いさき
2025-04-12 15:06:00
5247文字
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盟刀の力を上手く扱えない話

もめキザ

 幼い頃はよく体調を崩した。大きすぎる盟刀の力に人間の小さな体では耐えられず、発熱や嘔吐を繰り返した。剣主特有のその症状は薬やまじないで治るものではなく、気休め程度に解熱薬を飲んで、あとは体力と精神力の保つ限り耐えるしかなかった。
 視界も虚ろで、世界が歪むような感覚の中、僕は一人静かな部屋に放り込まれていた。耳鳴りが煩いほど頭に響く。死んでしまうのではと思うほどの苦しみから救ってくれたのは、両の手を握ってくれた小さな手だった。
 明るくなった部屋で目を覚ますと、僕の汗ばんだ手を鞘姫と刀鬼が握り、鞘姫と刀鬼も手を繋いで、三人で輪を作るようにして眠っていた。驚いて手を引き抜こうとしたところに、目を覚ました鞘姫がその手を強く握り直して、僕の顔を見て優しく微笑んだのを覚えている。
 盟刀の力が体を蝕むのは、盟刀に認められている証なのだという。剣主であるからこそ、その力が体に流れる。ただ、その力が絶大である故、体という器で扱いきれずに暴走し不調を来たす。
 鞘姫と刀鬼は同じく盟刀の剣主であるために、その力を流すことが出来、苦しみを分けるこの方法だけがこの症状の唯一の対処法だった。鞘姫は刀鬼が側につくまでずっと一人で耐えたのだという。刀鬼が仕えるようになってからは互いに、そして僕が現れてからは僕も、そうやって助けられながら生きてきた。
 剣主に選ばれてから時間が経つと、力の扱いに慣れたのか、症状が出ることは少なくなった。馴染んだ、とでも言えば良いのか、僕らは、少なくとも僕は、彼らと触れ合うことはなくなった。



 新宿の頭として盟刀を振るうキザミが急な病で倒れた。知らせは新宿中を駆け巡り、皆少ない頭で考えうる限りの処置を行ったが、キザミの高熱は一向に下がらなかった。彼が倒れて、もう三日が経とうとしていた。
 決して立派とは言えない佇まいの小屋の奥、床板が軋む部屋に仲間に囲まれて、キザミは伏していた。彼を慕う子分らが見守り、中には涙を浮かべる者もいる。キザミは部屋の真ん中で荒い息を吐いていた。
「水は?」
「意識がある時に飲んではいるが、すぐに吐く。食事も同じだ」
 だろうな、とキザミを見下ろす。気化した汗やすえた臭いが部屋に漂っていた。
「ぅ、……
 体を動かしながら、キザミが眉を寄せる。薄らと開いた瞳は見えているのかいないのか。
「キザミさん」
 声を掛けると、乾いた唇が僕の名前に動く。意識はあるのかと、僕が水桶に掛かった布を手を伸ばすと、察した女性達が部屋から出ていく。キザミの体を無理矢理起こして、滴らない程度に水を切った布で体を拭いた。
「キザミさん、感覚はありますか」
「ある……ような、ないような……
 触れる肌も熱い。ぬるい汗が肌を覆っていた。
「水は飲みますか」
「、悪い」
 体を支えながら口元に水を流し込むも、口の端から肌を伝って流れ落ちて僕の着物を濡らす。
 そんな朦朧とした意識の中で、キザミは力無い手を伸ばして彼の盟刀を探す。子分がキザミに極楽天女を握らせた。
「すぐに刀を探すんだ」
 子分が呟く。ずっと付き添っていたのであろうこの男の目の下は真っ黒の隈が出来ていた。
「キザミさんが剣主になったのはいつですか」
……まだ何年も経ってないはず」
 男は僕を見て不審気に、しかしその視線もすぐ落として答えた。何年も。まだ数年しか経っていない。
「キザミさん、大丈夫です。誰も取ったりしませんよ」
 盟刀の力に固執していても無理はないか。盟刀を握ったキザミの手をゆるりと解いて、刀を彼の側に置く。
「彼が体調を崩したのは初めてですか」
「いや、半年ほど前にも同じように。その時は二日寝込んで回復したんだが」
 キザミの肌に触れる。溢れんばかりに燻った力が肌を通してこちらに入ってくる。病や毒などではない。
「もう少し様子を見ましょう。僕が代わるので、貴方は少し休んでください」
「でも、」
「一緒に倒れてしまっては元も子もありませんから」
 躊躇いを見せる男に微笑みかけ、そのまま言葉を続けた。
「心当たりがあります。処置をしますが、秘術でもあるので人払いをお願いします」
 男は、頼む、と頭を下げて部屋を出た。虚ろなキザミと二人きり。このまま抵抗のないキザミを屠って、極楽天女を持って新宿を出ればいいだけの話なのに。
「情でも湧いたか? 馬鹿馬鹿しい」
 水を口に含んでキザミに覆い被さる。口から水を直接注いで喉が動くのを指先で確認した。舌を口内に押し込んで、湿った内側に触れる。熱い。熱いものが粘膜を伝って体内に流れ込んでくる。それをぐっと吸い込んだ。自分以外の盟刀の力なんて、気分のいいものではないけれど。苦しそうに呼吸する口の隙間を開けてやりながら、絡めた舌を吸い、息継ぎの合間に唇をぴったり合わせて吸い込んだ。閉じ込められて渦巻いていた力が出口を見つけて勢いよく押し寄せてくる。苦しさに眉を顰めながら、舌を絡めて歯列をなぞった。飲み込みきれなかった水と唾液が混ざったものも吸って取り入れ、キザミの息さえ逃さなかった。体から枯れていたはずの水分がキザミの瞳を潤す。その涙を舌で掬い取り、塩味よりもキツい気分の悪さに思わず舌打ちしそうになった。
……もんめ、?」
 視線が動く。先ほどまでどこも捉えていなかった瞳がこちらへ向けられる。
「気分は?」
「まだ、でもちょっとマシ……
「そうですか」
 肌に指先をすっと這わせると体がびくりと小さく反応した。熱い肌にはまだまだ力が渦巻いて、行き場を探してこちらの腕へと這ってくる。吸って治ればいいと思っていたが。
「キザミさん、少し乱暴にします」
 体を拭くために開いていたキザミの服に手をかける。口を合わせて力を吸いながら、自らの服も雑に脱ぎ捨てた。肌の接触面も多い方がいいし、肌よりも粘膜の方がより力が流れやすい。
「あとで怒らないでくださいね」
「、ん」
まともな返事も出来ないキザミを、そのまま布団に押し倒して、肌から、中から、力を吸った。


