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千代里
2025-04-11 10:21:38
10989文字
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ラハとエリンの話
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お揃いの話
「トラル大陸で着るためのお洋服、でっすか?」
オールドシャーレアンの一室、もはやシャーレアンにおける第二の我が家のように居座っているナップルームにて、光の戦士ことグ・エリンは手を合わせていた。その先にいるのは、服作りの名人かつ、『暁の血盟』の敏腕経理担当ことタタルである。
「トラル大陸に向かうにあたって、新しいお洋服が欲しいってことでっすよね?」
「うん。私の着ているローブって、全身を覆うものが多いから、エレンヴィルさんが『そんな格好じゃ暑くて干からびるかもしれないぞ』って教えてくれたの」
かく言うエリンの本日の装いも、分厚いニットの上着に、これまた毛織物でできた、織り模様の入った膝丈までの長さのあるスカートだ。靴下も同様に毛織物で作られており、北方にあるシャーレアンの寒さを退けるためにうってつけの作りである。
だが、此度の旅立ちにあたって、ガイド役を請け負うことになったエレンヴィル曰く、彼の地はシャーレアンとは真逆の気候の地域もあるという話だ。
特に、渡航先でもある街は、シャーレアンとは異なり、気温が高いらしい。
「ラザハンにいた時の服は、ラザハンの伝統衣装としての雰囲気が強すぎて、向こうじゃ浮いちゃわないかなとおもって
……
現地に馴染めそうで着心地のいい服の在庫とか、残ってないかなと思ったのだけれど
……
」
エリンの声が尻すぼみになっていったのは、タタルが小さな眉をギュッと寄せてしかめ面を見せたからだ。
そんなにも難しい要望だっただろうか。タタルといえば、近頃は手広く冒険者向けの武具、防具を扱う大繁盛商店なる店舗を切り盛りしており、実際その名前の通り大変繁盛しているという話だったが。
だが、エリンの不安が限界に向かう前に、タタルは「これは、今しかないというナルザル神からのお告げでっす」などと小さく呟くと、
「実は、エリンさんにうってつけのお洋服を用意してしたのでっす!」
「え、本当!?」
「もちろん本当のことでっす。これなら、トラル大陸の気候にもあっていると思いまっす。それに、他の方が同じデザインのものを着用してくれたことがあるので、使いやすさもお墨付きなのでっす」
タタル曰く、いつエリンに渡そうかと、こっそりと倉庫に眠らせていたらしい。
さっそく取りに行くと言って、タタルは都市内移動用のエーテライトへと行ってしまった。
残されたエリンは、何やら落ち着かない気持ちで分厚い上着を脱いでおく。新しい服ともなれば、当然試着はするだろうと思ってのことだ。
(タタルさんの新作って、だいたい私が使って着心地を確かめることが多かったのだけれど、新しい試着担当の人を雇ったのかな?)
