yuugetu
2025-04-12 21:20:20
6085文字
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あの日のわたしに寄り添って

ワイルドアームズ3の酒場の女クラウディア視点一人称。
ラスボス戦直前の闇深発言から出来ました。クラウディアの過去は空想の産物です。

  黒いコートの知らない大人に、
  手を引かれて村を発った、
 五年前のあの日

  どうして、お父さんとお母さんは、
 わたしと目を合わせてくれなかったのですか?
 わたし、もう、要らない子になったのですか?

 思い出せません
 どうして、わたしは、
  ひとりで暮らさなきゃいけなかったのですか?
 
 わたしは自問自答する。
 何かを奪い取られ、失い、見るもの全てがぼんやりとした、この世界で。



 わたしが育ったのは貧しい農村だった。
 はっきりと思い出せるのは十歳くらいの頃からだけれど、なぜかその頃から急にひもじい思いをすることが増えたのは覚えている。
 わたし自身も辛かったけれど、なにより弟や妹が空腹を訴えるのを宥めなければならなかったから。
 弟や妹の腕が、足が。
 細く骨張っていくのを見るのが、ひどく辛くて。

 荒れていくのは畑ばかりではなかった。
 食べられる野草も——緑も、急速に減っていった。
 それどころか、井戸から汲み上げられる水すらも少なくなっていく。
 わたし達の村は農耕以外のたつきを持たず、村人はひとり、またひとりと姿を消していった。
 村に見切りをつけて去ったのか、それとも——
 彼らがどうしたのか、どうなったのか。
 どうしても思い出せない。

 思い出せない。
 あの日、両親はわたしに何と言っただろう。
 あの日のことが思い出せない。
 あの日の、両親のことばが。
 なぜわたしを売るのか、その理由だけが。
 それとも、理由なんか最初からなかったのだろうか?
 わたしが要らない子になっただけ?
 思い出せない。


 思い出せない。
 それからどうやって、わたしは過ごしてきたのだろうか。
 わたしの手を引く人が、黒いコートの知らない大人から、ドレスを纏った女の人に変わった気がする。
 暮らす場所が猥雑で狭苦しい町に変わったのも覚えている。
 ひとり寝泊まりする小さな家も、仕事をするお店も思い出せる。
 でも、誰がわたしとどんな関係で、わたし自身が何を頼りに暮らしているのか。
 そんなことばかりが思い出せない。


「奪われたから」
奪われた?何を?
「〈想い出〉を」
おもいで?今わたしが思い出しているのは、おもいでではないの?
「わからない」
……わたしにもあなたにも、わからない?じゃあ、奪われたものを取り戻すこともできないの?
「わからない」
そう……


 その答えを空しく感じたのは、どうしてなのだろう。
 わたしに、まともな——嬉しいおもいでや楽しいおもいでなんてあったのだろうか。
 嬉しいことや楽しいことが最初からなかったのなら、どうして空しくなるのだろう。どうして悲しくなるのだろう。
 わたしは、全てをあきらめたのではなかったか。 

 ある風景が、ふと心に浮かんだ。
 二丁拳銃を両腰に差し、茶色の長い髪を三つ編みにした少女。
 自由に荒野を行き交う【渡り鳥】。
 彼女は嬉しそうに、楽しそうに生きている。
 すべてをあきらめて、からっぽのまま生きるわたしのような女とは違って。
 わたしは彼女のような人間にまっすぐに向き合ったことがない。
 眩しすぎて、わたしの心の中の黒い澱を、自覚せずにはいられなくなるから。
 別世界に生きる彼女の目に、わたしの姿は映らないだろうから。

 わたしが誰かの目に映ることなんか、あるの?
 要らなくなって売られたわたしなんかが。

 わたしは自問自答する。
 何かを奪い取られ、失い、見るもの全てがぼんやりとしたこの世界で、さらに深く潜るように。
 薄闇が広がる。
 それは次第に濃くなっていく。
 でもそれは、わたしが見て見ぬふりをしてきた心の中の黒い澱が、今、目の前に現れただけ。
 わたし自身は何も変わらない。

 変わっていない。
 五年前の、あの日から。


「本当にそう?」
——
「奪われたものが何なのかもわからないのに、本当にそうなのかしら」


 そう言われて初めて、わたしはその声の主が誰なのか疑問を抱いた。
 聞いたことのある声のようにも思うが、どうしてもわからない。十代半ばの少女であることだけは声色からわかるけれど。


あなたはだれ?
「あなたがあの女渡り鳥に抱いた感情は何だったのか、よく思い出してみて」
——思い出す?どうやって?
「まだあなたの心の中にある。もっと深くにあるの」
——わからない。
「わかるわ。わたしが一緒に潜るから」


