遠くにサイド3の光が見える。その手前に、星が飛んできた。
「はは、僕のためにキケロガまで持ってきたんですか」
エグザベはノーマルスーツで宇宙空間を漂っている。周辺を閃光が走って行き、眩しさに目をすがめた。
(さすが独立戦争の英雄。一人でも強いなあ)
気を失う瞬間、シャリアの声が聞こえた気がする。自分を呼ぶ声。
『エグザベ少尉! 返事をしてください!』
そんなに悪い人生ではなかったかも
……そんな風に思えた。
そのあとに気がつくと、そこは宇宙空間の只中で、いよいよもって死が近づいたかと覚悟を決めた。
「気がついたんですね、少尉」
上司の声が聞こえたので、ますます夢かと思った。だが、次の瞬間に全天周囲モニターのコックピットの中にいることに気がつく。ジークアクスのものではない。死んでいなかった!
「中佐、ここはキケロガの中ですか」
「ええ。よかった、元気そうだ」
シートに座るシャリア・ブル中佐を目にやると、彼はジオンのノーマルスーツを着ていた。有名な独立戦争の時に着ていたものとは違う。現在エグザベが着ているものと同じものだ。
(何着てもかっこいいってズルいなあ)
彼の上司はいつも落ち着き払っていて、戦艦のブリッジで冷静に指示を出す、そんな男だ。それなのに今はモビルアーマーを動かして、自分を迎えに来てくれた。それだけでこんなに感激してしまうのは我ながらチョロいだろうか。そんなことないだろう。誰だって感激するはずだ。
「少尉を宇宙空間に放り出してクァックスを強奪した連中ですがね、ソドンのみんなが追い詰めてくれています。それで、我々の救出はそちらが終わってからと連絡が来てまして、しばらく二人で漂っていてもらいますよ」
「構いません。そんなことより」
何機かあったモビルスーツは全てシャリアがキケロガで倒してしまった。そちらのパイロットも(生きていれば)救難信号を発して救出待ちということなのだろう。
キケロガは戦闘に特化した機体だ。だから長距離を移動するのは燃費が悪い。ソドンに迎えに来てもらうまではここでふたりきりということだ。
「
――中佐、この任務を僕が受けた時の約束、覚えてますよね」
「もちろん」
「今お願いしていいですか?」
今回はかなり無理な潜入捜査を含む任務をふられた。だから最初にシャリアに伝えてあった。『この任務が終わったら成功したかどうかに関わらず、ご褒美が欲しい』と。『ひとつだけ願いを聞いて欲しい』というのがそのご褒美の内容で、シャリアはそれを承諾したのだ。実際に、エグザベの判断が一つでも悪かったら今頃命はなかったかもしれない仕事だった。なんとか、生き残ることができはしたが。
「こんなところで、ですか。私は構いませんけど」
「ここがいいです。中佐に、キスしてもいいですか?」
そのエグザベの言葉に、シャリアは意表を突かれた。最近では滅多にないことだ。
「キス
……いや、そんなことでいいんですか」
「はい!」
「分かりました」
命を失うかもしれなかった代償としてはいささか軽くないか? そう思わないでもなかったが、本人が希望するのであればそれでいいのだろう。エグザベがノーマルスーツのヘルメットを脱ぐのを見ながら、シャリアもノーマルスーツのヘルメットを外した。
シートに腰掛けたままのシャリアに身を乗り出して、それから顔を近づける。エグザベの瞳は深い紺色だが、角度によっては緑色に見えることもある。
『きれいな瞳だ』
シャリアはそう思いながら目をつむった。
少し触れ合って、それからエグゼベの舌が彼の唇を舐める。ずいぶん
初心なくちづけだな。シャリアは思った。
エグザベの唇が離れていく。
「
……本当にこれでよかったんですか?」
「はい、ありがとうございます」
シャリアはそういう仕事の仕方をしてはいないが、今回の仕事で言えば内容的には身体を要求されてもおかしくない程だった。それをキスだけでいいなんて、最近の若者は無欲なのだろうか。
「ぼく、人に見られないでするキス初めてだったんです」
「
……は?」
エグザベの告白にシャリアは唖然とする。
「難民になった直後にニュータイプとして認定されて、それからずっと監視されてるんです。ソドンでも、フラナガン機関から来てる人いるでしょう」
「それは
……」
「だから初めての時も見られてました。あいつら、どこにでも来るしカメラ壊しても新しいのが取り付けられるだけなので。でもここには中佐と僕しかいません。だから僕は
――」
エグザベは感極まって涙ぐんでいる。確かに優秀なニュータイプは機関の24時間監視の対象になる。シャリアもそうだった。だがエグザベも同じ目に遭っているのは把握していなかった。これは自分のリサーチ不足だったなとシャリアは反省した。
「よかったら、またキケロガの中でしましょう。この中、盗撮や盗聴出来ないんですよ。機密保持の関係でね」
シャリアのその言葉にエグザベは上司に抱きついて喜んだ。もしかしてこの若者にだいぶ絆されてしまったのでは。シャリアは考えたが、後の祭りだったかもしれない。ふたりはもうしばらくの間、宇宙空間を漂う羽目になったが、エグザベはそんなことは全然気にならなかった。
了
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