実際、大繁盛商店に並んでいる、治癒魔法を扱う魔道士向けローブ
――
シアファニーセットという名前で販売されている装備は、エリンが宙の果てに向かう際にまとったものを改良したものだ。
他にも、前衛として長らく戦ってきたサンクレッドや、暁の血盟のオールラウンダーであるグ・ラハも、一時的に試着要員として雇われていたことがあったらしい。
とはいえ、今は表向きには『暁の血盟』も解散しており、その手の雑務を気軽に任せられるほど、互いが常に近くにいるわけでもない。タタルが新しい試着係を雇ったのだとしたら、それはそれで仕方ないとはいえ、何だか寂しいことだとエリンが思っていると、
「お待たせしましたでっす! では、まずこちらを着てみて、サイズが合うか試してほしいでっす」
まるで大きな獲物でも捕ってきた狩人のように、意気揚々と荷物袋を持ってきてタタルが戻ってきた。
渡された服は思ったよりもずっしりしており、どうやら衣類だけではなく、ブーツも含めた一揃いのようだ。
「あと、このお衣装の実用を確かめた方もお呼びしましたので、後から来るはずでっす。もし着方がわからなければ、彼に教えてもらうといいでっすよ!」
「ありがとう、タタルさん。じゃあ、ちょっと失礼するね」
ナップルームの片隅に置いてある衝立の向こうに移動し、エリンは渡された袋を小机に置く。
予想通り、袋の中には更に複数の袋が詰め込まれており、そこにはブーツとアームカバー、そして衣類が小分けされて包まれていた。衣類だけでなく、皮革製品も手広く取り扱っているのは、流石タタルの品である。
「タタルさん、そのうちリムサ・ロミンサの鍛冶と甲冑屋さんと、ウルダハの錬金術師さんとも協力して、ありとあらゆる装具を作りそうだものなあ」
ひょっとしたら、防具や武具にとどまらず、家具や果ては家まで建てる日が来るかもしれない。タタルが『暁の血盟、シャーレアン支部を建てまっした!』と言って建物を見せてきても驚かないでおこうと決めつつ、エリンは早速着慣れた服を一枚ずつ脱いでいく。
分厚い北方向けの服を脱ぐと寒いのではと思ったが、幸い、敏腕店主はナップルームの魔導具を調整して室温を上げてくれたらしい。
おかげで寒さを感じることもなく、まずは活動的な丈の短いズボンに足を通す。足が剥き出しになっている感覚は、かつてなら慣れなかっただろうが、無人島の開拓作業で忙しくしていた時期もあって、軽装にも随分と慣れた。
続けて、やや薄い生地でできた半袖のシャツに袖を通す。こちらもゆったりとした作りで、着心地も悪くない。
「あとは、このジャケットを羽織って、こっちはストールかな? 首に巻けばいいのかな
……
」
ジャケットは、シャーレアンの海というよりは、リムサ・ロミンサのビーチを思わせるターコイズブルーだ。尻尾用の穴も空いていて、ミコッテ族のエリン向けとして最適の作りである
――
と、そこまで考えて、エリンは首を傾げる。
「あれ、このジャケットの背中のデザイン、どこかで見たような
……
」
具体的には、戦闘のときに自分の周りに立っていた誰かのような
――
そんなことを思いつつ、ジャケットに袖を通す。やや分厚い作りなのは、昼は温暖な気候であっても、夜は寒くなることを考えてのことだろうか。
手を覆う頑丈な革製のアームカバーに腕を通し、装飾品として包まれていたネックレスを首にかける。
この手のネックレスは、単なる飾りではなく、クリスタルをふんだんに使った魔法の結節点にもなるものだ。エリンの使う白魔法は空気中のエーテルを用いるため、体内のエーテルを使う魔道士ほど結節点は必要としていないが、それでも魔法が拡散しないための調整にはいくつか装飾品がある方が楽なのは間違いない。
「あとは、このストールを首に巻いて
……
」
具体的な巻き方がわからなかったので、今回は試着だからと適当にぐるぐるっと巻きつけてみる。残っているブーツに足を通し、衝立のそばにあった姿見に全身を写して、
「ん
……
んんん?」
エリンは、大層訝しげに眉を寄せた。
映っているものが変だったのではない。タタルが用意してくれた服を着た自分がそこにいる。それ自体は至極当たり前のことだ。
だが、妙な既視感がそこにあった。その既視感の正体を口にする前に、
「エリンさーん、実は杖も用意していたんでっすよ。試着が終わったのなら、ぜひ使ってみてほしいでっす!」
魔道士の端くれとして、杖のような魔道具に対してエリンは人一倍関心があった。
どんなものだろうと、いそいそと顔を出したエリンは、タタルの差し出す「それ」を見た瞬間に確信する。
「タタルさん! これ、ラハの服だよね!?」
あまりの衝撃に、思わず本来なら年上のタタル相手には崩さない丁寧な口調すら吹き飛んでしまった。
それもそのはず、タタルがエリンに渡したのは、エリンにとっても馴染み深い仲間の一人
――
グ・ラハ・ティアが着ていた服と全く同じデザインだったのだから。
「タタルさん、他の人が使っていたお墨付きのお洋服って言ってたじゃない!!」
「はい。それはもう、終末の戦いにも赴いた暁の勇士の方が身につけていた装備なのでっす。それは、その方のレポートに基づき改良も含めた逸品でっす!」
「それって、ラハが着ていたってことでしょう!?」
「そうともいいまっすね」
むしろそうとしか言えないだろうと、エリンは一瞬眩暈を覚えていた。
それでも「こちらもどうぞ」と差し出された杖を受け取ってしまったのは、魔道士としての性だろう。照明を受けて艶やかに煌めく、吸い込まれそうなほどの美しい蒼の結晶を前にして、エリンは形の整った眉を寄せた。もちろん、こちらもラハが扱っていた杖と全く同じデザインである。
「まさかとは思うけれど、これもクリスタルタワーを削って作ったんじゃ
……
」
「ふっふっふ
……
タタルさんに不可能はないのでっす!
