』の再放送を見ていたようなので、今は大体一六時過ぎくらいなんだろう。今の超グロッキーな私を見ても、右京さんならいつもの調子で「おやおや」とにこやかに接してくれるのだろうか。なんか今は、そんな感じのやつが欲しかった。行きつけのバーで「いつもの」と注文して出てくるカクテルみたいな。バリバリ未成年だけど。
 頭の中で『相棒』のタイトルコール時のBGMが流れている。最近"season17"が始まったらしい。私は成宮寛貴が好きだったので反町隆史に変わってからは見ていない。でもダークナイトはアリかナシかで言えばナシ派。でもそれだけで成宮寛貴のことまで馬鹿にするような風潮があったのはムカついた。
 いや、氷織君のこと好きになったのは成宮寛貴に似てるからじゃない。くっそ、折角氷織君のこと考えないでいられたのに。どんなに思考を遠回りさせていても、私の心のど真ん中に氷織君がいるから、いつかはそこに辿り着いちゃうんだ。もっともっと、遠回りしないといけない。
「いや、無理だよおホントマジ」
 うつ伏せの姿勢のまま、思わず口をついて出る。
 何をしていても、どんなアイテムを使っても、氷織君にフラれたというデバフは治らない。人生はゲームじゃない。

———

「あ、羊(ひつじ)」
 あれは高校二年生としての登校初日。クラス替えを経ても一年生の頃からの友人と一緒だったので教室でお喋りしていた時だった。
 友人の後ろを通りがかった氷織君——そのときは誰なのかもわからなかったけど——が、私のカバンに付いていたひつじのショーンのマスコット(ゲーセンで取った)に反応したのだ。
「僕も名前、羊って書いて"よう"って読むから気になってもうたわ」
 氷織君はそれだけ言って、他の男子生徒とお喋りを始めた。

 それから半年間、片想いしてた時期の私は控えめに言って無敵だった。流行りのスマホゲーで氷織君とフレンドになったし、修学旅行の班分けでは一緒になった! テストで張ったヤマが的中し、苦手な化学で初めてマトモな点数を取ってお母さんからのお小遣いも増えた。氷織君はSPECの頃の戸田恵梨香が好きらしいから、髪型も寄せてみた。後に聞いた噂では骨折してる姿にグッと来たらしいが、さすがに自分から骨折する勇気はなかった。だって無敵だったから骨折とかするわけないじゃん。
 でもマリオだってスターの力は永遠には続かない。脳内で流れていた高らかなファンファーレは、意中の相手本人によって直接電源を落とされた。あっという間に私はその辺のクリボーにぶつかるだけでやられてしまう状態に逆戻り。
 私は先走り過ぎてしまったのだろうか? 今更後悔しても遅いし、あの様子だと三年生の卒業式に告っても無理だったと思う。でもクラスの中でも氷織君は結構、ていうかかなり人気があった。学校にはバンビ大阪の試合を見に行く同好会のようなものまであるし、そのうち半数くらいは氷織君目当てだ。だから今のうちに告っておかないと、他の人に先を越されてしまうような気がした。でもこの考え方、氷織君のことをモノ扱いしてるみたいだなと、今更ながらに後悔してる。これに「失恋するくらいなら告白するんじゃなかった」という後悔がブレンドされて、ドリンクバーで作った変な色のジュースみたいになりその中から「純粋な悲しみ」だけが濾されて透明な涙(たまに鼻水)になって外に流れていく。涙は綺麗かもしれないけど、それが生まれる過程はちょっとグロい。
 てか、こんなんで明日学校行けるのかな。クラスや廊下で氷織君とすれ違ったり、ふとした拍子に視界に入ったり、あわよくば目が合ったりしたら、私どうなっちゃうんだろう。
 氷織君は申し訳なさそうな態度を取ってくれるかなとか、私のこと意識してくれるかなとか、邪な考えが頭をよぎる。
 未練があり過ぎる。周りの子達みたいに、フラれてもケロッとしていられるタイプだと自惚れていた。むしろ仮に氷織君と付き合えたとして、その後フラれていたらもっとやばかったんじゃないか? 今よりも酷いケースがあり得たかもしれない。ならば私の玉砕と今のメンタルはリスクを最小限に抑えた結果とも言える。それなら私は氷織君にありがとうって伝えるべき?
 そもそもフラれたあと、私は氷織君に何て言ったっけ。やばい、思い出せない。無言? ありがとう? ごめんね? 今更氷織君に確認するのは余計に鬱陶しく思われる気がする。でも氷織君とはこれからも友達的な雰囲気でいられるかどうかの確認はしたい。てか、少なくとも友達ではあったはずだよね? 私は氷織君のことが恋愛的な意味で好気になったのがきっかけで、友達にもなった。でも友情と恋愛ってパラメータは違うよね? 友情のパラメータを伸ばし続けてたらある地点から恋愛パラメータになるとかあり得なくない? ゲームでは好感度パラメータってのがそういう雰囲気出してるけど、やっぱり人生はゲームじゃないから。氷織君の中で私に対する恋愛パラメータが元からゼロもしくは今回の告白でゼロになったとしても、友情パラメータまで共倒れはしないはず。氷織君もそういう考えだと嬉しい。
…………
 そこまで考えが至ったとき、何かとてつもなく悪いことをしている気分になった。
 体を回転させて、今度は仰向けになる。
 なんか私、勝手に氷織君に期待してる。
 もし私の考えと氷織君の考えが違っていたら、裏切られたみたいな気分になるんだろうか。それはあまりにも、氷織君に対して失礼じゃないだろうか。でも私がそう考えているだけなら実害はない。だって「勝手に氷織君に期待してごめん」なんて言ったところで何も変わらないしそれこそ氷織君に失礼だ。謝罪は許しを乞う意味もあるかもだけど、許して貰おうと思ってするものじゃないし。
 私の恋路は今日終わったんだ。私以外、このことを引きずる必要はないし、誰にも引きずらせたくない。
 明日は、いつも通り学校に行こう。
 そう思ったら、急にお腹が空いてきた。頭使っただけでも、カロリーって消費するんだ。今なら体重減ってるかな?

