三崎
2025-04-13 20:05:27
3883文字
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私の一番好きな色

強化人間手術のせいで色覚異常を起こしてしまった621の話。チャ6風味。今まで書いた話と繋がりはないです。

 長い眠りから覚めた私の目に飛び込んできたのは、灰色と茶色のくすんだ世界。記憶も何もない癖に、かつて見ていた景色のことは、薄ぼんやりと覚えていた。世界は、こんなにも無機質で、色のない世界じゃなかったはずだ、と。
 うまく言葉を発せなかったせいで、それをウォルターに伝えることが出来たのは、目覚めて随分と経ってからだった。しかし、見え方がおかしいというのは、なんとなく気付いていてくれていたらしい。機体のカラーリングに興味がなさそうにしていることと、鼻血を出した時に異常なくらい嫌がったことを、ずっとおかしいと思っていたそうだ。
 自分が見ている色に自信がないから、それが本当は何色かもわかっていないまま、与えられた機体に――灰色に見えるそれに乗った。血は、記憶の中では赤かったはずだ。なのに、自分の体から流れ出るそれは焦げ茶色で、まるで機械油のようだった。
 そして、ウォルターに連れられて行った強化人間専門の医者は、目の検査を終えた私に、色覚異常が起きていると告げた。それもまた旧世代型の強化人間にはよくあることのようだった。
 医者は、そのうち慣れるだろうが、気になるようなら軽減する手術がある、と、決して安くはない値段を提示してくれた。
 目は赤いのに、私には赤が正常に認識出来ないらしい。私はその日、医者に言われてようやく、自分の目が茶色ではなく赤いのだと知った。もしかしたら髪の色も赤いのかも知れない。
 どうせなら、色鮮やかな世界を見ていた記憶ごと無くしてしまっていたら良かった。待合室でそう呟くと、ウォルターはほんの少し、悲しげな目になった、と思う。
 お前が望むなら手術を手配する、とウォルターは言ってくれたが、私は考えておく、とだけ返事をして、その日は早々に眠ってしまうことにした。
 この体になって良かったことは、考えるのが苦しくなっても、スリープモードを起動したらすぐに眠ってしまえることだ。眠ることに苦労する人間もいるらしいから、それは本当に良かったと思う。
 ACに乗った後は決まって体が怠くて動けなくなるし、難しいことを考えると頭がぐちゃぐちゃになって叫びだしたくなる。そういう時はすぐに眠ってしまうことにしているから、起きて何かをしている時間の方が短いくらいだ。起きている時だって、だいたいは部屋の白い壁か、ウォルターに渡された本を読んで過ごしているから、特別なものを見るようなこともない。そのうち慣れると言われたらそうだろうし、このままでも良いのかも知れない。ウォルターの元にはもう私一人しか猟犬はいない。手術をしたらしばらくは働けなくなってしまうから、このままで構わない――
 医者に診てもらった翌日、そうウォルターに話すと、ウォルターは、そうか、とだけ言って、黙ってしまった。気が変わったら言えと言われたが、そんな日はきっと来ないだろう。
 そして、くすんだ色の視界にも慣れ、目の手術についての話をしたことさえ忘れてしまった頃――私は、それに出会った。


 シンダー・カーラ曰く〝花火会場〟の帰り道、補給のために寄ったグリッド086。RaDのガレージにACを置かせてもらい、ふらふらと簡易通路を歩いていると、もう一機、隣にACが停められていることに気付いた。それがあまりに鮮やかで、私は思わず足を止め、食い入るようにそれを見つめた。
 黄色と青をベースにしたそれは、灰色や茶色の世界の中で、あまりに美しく見えたから。
「どうした、ビジター」
 花火会場で聞いた声が、ガレージにあるスピーカーから聞こえ、私は思わずそれを指さした。
「あ、あれ……
「ん? ああ、あれは俺のAC、サーカスだ」
 チャティの声がそう告げて、私は改めて機体を見た。かつての私が見ていた風景と限りなく近い色合いが、そこにある。
「きれい、だ。すごく……
「そうか。あのカラーリングは俺が選んだものだ。そう言ってもらえて光栄だ、ビジター」
 チャティは花火会場での調子と変わらず、淡々とそう返してくれた。この光景がどれ程私にとっての救いなのか、きっと彼は知らないだろう。私が正しく認識できる色で塗装されている、こんな、奇跡みたいな巡り合わせがあるなんて。