 □□□


 優しく差し込む光で目が覚めた。重い瞼を開けて、ぼんやりした頭で天井を見上げた。まっすぐ広がる視界。吐き気はなく、乾いた唇の隙間から冷たい空気を吸い込んだ。スムーズに息ができる。ほっとした途端になんだか肌寒い気がして、布団の中で自分が服を着ていないことに気がついた。どういうことだと布団を捲り上げたところで、隣に人がいることに初めて気付く。わっと驚いた声をなんとか堪えて、その時やっと手を繋いでいることを知った。指と指をしっかり組んで繋いだ手は少し引っ張ったくらいでは離れることはない。固く握った相手は、小さく声を漏らしながら寝返りを打つように半身を捻って眉を顰めた。
「匁、これ、」
……目が覚めましたか」
「ん。あ、それで」
「気分は」
……悪く、ない」
「そう」
 匁は薄く目を開けて、布団から白い腕を伸ばして俺の頸を掴み力強く引き寄せた。え、と言うよりも先にそのまま唇が合わさる。思わず噛み締めた歯を匁の舌が這った。すぐ目の前の匁の眉がまた寄って、今度は顎を掴まれて頬を指で押して無理矢理口をこじ開けられた。舌が無遠慮に入ってきて、上顎を舐めて舌を吸われる。意味がわからず牙で刺してやろうかと思ったが、不思議と匁の唇や舌に不快感はなく、逆に体を委ねてしまいそうな感覚さえあった。匁の舌は俺の口の中をひと通り舐め終わると案外あっさり離れて、それが匁の唇を舐めて中に収まるところまで目で追ってしまった。
「熱下がったみたいですね」
「あ、ああ……
 強く握っていた手をそっと解いて、匁はまだ開き切ってない瞼を擦りながら体を起こした。寝続けて重い体や節々の痛み、互いの格好についても疑問はあるものの、介抱してくれた、ってことだよな、これは。
「もんめ、これって」
「昨夜のこと」
 どれくらい覚えてます?、と俺の言葉を遮るように匁が呟く。
「いや、全然……
「そうですか」
「あの、なに、したんだ……?」
 熱でうなされて寝込んでいただけにしては理由のわからない痛みもある。察しはつくものの、それであんなに苦しかったものがなくなるとは思えない。
 じっと見つめると、匁は態とらしく目線を上に逸らして溜め息をついた。
「僕の故郷のおまじない、ですよ」

