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Adaps_A
2025-04-09 23:04:14
2804文字
Public
ダングリのはなし
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光の配信にちょっと顔出すダングリのはなし
「こんにちは」
画面の向こうで、「推し」が挨拶している。
偶然見かけた配信URLを開いただけなのに、こんなことがあってもいいのか?
まあ推しのアカウントから「配信します」の一言と共に投げられたURLなので、それはそうなのだが。
推しに感謝した。
「
……
えっと」
少しの間のあとに、遠慮がちに目線をそらす。
何から話すか迷っている。
背景の壁紙から、おそらくソリューション・ナイン内の部屋だろう。
「配信しろって言われたので、します」
誰に?
惜しむらくはコメント機能が開放されていないことだろう。
別窓でSNSを覗くと、ハッシュタグに総ツッコミの嵐だ。
アカウント名「生身」。
アルカディアで今最も勢いのある闘士、「生身の挑戦者」だ。
しかし一切の情報が公開されておらず、年齢も本名も不明。
公式アカウントが開設されたときは、そりゃもうお祭り騒ぎであった。
これが、推しである。
「しました。おしまい」
「待てい」
画面外から聞き慣れた声。
アルカディア休止前は毎日のように聞いていたから、間違いない。
ハッシュタグが、一瞬止まる。
「え
……
じゃあ配信って
……
何を
……
?」
「いろいろあるだろ? コレとか」
画面外から手が伸びて、推しにカップ麺を渡す。
あの浅黒い肌、じゃらじゃらのアクセ、いかにも楽しそうな声。
おい。知ってるぞこいつ。
推し、ダンシング・グリーンと配信しとる。
ハッシュタグが爆発した。
目では追えないほどのスピードで流れてゆく。
「そっか〜」
「作り方、書いてあるからな」
「わかった。やってみよう」
両手でカップ麺を持ち、のほほんと頷く推し。
ぺりぺりとビニールを剥がして、作り方を読み上げる。
「ふたを半分あけて、中の2つの小袋を取り出して
……
」
推しは粛々と工程を進める。
障壁の外からやってきたと言われているから、カップ麺を見るのも初めてなのだろう。
「こっちの小袋は、先に開ける
……
」
小袋の中身を慎重に寄せて、開封しようとふちに手をかける。
開かない。
「こちら側のどこからでも切れます」が、切れない推し。
かわいすぎる。SNSへの書き込みが捗る。
不満そうにどこからも切れない小袋をつまみながら、推しは机の下をまさぐる。
「貸して」
「ん」
ダンシング・グリーンである。
画面端から手が出てきて、小袋を受け取って消える。
少しの後に、開封済みの袋を持って、本人が現れた。
「こういう時は、ハサミ使いな?」
「使っていいものなの?」
「そりゃ〜、いいよ」
「そうなんだ」
ダンシング・グリーンが小袋の中身をカップにあけ、そして去ってゆく。
SNSで彼推しのフォロワーが無事死んでいる。
「次
……
熱湯を入れて3分待つ」
推しが机の下からやかんを取り出す。
蓋を開けて、そのまま置く。
中身は、空だ。
「熱湯の成分の指定は、ないんだよね」
「何する気だアンタ」
「魔法で熱湯を生成します」
「そっか」
画面外からの声は、それならよしと言わんばかりに止まった。
いいのか。
くるくると指が魔法を繰る。
やかんに水がちゃぽんと満たされ、やがてポコポコと音がしてくる。
「熱湯入れて
……
3分
……
」
ピ、と音を立てて、机の下から取り出した機械を弄る。
キッチンタイマーだ。
ライムグリーンのウサギ型の、キッチンタイマーだ。
以前、何をトチ狂ったのか公式からお出しされた、ダンシング・グリーンのキッチンタイマーだ。
推しの推し、もしかしてダンシング・グリーンなのか?
もしそうなら、本人がいるのも納得だ。
キッチンタイマーを机に置いて、手持ち無沙汰そうに棒立ちする推し。
「
……
」
キッチンタイマーの秒数を食い入るように見つめる、推し。
微動だにせず、こちらが回線を疑い始めたとき、電子レンジを開ける音がした。
ガチャ、コト、バタン、ピ、ピ。
「くぁ」
ダンシング・グリーンの生あくびである。
画面は微動だにしないのに。
やがて3分が経過し、推しはキッチンタイマーを止める。
回線が大変なことになってるわけではなさそうだ。
「ふた
……
取って
……
後入れの袋
……
」
むいむいと、カップ麺のふたを剥がしてゆく。
後入れの小袋を、今度はちゃんと開け、カップの中に入れる。
「ん」
「ありがと」
電子レンジでの温めが終わったらしいダンシング・グリーンが、推しにフォークを手渡す。
そして受け取ったフォークで麺をほぐして、完成である。
「できた」
「じゃ、食いな〜」
「食います。いただきます」
食事をする推し。
大感謝である。
あちち、と念入りにふーふーする推しは、天然記念物に認定してもらいたい。
ある程度食べ進めたところで、横からパックのご飯が差し出される。
「シメはこれっしょ」
「なるほど
……
」
ダンシング・グリーンである。
推しは言われた通りカップにご飯を投入し、追加で渡されたスプーンですくって食べている。
思わずダンシング・グリーンのグッズを注文しようと公式を開いたのだが、落ちていた。
みんなそう思っていたらしい。
「おいしかった。ごちそうさまでした」
すっかり食べ終わったらしい推しが、カップや食器などを持って画面外へ消える。
画面には壁と机だけが映され、外から声が聞こえる。
「ゴミはここ?」
「そう。食器はそっち置いといてくれ、あとでやる」
「わかった。それおいしそうだね」
「食う? ほら」
「もぐ」
今なんか食わせた?
距離、近くないか?
SNSに書き込もうとして、SNSも落ちていることに気付いてしまった。
ガチ恋勢のフォロワー、生きているか?
「ん〜
……
チーズ入りなんだ。おいし」
「だろ」
「今度はそっちにしてみる」
推しはようやく画面内に戻ってきて、机を横切ろうとする。
途中でカメラに気がついて、画面に近付いた。
「配信おわりです。またね」
ぷつん。
「配信は終了しました」の文字に、静かにSNSを開いた。
まだ復旧していない。
やり場のない衝動をどうすることもできず、ただ、長く息をついた。
後日。
ダンシング・グリーンのアカウント曰く、偶然にも推しが泊まりに来ていたことが判明。
例のキッチンタイマーはダンシング・グリーンの私物(試作を貰ったらしい)だし、推しとは普通に遊ぶ仲であることも判明。
その次の日にハニー・B・ラブリーの配信にシュガーライオットと共に映り込み、普通に闘士同士でお茶するくらい仲良しということも判明。
多少炎上気味だった生身アカウントもこれを以て鎮火。
また別の意味で話題にはなっているのだが、それはまた別の話。
今日も今日とて「配信するね」の一言で投げられたURLを開くのだ。
……
10秒で終わったらしく、既に開けなかったが!
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