アンに見送られてリコとロイは再び壮大な冒険への一歩を踏み出した。空は赤く、道路の周りに連なる木々までも夕陽色に染めている。バスに並走するように飛ぶタイカイデンとアチゲータを見ていると、前の座席からロイが顔を出した。
「ねえリコ、思い出さない?前に冒険に出た時のこと」
「前に…あ、そっか。あの時も夕陽が綺麗だったね」
「うん。ブレイブアサギ号から見たあの真っ赤な夕焼け…僕、ずっと大好きなんだ。あんな景色をもう一度見るためにも、これから頑張ろうね」
ロイの言葉にリコは強い顔で頷いた。飛行船から見た鮮やかな夕陽。それは、ニャオハを取り戻したときにもあった。そしてロイとの旅立ち。きっと夕陽は私たちを送り出してくれる輝きだ。そう確信してリコは笑みを浮かべた。
あっという間にバス停に着き、リコとロイはバスを降りた。空は少し黒ずんで、夕陽は弱々しくなっていた。二人が歩き始めると、タイカイデンは変わらずアチゲータを乗せて飛んでいる。しばらく歩いたところでロイが口を開いた。
「今日はもう遅いし、近くの宿とかで休もっか」
「だね。確かここから十五分くらい歩いたところに町があるはずだよ」
「そうなんだ!リコ詳しいね」
「パルデアから来たときに通ったんだ。ポケモンセンターと宿があったと思うから、そこまで行こう」
行き先を決定し、リコとロイは歩を進める。二人の会話は少しずつ弾んでいく。この一年の間にあった面白いこと、行った場所、ロイがたくさん話してリコが相槌を質問を重ねる。リコとロイが夢中になって話している間にキャップは地面に降りてマスカーニャの方へ向かった。リコたちの方を見た後、二匹は顔を見合わせて笑った。
そうして歩いている間に目的の町に着いた。辺境にあるセキエイ学園やポケモンリーグ本部へ訪れる人々の休憩スポットとしてよく使われるこの町は決して広くないものの、一軒のポケモンセンターと旅館、いくつかの民宿が営まれている。
ひとまず旅館へ向かってみた二人だが、ことはそう上手くいかない。
「ごめんなさいねぇ、今日はもう部屋が埋まっちゃってるのよ」
どうやらこの日は宿泊客が多いらしい。民宿を当たってみても空いている場所はない。残るはポケモンセンターだけだ。宿泊できる部屋があるか聞いてみると、ポケモンセンターではお馴染みのピンク髪の女医は宿泊者のリストを確認する。
「えーと…一部屋だけでよければ空いてますよ」
「一部屋…」
リコとロイの言葉が重なった。顔を向け合って数秒間黙ったまま見つめ合う。「どうしようか」と言葉にすることなく、目でそれを伝えた。するとロイは口角を上げた。
「リコ、僕は野宿するから泊まりなよ」
「え、でも…」
「今日は色々あったし疲れたでしょ?ちゃんと休んだ方がいいよ」
「ま、待って。…一緒に泊まればいいでしょ?」
リコがそう言うと、ロイは目をぱちぱちとさせた。腕を組んで俯き、肩の上のキャップに目を向ける。キャップは「ピィ?」と首を傾げた。どうやらロイの意図は伝わっていないらしい。
「えっとリコ…いいの?」
「ロイだけに野宿させるなんて嫌だし、せっかく泊まれるんだから」
「そう…リコがいいならいいけど…」
「では、お部屋にご案内しますね。こっちへどうぞ」
女医に連れられて部屋に入り説明を受ける。風呂はシャワーのみ、洗面所と直通でトイレは別。小さいテレビとソファチェアが二つ置かれているリビングを抜けると、寝室だ。そこでベッドを見た二人は目を大きく見開いた。
「こちらの部屋、実はカップルや二人組の親子向けのお部屋でして…ベッドはこのダブルベッド一つとなっています」
「そうなんですね…」
「はい。では、案内は以上になりますので、なにかあればまたお呼びください」
女医がその場を立ち去ると、リコとロイは黙り込んだままベッドを見つめている。マスカーニャとアチゲータは早速ふかふかのベッドに飛び込んで幸せそうだ。そんな様子を眺めていると、またロイが口を開いた。
「…リコ、僕ソファで寝るからベッドで寝てね」
「あ、いや私がソファで寝るよ!ロイ今日は学校まで飛んできてバトルもたくさんして疲れたでしょ?」
「そんなことないよ。女の子をソファで寝かせるわけにはいかないから」
「こ、これから野宿だってたくさんするんだし、そんなの気にしなくていいよ」