———

 翌日、朝のホームルームはいつも通り始まり、そして——
「えー、突然だが氷織はサッカーの指定強化選手に選ばれたので、今月の一六日を最後にしばらく学校には来ないことになった。氷織、みんなの前で一言いいか?」

 …………は?

 ざわつく教室の中で、無言で斜め前にいる友人と目が合った。
 一六日って、今週末だ。今日は火曜日。あと三日しかない。
 先生に呼ばれた氷織君が教壇の隣で立ち止まり、私達クラスメイトの方を振り返った。私達が静かになるまで、コンマ五秒もかからなかった。
 氷織君は、いつものはんなりとした調子で話し始めた。
「その、突然こんなことになって僕自身も驚いてます。昔から続けてきたサッカーやし、今回みたいなチャンスに掛けてみよう思いました。一緒にいられるんは残り短いけど、よろしゅうお願いします」
 氷織君が一礼して、皆が拍手を送る。「頑張ってこいよ!」「寂しー!」「応援してる!」皆が囃し立てる中で、私は氷織君にフラれた時のことをまたしても思い出していた。
 あの時と似ている。用意された台本に沿って、淡々とその役割を全うしているかのような雰囲気。違和感。でもその正体が掴めない。
 そして、顔を上げた氷織君と目が合った。うーわカッコよ……と昨日告白する前の私ならそう思っただろう。今日一日ハッピーに過ごせると。
 でも、今は違う。
 盲目的に恋していた氷織君の瞳に感じたのは、水晶のように綺麗な透明さではなく、本当に何も無い——空っぽの虚無。

———

「放課後、ちょっと時間ある?」
 朝礼と一時間目の授業の間に氷織君にそう話しかけられてから、実際放課後になるまでの記憶が無い。授業の内容もお弁当の中身も友人と何を話したかも。バイトの時間もこんな風に過ぎて欲しいと思った。

「校舎裏——は気まずいからやめとこか」
「うん……
 "気まずい"のはどっち? 私? 氷織君? 聞けるはずもなかった。
 氷織君の、思ったより大きな背中の後をついていきながら、私は辺りを見渡した。
 校舎とグラウンドとの間。花壇や倉庫、水飲み場の他に、昼休みに利用できるベンチやテーブルが並んでいる。
「まあ、ここでええか」
 氷織君がベンチに座ったので、私も座る。隣にピッタリというわけにもいかないので、間にカバンを置いて距離を稼いだ。

