饂飩粉
2025-04-12 21:07:00
3259文字
Public
 

雪宮剣優夢小説

ブルーロック雪宮剣優の夢小説です。
本人登場はしません。雪宮剣優に片想いしてる夢主があれこれ考えているだけです。

 最近、雪宮君がスピリチュアルに目覚めたと噂されている。と言っても、胡散臭いミネラルウォーターや壺を買ったとか売りつけたとか、何の医学的根拠のないセラピーや治療を受けてるとか、そういう本当にヤバい類の話ではない。
「教会の近くで見かけた」「聖書読んでた」「誰もいないところでこっそりお祈りしてる」というようなものだ。雪宮君がモデルとしてファッション雑誌に載るようになり、学校でもファンクラブめいた集まりができるようになってしばらく経つ。成功した人には必ず悪い噂がついて回るように、何処からともなくそんな与太話が発生したのだ。
 表向きは、雪宮君に変わったところはない。モデルデビューする前とした後とで、急に偉そうになったとか他のクラスメイトを見下すようになったとか、そんなことはまるでない。あくまで学業とサッカー優先。曰く、モデルの仕事は趣味のようなものらしい。でも本人はモデル業を応援されるのも満更でもないと、彼の友人が吹聴している。
 ってか、教会とか聖書とかお祈りが何? なんですぐにスピリチュアルに結びつけたがるんだろう。日本は宗教に寛容とか言っておいて、いざ誰かが信仰してるかもってなったら"悪い噂"扱いするの、私は人として嫌だなって思う。それなのに自分の好きな願掛けのやり方を「〇〇教」と呼んだり「宗教上の理由で〜」と物事を嫌ったり避けたりする。こういうのダブルスタンダードって言うんじゃないの?
 かく言う私も、その場の空気を悪くさせたり、孤立することを避けて普段はそういう話題にヘラヘラしてる。私もダブルスタンダードってワケ。目先の人間関係を維持したいがために自分で自分を黙らせている。
 ちなみにもう一つ、私は友達や雪宮君のファンの前では知らないフリをしていることがある。
「聖書を読んでた」という噂の真偽についてだ。
 結論から言うとこの噂はガセ。しかし、当たらずとも遠からずな点もある。
 二週間前、雪宮君は学校の図書室である本を借りたのだ。その本は聖書の名言集的なものらしい。多分誰かが、雪宮君がその本を読んでいるところを目撃したのだろう。
 実は雪宮君は結構な読書家で、図書委員である私はこれまでに何度か彼と本の貸し出しでやり取りをしている。図書室は私語厳禁なのでその際にお話ししたりすることはできないが、本を手渡すときに指が触れることは、たまにある。うちの図書室は貸出カードによるアナログなシステムが現在まで続いていて非常にダルいのだが、こういうこともあるなら許してやってもいい。

 雪宮君が借りていくのは主に歴史上の偉人と呼ばれる人物について書かれた本だ。織田信長、ナポレオン、源義経、マリー・アントワネット……うちの学校の図書室にはそう言った分野の本も結構あって、そのほとんどの貸出カードの履歴には雪宮剣優という名前が書かれている。
 だから、聖書の名言集のような本を雪宮君が借りるのが少し珍しく思えた。雪宮君に何か心境の変化でもあったんだろうか。ってか、こんなふうに邪推する野次馬根性が私の中にもあるんだなって今はっきりわかってしまって軽く自己嫌悪。芸能人のゴシップニュースが嫌いなくせに、雪宮君のことだけは知りたがってる。我ながら都合良すぎ。
 それならとことんやってしまえと吹っ切れた私は、図書室の返却ボックスに入っていた聖書の名言集とやらを借りることにした。貸出カードに——雪宮剣優という名前の下に自分の名前を書き込む。単なる手続きのために仕方なくやっていることなのに、無駄にドキドキしてる。