両者一歩も引かない。何をそんなに揉めているのかとアチゲータは不思議そうだ。キャップはソファでくつろぎ、タイカイデンはそのソファの上が落ち着くらしい。ルカリオとテブリムは何か通じ合うものがあったのか楽しげに話し込んで、マスカーニャに至っては既に夢の中だ。
「でもやっぱりリコをソファで寝かせるのはちょっと嫌かな…」
「…じゃ、じゃあ…!一緒に…ベッドで…寝る?」
「え、それは絶対ダメじゃ…」
「私はいいよ。ロイが変なことしない子だって分かってるし…特に誰かに知られることもないから変な勘違いとかされないよ」
「リコがいいなら…まあ…いいけど…」
ほんとうにいいのか戸惑いながらもロイは承諾した。ひとまず晩ごはんの準備をしよう。リコが話題を切り替えると、ロイも頷いて買い出しに出かけることとなった。これからのことも考えていくつか食材を買い込んでポケモンセンターへ戻る。料理は当番制にしようというリコが提案し、今夜は早速リコが作ることになった。帰ってきてから一時間後、リコは完成した料理をリビングのテーブルへと運んだ。
「お待たせ、今日はポテトを揚げてお肉も焼いたんだ」
「わあ美味しそう!いただきます!」
ロイは両手を合わせてそう言うと、早速フライドポテトを口に運んだ。塩で味付けされたそれは絶品の出来だ。リコもポケモンたちに料理を配ると、食事を始めた。みんなでわいわいと盛り上がりながら食べていると、ロイのスマホロトムが鳴った。ドットからの着信だ。
「お、食べてるとこだったか」
「ああ。リコが作ったんだよ。ドットはまだ食べてないの?」
「今かーちゃんが作ってるとこ。これからだよ」
「そっか。それで、どうしたの?」
「リコも来てくれたんだろ?改めて現状を説明しようと思ってさ」
ドットはそう言うと、カメラ越しに見えるリコを見つめた。久々の再会でお互い少し緊張気味だ。
「久しぶりだね…ドット」
「うん…久しぶり。来てくれてありがとうリコ」
「私たちがやらないといけないことだもん。みんなで力を合わせて頑張ろう」
「ああ」
お互いに気持ちを固め、リコとドットは笑みを向け合った。話を本題に切り替えたドットは異常なポケモンについて説明を始めた。次に行くべき場所の情報も話し、明日からの行動を決めていく。話しながらリコとロイが食事を終えると共に、ドットの部屋にブランカが突撃した。また怒るドットと相変わらず強烈な勢いのブランカを見て、リコは苦笑いを浮かべていた。そうして通話が終わり、リコとロイは順番にシャワーを浴びることになった。ロイが洗い物はするからとリコに浴室へ向かうよう言った。リコもそれに従い、先にシャワーを浴びた。長く伸びた髪を念入りに洗う。そんな中、リコはこの後のことをふと思い浮かべた。
「ロイと…一緒に寝るんだ…」
リコはリンスインシャンプーをさらに出して、髪をより丁寧に洗う。体も関節や足の裏までしっかりと洗い、シャワーですっきりと流した。匂いを確認しつつ体を拭き、新調した長袖のシャツと薄い生地のショートパンツに着替えた。ドライヤーが弱く、髪を乾かすのには時間がかかったものの、ふわふわの髪にすることができた。
リビングに戻るとロイがソファに座ってテーブルに突っ伏している。もう一つのソファではキャップが大きく口を開けて寝ていて、タイカイデンもソファの背中の上で寝ている。もしかしたらロイも寝ているかもと考えつつ、リコは耳元に寄って声をかける。
「ロイ、あがったよ」
「ん…あ、リコ…そっか、シャワー浴びてきたんだ…」
「うん。ロイもどうぞ」
「はあい…」
やっぱり寝ていたらしい。起きたてでまだ眠そうだ。水を飲んだりして十分ほど待っていると、ロイが部屋に戻ってきた。ロイも一年前とは寝巻きが少し変わっているけど、タンクトップは相変わらずだ。シャワーを浴びて目が覚めたのか、ロイの顔はしゃきっとしている。
「リコ、まだ起きてたんだ」
「うん、まだ眠気が来なくて…それにロイ、私が先にベッドに入ってたらソファで寝ちゃいそう」
「あはは…確かにリコが寝てたらそうしてたかな」
ロイは頬をかいて苦笑を浮かべた。起きといてよかった。そうリコが考えていると、背後からマスカーニャが腕を回して体を乗せてきた。
「早く寝ようって言ってるみたいだね」