……
と、言いたいところでっしたけれど。流石にそこは普通のクリスタルを使いまっした。もちろん純度の高い高品質のものでっす」
内心ぎくりとしたエリンは、彼女の言葉に安堵する。
ラハが扱う杖は、彼の特殊な出自に合わせてクリスタルタワーの一部を削り取って加工したものを使っている。ラハにとって最も馴染みのある施設であるからこその選択だったわけではあるが、場所こそ違えど半ば彼そのものでもあった施設の一部を使いたいかと問われれば、エリンとしては首を横に振るしかなかった。
「それで、着心地の方はどうでっすか? エリンさんの体型に合わせて調整はしておきまっしたが、動きづらい点などはないでっすか?」
「うん、動きやすくてとてもいいと思うの。だけど
……
」
これを聞くのはいささかタタルに申し訳ないと思いつつ、エリンは恐る恐る質問を口にする。
「これって、他の人にも売る予定はあるの?」
「まだこれが二作目でっす。ただ、人気が出そうなら、今後増産も視野に入れていまっす! 名付けて、サイオンズアークセットでっす!」
意気揚々と宣言するタタルとは裏腹に、エリンの反応は鈍い。その様子が流石に気になったのか、タタルがこてんと首を傾げる。
「何か気になることがありまっしたか?」
「え、ええと
……
あの、ほら、これはラハと同じ服になるわけだから、その
……
他の人が着るのは」
「つまり、他の人がグ・ラハさんとお揃いなのは嫌だということでっす?」
「そういう、ことです
……
」
何だか口車に乗せられている気がするが、と思った矢先、
「エリンさんとしてはこのような見解のようでっすが、グ・ラハさんとしてはいかがでっすか?」
タタルの発言に、エリンは尻尾をいつもの三倍は膨らませてしまった。一瞬、宙に浮いてしまったような気もする。油とエーテルの切れたマメットのようにぎりぎりと首を動かした先にいたのは、見慣れた赤毛のミコッテ族の青年だった。
「ラ、ラハがどうしてここに
……
」
「装備について先に装着した方を呼んだと、先ほどお話ししまっしたよ」
「タタル、装備のレポートについて話があったんじゃないのか!?」
一方、ラハもエリンがいるとは聞いていなかったのだろう。驚きが滲んだ声でタタルに問いかけている。
「はい。エリンさんは初めて着るので、着方がわからない部分は有識者にお任せしようということでっす」
タタルは嘘は言っていない。ただ、少しばかり伝えていない部分が多かっただけである。かなり意図的に何かを狙っているような気がするが、建前上は単に装備の意見を聞ける相手を連れてきただけだ。
「そ、それで
……
どうして、あんたがオレの装備を
……
?」
タタルに聞いても仕方ないと思ったのか、先に落ち着きを取り戻したラハは、居心地悪そうにあちこち視線をやっているエリンに問いかける。
彼にとっては大事な仲間であり、それ以上の関係でもあり、加えて憧れの英雄である少女が自分とお揃いの格好をしていたら、質問の一つや二つしたくなるのも当然だ。
「実は、タタルさんにトラル大陸で過ごす時の私服を相談したら、丁度いいのがあるからって」
「ああ
……
そういえば、あちらは気温が高い地域もあるって話だったな」
