ゆき
2025-04-13 02:21:12
4376文字
Public れめしし
 

飾らなくてもいいところ(れめしし)

2025/3/16無配の手直し。DC直後くらい。😈さんのすごい捏造がある。

 雑踏から頭ひとつ抜けた姿に、すぐに気づいた。
 出先で適当に夕飯を済ませて駅に向かっていたら、ちょうど駅から敬一君が出て来た。こんな偶然、あるんだ。まだ少し遠いけど、遠目に見ても随分と目立つ。まあそりゃ、あの容姿であの身長で、あれだけ姿勢が良ければ目を惹くよね。
 いつ気づくかな。
 まっすぐ前を見てるのに、全然気づかなくて、何見てるんだろ。こっちだってこんなに見てるのに、この視線に気づかないなんてちょっと不用心じゃないかな。あ、ようやく気付いた。もっと早く、こっち見ろよな。
「叶?」
「ねえ、声かけといてマズったって顔すんのやめてよ」
 せめてもうちょっと取り繕って欲しい。恋人と道端でばったりなんて、本来ハッピーな出来事なのに。
「人に会う気分じゃなかったんだよ」
 言ってからさらに、眉間に皺を寄せる。
「でも声かけてくれたんだ。……無視したらめんどくさそうだったからって顔に書いてあるぞ」
「悪かったよ。なんでこんなとこいんだよ」
 あ、疑ってる。本当に偶然だから、オレは結構嬉しいよ。
「シゴトの打ち合わせの帰り。ご飯食べて帰ろうと思って」
……腹減ってんの」
「なに? 敬一君ご馳走してくれんの?」
「おめーの方が金持ってんだろうが」
「敬一君からたんまり巻き上げたからね。残念ながら今食べてきたところなんだよな」
 敬一君と会えるなら、一緒に食べたかったな。敬一君は全然そんな気分じゃなさそうだけど。
 珍しいってほどじゃないけど、普段とは違う格好の敬一君は新鮮だ。普段デートで着てくれるような格好とも違う。質のいいシンプルなニットとあんまりフォーマルすぎないジャケット。でも靴だけいつものギラギラの革靴。生地もいいけど、仕立ても良くて、わかりやすくいいもの着てるなって感じ。これだけシンプルに威嚇してるってことは、こっちも本業の方の都合だな。
 なんて、敬一君の様子を見てたら、逆にさっと全身をチェックされる。敬一君からの、値踏みするような態度はあまりない。
……お前、時間ある?」
「あるよ」
「じゃあちょっと付き合え」
 オレを追い越して前を歩く後ろ姿を眺めながら、素直に来た道を戻る。そういや、このコートも見たことないな。柔らかくて軽くて、暖かそうな生地。
 ほんと、何があったんだか。
 こっち。と呼ばれて細道に折れて、ちょっと行ったところにそのお店はあった。この辺にはありがちな、古民家改装系のお店だ。思ったより、ありきたりのチョイスに少し驚いた。
「頭気をつけろよ、低いから」
 確かに門構えからして低い。もしかして。
「敬一君、ぶつけたことある?」
「ある。足元もでっぱってるから、ほら、気をつけろ」
 入り口の門をひょいっと避けて入っていく敬一君の足元には、なんだかよくわなんない枕木みたいなでっぱりがある。頭に気を取られると、足をとられそうだ。戸に手をかけながら注意される。
 ずいぶん慣れてるんだな。もう一回、低い鴨居をくぐった中は、二畳くらいの狭い空間。人んちみたいだけど、なるほど。
「いけないんだ、お酒なんか飲んだら礼二君に怒られるだろ」
「オメーも同じだろうが」
「あれさぁ、オレのほうが回復遅いって、やっぱ」
「ほれみろ、お前何にする?」
「えー、敬一君なんにすんの」
「ビール」
「じゃあオレはハイボール」
