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キョーコ
2025-04-10 10:32:31
5104文字
Public
九龍
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伝説のカレー屋と《宝探し屋》と商人と
捏造系のED後の能天気な小話です。
新宿区のとある場所。表通りからいくつか入った、少しばかり閑散としているその裏路地にかの店はあった。
外装はいたってシンプル。素っ気無いコンクリート打ちぱなしの壁に、木のプレートが御座なりに添えつけられている。そこには店名らしき文字が躍っていた。そしてドアには『CLOSE』と書かれた板切れが一枚、ゆらゆらと風に揺れている。
しかし店内の明かりは点いており、人の気配もいくつかあった。防音機能が上等のものではないのか、締め切られたドア越しにもかすかに響いてくる。
「てっめェ、九龍ッ!! お前、俺のカレーに何入れやがったぁぁぁぁ!!」
「ちょっと新素材入れただけじゃねーか! 何もそんなに怒らなくったってイイだろ?!」
お玉を携え、飾り気のない黒いエプロンに腕まくり姿の癖っ毛の青年
――
皆守が、正しく烈火の勢いで怒鳴る。
しかしそれに怯む事無く、白い三角巾にピンクのふりふりエプロン姿の少年のような瞳をした男
――
葉佩が大きく主張した。
「新素材ったって、どうせどこからかの遺跡から手に入れてきた、得体の知れないもんだろうがッ!!」
「きっと新しい味になるぞ!」
「新しすぎて人類外のモノになったカレーを今までいくつ作ってきたと思ってるんだ、お前はッ!」
皆守の鋭い指摘に、はたと葉佩が俯いて指を一つ二つと真顔で折り曲げていく。
「
…
uno、dos、tres、cuatro
……
あ、両手じゃ足りない」
「ついこの間の『軟体触手の踊り食いカレー』の悲劇を忘れたか」
「いや、忘れてない。アレはなかなかにショッキングな出来だった」
熱々のカレールウの中で不気味にうねうねと蠢く軟体触手(生)は、正直言って見た目にもグロテスクで、思わず異界の門とか開いてしまいそうな出来だった。
味そのものはシーフードカレーとそう変わりはなかったのだが
……
いや、何も言うまい。製造者責任とカレーに対する真摯さで異形のカレーを食べて始末をつける際、踊り狂う軟体触手で口の周りがベッタベタに汚れたことや、食した後も口の中で吸盤が張り付いて、熱さと気持ち悪さで半泣きになりかけたことなどは闇に葬るべきである。
「
……
ったく。帰ってきた途端ロクな事しやがらねェ」
「創意工夫に溢れてるだけなのに」
「九龍の場合は溢れすぎなんだよ」
「それがウケて首相やら皇太子やらがお忍びできてるんだろーが」
店のカレーソースのレトルトパックがネット販売できるまでになったのは、一体誰のおかげだろうな~、とにんまりとした笑顔で葉佩が言ってくる。
流石にそれを持ち出されると、皆守には少々分が悪い。天香学園卒業後、こうしてとんとん拍子に店が持て、それがどうにか軌道に乗り始めているのは、この葉佩九龍の尽力に他ならないからだ。
裏路地の片隅とはいえ、この歳で新宿という土地に店を構えられたのもそうであるし、《宝探し屋》の顧客のコネを使って、普段ならばテレビや新聞でしかお目にかかれないような有名人が店を訪れてくれることも含め、『店』としての骨格を作ったのは、葉佩の力が大きいのである。その他、質の良い材料の仕入先ルート、経営手腕、接客態度、果ては節税対策まで。まさに至れり尽せりだ。
学生最後の冬に、進路をどうするのかと聞かれ、半ば冗談の気分で『カレー屋』といったことが、まさか本当に実現するとは。人生は不思議で満ちている、としみじみ思う瞬間である。
「
……
全く、君達はいつも騒がしいな」
『うぉわっ!!??』
唐突に涼やかな声をかけられ、声をそろえて皆守と葉佩の二人はそちらへと振り返る。
視線を向けた先には「やあ」とばかりに微笑む、若旦那という概念が服を着て歩いているような佇まいの和服の青年が立っていた。
「っわー、ビックリした。JADEさんか」
「何処から入って来たんだ、何処から」
「ドアが閉まっていたからね。不躾だけど窓から入らせてもらったよ」
さらりと言ってJADEが示す先には、開け放たれた窓があった。ヒラヒラと白い薄手のカーテンが風に舞っている。
「おおー!! 流石忍者ッ!!」
「感心するな! 立派な住居不法侵入じゃねェかッ!」
「ノックはしたんだけど、君たち気付いてくれないんだから仕方ないじゃないか」
火薬で爆破しなかっただけでもありがたいと思ってくれ、と物騒なことを綺麗な笑顔で言う現代を生きる忍者に皆守の背筋にゾッとしたものが走った。