「ごめんな。今朝のこともあったから、誰かと付き合うとか今は無理やなってなってしもてた」
「ううん、私の方こそ、そういうの知らずになんかごめん」
 校舎裏だろうがどこだろうが気まずい会話だった。とてもじゃないが氷織君の方を見られない。正面には花壇と校舎の壁しかなく、どこ向いて話せばいいか全くわからない。
 氷織君、わざわざ弁解するために私のこと誘ったのだろうか? まだ失恋の傷はカサブタにすらなってないんですけど。
「君とはええ友達やと思ってたから、あのまま気まずーって状態でお別れしたくなかったんよ」
……
 これはもしかしてまだ私にはワンチャンあるのか?
 勇気を振り絞って氷織君の方に振り返る。
 氷織君はベンチに深く腰掛けて、ふとももの上に肘を乗せるようにして背を丸めた姿勢で、私ではなく正面を見据えていた。
 まるでゲームのコントローラーを握って、モニターを眺めているかのように。私には見えないステータスウィンドウやテキストボックスなどが、そこにあるかのように。
「だから、君とはちゃんとお別れしとこ思ってな。僕のワガママに付き合わせてもうてごめん」
 氷織君は、誰に向けて話しかけているんだろうか。私か、あるいは"先日告白してきたけどお断りしたという規格(スペック)を持ったクラスメイト"か。
 私を、見て欲しい。
…………嘘だ」
「え?」
 氷織君が、"画面"ではなく私を見た。空っぽの虚無の瞳——そんなはずはない。私にはちゃんと見えた。氷織君の"化けの皮"。
「氷織君、申し訳ないとか本当は思ってないでしょ。そう思ってるって"設定"で話してる」
……
……
 沈黙が降りる。
 氷織君は、肯定も否定もしない。
……そう見える?」
 実際は数秒程度の間を置いて、氷織君は少し寂しそうに笑った。この表情も、どこまでが本当かわからない。また、そういう"設定"なのかな。
「見えるよ。キモいと思うかもしんないけど、私マジで氷織君のこと考えてたし」
「ほんま? 確かにそれはちょっとキモいかもな」
 思い切ったことを言ってみたら、今度は冗談めかした笑顔になる。これも違う気がする。本当の氷織君じゃない。
 私は賭けに出る。私達の知る氷織君は、そういう"設定"なだけで、本当の氷織君じゃない。その一点に、私の青春をオールイン。朝のホームルームでの氷織君の話ぶりを思い出しながら、乾いた喉を震わせる。


「氷織君、実はサッカー嫌いだったりする?」


 その時の氷織君の顔を、私は一生忘れない。
……ははっ——
 呆れたような、抑揚の無い声音。感情が掴めない、無に近い表情。
 だけど、そこに表裏は感じられなかった。"設定"を作り出した本当の氷織羊が、声だけで笑っている。
「凄いな、バレたのは君で二人目や」
 私は、賭けに勝った。

 クラスの皆には内緒やでという前置きをしてから、氷織君は話してくれた。
 正直ゲーム以外のことにはやる気がないということ。サッカーは両親がやらせたがってるから仕方なくやってること。学校では孤立しないようにうまく立ち回って「いい人」という設定で生活してること。
 私が恋した氷織君は、氷織君が"そういう設定"で演じていたに過ぎなかった。お断りの返事も、設定から逆算して用意されたセリフに過ぎなかったのだ。
 その話を聞いて、私は不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ本当のことが聞けて良かったし、なんだか気持ちの整理もついた気がする。本当の氷織君は感情があまり表に出なくて、根暗で、ゲーム以外はめんどくさがり。
 さようなら、私の恋心。まさかこんなにスッキリお別れできるなんて、思わなかったけど。

「あ、でもな」
 全てを話し終えてそろそろ帰ろうかというところで、氷織君は私のカバンを指差した。
「ひつじが好きなのは本当やねん。可愛いよな。めぇーって」
「っ——!?!?!?」
 氷織君は私のカバンについていたひつじのショーンのマスコットを手に取って、可愛らしい鳴き真似をしてみせた。

 久しぶり、私の恋心。まさかこんなに早くに再開するなんて、思わなかったけど。
 氷織羊。私がもう一度恋をした人。羊が好き。まだそれ以外のことは、わからない。