来羅
2025-04-13 01:23:21
1960文字
Public トワウォ
 

影キス(風信)

イチャイチャさせたかった!

 あと少し、と信一は心持ち右にずれた。
 その一メートルほど前では、住人に捕まっている龍捲風が咥え煙草のまま体の重心を移して長い話に付き合っている。真剣に話を聞いているようでいて実はちょっと飽きてるな、とわかるのは、龍捲風が煙草を消さないでいるからだ。それに後から来た信一が聞いているだけでも話が二度、ループしていた。
 それでも城砦福祉委員会の主幹としては無碍にできないのだろう。
 龍捲風は温和な笑みすら浮かべながら、何度も頷いて聞いている。
(あー! 離れた!)
 また龍捲風が体をずらした。立ちっ放しは辛い。わかる。でも。
 内心の嘆きをおくびも出さずに、信一は何食わぬ顔でまたほんの少し左に体を傾ける。
 三人がいるのは城砦のいくつもある出入り口に近い通路だ。この場所は、今時分になると西陽が差し込む。信一の斜め前から差し込む強い光は、むしむしとした暑さと共にコンクリート塀に長い影をもたらしていた。
 つまり。
(あ、また!)
 再び体をずらした信一の足元から伸びて塀に沿うように折れ曲がった影は、同じように伸びた龍捲風の影と隣り合っていた。ちょうど、顔が重なるように。
(大佬、動くなよ)
 だってまるで影同士がキスしてるみたいだ、と思ったら長話の退屈は紛れてしまったのだ。そもそも偶然に龍捲風の姿を見かけて駆け寄っただけで、別に信一まで付き合う必要はなかったのだけれど、存外楽しくなって信一は口元をムズムズとさせて一緒に長話を聞いている。
 龍捲風は愛想笑いすら返しながら、短くなった煙草を地面に捨てて靴先で揉み消した。話はまだ終わらない。輪郭の溶け合った口づけもまだ続く。
 そうして漸く話が終わったのは、それから三十分もあとのことだった。
 すでに影は辺りの闇に染まって薄くなっている。
「信一」
 背中側に立っていたというのに、信一の存在などとうに気づいていたらしい。龍捲風が振り返って、片眉をあげた。
「そこにいたなら早く助けてくれ」
 強張った肩を軽く回して疲れたと吐息を漏らす龍捲風に思わず吹き出せば、信一、と恨みがましく呼ばれる。
「大佬はちゃんと聞いてあげたいんだと思って」
「限度によるだろう」
「あの人、本当に話が長いからなぁ」
「まったくだ」
 近づいた龍捲風がやれやれと首を振る。
 もう影は見えない。けれども実物が近くにいる方がずっといい。
 上機嫌に腹減ったと龍捲風を伺えば、ふいに掴まれた腕を強く引かれてたたらを踏んだ。
「、なに、大──っ」
 大佬、と呼びかけた。
 その目の前には龍捲風の淡麗な顔があって、言葉が切れる。
 間抜けにも口を開けたままびくりとした信一の唇を龍捲風のそれが覆ったのは、柱の影に引っ張り込まれたのとほぼ同時だった。
…………んん、」
 驚きすぎて目を開けたままの信一を、同じく目を眇めただけの龍捲風が笑う。あわいをなぞる舌先が信一の乾いた唇を濡らした。
「ん、っ、っっ、大佬ッ」
 分厚い舌が口内を逃げ回り、信一を翻弄する。腰が砕けるほどに深く口づけられて、そっと離れたふたりの唇の間で唾液の糸がぷつりと切れる。
…………な、なに、いきなり」
 嬉しい。けれども、こんな場所で突然は、びっくりする。
 目を瞬く信一に、けれども龍捲風は満足したとばかりに口角を上げた。
「あまり可愛いことをするな、信一」
「!」
 新しい煙草に火をつける龍捲風はもう振り返らない。その隣に慌てて走り寄り、信一は頬を膨らませた。
「いつから……?」
「お前が来て、あの人の話が二周したとき、だな」
「それってほぼ最初からじゃん?! 言ってよ!」
 一生懸命に影同士をキスさせていた、のを気づかれていたのは、かなり、だいぶ、恥ずかしい。
「言って良かったのか?」
「良くない!」
 揶揄う龍捲風は楽しげだ。だから信一もはっとしたように顔を上げた。
「もしかして! 何度も重心を移してたのは!」
「もちろん、わざとだ」
 何食わぬ顔でぬけぬけと言い放って、龍捲風がくつくつと笑う。
 なんということはない。龍捲風もあの長話が退屈で、信一の動きでそれを紛らわせていただけの話らしい。
 ぶすくれた顔で尖らせた唇は、今度は指先で摘まれた。
「酷いだろ、俺の純情を弄ぶなんて」
「何を言っても今は可愛いだけだな」
 そういう龍捲風は何を言ってもカッコイイだけだから、やはり狡い。
「おいで、信一」
 それでもそう言われれば、信一は大人しくその隣に並ぶしかない。
 隣、を許されているのは、ちょっとした優越感と、途方もない喜びだ。怒っていますのポーズはそう長くは持たない。だから、しかたない。
「大佬、もう一回」
 ちらちら揺れる頭上の裸電球に、足元の影が重なった。