 花火大会以降、チャティとは時折通信を繋いでお喋りをするようになった。そして何度目かの通話の際、おそらくはカーラから聞いたのか、私の目の話になった。あの時、ACサーカスを綺麗だと思った理由はそうだったんだな、と。そしてチャティは、手術を受けられるならそうしたら良いと言ってくれた。
「世界には、綺麗なものがいくらでもある。それを見ることが出来たら、もっと〝笑える〟はずだ。ビジター」
……そう、かな」
「ああ。お前の好きな色に塗装した機体を、俺も見てみたい」
 私の好きな色。そんなこと、目を覚ましてから考えたことも無かった。色というのは、考えれば考えるほど、気分が落ち込むだけのものだったから。それが少しだけ変わったのは、あの鮮やかなACを見てからだ。外でもない、その乗り手であるチャティが言うのなら、それも良いかも知れないと、素直にそう思えた。
 通話を終えた私は、翌日、ウォルターに相談をした。目の手術を受けて、自然な視界を取り戻したい、と。私の話を聞いたウォルターは、心なしか嬉しそうに見えた。


 手術を受けるのに必要な金は十分にあり、ウォルターはすぐに信頼のおける医者を手配してくれた。無事に手術は終わり、簡単な検査を終えた私は、二日ばかりの入院ののち、ウォルターの元へと帰された。手術を担当してくれた医者は、帰り際、第四世代にしちゃあ、あんたは随分幸運なようだ、と言っていた。どういう意味か、その時はまだわからなかったが。
 自室に戻ったとはいえ、包帯が取れないままでは生活は難しく、ウォルターにあれこれと手間を掛けさせることになった。そこまでは考えていなかったから、すみません、と謝ると、気にするな、といつもの調子で返される。雇い主なのだから、こういった世話も仕事のうちなのだと。そうだろうか。そんなことはない気がする。だとしたら、医者の言っていた〝幸運〟とは、こういうことを言うのかも知れない。
 そして、一週間ばかり経った頃、私の優しい主は、私にこう質問した。
「明日には包帯が取れる。何か、見てみたいものはあるか?」
 手間を掛けさせることになるのはわかっていたが、そう尋ねてくれたのなら、きっと、この優しさに甘えるのが良いだろう。そう思って、私はわがままを言うことにした。
……どうしても、最初に、見たい、ものが……あり、ます」
 連れていってくれますか。そう頼んだ私に、ウォルターは、わかった、と返事をして、今日は早めに休むようにと告げて、私をベッドに寝かせて出て行った。


 翌日、ウォルターに連れられて向かったのは、RaDの拠点、グリッド086だった。移動用カーゴを降り、手を引かれてガレージへ向かう。
「着いたぞ。包帯を取ってやるから、ゆっくり目を開いてみろ」
「はい……
 はらり、目を覆っていたものが取り除かれて、私はおそるおそる目を開けた。久しぶりに光を取り込んだ眩しさに、二、三度瞬きをする。照明は暗めにしておいてくれていたそうで、明るさにはすぐに慣れた。そして、開いた瞳に飛び込んできたのは――
「ああ……やっぱり、綺麗、だ」
 ACサーカスの、鮮やかな黄色と青、そして緑の脚が、視界いっぱいに広がった。この機体を始めて見た時の――〝色〟を感じた時と同じくらいの喜び。あの時よりもずっと鮮やかに映るそれは……本当に、綺麗だった。
「きみの、言った、通り、だな……チャティ」
 世界には、綺麗なものがいくらでもある。それを見ることが出来たら、もっと〝笑える〟はずだ――。チャティはそう言っていた。元々綺麗だと思っていたものを、より鮮明に見られたら、きっと素敵に違いない。その目論見は、どうやら大当たりだったようだ。
……まさか、最初に見たいのが俺のサーカスとはな」
 呆れたように、でも少し嬉しそうに、スピーカー越しのチャティが言う。
「次に、来る時、は……私の、機体を、きみと……おそろいの、色に、して……連れて、来よう、かな」
「それはちょっと派手過ぎるんじゃないか? ハンドラー、あんたからもなんとか言ってやってくれ」
「621、お前の好きに塗装するといい。だが、そうだな……
 まずは、もっといろんな景色を見ると良い。ウォルターはそう言って、私をガレージから連れ出した。何度か来たことがあったはずなのに、まるで違う場所に来たみたいに、見るもの、どこもかしこも鮮やかだ。珍しげにあちこちを見て回る私と、どこか満足げなウォルター、それをエスコートするように、スピーカーからチャティの声が聞こえてくる。カーラが赤紫色の髪を揺らしながらやって来て、私達は四人でグリッド086を歩いて回った。


 それから数日が経った。世界はたくさんの色に溢れていて、好きな色もたくさん見つけたけれど、私は――
「やっぱり……この、色あいが……一番、好き、だな」
 少し迷ったあと、私は、自分のグレーの愛機を鮮やかに塗装した。ACサーカスの黄色と青、緑。サーカスと兄弟のような色合いになった機体。それをガレージで見上げながら、私はチャティへと通信を繋いだ。
「もしもし、チャティ。近々、きみに、見せたい、ものが、あるんだ……
 

おしまい