 五人入ったらいっぱいになりそうな、狭い店内には誰もいなかった。打ちつけたみたいなカウンターテーブルと、その下に申し訳程度の荷物掛けのフック。
 こういう店来るんだ、その格好で。お店に失礼だから声には出さないけど、敬一君には伝わるだろう。店自体はいい店なんだろうな。壁に貼られたメニューは定番ど真ん中だけれど季節感もあって、さらにお手頃価格なのもこの雰囲気にしては上等だ。
 今日は背中ばっかりだな。壁をくりぬいたみたいなカウンターで注文しているのを、手持ち無沙汰に眺める。さすがにその視線には気づいていて、ドリンクを待つ傍らに視線だけでたしなめられた。
「ほら」
 グラスをもらって振り向いたらもうすぐ、みたいなすごく狭い店内。いわゆる立ち飲みスタイルの店だ。
「ありがと、じゃ、快気祝いってことで」
「快気してねぇだろ」
 笑い合いながら小さく乾杯して、ひとくち。あ、ちゃんとお酒おいしいな。
「ほかに客いないの、珍しいわ」
 時間が早いからかな。この辺で飲むなら、ちゃんと腰を落ち着けて飲む人が多い時間帯だろう。金色と泡が黄金比のビールを、傾けてぐいっといくのが妙に似合わなくてちょっとおかしい。
「メニューも立地も良さげだもんねぇ、よく知ってんね」
「前にちょっとな。今日は近かったから思い出した。お前こういうとこ来る?」
「行くよ~、いや、今は全然だけど。会社員だったころは二次会三次会って引きずられてってたし」
「は、」
「うん? 敬一君オレのウィキ見てないだろ」
「あんな間違いだらけのモンみねぇだろ」
「まあねぇ。でもそれは間違いじゃないんだなぁ」
「へ、え」
「疑ってるでしょ。オレにだって新卒カードをバカ高く売りつけた時代があったんだよ」
「そんな昔じゃねぇだろ」
 あんまり興味なさそう。というか、冗談だと思ってるなこれ。
「ほんとにね、あっという間にその頃の奴らとは付き合いなくなっちゃったけど」
「そういうもん?」
「いやー、会社勤めしてたらまた違ったかもだけど」
 そもそも今は面白いことで手一杯で、全く魅せない奴らに割く時間があるほど暇じゃない。
「ああ、自営は自営で大変なのにな」
「敬一君はそこわかってくれるのいいな、趣味も合うし?」
「趣味……?」
「オレに勝てるようになるにはまだかかりそうだけど」
「オイ、そっちかよ」
 ぶすくれた顔したのを笑うと、お店の人に呼ばれて敬一君はそっちに行ってしまう。すぐに、適当に頼んだやつと言って、両手に小鉢を持って戻ってきた。
 ポテトサラダともつ煮ってまた、ちょうど良すぎるチョイスだ。
 でも、さっそくポテトサラダを一口食べて、おどろいた。
「これ、どっち?」
 狭すぎて、店員に聞かれると悪いかと思って、問いかけを省略する。だってこれ、敬一君のつくるのにそっくり。
「こっち。オレが真似してんの」
 最近はお前らに合わせて、少し変えたけど。たまに食いたくなるんだよな。そういって自分もポテトサラダをつつき始めた。たしかにおいしい。おいしいけど、真似しようと思ってできるんだ。
 確かにこっちの方が、お酒に合うように味がちょっと濃い。
「実家のポテトサラダさ、マヨネーズ多めでコーンとツナ缶はいってたんだよね」
「へぇ」
「でも、一回だけツナ缶の代わりに、貰いもののコンビーフが入ってたことあってさ」
「うまそうだなそれ」
「取り合いになって禁止カードになった」
「ええ……
「引くなよ。マジで取り合い奪い合いの時あるからね。あ、敬一君今度作って」
「おんなじにはなんねーぞ」
