RINGO
2025-04-13 00:01:06
1945文字
Public 境界の灯
 

番外編1-5


「それで――なにか酔えるほどいい事でもあったか?」
 青年の様子をしばらく見て、隊長は切り出した。

 青年はいつもどちらかと言うと暗め、いや不満げな顔をしていた。
 彼の経歴を見れば、その理由も察しが付く。
 年若い頃から自分自身の意思で動けない。
 決められた道を強制的に歩かされている。
 反抗期も反抗できない。
 そうなれば、こうなることは火を見るよりも明らかだ。
 そんな彼が、酒の力とはいえ口角を上げ、嬉しそうな顔をしている。
 隊長も思わず口元の笑みを浮かべた。

「ふふ、俺、分かっちゃったんです。」
 目をとろりとさせて青年は隊長を見つめた。
「俺、ず――っと決められた道しか歩けなかったんです。軍に入るのも全部、全部。他人の決定ばかりで、自分の意思なんてほとんどなくって。」
 夢見心地で、時折頭を揺らしながら青年は続けた。
「でも、この村もここから出れなかったり、俺と一緒だなって思ってたんですけど……でも初日に会った孤児院の子どもが言ってたんです。」
 前のめりに頭を倒して、グラスを軽く揺らした。
 揺らいだ水面が波打ち、宝石のような輝きが、青年の瞳に反射する。
「その子、武器を扱うのが好きだって。手先を使うのが好きだからって、将来は武器を作りたいって。……閉ざされた環境でも、そうやって好きなものを見つけて、夢があるって、なんか……すごいなって、思ったんですよね。」

 隊長は、酒を置く。
「そうだな。」と相槌を打った。

……俺も、この軍に入ることは決められただけだと思ってたけど、ここで好きなものを見つけて、それを力にして歩いていけるようになりたいなって……。」
 青年の声はだんだんと小さくなり、最後の方はおずおずとした響きになった。

 それを聞いた隊長は、肩の力を抜く様に、大きく息を吐いた。
……それに気づけただけでも、ここに来た意味はあったんじゃないか?」
 青年に目を向けて、眩しそうに目を細めた。
 そのままグラスに目を向けると、ぐいっと果汁酒を煽った。

 その様子を見た青年は、果汁酒の瓶を取り、隊長のグラスに注ごうと動く。
「少しで良い。」と隊長は苦笑いしながら、グラスを傾けた。
 酒を注ぎ終わると、青年は、照れ隠しの様に隊長に話題を振る。
……隊長もそんなもの、ありますか?」

 話題を振られた隊長は、持ち上げかけた手を机に戻す。
 先ほどまで浮かべていた笑みが消える。
 沈黙が短く流れた。
 やがて、ぽつりと呟くように言う。

……家族だよ。」

 静まり返ったコテージに響く。
「あいつらの為なら、俺はなんだって出来る。」
 青年は、隊長の表情が険しくなった事に気づき、返事が遅れてしまった。
 
……そう、なんですね。そりゃあ、『家族思いのいいお父さん』ってやつだ。」
 冗談めかした言い方で、少しの笑顔を添える。
 重い空気にならないように、わざと調子を崩す。
 青年が、今まで幾度と行った処世術だった。

……何かありそうな口調だ。)
 そう青年は思う。
 だが、せっかくの酒が不味くなるだろうと押し黙った。
 

 その時だった。
 コテージのドアが開く音と、持ち場から帰った隊員たちの声が聞こえる。

 隊員たちは、疲れた足取りで部屋に入り、目線を上げた。
 酒を飲んでいる二人の様子を見て、目を見開く。
「ずりぃ~!」「なんだそれ!」等の不満の声がギャアギャア上がった。
「隊長まで!」
 隊員の一人が唇と尖らせる。

 隊長は、否定するように腕を振った。
「違う違う!そもそも、コイツが先陣を切ってたんだ。俺が来た時にはもう出来上がってた!」
 そう弁明すると青年を指さす。

 青年はニヤリと笑う。
 グラスを顔の横に持って行き、見せつける様に揺らした。
……酒の質を視んのも、視察。だろ?」

 他の隊員は一斉に隊長を見ると、一人が口を開いた。
「隊長!自分たちも視察に参加してよろしいでしょうか!!」
 敬礼しながら、礼儀正しく尋ねる。

 隊長は一口果汁酒を飲むと、ため息を吐いた。
……許可する。台所からグラス持ってこい。」

 その言葉に、彼らはしおしおしていた表情から一変し、喜びに溢れる。
 歓声を上げながら、足早に台所へなだれ込んだ。
 中には勢いあまり走り出すような足音もある。
「走るんじゃないぞ!!」
 隊長の一喝が飛んだ。

 隊員たちの背中を見送ると、隊長は青年の方を振り向いた。
……お前にも見つかるさ、大事なもんが。」
「酒もその一つですかね?」
 青年は、イタズラっぽく笑う。
「そっちは程々にしろ!」
 隊長は苦笑しながら、青年を軽く小突いた。