エリンとしてはこの居た堪れない気持ちを何とかするために、地面に埋まりたいとすら思っていた。もっとも、あいにくシャーレアンの硬い大理石の床は、地面に沈むどころか今もしっかりとエリンの両足を支えていた。
何も聞かないでくれという気持ちを全力で放出している英雄に、これ以上質問するわけにもいかず、ラハは質問の矛先をタタルに向けようとしたが、
「実は、先ほどお店の方から呼び出しがあったのでっす。では、あとはお任せしまっすね!」
ララフェル族特有の輝かんばかりの愛くるしい笑顔を見せてから、何やらふんふんと鼻歌を歌いながら、タタルはさっさと部屋を出て行ってしまった。
閉された扉の向こうから、「出立も近づいてきているのでっすから、お二人にはしっかり思い出作りをしてもらいまっす」などと聞こえた気がするが、気のせいだろうとエリンは首をブンブンと横に振る。そんなふうに激しく動いたため、
「ああっ、ストールが
……
」
「
――
っと。首に載せていただけだったんだな」
エリンの首に軽く巻いただけのストールが、ゆるゆると解けて床へと落ちかける。すかさずラハは空中で受け止め、慣れた手つきでストールを広げた。
「これは、こうやって着けるんだ。オレも、最初は巻き方がわからなくて、すぐぐしゃぐしゃにしていたっけ」
話しながら、宣言通り手慣れた所作でラハはストールを英雄の首へと巻いていく。
先ほどよりもしっかりと巻きついたそれを、付属の紐で固定すると、普段ラハが身につけているように動いてもすぐには落ちなさそうだった。
もっとも、エリンとしては至近距離でストールを巻かれるというイベントの勃発に、緊張とも動揺ともつかない感情に取り憑かれており、俯いた顔はいつもより少し赤くなっていた。
「あ、ありがとう、ラハ。何だか突然ごめんね。こんなふうに、ラハの服を着ることになるとは思わなくて」
「ああ、いや、オレの装備がエリンの冒険に役に立つなら、それは良いことだと思う。だから、そんなふうに謝らなくても」
言いながら、ラハは改めて目の前の少女の全身をその視界に収める。ラハ自身も着ている、真っ赤なジャケットに黒いストールが特徴的な衣装は、機能性も高く、寒冷地以外ではどんな気候にも適応する優れた装備であることはよく知っている。
エリンが新大陸の冒険で身につけたいと思うのは自然な流れであるし、着丈や体格に合わせて調整されているため、着心地の良さは彼女も感じていることだろう。
ラハのジャケットは彼の髪や目の色に合わせて赤に染められているが、エリンのそれは彼女の海のような青と故郷の森を思わせる明るい緑に合わせたターコイズブルーだ。この色合いもなかなか悪くないと視線を少し下にずらして、
「
――――
」
「ええと、似合ってるかな? タタルさんがおすすめしてくれただけあって、すごく動きやすいし
……
って、そうか。ラハならよく知ってるよね」
羞恥の感情が少し落ち着いてきたのか、常の微笑を浮かべながら話を弾ませるエリンとは対照的に、思わずラハはある一点を目にして硬直していた。
ラハの身につけている装備は、長めのズボンで足を覆っている。しかし、今のエリンは活動的な装いに合わせてか、ショートパンツを履いている。
(どうしてそこだけオレの装備から変えたんだ、タタル!!)
