RINGO
2025-04-09 00:10:02
1462文字
Public 境界の灯
 

番外編1-4


 ――……カラン
 グラスに氷の当たる小気味の良い音が、誰もいないコテージに響く。

 職員から貰った果汁酒は、この村に自生している果実から作ったものだそうだ。
 客人に良く振舞われていると聞いて有難く一本頂いた。

 グラスを持てば、明かりが反射して美しい赤が硝子に映える。

「こういう時に誰もいないんだよなぁ……。」

 孤児院の視察初日は早めに終わり、青年は誰もいないコテージに一人。
 誰かを誘うにも未だに誰も帰ってきてはいなかった。
(まぁ、まさか毒なんて入ってないだろうし、酒の出来も視察の内ってことで頂戴しよう。)
 タバコも禁止され、そろそろ口寂しい青年は薄く笑いながら一口含む。
 
 甘い。
 だがその後に続くアルコールの刺激が優しく喉に広がる。
 思った以上に飲みやすく、喉に通る感覚が滑らかだ。
 
 青年は、グラスを片手にコテージの窓を開ける。
 夕闇が空を染めかけている。
 風がふわりと流れて、髪を撫でた。
 思わず目を伏せる。
 微かにざわめく葉の音やどこからか聴こえる鳥の声が、孤児院の子どもたちの声を思い出させる。
 今日の事を少しずつ振り返る。
 青年は深呼吸した。

「まぁ……悪くない一日だったな。」
 空を眺めてそういうと、グラスを再び傾けた。

 隊長は村長と共に施設の視察を続け、今日予定していた箇所は全て一通り確認を終えた。
 村人たちがしっかりと管理をしていたおかげで予定時刻よりも大分早く切り上げて、研修拠点のコテージへの帰路についていた。
 コテージに近づくと暖かな明かりが既に灯っている。

(俺も大分早く終わったんだが……帰ってきているのは誰だ?)
 ベランダに目を向けると、人影が見えた。

「あぁ!隊長、お疲れ様です。」
 思いがけず明るい声で出迎えられた。
 明かりの逆光で誰かすぐに判断できないが、右手に持っているグラスで隊長は察した。

……出来上がっているな。)

 呆れたようにため息を吐く。
 歩みを進めれば影が薄くなり、飲酒している人物の姿が見えた。

……お前か、珍しい。酔っているのか?」
 孤児院へ視察に行った青年が顔を軽く赤らめながら、隊長へ締まりのない顔で笑っていた。
 持っていたグラスを机に置き、隣に置いてある大瓶を嬉しそうに抱えた。

「職員から貰いまひた。隊長ぉも宜しかったらどうぞ。」
 呂律の回ってない口で、そう言うと青年は果汁酒の入った大瓶を傾ける。
「待て待て!まだグラスすら持ってないんだ!傾けるな!!」
 隊長は傾く瓶を制すと、大慌てでコテージの台所へ駆け込んだ。

「「乾杯!」」
 チンッとグラスの当たる音が響く。

「それにしても珍しいな、お前が酔っぱらうなんて。」
 隊長は、未だに飲み続ける青年を見つめながら意外そうに眉を上げる。
 数度他の隊員たちと飲みに行ったことはあったが、彼は酒が強いという認識だったからだ。

……まぁ、果汁酒にしては濃い気もするが。)
 喉に爽やかな果汁酒の香りが流れる。
 隊長は喉を鳴らして、思わず舌を巻いた。
「というか、美味いな、これ。」
「でしょ?酒の出来を視んのも視察の内かな~と思って飲んでたんですけどぉ、思ったよりずっと美味くってぇ。」
 青年はケラケラ笑いながら、覚束ない手つきでグラスを揺らした。
 おっとっと、と時折体を揺らしながら、何とか均衡を保っている。
「ハハッ、調子のいい奴だな。」
 そう笑いながら、隊長はもう一口酒に口をつけた。