———

 家に帰ったら読んでみようという気持ちは、家に帰る頃にはすっかりなくなっていた。私も本は好きだが、小説ばかり読んできたのでそれ以外の本を読むモチベーションが高くない。買った本でもないから勿体無いという感覚もなく、私はただ雪宮君が返却した本を即座に借りただけのうっすらストーカーみたいなことをしただけになる。一体何がしたいんだ、私は。
 自室の机に置いたその本を、パラパラ漫画でも読むかのようにバーっとめくってみる。
 すると、とあるページに栞が挟まっていることに気づいた。図書室の本に栞は付かないので、読んだ誰かが挟みっぱなしにした可能性が高い。栞は並んで歩くペンギン達が海の中に飛び込む様子が絵本のようなタッチで描かれていた。これ雪宮君のものだったら可愛いな……ってかそれならそれで返さなくちゃだ。
 栞の挟まっていたページに目を落とす。「コリントの信徒への手紙10章13節」と書かれている。コリントが何のことか私にはさっぱりだが、そこにはこう書かれていた。

あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

 神様が与える試練は決して耐えられないようなものじゃないよ、的なことだろうか。本のページにはこれがどのような文脈で語られたものなのか、現代を生きる我々にどう通ずるのかなどが書かれている。
 いや待て。
 なんか似たような言葉を最近聞いた気が、いや見かけた気がする。
 そう、聞いたのではなく、見かけた……そうだ、SNSだ。私は素早くスマホでアプリを開く。
 モデルデビューした雪宮君は、事務所の意向を汲んで自身の宣伝も兼ねたSNSアカウントを作っている。雪宮君のアカウントだけを表示するリストに飛んで、投稿を遡ると、二日前の投稿に、それはあった。

『"神様は乗り越えられない試練は与えない"って気持ちで、これからも頑張ろ』

 こ、これだー! 
 間違いない。これを投稿した二日前の時点ではまだこの本は雪宮君が借りていたんだから。
 たまたま開いた本とか駅や街中の広告にそんなことが書かれてるだけなら、あーはいはい確かに名言ですねって流していたかもしれない。でも雪宮君がそれを言っただけで何かすごくいい言葉のように思えてくる。でも改まって考えてみると、こんなことを言うってことは雪宮君は何か大きな試練に直面しているのかもしれない。人知れず悩み事があるのかも。サッカー? モデル? 受験? 雪宮君が何かに悩んでいるようにはとても見えないし、誰もそんな噂はしていないけれど。
「乗り越えられない試練、かぁ」
 私の恋路は、試練だろうか?
 でも同じように雪宮君に恋をしている他の誰かがいたら、少なくともどちらか一方(または両方)の試練は乗り越えられないってことになる。
 もしくは、恋なんて神様的には試練でもなんでもないから成就しようが失恋しようがどうでもいいのかもしれない。神様からしてみれば、誰と誰が結ばれようが関係ないのかも。
 いや、そもそも私が雪宮君のことを好きになったのは、神様が与えた試練でも何でもなくないか? この気持ちは私から生まれたものだ。神様が「こいつにめっちゃ望み薄い片思いさせたろ」って意地悪されたわけじゃない。私がこの道を選んだんだ。
 雪宮君には悪いけど、私は私の運命を自分で勝ち取りたい。神様には祈らない。
 神様には、期末テストや大学入試を試練として与えてほしい。
 私も雪宮君も、やがて卒業する。
 いつかあの図書室で、雪宮君に話しかける勇気を出さなきゃいけない。他の雪宮君のファンを出し抜くには、そこにしかチャンスがない。


 それからしばらくして、雪宮君はメガネをかけるようになった。
 曰く「事務所がメガネも似合うんじゃないかってさ」とのことで仕方なくかけるようになったそう。
 ——でも、だとしたら試合中もゴーグルをかけるのはなぜだろう。

 そして高校三年生の秋、雪宮君はサッカーの強化指定選手に選ばれ、学校には来なくなってしまった。

 私は結局、ペンギンの栞を返せないままでいる。