彼もまた、高校生活における濃密な半年の間に知り合うことになったうちの一人だ。北区に骨董品店を構えながら最近はその商売範囲を広げており、九龍が所属している組織への物品提供もこの店主によるものだ。
《忍んで安心》のキャッチコピー通り、やたら迅速かつ隠密的に重火器類を含めた様々な物品を販売している。この店で出すカレーの材料の中にも、この店を通さないと恒常的には手に入らないものがいくつかあった。通常はこのサービスを利用するには特定機関への所属が必要なのだが、九龍の名義を借りることで皆守もその恩恵を得ている。
概ねにおいて不満はないのだが、澄んだ水のような雰囲気を感じさせるこの若旦那が、時々さらっと物凄く無茶な事を微笑みつついうのが何より恐ろしかった。
一見すればマトモな人間なだけに、そのギャップが空恐ろしい。きっとそうならざるを得なかった事情があったのだろうと、勝手に皆守は推測していた。
「ああそうだ、葉佩君。例の荷物、無事に届いたよ。相変わらずのいい仕事だね」
「どもー。今後とも贔屓にお願いします」
「こちらこそ。そうそう、最近、この店も密かに話題になっているよ。
……
表も裏も含めてね」
「食べたら怪我の直りが尋常じゃなく早くなったりするもんなぁ
……
」
「それはお前のレシピのカレー限定だ」
はあ、と大きく溜息を皆守はつく。
そう
――
葉佩直伝のレシピを使ったカレーは、その味もさることながら、妙な副産物を生み出していた。
曰く、身体の調子が良くなった。怪我の直りが早くなった。恋人が出来ました
……
などなど。最後は何か違う様な気がするのだが。
流石の皆守も、これを一般メニューとして出すのは拙いと判断し、最近ではメニュー表には載せていない。
しかし人の噂というものは戸口に板を立てたところで早々簡単に消えるものでもなく、時々それ目当ての客がやってくる。
大抵、そういう客には「ンなものはない」と門前払いをかけるのだが、そんな少数の客の中でも更に小数は葉佩の名前を出してくるものもいた。
それは黒いベールを纏った女の通訳をお伴にしたアラブ系の中年男性だったり、いかにも紳士然とした英国人だったりと実に様々で、中には寂しげな目をした未亡人風の女性まで彼の名前を出してきた。さしもの皆守もその時は驚いたものだが。
そうなると、流石にしらばっくれるわけにはいかなくなるのでこっそりと出している。彼らは店の立場から見ても、開店当初から贔屓にしてくれる上客でもあるので、早々無碍にも出来ない。
葉佩レシピのカレーは、基本のルー自体は店で出しているカレーとそう変わりはないのだが、そこに加える具材とある種のスパイスの組み合わせがどうやら特殊効果を生み出しているらしい。この内の一部材料の提供をしてくれるのが若旦那の店である。なお、節税対策もこの店から紹介された。
元々天香学園にいたときでも、いろいろと得体の知れない謎食材から、鮮やかに美味極まりないものを生み出してきた自称『食の錬金術師』たる葉佩の作品である。それくらいの不思議効果があっても可笑しくないといえば可笑しくない。
だが、しかしだ
――
「俺は
……
ノーマルなカレーが作りたいんだがなァ」
ポツリと零すかのような皆守の台詞は、彼の真実の想いでもあった。
謎効果を持つカレーについては、味が悪いわけではない。むしろ良い。そうでなくてはレシピを貰い受けようとはしない。これでも店を出す程度にはカレーについては一家言を持つ皆守である。ただ超常との縁が妙に続いてしまっていることに対しての座りの悪さがあるのだ。もっともこの胡散臭い太陽と埃の気配がする《宝探し屋》との関わりがある以上、避けられないものではあるのだが。
なにやら背中が煤けている皆守に、思わず葉佩は問い掛ける。
「んじゃノーマルなカレーって何だよ」
「良くぞ訊いてくれた。そもそもカレーってのは肉だけではなく様々な具材を受け入れる、懐の深い料理なんだ」
ギラリ、と皆守の瞳に情熱の炎が灯る。葉佩が自らの発言が失投であったことに気付くよりも早く、皆守のカレースイッチはガッツリと押されてしまった。
「玉葱は飴色になるまでじっくり根気強く炒めるというのは、最早言うまでないくらいの基本事項だな。日本人向けにつくるならやっぱりだな
…
粉から丹念に
――
」
「
……
拘るねえ、彼は」
「カレー馬鹿だし」
己の失言をはんなりと後悔しつつ、葉佩は容赦なく言い切った。
多大に呆れているJADEと一緒に、生温めの眼差しで皆守を見守る。このモードに突入したが最後、当分彼は語り続けるのだ。
「隠し味として果物を入れるのも一興だな。チャツネなんかが手軽といえば
――
」
「ところで、どの辺で止めた方がいいと思います?」
「いっそ何処まで語るか見るのも面白いんじゃないかい?
