望月 鏡翠
2025-04-11 09:54:42
946文字
Public 日課
 

#1683 「訳」「かしこ」「膿汁」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話


 真夜中、戸をたたき名前を呼ぶけたたましい音で私は目が覚めた。
 山の一大事だという村人たちの怯え切った顔を見て、これはただ事ではないと支度を整え家を飛び出した。私は、山を守り山の神の声を村人に伝える役目をしていた。その言葉は人には理解できない。そして只人が目にすれば無事では済まないものだ。
 そのため、山神との間に生じる諸々のことを解決する役目が必要になるのである。普段はしかめつらしい顔をして、白い服を着て、かしこみかしこみ申すと言っておけば良いのだが、実際に何かが起こってしまったときはそうもいかない。
 有事の際、白い服を着て行くことはない。山にわけいるのに共を連れて行くわけにも行かない。身の安全と動きやすさを最優先するからだ。
 灯りを持って山に入り、すぐに村人たちが言っていることを理解した。何かまずいことが起こっているらしい。まず気づいたのは音だったという。うめくような声だ。人はその声を人の言語に訳す術を知らないはずだが、ずっと聞かせておくのは良くない。
 そして山に入った瞬間に、悪臭が漂い濃厚な死の気配を感じた。
 私は山の神が死にかけていることを確認した。
 傷がただれ、体からは膿汁が流れ落ち、もう手の施しようがないほどに弱っていた。
 ここまできたら生かしておいた方が悪影響だ。私は哀れなその生き物にとどめを刺した。
 問題は、新しい山の神をどうするのかであった。
 やはり人は駄目だ。知恵がある生き物は良くない。舌を切り落としても、うめき声だけで情報を伝達できる可能性もある。ずっと聞いていれば、村の人間があの声に何かしらの意味を見出してしまうかもしれない。
 もう人の営みは神に適していないのだ。金属は汚れだというが電気のある場所で生活するためには、山に鉄塔を突き立てるのは、必須事項だ。私も便利な生活を手放したくはない。
 最初の山の神はもうずっと昔に死んでいる。そこから先は、人工の神を作って山の礎になってもらっているのだが、やはりうまくいかないらしい。
 いっそ最初から定期的に交換する前提で作った方がいいのかもしれない。
 誰も入らない場所だから、死体の処理は後日でいい。
 それよりも今は、善良な村人たちへの説明を考えなければならなかった。