77nairo
2025-04-12 23:00:00
1150文字
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あくび


 松本と河田の定位置は、教室のいちばん後ろ、窓際か廊下側。バスケ部員の多い機械科と違って二人がいる建設科は一般的な体格の野郎ばかりだから、河田の身長が一八〇センチを越えた瞬間に勝手にそう決められた。
 いちばん後ろの窓際なんて羨ましいと言われることも多いけれど、夏は直射日光で暑いし、冬は隙間風で寒い。この席が快適なのは一年のうちほんの短い期間だけだ。
 そして今が、そのほんの短い期間なのである。
 窓ガラス越しの日差しが学ランに当たって、松本の左半身をぽかぽかと温める。黒は光線を吸収するとかなんとか、何かの授業で聞いた気がする。意識が飛びそうで、そんなあいまいな思考しかできない。
 連日のハードな練習、休み時間にかきこんだ早弁、耳をすり抜けていく数式。これで眠くなるなと言うほうが無茶だ。
 松本はもう完全にまぶたを閉じて、くわっと大口を開けた。
「マツモトー!」
……っはい!」
 あくびの途中で突然指名されて、反応が少し遅れた。この春に赴任してきたばかりの数学教師の顔は笑っているけれど、教卓からこちらをまっすぐに射貫く目は全然笑っていない。
 松本は素直に立ち上がった。
「これ解いてみろー」
 黒板に書いた数式をコツコツと叩いてみせて、教師が一歩下がった。松本が黒板に向かっていくのを、半笑いのクラスメイトたちがニヤニヤと見送る。後でしばいてやろうと、松本はそのメンツを頭に叩き込んだ。
 黒板に示された数式は、こちらが拍子抜けするくらいにあっさりと解けてしまった。教師の顔をうかがう。なんとなく不機嫌そうな顔をしているような、していないような。
「んー、まあ、正解かなー」
 歯切れの悪い教師の言い分に、松本はつい目をすがめた。相手の身長はたぶん一七〇センチくらい、こちらは一八五センチ。完全に見おろす格好になる。
 途端に教師の顔が青ざめた。
「こ、この、一の位は、切り上げて……
 言い訳のように言い足す教師を置いて、松本はもと来た道をのしのしと戻った。先ほど松本をニヤニヤ見上げた奴らの頭を一つひとつはたいていく。本当は向こうの端っこにいる河田にもひと太刀お見舞いしたかったが、それは部活の時間まで取っておくことにした。はたかれた奴らは口々に「いてぇ」などと言っているけれど、みんなやっぱりニヤニヤ笑っている。
 松本は自分の席にどすんと腰掛けると、肘をついて窓の外を眺めた。視線の先にあるのは見慣れたグラウンドだが、なんだかいつもより明るく見えるような気がする。
「いちのくらい……
 一の位には、一之倉がふくまれている。十七年と少し生きてきて、初めて気付いた。それだけで松本の機嫌は急上昇する。
 松本は心地よくまぶたを閉じた。なんだかいい夢が見られそうだ。