rkrn残照

タソ殿と雑 落城の話 cp無 
⚠︎タヒの表現があり、暗い話です

残照

 はりがとうとう崩れ、ここはまもなく燃え尽きる。自分が全身に火傷を負ったとき以来の業火だ。熱量はひどく、うっすら見えていた煙は瓦礫がれきと倒壊した柱の奥へ吸い込まれるように消えていった。酸素を取り込んだのだ、ますます炎は燃え盛るだろう。
 落城とは。その地位からの転落、追放、蹴り出された王位である。そっと俯くと、雑渡の足元に正座をしてまえを、まえだけを向いている黄昏甚兵衛が、いつもの澄ました顔で揺らめく火をその目に宿していた。
 落城とは。昏い火だ。雑渡はそう思いながら、他の忍びより雑渡の体に合わせ、大ぶりに打たれた忍者刀を握る。本来、忍者刀は日本刀より小ぶりだ。振りの速度と扱いやすさが求められる。対して日本刀は、その刀自体で戦うことは滅多にない。大抵は槍、弓、砲弾で片をつけるわけで、刀を振り回すのはよほどの不利か、闇討ちに対してだけだ。戦好きの殿は、それらを何度も経験してきたし、闇討ちされようともほぼ忍軍か有能な側近のおかげで回避できていた。
「だからわしは、刀の才覚が無かった」
 殿は真白い装束の裾をすすで汚しながら、少しだけむせた。肺に黒煙が徐々に広がっているのだろう。このまま、死ぬこともできる。むくろは炎に巻かれて敵方に残らない。骨だけが拾われ、誰のものかわからぬと口々に言われてきっと野にさらされるのが関の山だろう。
「そうでしたでしょうか」
 雑渡は、野に放たれた、骨だけになった殿を想像しながら答えた。彼の後頭部は今、雑渡のまえに無防備にある。
「無い、無い。てんで無かったわ。弓は良かったのだがな」
「ひと月まえの狩り、あれは見事でしたね」
 あの狩りの日、うさぎを仕留めた殿が、今と変わらぬ澄ました様子で連なる山々を見つめていた。山にはまだ雪が残っていた。解けた水は川の水量を増やし、底冷えこそしなくなったもののまだ寒さもある春の野で、懸命に生きていた動物を仕留めた殿の──その静かな目で見えていた世界は、業火の跡に残された自分の骨だったのではないかと思う。ひと月まえから、この城はもはや危ういと散々言われてきたのだ。その情勢をどうにかできなかったのか、雑渡はいまだに殿の采配に疑問を持っている。
 殿はわかっていたのかもしれない。次に自分たちに降り注ぐのは強大な勢力である。それに歯向かう抵抗力はもはやない。タソガレドキは肥えすぎた。広がりすぎた領土に愛想を尽かした村民、僧侶たち。火の手は彼らの黒い意志による。
「お主はいつから、悟っておった?」
 殿が雑渡を見上げる。雑渡は忍者刀を、腰の高さまで上げた。
「殿が刀の鍛錬を始められたとき、ですかね」
……無駄なことを、と思っとっただろう」
「ええ。その刀を振るうのは」
 雑渡の肺にも少し煙がこもる。むせそうになりながら、掠れた声で言った。
「腹を切るためでは決してないと、思いたかったです」
 殿はくっくっと笑って、快活だった。
「最初は我が身を守るためであったが……あまりに下手で、腹と間違えて床を切ってしまっては困るからな」
 朗々としてすらいる声に、雑渡はなにも言えなかった。言わなかった。殿が腹周りをくつろげ、いっさいの乱れがない手つきで小刀を構える。
 せめて、痛みの少ないうちに介錯かいしゃくを。それだけを思い、雑渡はあの狩りで駆けたうさぎを思った──かの小動物ができるだけ苦しまぬよう、殿は念仏を唱え、矢を射った。それを知っているのは、間近で見ていた雑渡だけであった。