親に勧められるまま入学したブルーベリー学園。バトル特化の学校だって聞いてたから、正直気乗りはしてなかった。だってあたし、バトル得意じゃないんだもん。
それをぐるんと、それこそ世界をひっくり返すくらい勢いよく覆す出会いがあるだなんて、思いもしなかった。
「来たれリーグ部! 強火で部員募集中でーす!」
「……リーグ部?」
「あっ、キミ興味ある? 体験入部もやってるよ!」
「え? あの、ええっと……」
どうしよう。名前から察するに、あたしの苦手なバトルを中心とした部活じゃないのこれ。けど目の前で――なぜかフライパンを掲げながら――ニカッと笑う先輩に、そんなこと言い辛い。
「アカマツストップ。その子、たぶん困ってる」
「えっ、そうなの? ごめん!」
「あ、いえ大丈夫で…………」
「……?」
そのひとが目の前に現れたとき、びびびびびって、まるででんき技を受けたみたいだった。いやそんな経験全くないんだけど。一目惚れって、こういうのいうんだなって思った。それくらいの衝撃。こんなの人生初めて。
気づけば、入部届にサインしてた。
少しでも、あのひとに。スグリ先輩と、お近づきになりたくて。
さてここでスグリ先輩の話をさせてもらおう。あたしの主観で。異論は認めない。
学年はあたしより二つ上。おそらく年も上。アカマツ先輩とはとても仲が良い。ただし先輩の激辛料理は苦手。で、甘いものが好きらしい。え、何そのギャップ愛おしすぎるんですけど? んで身長は高くて、でもひょろ〜っとしてる感じじゃない。いわゆるモデル体型ってやつ? それに足めっちゃ長いの。すらっとしててまじかっこいい。それでもって顔はもう文句無しのイケメン。長いまつ毛に縁取られた金色の瞳は、バトルのとききらきら輝いて、でも真剣な色味を帯びる。……まああたしはそれを真正面から見たこと、まだないんだけど。あと首にほくろあるんだよねめっちゃセクシー。インナーカラーなすみれ色の黒髪だってきれいだし。とにかく頭の先からつま先までもう何から何までかっこよくて好き。好きしかない。
……あ。バトルは言わずもがな激強。一年のときチャンピオンだったこともあるらしい。一度ランキング除名? したとかなんとか聞いたけど、でも今リーグ部の事実上トップなのは間違いないんだよね。いや事実上ってなにって話なんだけど。あくまで暫定トップってことみたい。てかなぜかチャンピオンって呼ばれてる部員はいなくて、一応スグリ先輩がトップ兼部長ってことらしい。うーん、どういうことなんだろ。
んでんで。頭めっちゃいいしおまけにすっごく優しいの。あたしみたいな、バトルの基本のきの字すら危ういのにも嫌な顔ひとつしないで分かりやすく教えてくれるし。バトルのときとはうってかわってほんわかした雰囲気だから話しかけやすいし。……そういえばたまに「わやー」って言ってるんだけどあれどういう意味なんだろ。
…………んでえっとまあその……そんな素敵なひとがモテないなんてこと、あるはずないんだけどさあ……。
「はあ……スグリ先輩今日もとびきりかっこよぉ……すきぃ……」
ポーラスクエアでの四天王戦。てか他の四天王差し置いてランキング二位であるスグリ先輩に挑むなんて、よっぽど腕に自信あるのかなあの先輩部員のひと。ああでも。カイリューとニョロトノで相手のポケモンを倒していくその姿。風圧でなびいた髪。黒とすみれが交互にひらひらしてまじきれい。かっこいい。すき。
「あんたほんっと先輩のこと好きだよねー」
「うん……」
「なのに告白しないの?」
「……それがさあ、聞いてよ」
「いいけど」
「先輩、彼女いるらしいんだよね」
「あー……え? うっそぉそんな感じの人見たことないんだけど」
「だよねぇ」
かくいうあたしも見たことがないので、正直なところ嘘か本当かわからない。先輩本人やアカマツ先輩あたりにでも聞けば教えてくれるんだろうけど、本当だったらって考えると聞くに聞けなかった。それで諦めるなんてことできそうもないんだけど。それはそれ、これはこれ。
「好きなタイプはーって聞いてもポケモンのタイプの話だと思われるくらいだから、そういうの縁がないのかなって思ってたのにぃ……」
「いやあんだけモテてんだから縁がないなんてことないでしょ。それかかなりの鈍感とか」
「後者であってほしかった」
「……それはそれで大変そうじゃない?」
そうだけども。でもまだ本当かどうかわからない。先輩が嘘をついている可能性だってゼロじゃないんだ。だからその可能性に、あたしはすがりたい。
バトルコートの中央で、勝負を終えた先輩達が握手を交わしている。
雨は、止んでいた。
「……決めた」
「ん? なにを?」
「先輩に告白、する」
「……おお、頑張れ。骨は拾ってあげる」
「ちょっと!? 縁起でもないこと言うのやめてよ!」
少しでもかわいいと思ってもらえるように。少しでも、あなたの目に魅力的にうつるように。できうる限りの努力をして、苦手なバトルも頑張って。
そうして自信がついてきたころ。偶然と言えばそれまでだけど、でもこれは、かみさまがくれたチャンスだと思った。今しかないと思った。部室のどうぐプリンターから出てきた、とあるボール。あとは、これであのポケモンを捕まえるだけ。そして、あたしの気持ちを、伝えるんだ。