 曰く、「もし思い出しても絶対に口外するな」「少しでも不調を感じたらすぐに呼べ」。
 熱が下がってすっきりした俺とは逆に、青い顔をしてイライラした様子の匁は、そう言い残して部屋を出て行った。入れ替わるように他のみんながやってきて、良かった良かったと声を掛けてくれて、心配させて悪かった、と肩を叩いた。

 それからしばらく、不調というほどでもない頭痛や眩暈、吐き気なんかがふらりと襲うようになった。その度に匁に手を握られたり、肩を寄せて抱きしめられたり、症状が酷い時は口付けされたりなんかして、俺もそれが心地良いことだと理解して身を任せていた。口付けの時なんかは特に“吸われている”感覚がして、悪いものを匁が引き受けてくれていることがわかった。
 手のひらや合わせた肌から力が流れていく。“匁の故郷のおまじない”は俺の不調を治すのではなく、匁に移しているだけだということに途中で気付いてはいたが、匁はそれでも声を掛けないと機嫌が悪くなるので、匁の優しさに甘えてしまっていた。




 ブレイドが高熱で倒れた。
 ばたばたと騒がしくなる新宿。一日も寝てれば治る、大したことはないと笑っていたブレイドの熱は、次の日も下がる様子はなく、意識すら朦朧とし始めた。起き上がって水を飲むことさえ苦しそうにするその姿に、俺は頭にあの日のことが過ぎる。
 “匁の故郷のおまじない”。
 詳しいことは聞いていない。聞こうにも匁は今どこにいるのかわからない。おまじないに条件はあるのか。どうすればおまじないは成立する?
 違うかもしれない、ただの風邪かも。でももしあの時の俺と同じ症状だとしたら。それは酷く、つらく、苦しい。
 俺はひとり、胸元をぐっと握りしめた。


 とんとん、と扉を叩く。
「ブレイド、起きてるか?」
 返事はない。代わりに介抱している者が扉を開けた。
 中ではブレイドがうなされている。寄って、首元に触れると汗が滑った。肌は赤く見えるほどに熱い。
 ごくり、と唾を飲み込んだ。ゆっくり深呼吸して覚悟を決める。しらばらく二人きりにして欲しいと告げると、重い扉はゆっくりと閉められた。
 今度はブレイドの手に触れる。熱い手のひらは、熱よりも不快なものが這うような気持ち悪さがあった。普段より熱いと思うのは、ここに来る前に水で体を清めたからかもしれない。俺が風邪を引いているのかも。
 匁がしてくれたように、ブレイドの手を握った。悪寒が腕を上って身体中を這うように広がる。気持ち悪さに嗚咽が込み上げそうになるのを、もう片方の手で口元を押さえてなんとか飲み込んだ。
 もし、もし。もしこれがあの時の俺と同じなら、匁はこんなものに耐えていたのか。
 足先が冷える。悪寒が背筋を這って、頭まで上って頭痛がする。耳鳴りが響く。気持ち悪くて仕方がない。
 力の入らない膝が崩れて、繋いだ手が離れた。途端に腕からの不快感はなくなり、冷や汗が体を覆っていた。自分が浅く短い息をしていることに気付く。苦しい、苦しい。なんなんだこれは。
 でも、確かに。ブレイドから離れると不快感はないように思う。触れている間だけ、触れている場所から流れ込んでくる感じ。
 ぞわ、とさっきまでのそれとは違う寒気が体を襲う。俺は不快な何かを匁が受け入れてくれていることを知っていて、自分が不調の時は匁に頼っていた。匁が澄ました顔で耐えていた感覚を経験して、初めてその存在にどれだけ助けられていたかを知った。匁は、アイツにとってキザミは敵だとわかっていたはずなのに。
 笑う膝を押さえて、ブレイドと向き合う。ゆっくりゆっくり、震えながらその唇に自分のものを押し付けた。閉じた唇の間を舌で押し入る。手に触れた時とは比べ物にならない不快感がどっと押し寄せてきて、ぎゅっと目を瞑った。耐えろ。耐えろ。
 息の続く限り唇を合わせた。びっしょりした汗で服が肌に張り付く。ブレイドの顔色は変わらない気がしたが、苦しそうな眉は少しマシになったように思う。
「ブレイド……
 返事はない。苦しそうに息をする頬をそっと撫でた。
「匁、」
 あの日のことは覚えてはいない。でも多分、そういうことだっただろう。
 せっかく清めた体は冷や汗でべったりしていた。それでも、意を決して服を脱ぎ落とした。
「上手くできなかったら、ごめん……
 意識のないブレイドに触れるだけの口付けをして、熱い体の上に跨った。