「オレだって味はほとんど覚えてないって。ね、いっぱい作ってさ、次の日サンドイッチにしてよ」
「なんだそれ、そういう習慣?」
「いや? こないだコンビニでポテトサラダサンド見かけて、敬一君に作ってもらおうと思ってたの思い出した」
「そん時素直にコンビニで買えよ」
「そんな寂しいこと言わないでよ。もつ煮もおいしいねぇ」
「自分じゃ絶対やんねぇからな」
「なんで?」
「下処理がめんどくせえんだよ。そこまでして家で食いたくねぇ」
「へぇ、そう言うこともあるんだ。えー、いまコンビーフポチったから明日受け取ってね」
「勝手にオレんちにモノ送るなって言ってるだろ」
「まあまあ。すぐ食べに行くから。あ、次何飲む? オレおんなじのにする」
「じゃあオレもハイボール」
 そんな他愛のない話をしながら、自然とお酒が進んでしまう。
 二杯目があいちゃったら、どうするかな。もう帰るかな。探りを入れながら、半分ちょっと飲んだ中途半端なところでグラスを預けた。
「お手洗いそっち?」
「そう、そっから上がってけ。頭気をつけろよ、トイレもだぞ」
「もー、何回も言わなくてもわかってるって」
 確かに古い家をリノベしたこの店は、どこもかしこも作りが低い。
 とはいえ、一杯ちょっとで散漫になる程、ゆるいあたまの作りをしていない。
 たしかに低いな、なんて思いながら廊下を行って戻ってくる。中は座敷中心の割烹らしい。客層も悪くないけど、オレたちが使う感じじゃないなと思った。最近は外食も減ったなぁ。
 土間を使っている立ち飲みスペースは、その性質上一段低くなっている。本当に低いな、と思いながら引き戸に手をかけたその時、戸の向こうの敬一君が、ひらりと手を振った。
「イテ、」
「おい」
 ガラスの引き戸の向こうの敬一君に気を取られて、軽く頭をぶつけた。わかってる、って言った手前、ちょっとカッコ悪い。でも、気を逸らすなんて卑怯じゃない?
「は、あははは、」
「ようやく笑った」
「わり、なに」
「気難しい顔してたでしょ、今日」
 なんかあった? って聞いたらまた難しい顔して、オレが席を外してる間に新しく頼んだらしい、なみなみと入ったハイボールを一口飲んだ。どうやら、もう一杯分の猶予がある。
 カランと氷の傾く音と一緒に、パチパチとソーダの弾ける音がする。そういや、有線もかかってない。
「ちょっと詐欺みてぇなの吹っ掛けられただけ。騙されると思われてんのが癪でさ」
「ばかだな。会ったころの敬一君ならまだしも」
 今の敬一君を、ちょっと頭が回るだけの奴が騙せるわけない。だからと言って侮られるのは、全然、気持ちよくないよな。
「ねぇ、このあと敬一君ちいっていい?」
 慰めてあげる必要がないのは、十分わかってるけど。覗いている卑屈屋の顔は、ちょっと引っ込めてあげたくなる。
「いいわけねえだろ」
「えっ、ひどい」
「その気もないのに言う方が酷い」
 なくないよ。でも、何か確信めいたものがある。
……何でそう思うの」
「お前今日二十三時から配信予告打ってたから」
 だからオレは最初に、時間あんのかって聞いただろ。そういって拗ねたみたいな顔をするのが可愛くってかわいくって。
 なんだかんだオレのこと、よく見てるな。
 じゃあ、決めた。予告通りの配信が終わったら、そのまま夜中だろうと早朝だろうと、お構いなしに敬一君ちに行く。それで、敬一君を抱き枕にゆっくり寝て、起きたらポテトサラダのサンドイッチを作ってもらうんだ。
 勝手に明日の予定まで決めてたことにまだ気づいてなさそうな恋人は、まだ拗ねた態度でハイボールを名残惜し気に飲んでいた。