吾妻
2025-04-12 20:51:17
4153文字
Public アークナイツ
 

深夜の攻防戦

テキ博♀。つきあってる。寝かしつけたいテキーラくんvsいちゃつきたい博♀のいつもの感じです。意味もオチも特にない。

「あのさ、ドクター。俺も本当はこういうこと、言いたいわけじゃないんだけど……
 
 真夜中の、ベッドの上。
 向かい合わせに座ったドクターの両肩をしっかりと掴んで、彼女の顔を覗き込んだ。
 ドクターはついさっきシャワーを浴びたばかりで、乾かしたての髪からは、新しいヘアオイルの良い香りが漂ってくる。
 コートも白衣も脱いで部屋着に着替えたドクターは、いかにもプライベートといった雰囲気で、抱き締めたい衝動を抑え込むのに一苦労だった。日々忙しく仕事に向き合っている彼女を独占できるなんて、あまりに贅沢すぎて、いつも夢を見ているんじゃないかと不安になる。
 だけど今は雑念に囚われている場合じゃない。
 これからとてもとても大事なことをドクターに伝えなければいけない。
 
「ドクター、よく聞いて」
……
 
 目と目をしっかりと合わせたまま、肩を掴む手に力を入れて。
 それから。
 
「今日はこのまま、なんにもしないで寝るからね。いい?」
 
 ゆっくりと、言い含めるように伝えたら、ドクターが露骨に嫌そうな顔をした。
 
 
            *
 
 
 
 
 小さく唇を尖らせて、不満を隠そうともしないドクターの表情は、いつもよりかなり子供っぽく見えて、正直とっても可愛かった。
 でも、流されるわけにはいかない。いつもの俺ならこのあたりで負けちゃってるところだけど、今日は心を鬼にするって決めたから。
「そんな顔してもダメだよ。せっかく大きな仕事が片付いたんだし、今日はゆっくり寝ないと」
……明日は休みなのに?」
「休みだから、だよ。いつも通りにしたら、明日の休みが潰れちゃうでしょ。せっかく大きな移動都市の近くにいるんだし、美味しいもの食べに行きたくない?」
「いく」
「うん。ドクターが好きそうなお店調べておいたから、明日はちゃんとエスコートするね。だから――
「でも、今、君としたい」
「んんん……
 豪速球が飛んできて、受け止めきれずに悶絶した。
 
 ちょっと待って。それは狡くない?
 ここ数日厄介な仕事を抱えていたドクターは、そのあいだ睡眠も食事も最低限で、かなり疲れているはずだ。
 シャワーを浴びているときも、髪を乾かしてあげているときも、途中で寝落ちしちゃうんじゃないかと心配になるくらい眠そうだったし、流石に今夜は素直に寝かしつけられてくれるだろうと思っていた。
 俺はドクターのことが好きだから、いつだって彼女が欲しい。キスもハグもそれ以上も、何度だってしたい。
 だけど、仕事でもプライベートでも、ドクターにとって一番頼りがいのある存在でいることのほうが、俺にとっては重要なのだ。
 彼女がその身に背負っている重責を少しでも軽くする手助けがしたい。一人の男としての欲望と、有能な部下としてのプライドを天秤にかけたら、基本的に後者の方に傾く。
 だから、彼女の体調を無視して盛るような真似はしたくない。忠犬として、ちゃんと待てができる。
 問題は、理性を手放した状態のドクターが、普段の数倍スキンシップに貪欲になる点にあるのだ。甘えたがりになるのも、そういうことをしたくなるのも、俺としては嬉しいし、とっても可愛いんだけど、なにせその状態のドクターは往々にして疲労困憊なので悩ましい。
 ただでさえ体が丈夫じゃないんだから、無理なんてさせたくない。俺も出来る限り自分の欲望をセーブするよう努めるけど、ドクター相手に最後まで歯止めを掛けていられた試しがない。
 そもそも俺は、ドクターのおねだりに滅法弱い。自覚があるからこそ、可能な限り説得するような状況には陥りたくない。今の状況は、正直とても困る。
 
「昨日もあんまり寝てないのに、眠くないの?」
 それでも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。胸を締め付ける甘い疼きをなんとか抑え込んで、ドクターに向き直った。
 何しろここ数回、同様の状況で負けている。このままでは自分の忍耐力に自信が持てなくなりそうだ。もっと我慢強いはずだったのに、本当にどうしちゃったんだろうな。
……眠くないとは言ってない」
 むすっとした顔を崩さず、ドクターが答える。
「でしょ? 添い寝してあげるから、ベッドに入ろ?」
「どうしてもだめなのか」
「うん。今日はだめ」
 ……めちゃくちゃ不服そうな顔をしてる。
 日常生活では我儘を言わない人だから、拗ねた顔を見せられるだけで絆されそうになる。……というか、俺だって男だから、好きな人から求められれば嬉しいに決まってるし、じりじりと膨れ上がりつつある欲望をなだめすかすのも、そろそろ限界になってきた。
 仕方ない。ここは搦め手に出るしかない。
 