しかし
……
彼をみていると、知人を思い出すな」
「へー。気が合うかなぁー」
「どうだろうね、彼はラーメン専門だしね」
「ふーん、そっか」
「思えば僕もよくまきこまれたものだ。個人的には塩なんだが」
「俺はトンコツかなー?」
現実逃避だ、とばかりに二人の話題は明後日の方向へ飛んでゆく。そしてそんな二人の背景と化している皆守は、未だにノンストップで語りモードだ。
「つけあわせは福神漬けだと決めつけるのは素人の浅はかさでしか
――
」
「
――
そうだ。いっそのこと、講習会も開いて見てはどうだい? 参加費は
……
そうだな、こんなとこで」
「えー? そんなにいけますかね
……
?」
「レア度も手伝うから、いけるかもしれないよ」
守銭奴忍者は一体何処から取り出したのか、そろばんを片手にキラリと目を光らせた。
提示された金額は結構なもので、流石の葉佩も少しばかり懐疑的である。むう、と考え込むようにして宙に視線を彷徨わせた。
「アジアンブームを背景にして、タイ風にグリーンカレーってのも捨て難いが
――
」
「講習会かぁ
……
サブカルチャーブームな奥様方ターゲットとか?」
「そうそう、結構いい稼ぎになると思うよ。まあ紹介料はきっちりもらうけど」
「さすが、JADEさん
……
抜かりなしですね」
ボソリ、と葉佩が呟くと、JADEがフフフ、と笑った。そして二人はがっしと力強く手を組む。意気投合したらしい。
尚も続く皆守のカレー談議は全く一切これっぽっちも聞く耳持たず、二人は小声であーでもないこーでもないと議論を始めた。
「
――
と、まあ、これは触り程度だけどな」
ふぅ、と何処となく満足げな息を吐き、かいてもいない汗を拭うようにして前髪をかき上げる。それは映画のワンシーンのような光景であったが、その前後のとうとうとした彼の語りを考えれば、ちっとも絵にはなってなかった。
そんな皆守にJADEはニッコリと朗らかに笑い、それでもキッパリと告げる。
「ははは、じゃあ、来週の定休日には宜しく頼むよ、皆守君」
「
――
はぁッ?」
「よし、対奥様仕様に内装もちっと変えるかー」
疑念の声を上げても、葉佩は何やら上機嫌に笑ってわけのわからないことを言うだけで、それは皆守の欲する答えではなかった。
流石にたまらず、皆守は葉佩に問い掛ける。
「おい、九龍。一体何の話だ
……
?」
「えーっと。次の定休日に「アロマ直伝・こだわりカレーの作り方講座」が開催決定って話」
「ちょっと待て、俺は聞いてない!!」
サラリ、と告げられた内容に皆守は驚愕する。しかし葉佩とJADEは示し合わせたかのように顔をあわせると、全く同時に皆守に笑顔を向けてきた。
「まあでも決まったことだからね」
「なー、JADEさん」
「お前ら人を放置して勝手に進めるなッ!!」
有無を言わさぬ表情の二人に、皆守の叫びが届くはずもなく。
なし崩しの内に「アロマ直伝・こだわりカレーの作り方講座」の詳細はぐつぐつと煮詰められていくのであった。
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