 唐突に、右手を握られる。驚きはしなかった。
 わたしよりも少しだけ小さな、少女の左手。姿は見えなかったが気配はずっと近くにある。
 すると、闇がどんどん濃くなっていく。
 恐怖はなかった。これはわたし自身のものなのだから。
 深く濃い闇の中に揺れる小さな光の粒。それが目に入った頃には、かなりの時間が過ぎていたように思う。
 近寄って見れば、光の粒には濃い闇が混じっている。
 小さな小さなそれは、まばゆさとどす黒さがゆっくりと移り変わり、明滅するように存在を主張していた。


——これがそうなの?
——見つけた?」
……あなたには見えないの?
「見えない。それはあなたの五年間が生んだものだから」
わたしの、五年間……
「触れることはできそう?無理はしなくていいけれど」


 そう言われて、わたしは恐る恐るそれに指を触れた。
 瞬間、閃光がわたしの目を焼く。
 と思えば次の瞬間には、闇がわたしの目をふさぐ。

 そして、あの女渡り鳥の姿が——いや、それだけではない。女将さんの姿、保安官の姿、五年間で出会った何人もの人達の姿が、入れ替わり立ち替わり、わたしの脳裏に現れる。
 しかしそれでも一番わたしの心を揺らしたのは、あの女渡り鳥の姿だった。

         憧れ
         妬み
         希望
         絶望
         意味
         現実

 それらの奔流に巻き込まれ、わたしの目は何も見えず、心は吹き飛ばされそうだった。
 それでもどうにかその場に留まれたのは、少女と繋いだ手の感触があったからだ。
 わたしは光の粒から手を放す。
 辺りは再び、静寂の闇に戻っていた。

 なぜか、急に視界がぼやけた。闇の中で何も見えないはずなのに。
 わたしの頬を濡らしたものは、とめどなく流れ伝って胸元へと落ちていく。


……それが、あなたの五年間が生んだもの」
なにを言っているの?
「あなたはよく頑張ったわ」
わたしのなにを知っているというの?
あなたは——だれ?

 一歩先も見えそうになかった闇の中、わたしの右手を左手で握ったまま、わたしの正面に立つ少女が浮かび上がった。

 それは五年前のわたし。
 痩せ細って骨と皮だけの、ぼろ布を纏ったわたし。
 両親に、売られたわたし。

 その姿を目の前にすると、女将さんがわたしを酒場の女にするためにどれだけの労力を掛けたのかと思う。
 ドレスの着方、髪の結い方、肌の手入れの仕方。女らしい体型と所作。
 そして何よりも、読み書きと計算。
 わたしは自分が思うよりも多くのものを、ティティーツイスターという町で手に入れたのだろう。

 五年前のわたしは今のわたしとは掛け離れている。でも、その姿も紛れもなくわたしなのだ。
 五年前のわたしが、その細い腕でわたしを抱きしめた。


「ずっと辛かったよね……。でも、あなたはなにも悪くない」


 涙が止まらないままに、わたしはその細い腕に身を委ねた。わたしの嗚咽だけが、その空間に響き続ける。
 いつの間にか、わたしと、目の前のわたしの姿は入れ替わっていた。
 大人のわたしが、五年前の姿のわたしを優しく抱きしめる。
 その時、わたしは理解した。
 傷ついた過去のわたしを許し、救えるのは、今のわたしだけなのだと。


——〈想い出〉を奪われた、とあなたは言ったわね。大切じゃないものを誰かが欲しがるなんて、わたしには思えない。
……そうね。そう思えたのなら、きっとこの五年間はあなたが懸命に生きてきた証だわ」


 わたしが頷くと、もうひとりのわたしは体を離した。
 闇の混じった光の粒を示し、わたしに尋ねる。


「これは、本当はここに在るべき存在 モノじゃないの。でも決めるのはあなた」
わたしが、決める……
「そう。あなたはこれをどうしたい?」
……わからない。でも。
——でも?」
どうするか決めるまで、あなたに守っていてもらえないかしら?


 わたしはその光の粒を手に取った。いつの間にか現れた白い花の中に、小さな光の粒を優しく納めると、もうひとりのわたしに手渡す。
 もうひとりのわたしは、それを大切に両の掌で受け取った。

 気がつくと辺りがほの明るくなり、見る間に明るさを増していく。
 わたしはふと気がついた。
 少しずつ〈想い出〉が甦ってきていることに。


——誰かが取り戻したのね。この星と皆の〈想い出〉を」


 どういうこと?
 そう尋ねようとして、もうひとりのわたしの姿が薄れていることに気がついた。
 わたしと、もうひとりのわたしは、今のクラウディアの姿で向き合った。
 わたしと彼女 わたしが、お互いを見つめる。
 彼女 わたしとの邂逅のときはこれが最後だと、自然とわかった。

 
「忘れないでね。わたしはいつでも、わたし あなたの味方だということを」


 その言葉に、深く頷く。
 まるで鏡写しのように、わたし達は小さく笑った。
 それを認めた次の瞬間、視界は真っ白に染まった。



 気がつくと、見覚えのある建物の中に立っていた。
 ティティーツイスターの保安官事務所だ。トラブルに巻き込まれては保安官であるバルクレイを訪ねる、よくよく見知った場所だった。
 夢の中で懐かしい人物に再会した気がするが、よく思い出せない。
 ただ、なぜか急に女将さんの姿が思い出された。
……お店に戻らなくちゃ」
 無意識に呟いて、わたしは保安官事務所を出た。



