不意に意識が覚醒へと向かった。瞼を開けると、部屋は薄明かりに照らされている。朝が来たようだ。まだ完全に日が昇っているわけではないらしく、淡い光が部屋に満ちている。
薄暗いが、隣で眠る久々知先輩の顔を浮かび上がらせるには十分で、認識すると朧げだった意識が一気に覚醒へと向かった。
通った鼻筋、長い睫毛、頬は滑らかな曲線を描き、薄く開いた唇からは深い呼吸が漏れている。いつもはこちらを真っ直ぐに見つめてくる瞳は閉じられた瞼の奥だ。普段は意識することもまじまじと観察することもあまりないが、こうして見ると整った顔をしている。他人の顔の美醜にあまり興味はないが、きっと美人の部類だろう。
部屋には冷えた空気が満ちているが、布団の中は温かだった。ふたりだから尚更か。身体中熱くて堪らなかった昨晩と違って、穏やかな熱だ。先輩に全身を抱きしめられているような気持ちになる。
昨晩、初めて抱かれた。愛されたと言い替えられるくらい、大事にされた。久々知先輩はいつだって優しいけれど、昨日は特に。
先輩を観察していると、瞼がふるりと震えた。続いて「んん」と小さな唸り声。掠れたそれが妙に色っぽく感じて、急に昨夜の情景が脳内に駆け巡った。
腹の奥に熱が渦巻き始める。慌てて頭に浮かんだ記憶を振り払う。どうにか波をやり過ごそうとしたが、熱を自覚してしまった所為で尻から腹の奥にかけての違和感に気がついてしまった。痛みはないが、まだ何かが入っているような感覚が残っている。ここに先輩のアレが入っていたんだと思えばもう駄目だった。
まともに顔を合わせられる気がしなくて布団を這い出す。布団にぽっかりと空いた穴が寒いのか、先輩が眠ったまま身を縮こまらせた。それに幾許かの罪悪感が湧き起こったが、背を向けてさっさと部屋を出た。
足音を立てないように気をつけて廊下を駆ける。動くと一層違和感が強くなった気がして堪らない気持ちになる。冷たい空気が火照った肌を冷やすが、全然足りない。
自室の前まで駆けてくる頃には最低限の気遣いをする余裕さえ残っておらず、力任せに扉を開いて勢いよく閉めた。静かな朝に不似合いな派手な音が響く。
そのまま扉に背をつけ、ずるずると座り込む。腹の奥の熱は無視できない程大きくなっている。吐く息が熱を帯びているのは走ったからばかりではない。
「どうした喜八郎!?」
戻ってきた僕の姿を見て、滝夜叉丸が驚いた声を上げた。少し考えれば滝夜叉丸が寝ていることにも、知られれば面倒なことになるだろうことにも気づけたはずなのに、全く考えが至らなかった。自室じゃなくてどこかの落とし穴の中にでも入れば良かったと今更気づいてももう遅い。
「昨夜は久々知先輩のところだったのだろう? 喧嘩でもしたのか?」
滝夜叉丸が心配そうに覗き込んでくる。どうやって誤魔化そうかと思案しつつ顔を上げると、滝夜叉丸が顔を顰めた。
「お前、その顔で帰ってきたのか?」
「?」
「道中下級生に会わなかっただろうな?」
「会ってないけど」
「ならいいが……とりあえず中に入れ。そこは寒いだろう」
身体が火照っている所為でちっとも寒くはなかったが、今は言い争う気にもなれない。促されるままに部屋の奥へと入ると、頭の上からばさりと上着を被せられた。
「私はもう起きる。身支度を整えてくるからそれまでにその顔をどうにかしろ」
「……僕そんな酷い顔してる?」
「酷いというか……」
滝夜叉丸にしては珍しく躊躇っていたが、やがて諦めたように続きを告げた。
「昨夜何があったのか丸わかりの顔をしている。お前のそんな顔、見せるのは久々知先輩だけにしてやれ」
それだけ言うと、滝夜叉丸は宣言通りさっさと部屋を出て行った。
ひとり取り残された僕はしばらく呆然と滝夜叉丸の背を見送っていたが、しばらくして言葉の意味を理解して頭を抱えた。
久々知先輩には悪いが、やっぱり顔を合わせないで良かった。落ち着いたら謝りに行くから、どうかそれまでは、そっとしておいてほしい。
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