無論、その方が動きやすいとか、全身のコーディネートとして可愛らしいとか、そのような意図があるのだとは分かる。
だが、普段はローブや長めのスカートで隠されていることの多い英雄の素足が、こうも惜しげもなく晒されていると、
(なんというかわ目のやり場に困るんだよ
……
!)
邪な感情を全て表情から抹殺できたのは、ひょっとしたら人生最大の快挙かもしれない。
そんな形でラハが己の中の感情を封殺しているとも知らず、
「タタルさんは、この服を販売したいみたいなのだけれど、ラハはどう思う?」
「ん? ああ
……
そういえば、そんな話もしていたような
……
。タタルがそうしたいなら、オレがどうこう言える立場ではないと思うが
……
」
言いつつも、エリンの方をチラリと見ると、本人は平静を装っているのに『何だか嫌』とはっきり顔に書いてあった。
彼女が何を嫌がっているのか分からないほど、ラハも朴念仁ではない。伊達に百年分の記憶を引き継いでいるわけではないのだから。
「それなら、タタルには少しデザインを変えてもらって、パーツは分けて売り出してもらうように頼んだらどうだ? オレも、自分とそっくりの格好をしている人が沢山いたら、確かに少し気まずくは思うだろうから」
「うん、そうしてみる。他の皆の服も、タタルさんは売り出しているのかな?」
「かもしれないな。あんたの装備も売りに出しているんだろ」
「うん。癒しの魔法を使う魔道士の方々の役に立っているみたいで、売上もいいみたいだよ」
実際、シャーレアンの中でもエリンが着ていた装備を身につけている魔道士を見かけたことがあったとラハは振り返る。
(オレも実は
……
って言い出したら、流石に困らせてしまうものな)
自分が着て、憧れの英雄とお揃いの服を身につける特別な感覚を味わいたいのか。
それとも
――
彼女と揃いの装備を身につけるものを許容したくないのか。
どちらの気持ちも口に出すのは面映く、己の胸の奥に仕舞っておくことにした。
立ち話も何だからと、ラハはエリンに座るように促す。彼の勧めに従い、彼女は部屋の中にあった椅子の一つに何気なく腰を下ろしたのだが、
「な、なあ。もしトラル大陸にいくのなら、その
……
下は丈の長いズボンの方がいいんじゃないか?」
「そう? 動きやすくていいかなと思ったんだけれど」
「あっちはラザハンみたいに気温も高いんだろ? 毒を持つ虫や蛇もいるかもしれないから、肌を出すのは、街中とはいえ控えた方がいいんじゃないか」
「たしかに、ラハの言うとおりだね。それなら、こっちもラハとお揃いのズボンにしてもらおうかな」
にこにこと笑いながら、エリンは自分の足を軽く叩いて見せる。その様子を凝視しないように、ラハは必死で視線を明後日の方向に泳がせていた。
エリンが身につけているラハと同じデザインのシャツは、元々着丈が少し長くなるようなデザインになっている。その姿でショートパンツを履いた上で腰を下ろせば、シャツが脚部を覆うような形になってしまい、大変ラハにとっては目に毒な装いになってしまっていた。まるで、その下に何も履いてないように見えるなど、断じて思っていないとラハは一瞬よぎった邪な己の心を締め上げる。
「それに、いくら室温を上げていても、その姿だと足が冷えるだろ」
もっともらしい理由を口にしつつ、ナップルームの片隅に置かれていた仮眠用のブランケットを持ち出して広げ、少女の足の上にかけた。
過保護だなあとエリンは笑っていたが、その一枚の布のおかげで、ラハは漸く気持ちを落ち着かせることができたのだった。
「それで、その服は本当にトラル大陸で着るつもりなのか?」
「うん。折角作ってもらったんだし、実際に動きやすいし
……
あっ、もちろん下のズボンは長い丈のものにするよ。それなら、ブーツもラハとお揃いのデザインにできるだろうから」