「じゃあさ――
 
 細い肩から手を離して、普段は隠されている頬にそっと触れる。
 突然風向きが変わってきょとんとするドクターの瞳を間近に覗き込み。
 
「ドクターがキスでその気にさせてみて?」
 柔らかな唇を親指でそっとなぞった。
 
 これは別に絆されたわけでも、根負けしたわけでもない。
 ドクターとのキスは大好きだけど、目的は別のところにある。
 なんだかんだ言ってドクターはもうかなり眠いはずだから、たくさんキスをして撫でてあげているうちに、案外すんなり眠りに落ちてくれるんじゃないかな? そんな浅はかな考えのもと、駆け引きを申し込んだ。
 別にそこまでキスの手管に自信があるわけじゃないけど、ドクターの好きなやり方はちゃんと頭に入っているから、体の緊張さえ解いてあげられたら、きっと素直に寝付いてくれる。
 あとはドクターが誘いに乗ってくれるかどうかだけど――
 
……君をその気にさせればいいの?」
 
 思っていたよりもあっさりと、ドクターは乗ってきてくれた。
 やたらと凄味のある表情をしてたことだけが気にかかったものの、どうやら想定通りに事が運びそうで安心した。
 それに、きっかけはどうであれ、ドクターからキスをしてもらえるのが嬉しくて、尻尾が勝手に揺れてしまった。別に、普段の彼女とのスキンシップに不満があるわけじゃないけど、やっぱり好きな人から何かをしてもらえるのは特別なことだから。
 膝立ちになったドクターが俺の肩に手を添えて、そっと顔を近づけてくる。
 彼女の手がイメージよりも温かいことも、睫毛がこんなに長いことも、俺以外の誰も知らなければいいのに。
 そんな身勝手なことを考えながら、重なってくる少し乾いた唇を受け止めた。

 余裕ぶっていられたのはそこまでだった。


「ん、ン……っ」
 小さな舌先に顎の裏側をそっと辿られて、思わず声が漏れた。
 細い指先が肩から首筋に這い上って、襟足の裏側を撫でてくる。
 ぞくりと背筋を震わせるのは寒気にも似た興奮だった。
 すぐそばにあるドクターの双眸が、俺の反応を見て楽しそうに細められる。襟足を撫でているのとは反対の方の手は、顔の横の耳をくすぐったあとに頭頂部の耳まで伸びて、毛並みを逆立てるようになぞっていった。

 いや、これはちょっと、だいぶ予定と違うんだけど……
 少し前まで、こういったスキンシップの主導権は完全に俺のほうにあったのに、近頃はやり返されることも増えてきた。確かに、そう感じてはいたけど。
(こんなに積極的に迫ってくるなんて……!)
 完全に想定外だった。
 勉強熱心なドクターのたゆまぬ努力のお陰でキスの技術自体も相当上達しているんだけど、その巧みな技巧よりも、ドクターが積極的な理由を考えるともっとヤバかった。
 本当は眠くてたまらないくらい疲れているはずなのに、それでも俺といいことがしたくて、その一心でこんなに積極的にキスを仕掛けてきている。
 そう思えば、ドクターの仕草ひとつひとつが愛おしくて目が眩む。
 ドクターのためだって自分に言い聞かせて必死に抑え込んできた欲望が、理性の器から飽和して一気に溢れ出しそうだった。

「は……、ドクター……っ」
 息継ぎの合間に自分の口から漏れたのは、情けなく掠れた声だった。
 その声も、再び重なった唇にあっけなく飲み込まれる。
 ぴちゃぴちゃと濡れた音を立てて、こっちの舌を誘い出されては甘噛みされて――
 挙げ句の果てには体重を掛けられて、そのまま仰向けに押し倒されてしまった。

「もっと?」

 真上から覗き込んできたドクターが、口の端を持ち上げて蠱惑的に微笑む。
 寝かしつけるつもりだった俺はというと、浅く息をつきながら手を伸ばして、まだ濡れているドクターの唇を指でなぞった。

……こんなえっちなキスの仕方、どこで覚えてきたの?」
「全部君で覚えたことなんだけど?」

 意趣返しのはずが、真っ向から打ち返されてしまって、結局悶絶するしかなかった。
 どうしてそんなに可愛いことばっかり言うの? こっちは一生懸命我慢してるのに、そんなふうに言われたら困るよ。
 俺がもうほぼ負けていることなんて、ドクターはとっくにお見通しなんだろう。唇が触れるくらいまで顔を寄せてきた彼女は、頭頂部でめくれ上がっているほうの耳に、

「まだダメなの? エルネスト?」

 秘密の話でもするかのように、吐息たっぷりに囁いてきた。
 その声だけでも理性の糸が切れるには充分だったのに、更にドクターの掌が俺の胸の上を滑って腰骨の当たりまで下りていったので、流石にもう白旗を揚げるしかなかった。
 こんな魅惑的な拷問、体を痛めつけられるよりもずっとずっと残酷だ。

 ドクターの細い腰に腕を回して抱き寄せ、今度はこっちから唇を奪った。
 散々翻弄してくれた小さな舌先を、お返しに絡め取って、吸い上げる。

「できるだけ優しくするから、眠くなったり具合が悪くなったらすぐに教えて」
 頬から首筋に唇を押し当てていくと、ドクターがくすくすと笑う。
「その気になってくれた?」
 あんまりにもその声が楽しそうなので、ちょっとだけ悔しくなって。
……今から全部教えてあげる」
 かぷりと首筋を甘噛みしてから、ドクターの体を仰向けにひっくり返した。


【おわり】