ゆに
2025-04-10 21:31:17
1605文字
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信一と顔見知りのモブおじさんの話


ここへきたばかりの頃の俺の腹にはこんな邪魔な肉はなかった。走りながら、そんなことを考える。膝も脇腹も痛いが、それでも走る。

龍捲風が死んだらしい。

まさかそんな、とは思ったが、あいつが生きているなら、商店を荒らして回ったやつらをそのままにしておくはずない。そいつらは酒から何から奪っていって大騒ぎの真っ最中だ。

そんな中、俺は城塞の中を走っている。出口とは逆に。奥へ奥へと。
龍捲風のところのガキは生意気でいけ好かない奴だった。いつもヘラヘラした態度で、こっちはお前に行かされた仕事がクソほど面倒だってのに、そばで下らねぇ話を一人でしている。滞納家賃を回収するまで逃げねぇか見張るとほざきながら。

この前兄貴がこう言ってたとか、一緒に何を食ったとか。この服は兄貴が選んでくれたとか。

龍捲風が死んだなら、あいつも一緒に死んだと思った。だけどどうやら、あいつの死体はないらしい。
俺はあまり褒められた生き方をしてこなかったから、今酒盛りをしてるやつらがそれに飽きたとき、やりそうなことがなんとなくわかる。
これからこの場所は俺達のシマだぜ、ってやるために、前仕切ってた奴らの部屋やらなんやら、そりゃあもう荒らすだろう。
龍捲風は話したこともないし、その息子は気に食わない。しかもそいつ、生きてるのかもわからない。だからどうしてあいつの部屋まで走ってるのかもわからない。そもそも仕事と荷運びで何度か行っただけのあいつの部屋を、ちゃんと覚えているかも自信がない。
走りながら、あいつ、何を買ってもらったって言ってたっけって思い出そうとしているけど、全然興味がなくてろくに見もしなかったからそれもわからない。
ただ、話している時に、こんなところでこんな仕事をしてるやつが、そんな顔もするんだなと思ったのだけは覚えている。
なんだったかな。一つくらい思い出せねぇもんだろうか。
生きてるなら、気に入らねぇやつだったけど、一つくらいそういうもんがあったほうがいいだろう。


格好つけた部屋だった気はしている。たぶんここじゃねぇか、と肩で息をしながらようやくたどり着いた先でもどれが「兄貴が買ってくれた」ものなのかさっぱりわからない。
こんなところ長居しても自分が危ないだけだから、とりあえず高そうなものをいくつかポケットに放り込んでいると、背中にとんでもない痛みが走った。
何が起きたのかわからず蹲っていると、頭上から声がした。

「何やってる?」
……な、なにも、」
「ハハ……何もしてねぇってこたぁないだろ。あぁ?!……ヒヒ、」

ビビって声も出せずにいる俺に向かって蹴られた椅子がぶつかって情けない悲鳴を上げると、そいつは愉快そうに笑った。サングラスの奥の目は見えない。ボロボロなのに異様に上機嫌で、薬やってんのかな、という雰囲気にひたすら震え上がるしか出来ない。
あぁ、やっぱ来るんじゃなかった。

「物盗りに来たんだろ。お前」
「え、」
「ここのやつが死んだって聞いて、急いそ物盗りに来たんだろ?……く、ハハッ」
……わ、悪かったよ……、見逃してく、」
「王九兄貴、大兄貴が呼んでます」
……今戻る。おい、」
「へ

そこから俺はもう一発そいつに蹴られたらしい。

その後は自分の部屋の汚ねぇ布団の上で心配そうに俺の顔を覗き込む仕事場のやつらの顔を見るまで記憶がない。
あいつやっぱ死んだのかな。ポケットの中に突っ込んだものは、一応入ってそうだ。死ぬ思いして取ってきたんだから、生きてりゃいいけど。俺が死んだやつの物漁ってそうな見た目でよかったな。


「信一、十二が来た」
「今行く」
「それと四仔が手を診せにくるように言ってる」
「へーいへい」

信一の部屋の隅の戸棚に置かれたガラス瓶。その中には「兄貴が買ってくれたもの」は一つも入っていない。入っていないけど、そこにある。