彼女が今履いているブーツは、ショートパンツの丈に合わせて少し長いものだ。そのため、ラハの履いているものとデザインは異なっているのだが、もし全身を揃えるとなれば、本当にラハと瓜二つの装いになるだろう。
「トラル大陸には、ラハは来られないんでしょう?」
「オレは、こっちでやらなければならないことがあるからな。ヤ・シュトラと一緒に、土産話を待ってるよ」
「それなら、いっぱいトラル大陸で冒険してこないとね」
意気込むエリンは、タタルから貰った杖をぎゅっと握りしめて見せる。その振る舞いに、思わず杖へと視線を送り、
「それ、気に入ったのか?」
「うん。これを見ていると、ラハと一緒に戦っていたときのことを思い出せるの。ラハがいないのなら、その分、ラハを思い出せるものが少しでも多くあると、私としても安心できるから」
「安心?」
頼もしいとか、嬉しいとか、そのような発言が飛び出てくると予想していたラハは、思わず聞き返してしまう。
戦闘力の面で言うのなら、エリンは光の戦士として名高いだけあって、魔力の面でも、緊急時における応用力の面でも、自分より優れている
――
ラハは掛け値なしにそう思っていた。
そんな彼女を安心させられる要素が、それほど自分にあるようには思えないが、と思っていたときだった。
徐に、エリンは杖をくるりと回して、コツンと石突で床をつく。
「
……
!」
その所作に、ラハはある瞬間を思い出す。
次いで、彼女がなぜ『安心』と言ったのか、その理由も。
「
……
この部屋だったよね。私が、月に行ってゾディアークを討伐して、星の守りが解けてしまったことが分かって
……
月で情報を得てから帰ってきた私がここに泊まっていたとき、ラハがこの部屋に来てくれた」
もう何ヶ月前のことだろうか。まるで何十年も大昔のことのように思えるのに、あれから幾年も経っていないのだという事実に、今でも驚かされる。
「あの時、私は自分の選択のせいで、この星にとって大変なことをしてしまったんじゃないかって
……
この先何が起きるんだろうって、凄く不安だった。でも、ラハは私の背負っている荷物を持ってくれるって言ってくれて、少しほっとしたの」
杞憂かもしれないとラハが前置きした懸念は、エリンにとってはまさにその瞬間に抱いていた不安でもあった。あの時は、動揺のあまりきちんと返事もできなかったが、今ならばと、英雄は仲間の言葉へお礼を送る。
「あの時だって今だって、オレはあんたに対しては同じ気持ちを持っているんだ。あんたが全部の責任を背負いこむ必要がないって思いは、あれから少しも変わっちゃいない。あんたのおかげで身軽になれたことも、本当のことだからな」
自分で自分の言葉を辿るのは気恥ずかしくもあるが、英雄の双肩に背負われたものを受け取りたいと願ったのは本当だ。ただでさえ、彼女はお人好しで、すぐに他人の荷物を背負いたがってしまう人なのだから。
「でもね、それだけじゃないの。ラハはああ言ってくれたけれど、荷物の分け方なんて私にはすぐには分からなくて
……
その時、ラザハンに終末の獣が襲ってきて、少しでも多くの人を助けたかったのに
……
私一人じゃどうしようもなくて」
突然目の前の人間が化け物に変化する現象に、人々は混乱と恐怖に襲われた。たとえ化け物にならなかったとしても、パニックがその場を覆い、逃げ惑う人がさらに他の人を傷つける惨事になりかけていた。
「
……
その時、あなたが皆を鎮めてくれた姿を見て、思ったの」
今のように、杖の石突で地面を強く打ち。
人々の絶望を振り払い、希望を旗印として掲げながら、水晶の街を守ってきた指導者としての姿を引き出してくれた、グ・ラハ・ティアという青年の姿を目にして。
「ああ
――
荷物を持ってもらえるって、こういうことなんだって」