 それから数日経った頃だろうか。
 酒場の開店準備をしていると、
「あら!よりによってあのチーム?」
カウンターにいた女将さんが珍しく驚いたような声を上げた。
 見ると、ティティーツイスターに新たに届いた指名手配書を手にしている。横から覗き込むと、見覚えのある四人の渡り鳥達の姿が印刷されていた。
 メンバーにベテランがいながら、駆け出しの少女がリーダーを任されているというかなり珍しいチームだった。賞金額も高めに設定されている。
……少し意外ですね。そういう印象はないチームなのに」
 わたしが言うと、女将さんはさらに意外そうな表情でこちらを見た。
「アンタがそんなこと言うなんて、珍しいじゃないの。いつも我関せずって感じなのに」
 わたしは思わず首をかしげた。
 そうだろうか?言われてみれば、そうだったような気もする。
「なあに?アンタ、最近妙に可愛げがあるじゃない。良いことでもあった?」
「いえ、別に。……腕が良ければ、その分恨みも買うのかもしれませんね」
「まあ、名前が売れれば色々あるでしょうけどね」
 わたしは手配書に目を落とす。その傍らで女将さんはなぜか楽しそうに笑った。
 そう言えば、【渡り鳥】は指名手配されるくらいが気持ちがいい、というようなことを以前女将さんが話していた記憶がある。わたしにはその意味するところはよくわからなかったけれど。
 その手配書の女渡り鳥の姿を見ると、なぜか心の中にもやもやとした気持ちが渦を巻いた。だがその理由には心当たりすらない。
 考えても仕方ないことだと、わたしは頭の中からその疑問を追い払ったのだった。

 さらに数日後のことだった。
 お店の用で町を歩いていたとき、遠くに走り去る女の子を見つける。
 皮製の旅装束に、大きな鞄を斜め掛けにした、十歳くらいの活発で俊敏な姿。
 少女はいかにもならず者といった風体の男二人に追われていた。こちらはよくよく見知った顔で、カスケード興産というチームの下っ端達だった。
 そして——辺りを見回し、そのチームの存在に気がついた。わたしの心の中に、もやもやとしたものが再び現れる。
 茶髪を三つ編みにし、紫色の仕立ての良い旅装束を身に着けた女渡り鳥。
 鈍い銀髪に、赤と白のマフラーをたなびかせた少年。
 様々なアクセサリーを身に着けた、浅黒い肌の偉丈夫。
 ライフルとロングコート、眼鏡が特徴的な長身の男。
 例のチームだった。
 彼女は、四人に助けを求めた少女にはっきりと言った。
 女渡り鳥の声は勇ましく誇り高く、わたしの耳にまで届いていた。
——でもね
わたしたちは、悪い奴等を許さないッ!!」
 女渡り鳥が、少女を守ってカスケード興産の二人に向けARMを抜く。
 その言葉と行動に、わたしの暗い感情がわずかに晴れるのを感じた。

 わたしはずっと、自らの力で荒野を往く女渡り鳥が眩しく、羨ましく、妬ましかったのだ。
 その姿に希望を見つけて、五年前のあの日にその希望に出会えなかったことに絶望した。
 わたしの心はからっぽで、意味のない生き方しか許されない現実を突き付けられるようで。

 でも今は違う。
 弱者を守り助けるという正義を実行する大人がいる。
 それを信じても良いのだと、言われた気がした。

 五年前のわたしに、彼女の正義が届くことは無い。
 過去のわたしを救えるのは今のわたしだけだ。

 けれど、これからもわたしと同じような目に逢う子供はいくらでも現れる。
 その子達に出会ったとき、きっと彼女は損得勘定を抜きにして、彼らを助けようとするだろう。ちょうど今のように。
 もちろん、目に入る人々全てを彼女が救えるわけではない。
 それでもいい。
 彼女の力で、これから生まれる悲しい〈想い出〉はひとつでも減るだろう。
 わたしと同じ辛さを抱える子供なんて、ひとりでも少ない方が良い。

 道端に咲く白い花が目に止まった。
 まだ幼かった頃——十年以上前に、故郷でこんな花を見た気がする。
 まだ幸せだった頃。
 大切な人達に囲まれ、何の不安もなく過ごしていた頃。
 かすかにしか思い出せないけれど、わたしは家族に愛され、わたしも家族が大好きだった。
 だからあの日、お父さんとお母さんは罪悪感からわたしと目を合わせられなかったのだと——そう信じたい。
 もう二度と会えない人達ならば、なおのこと。
 大切な〈想い出〉を、わたし自身が穢すのはもうやめよう。

 そして、心をからっぽにして生きるのも。
 たとえ今この時がどんなに空虚に感じられても、辛いことばかりでも、未来に希望を見出せなくても。
 それがいつか、わたしの〈想い出〉になるのだから。