ドクター・レイシオは元々流行り物に気を取られる質ではなかったが、それにしても彼が今手にもっている端末は、技術開発部の顧問としてはいささか心許ない旧型のものだった。プライベート用という役割を与えられたそれは孔雀の耳飾りと共に毎日肌身離さず持ち歩かれていたが、しかしレイシオが実際に使うのは仕事用の別端末だけで、というのもプライベート用に分けるほど連絡を取る相手がいないからなのだが、とにかくカンパニーの同僚や博識学会内の知り合いや家族の連絡先はすべてそちらで管理され、型落ちモデルの「お守り端末」にメッセージが送られてくることなど久しくなかった。
その日彼はいつも通り大学での講義を終え、研究室から技術開発部の見知った部下との会議にリモート参加したあと、学生らの論文を読みながら数え切れないほどのため息をつき…要するに至極いつも通りの何でもない一日を終えて、沈み始めた夕陽を背に自宅へと続く帰り道をせかせか歩いていた。ふと上着の右ポケットに入れてあった端末から振動を感じて立ち止まる。今までも何度かこんなことがあったが、そのたびに「気のせい」やら「通信事業者からの自動メッセージ」やらにわずかな期待を打ち砕かれてきたので、今回ポケットに手を伸ばしたのには確認以上の意図などなかった。だが電源を入れてすぐ目に飛び込んできた通知を見ると、レイシオは息を詰まらせ立ち止まった。
新着メッセージ アベンチュリン
瞬間胸に広がったのは歓喜とも期待とも違う、波打つような動揺だった。一瞬ふらつきそうになる身体を両足を踏みしめて支えなおし、次第に早くなる鼓動に連動するように震える親指で画面の通知を撫でた。
まだわからない。もしかすると悪戯かもしれない。何らかのエラーかもしれない。たまたま彼の端末を誰かが見つけたのかもしれない。その結果二度と帰らないことが確定してしまうような、そんな最悪の知らせかもしれない。
開いたアベンチュリンとのメッセージ画面には五年前に送ったやり取りと、そのあとレイシオが送信に失敗したメッセージがいくつかならんでいる。この数年で何度も何度も見返してきたその画面の一番下に、見慣れぬ短い吹き出しが追加されている。
いるかい?
レイシオは今度こそ腰が抜けた。往来でしゃがみ込み、端末を両手で握って何度も何度もその一言を読み返す。内容に欠けるようだが、しかしレイシオはその送り主がアベンチュリン本人だと確信した。風化しかけていた思い出の中の彼がレイシオの想像の中で動き出す。5年ぶりに送るメッセージに思い悩み、これじゃあまりに無神経だし、これはカッコつかないし、というかまず愛想尽かされてるかも、そもそもこの番号で届くのか? とあれこれ考えて最終的に絞り出したのがこれだったのだろうと、手に取るようにわかるのが不思議だった。
今どこにいる。無事なのか。なぜすぐに連絡をしなかった。早く戻ってこい。声を聞かせろ。会いに行く。思い浮かんだ言葉を打ち込んでは消して、これでは彼と同じだと苦笑した。気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、立ち上がる。
ずっと待っている。
打ち込んで送信したのと、端末が着信画面に切り替わったのはほぼ同時だった。噛み締めるように数コール聞き流してから、応答ボタンを押して端末を片耳に押し当てる。ノイズ混じりの沈黙の後に遠慮がちな「もしもし…?」が耳に届き、何度も思い出そうとして掴めなくなっていたその声帯にたまらず目頭が熱くなる。と同時に、あれほど喧しく鳴いていた彼がそんなおっかなびっくり伺ってくるのが可笑しくもあり、胸の中心に集まったぐちゃぐちゃの感情を持て余しながら、レイシオはゆっくりと口を開いたのだった。
終
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銀河事情がわからず濁しすぎて伝わらなそうだから補足しちゃうんですけど、機種変後も連絡取れるように前の端末残してるみたいなことです
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