光の戦士だから、英雄だから、何でも自分ができる
――
だから、自分がやらなければならない。どこかで、そんな風に気負っていたのかもしれない。
積み重ねてきた荷物は、いつのまにか背中に張り付いていて、どうやって下ろせばいいかも分からなくなっていた。
だったら、と言わんばかりに、仲間たちは無理やりにでもエリンが負っていた荷物を引き剥がしてくれた。
ヤ・シュトラやアルフィノ、ウリエンジェのようなエリンの持たない知識を持つ面々は、具体的な対応策を考えてくれた。
サンクレッド、アリゼー、エスティニアンのように立ち止まるより先に歩き続けることを選んだ者たちは、エリンの手では届かない人々を災厄から守ってくれた。
タタルやクルルのように戦う力を持たない者も、エリンの帰る場所を守ってくれていた。
そして、目の前の青年もまた、エリンのできない形で、英雄の望む未来までの道を繋いでくれた。
「他の皆もそうだけれど、気づくきっかけになったのは、あの時のラハの言葉だったから」
「
……
自分じゃ差し出がましいことをしてしまったか、とも思っていたんだが。そんな風に受け取ってくれていたんだな」
「そうだよ。それに、ヴァルシャンくんや町の人たちも、あの時のラハには感謝していたよ」
特に町民の中には、あの時の赤毛の青年にお礼を言いたいと後から言われたこともあったぐらいだ。知らない間にラハのことが知られていて、エリンとしては少し誇らしい気持ちになったものである。
「それに、ラハは私の重荷だけじゃなくて、嬉しいこともわけてくれって言ってくれたでしょう? だから、今度は私がラハに嬉しい思い出を分ける番かなって」
「できるなら、その瞬間にはオレも立ち会いたかったんだけどな」
「私も、ラハと一緒に冒険してみたかったんだけど、こればかりは仕方ないことだから。その分、ちゃんとこの目でしっかりと! 新大陸を見てくるよ」
たとえ遠く離れていても、今の姿ならすぐにラハのことを思い出せる。何せ今のエリンは、ラハと瓜二つの装いをしているのだから。
「あ、そうだ。どうせなら、髪型も一緒にしてみようかな? でも、それなら髪を切らないといけないかな」
「えっ、いや、そこまではしなくてもいいんじゃないか!?」
いきなり断髪を宣言し出した英雄に、ぎょっとして思わず声が上擦ってしまう。
彼女の淡い紅茶色の髪が失われてしまうのはあまりに勿体無い、とは流石に言うわけにもいかず、
「か、髪を上げたいなら、他にもやり方はあるだろ」
「でも、ずっと下ろしてたから、どうすればいいのか分からなくて。ラハ、もしよかったら、少し結んでみてくれる?」
「オレでいいのか? タタルかクルルに頼んだ方が色々教えてもらえるんじゃないか」
「ラハがいいの。ほら、ラハは自分の髪もいつも自分で結んでいるでしょう?」
そう言われると断るわけにもいかず、思いがけなくラハは英雄の髪に触れる機会を得ることになった。
どんな髪型にするべきかと思案しながら、鼻歌を歌っている少女の姿を目にして、彼はふっと目を細める。
(今は、随分と肩が軽そうだ)
第十三世界の問題にも目処がつき、待っているのはまだ見ぬ新大陸の冒険のみ。その背中には、重苦しい使命ではなく、次なる冒険への希望と期待だけが詰まっている。
できれば、彼女の希望が更なる輝きとしてその双眸に宿る瞬間に立ち会いたかったが、今回ばかりは他のものに譲るしかあるまい。
「じゃあ、少し高めに結い上げてみるか。痛かったら言ってくれ」
「はーい」
英雄が旅立つまでの束の間の時間。
揃いの装束を着た二人の穏やかな日々を、窓の向こうから差し込む北方の日が、柔らかく見守っていた。
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