思い焦がれた背中に、声をかける。
「すっ、スグリ先輩!」
「うん? ……ああきみか。どうしたの?」
「えっとあの、その……お話したいことが、あって。ここだとその、あれ、なので」
「ん。じゃあ、そこの空き教室さ借りようか」
「……はい」
ああ、心臓がうるさい。口から飛び出しそう。向かい合った先輩は夕焼けに照らされて、穏やかな笑みを浮かべている。口を開かないのはたぶん、あたしが話すのを待っているから。優しい。好き。
すう、はあ、と深呼吸。懐から、ボールを取り出す。
ラブカスをつかまえた、ラブラブボールを。
「先輩、あたし、あなたのことが好きです。初めて会ったときから、ずっと、ずっと好き、なんです。あたしと、付き合ってください」
ボールを差し出したまま、頭を下げた。沈黙が、落ちる。教室に備え付けられている秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
「…………ごめん。きみの気持ちには、応えられない」
「……あ……そ、ですか。あ、あのっ、えと。お、お時間とらせちゃってご、ごめ、なさっ……」
あ、やばい。泣きそう。先輩優しいから、泣いたら困らせる。それは、いやだ。困ったような顔も好きだけど。あれ? でももうあたし、先輩を諦めないといけないんだっけ? ああだめだ。頭の中、ぐっちゃぐちゃ。とりあえず今は、ここから、離れたい。
「し、しつれ、しますっ……!」
走って。走って。走って。ただひたすらに、がむしゃらに走って。部屋のドアを勢いよく閉める。大きな音がした。そんなのも気にしないで、ベッドにつっぷす。そして。
「ひっ、う、ぅ、うっ……うわああああん!!」
思いっ切り泣いた。声も涙も、かれるまで。泣き疲れて、眠るまで。
「うっわ……超ぶさいく……」
顔はむくんじゃってるし、まぶたもはれぼったい。ベッドにつっぷして寝ちゃったから体のあちこちが痛いし、頭も痛む。……心も、まだ、痛い。
少しでも見た目がましになるようにしながら、考える。休みたいと会いたいを天秤にかけたら、会いたいに傾いた。まだ未練タラタラで笑えちゃう。
だけど思ったんだ、あたし。先輩、好きなひとがいるとか、彼女がいるとか、言わなかったんだよね。
つまりさ。まだちょこっとだけでも可能性があるのなら。もうちょっとだけ、この恋を胸に抱えてても、いいんじゃないかなって。
そんなこんなで部室へと向かう。ドアを開いた先には、今も目をひきつけられるすみれ色。
「わや驚いた。来るんなら連絡さくれたらよかったのに」
「えへ、スグリをびっくりさせたくて。サプライズ成功?」
「……にへへ。うん。大成功だべ」
……え。だれ。だれですか、そのひと。
美人と美少女の間を、いいとこ取りしたみたい。笑ったり首をかしげたりするたびに、顔の横で三つ編みがゆれる。どこかで見たような気もするけど、思い出せない。
それよりも気になるのが、先輩の表情だった。見たことない。見たことないよ、そんなの。そんな、そんな、いとおしいもの見るような。恋を、してるみたいな、そんなかお。あたし、見たこと、ない。
「……あの」
「わ、なに?」
混乱して、また痛みだした頭をなんとかしたくて、近くにいた先輩――確かスグリ先輩と同級生だったはず――に声をかけた。
「スグリ先輩と話してるあのひと、だれ、ですか」
「え? あー、アオイさん?」
アオイ。その名前、どこかで。
「パルデア地方にある姉妹校の生徒で、一年のとき交換留学でうちに来てたんだ。部員だから名簿にも載ってるはずだけど、見たことない?」
「……あ」
そうだ。名簿だ。だから見たことあったんだ。
「あとね、ブルベリーグチャンピオンでもあるんだよ」
「…………えっ? チャンピオン?」
なにそれどういうこと。だってチャンピオンっていないんじゃ。スグリ先輩が、一番なんじゃないの?
「そうだよー。留学終わるまでだーれも勝てなくてさ。終わりぐらいにカキツバタ先輩――あ、当時の四天王トップだった人ね――とかスグリくんとかが挑んだんだけど、それでも勝てなくて。んで今もずっとチャンピオンなんだ」
「ず、ずっと?」
「そ。……まあ誰もカキツバタ先輩やスグリくん、他の四天王にも勝てない……つまり、チャンピオンへの挑戦権を得られなかった、ってのもあるんだけどね」
「へ、へえ……」
「あ。それとあともうひとつ」
「? まだなにかあるんですか?」
「アオイさんは、スグリくんの彼女でもあるんだよ」
…………………………えっ?
「か、かの、じょ……?」
彼女? 彼女って、言った?
「ん? 知らなかった? っておーい、聞いてるー? 聞こえてるー?」
先輩が、なにかいってる。でも聞こえてても、なにをいってるかまでは、わからない。わかんない。わかりたくない。
うそだ。信じたくない。ねえやだ。あたし、ばかみたい。
うわさ、本当だったんだ。
可能性なんて、最初からなかったんだ。
きっと勝ち目も、最初から。
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