「うん。じゃあもうベッド行こっか。…ロイ、途中でベッド出たらダメだよ」
「分かってるって。決めたことだしちゃんと守るよ。キャップたち起こしちゃっても悪いしね」
二人はそーっとベッドに向かった。ベッドのそばで目を閉じかけているアチゲータを抱え上げ、ロイはベッドの左に倒れた。その隣に、リコがマスカーニャを背負ったまま横になる。枕に頭を乗せ、二人の目が合った。
「リコ…いい匂い」
「へ!?ろ、ロイと同じだよ?同じシャンプー使ってるんだし…」
「いや、マスカーニャの香りも混ざってて僕とは違うよ。いい匂いだ」
至近距離でロイにそう言われ、リコの頬が熱くなる。それと共に、今日の昼間のことが脳裏によぎる。空から来たロイと、はしゃぐ後輩たち。ますます顔が熱くなるのを感じてリコは首を振る。「そういうんじゃないから!!」と心の中で強く叫ぶ。
「リコ、どうしたの?」
「…なんでもない」
「顔赤いよ?」
「ちょっとのぼせたかも…」
「シャワーだけなのに…?」
ロイは一緒に寝るのをよくないと思っていた割に冷静だ。マスカーニャたちがいる分、より近い距離になっているのに、ロイは全然平気そうだ。ただ男の子として、女の子と一緒に寝るのが良くないことだと思っていただけなのかもしれない。自分だけ昂ってバカみたいだとリコは表情を険しくする。
「リコ、今のうちに伝えたいことがあるんだけどいい?」
体ごと眠ったマスカーニャの方へ向けていると、ロイがそんなことを口にした。リコは顔だけをロイの方へ向けて頷く。ロイはそれを確認して話し始めた。
「えっとね、もうあんまり一人で抱え込まないでほしいんだ。アンにも一年ほんとのこと黙ってたみたいだし、けっこう辛かったんじゃないかなと思ってさ」
「そうだね…ずっとモヤモヤしてて…アンに心配かけたくなかったけど逆にかけちゃってたかな…」
「かもね。だからリコ、これからは一人で抱えず、すぐに相談して。僕も、今は電話越しだけどドットも、それにもちろんマスカーニャたちがついてる。リコは一人じゃないよ」
リコの瞳孔が大きく開いた。前にも、ロイがそう言ってくれた。スピネルと初めて対峙した、あの時。
そうだ、私には頼れる仲間がいるんだ。
リコの頬の熱が緩んで、表情も明るくなった。そしてロイの顔をじっと見つめる。
「ありがとう、ロイ。うん、私…なにかあったらちゃんと言うね」
「リコ…ああ。もう大丈夫そうだね」
ロイは優しく微笑むと共に、体を仰向けにした。目を瞑って隣のリコに言葉を送る。
「リコ、おやすみ」
「うん。ロイ、おやすみ」
リコとロイの間に強く結ばれている絆。それを再確認した二人にもう言葉はいらない。眠りについた二人が見るのは、新たな冒険への期待でいっぱいの夢。リコとなら、ロイとなら、もっと先へいける。そして、ポケモンがいるならきっと大丈夫。もし気持ちが途切れそうでも、支えてくれる仲間がいる。何もかもがまだ分からない冒険は、きっとまたあの大空に飛び出して雲を突き抜けていけるだろう。どんなに難しいことだって願えば、そして一歩を踏み出して手を伸ばせば叶う。
新たな旅路へ心を躍らせて、二人は眠った。
⚪︎おまけ(特に小説の本編には関係のない話)
「お待たせ!」
ロイとアンが話していると、制服から着替えたリコがついにやってきた。リコを見たロイはぱちりと瞬きをした。その視線の先にはすっかりカジュアルな装いとなったリコがマスカーニャと並んで立っている。
「さあ行こうロイ!」
「ああ」
ロイが立ち上がると、リコはまっすぐな笑顔で、大きな決意を言葉にした。
「私たちで取り戻す。エクスプローラーズに奪われた、ライジングボルテッカーズの真実を!」
ここから、また始める冒険。見つめ合うリコとロイの瞳は強く輝いている。そんな二人の間にアンが「あのー」と小さな声で割って入った。
「どうしたの?」
「…バス、まだ十分くらい来ないんだ」
「…そっか」
「…もう少し待ってよっか…リコ、座って」
ロイがベンチに手を向けると、リコは頷いて座った。締まらないなあ…と思いつつも誰も口には出さず、リコとアンはまた会えなくなる前に最後の会話を交わすのだった。
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